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魔王の魔引き、始めました  作者: 忠源 郎子
第一章 旅立ち
37/98

まるで彫刻のような

 安心できる寝床と良い寝具は眠りの質を向上させてくれる。その事実を体の隅々まで実感した夜だった。リマトさんが起こしに来てくれなかったら、昼まで寝ていたかも知れない。



「おはようございます」


「おはよう。よく眠れたか」


「おかげさまで。完全回復ですよ」


「なによりだ。簡単だが朝食を用意している、よかったら食べていくといい」


「なにからなにまで、ありがとうございます!」



 移動した先にはサルドさんとマバラさんもいた。少し先にもう起きていたのか、眠気を感じさせないあいさつをしてくれた。


 用意してもらっていたのは、黒めの色味のパンと、昨日のスープ。昨日に比べて具が少なめだが、起き抜けにはその方がありがたい。寝起きではあったがすんなりと平らげる事が出来た。



「もう行くんだろ、気をつけろよ」


「ありがとうございます」


「リマトさんから聞きましたが、帰りに寄るそうですね。お待ちしていますよ」


「またお世話になります」


「ここからは更に雪が強くなる。いきなり熊と遭遇する危険もあるだろう、用心するといい」


「その熊なんですが、だいたいどのくらいの大きさなんですか?」


「私より少し大きいくらいだ。君達なら大丈夫だろう」



 リマトさん、見た感じ2m弱って感じだけど、それより大きいか……リマトさんは大丈夫と言うけれど、そう簡単にはいかないかも知れない。



「頑張ります。じゃあ、そろそろ出発します」


「ああ。無事を祈っている」



 大きく手を振り送り出してくれる皆に手を振り返しながら村をあとにする。リルフィリアも軽くではあるが、手を振っていた。




「……何も見えない!」



 出発してから30分程、雪の勢いはひたすらに増していた。一寸先は闇ならぬ、一寸先は雪。もうどっちを向いて歩いているのかわからない。進んでいくのはこの方向であっているのだろうか?



「リルフィリア、ほんとにこっちであってる?」


「気配がすべて教えてくれる。例え眼を閉じていてもわかるわよ」


「気配……リマトさんも遠くから俺たちを見つけたけど、やっぱりそういうのがあるの? 気配察知みたいなのが」


「私は血の繋がりがあるから分かるだけ。リマトのはわからないわ」



 じゃあ、リマトさんのは魔力の力? それとも彼自身の力? ……まあ、考えていてもわからないか。



「うわっ」



 物思いにふけっていたら、何かに当たった。雪の冷たさの中に、毛皮のような感触。



「イリサキ、離れなさい」


「え?」


「熊よ」



 その短い言葉に反射的に飛び退く。俺がぶつかったそれは俺より一回り大きな背丈で、リマトさんよりもまだ大きい。ずっしりとした胴体を、2つの足で支えて立っている、二足歩行の状態だ。しかしこの熊、俺が知っているのとは様子が違う。どれだけ眼を凝らしても、腕がない、そしてなにより頭がない。胴体に足が生えているだけの、なんだかよくわからない妖怪みたいな風貌だ。



「これが、熊?」


「気を引き締めなさい。来るわよ」



 彼女がそう言った瞬間、熊の胴体に大きな眼が現れた。縦に割れた一つの巨大な眼球が、辺りをギョロギョロと見回している。そして俺たちを見つけたかと思うと、眼は閉じ、再び開くと、それは口に変わっていた。



「ゴォアアアアアア!」



 凄まじい轟音が辺りに響き、思わず耳を塞いでしまう。その動けないスキを狙ってか、熊は全力で距離を詰めてくる。そして大口を開けたままの状態で飛び込んできた。俺の体を半分以上は覆えそうな大きさを、どうにか飛び退き避ける。どうなったかを振り返ってみれば、巨大なスコップでも使ったかのような、大きな穴が地面に出来ている。俺の体の半分どころか、リルフィリアと二人まとめて飲み込めそうな巨大さだ。



「もう一回聞くけど、これ熊!?」


「熊よ。知ってるんじゃなかったの?」


「こんなの熊じゃないってわあああ!?」



 無駄口を叩くなと言わんばかりに、熊の口が迫る。どうにか避けるが、明らかに口よりも大きな範囲を噛んでいるようにも見える。魔力を宿しているからこその、この噛み跡なのか?



「どっ、どうする?」


「殺すに決まってるじゃない」


「殺すのはっ、あんまりさっ、賛成したくなっ、いって、なんで俺ばっかり!」



 さっきから俺の方を執拗に狙っている熊。リルフィリアの方はというと、最初の一回以降一度も標的にはなっていない。



「そりゃ弱い方から狙うのは鉄則よ、自然界なら尚の事」


「それは納得! てか手伝って!」


「もう攻撃はしてあるわ」


「え?」



 彼女の言葉とほぼ同時に、熊の背後の雪が盛り上がる。そしてそのまま、雪の下から巨大な水の塊が、鋭利な棘の形を保って熊へと飛んでいった。


 しかしそんなことは熊の正面にいる俺には見えないし分からない。攻撃とはなんのことかと考えていると、熊が突然なにかに押されるように俺の方に飛んできた。



「ええええ!?」



 踏み込みなどの予備動作なしにいきなり飛ぶ熊に、思わず驚愕の声が出る。



「エア、ブーストォ!」



 風の魔力を用いた無理やりな加速で難を逃れる。振り返れば、背中に大きなキズを負った熊が横たわっていた。



「……リルフィリアが?」


「他に誰がいるのよ」


「生きてる?」


「……絶対そう言うと思ったわ」



 それはどういう意味かと聞こうとした時、熊がかすかな唸り声を上げる。



「どうせお前のことだから、殺さないでと言うでしょう。だから生かしておいたわよ」


「あ、ありがとう」


「止める度に抱きつかれるのはいい気はしないもの」


「え、いや、あれはそういう意図があったわけじゃ……」


「冗談よ馬鹿。いいから熊の手当でもしてやりなさい」


「そうだね、ありがと!」



 リルフィリアの言葉を受け、ポーションを熊にかけてやる。完全には傷は塞がってはいないものの、それでも立ち上がる程度には回復した。


 立ち上がった熊はあの大きな1つ目をギョロリと見開き、俺をじっと見ている。野生の世界からしたら、俺のやっている事は非常に不可解なんだろうなとは思う。現に視線から困惑が感じられる。



「えーっと、これでも食べて、今は帰ってくれ」



 そういって肉を一つ、雪の上に置く。熊はその肉をじっと見ていたが、眼を口に変え、大口を開けたかと思うと、これまた大口に似合うほどの舌を伸ばして肉を取った。そんな舌もあったのか、そんな驚きを感じる俺を他所に、熊は満足そうに咀嚼している。



「ゴアァアア!」



 しかしそれもつかの間。咀嚼が終わったかと思えば、けたたましい雄叫びを再度上げる。



「え、だめだった!?」


「あんな図体でそれっぽっちで満足する訳ないでしょ」


「それもそうか」



 しかしそうかといったところで、これ以上肉を渡せば帰りに響く。何かないかと探っていると、一つの瓶が手に当たった。



「しょうがない、これで!」



 その瓶を手に掴み、熊に放り投げる。大口を開けた熊はそのままそれを口に入れ、そしてそのまま噛み砕いた。パキパキと瓶の割れる音が漏れている。開けて投げればよかったかな、なんて思ったりもしたがどうやら大丈夫な様子。こころなしか熊の表情も満足げになっている。顔ないけど。



「なに投げたの」


「アンさんからもらった調味料」


「ああ、あれね……」



 洞窟で夕食をとる際に、試しに少し使ってみた調味料。リルフィリアは頑なに使おうとはしなかったが、味も風味も非常にいいものだった。一瓶まるまる上げたのは失敗だったかもしれないが、まあ良しとしよう。



「ゴアァ」



 満足したのか、熊はどこかへと去っていった。しかしあれを熊だと言っても、もとの世界の人達には通じないだろう。だってどう見ても熊じゃないもんあれ。



「運がよかったわね」


「? 熊が満足してくれたことが?」


「そんなことはどうでもいいの。熊が堕物になってなくて」


「……だぶつ?」


「堕王の魔物版よ。真っ黒な体と赤い眼をしているからすぐわかるわ」


「魔物にもあるんだ」


「先に言っておくけど、堕物はどうあっても殺すしかないわ。餌付けなんか無駄よ。お前が止めても止まらないからそのつもりでいなさい」


「わ、わかった」



 熊と出会ってからまらしばらく歩いた。どんどん勢いを増す雪はやがて雹になり、体力をどんどんと蝕んでいく。寒冷対策ポーションはとっくに飲んだが、それでも体を指す痛みは増すばかりだ。



「ま、まだ?」


「もうすぐよ」



 この会話はもう3度目になる。もうすぐという言葉に気力を沸かせたが、一向にゴールの気配がない。もうすぐと言うのは彼女なりの励ましの一種なのだろうが、それも限界が来ようとしていた。



「着いたわ」


「え?」



 殆ど下を向いて歩いていた俺に、希望の言葉が降り注ぐ。反射的に前を向いた俺は、眼の光景に言葉を失った。


 巨大な、なぜこんなに接近するまで気づかなかったのかと思うほどに巨大な氷の塊がそこにあった。アドスよりも更に大きい氷の塊だ。その中心に女性が一人、水中に浮かんでいるように閉じ込められている。リルフィリアと同じ水色の髪に、透き通るような肌。リルフィリアよりも少し大人びて見える彼女は、紛れもなくリルフィリアの姉であった。



「おぉ……」



 現実離れした光景に眼を奪われていると、日の光が偶然この氷塊を照らす。光の反射が絶妙に輝き、その美しさを増していく。二人には悪いが、この光景はまさしく、完成された芸術作品のようであった。

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