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魔王の魔引き、始めました  作者: 忠源 郎子
第一章 旅立ち
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渡り鳥達の夜


「おー! リュウヤ! こっち座れよ!」


 

 案内されたダルタに入るとすぐさまマバラさんに声を掛けられた。左手で手を振り、右手で空いた座布団を叩いている。その横にはサルドさん。全体を見れば真ん中に囲炉裏のようなものがあり、そこで鍋が暖められている。それを円形にみんなで囲んで座っていた。二人の対面にはソフィアと子供たちの姿が見える。ナターシャさんは器にスープを注いでみんなに配っている。どうやら他の人は他のダルタにいるらしい。



「ありがとうございます、失礼します」


「どうしたんです? なにも失礼はないですよ?」


「え? ああ。今のは俺の国で使う、座る時の挨拶のようなものです。人の家でお世話になる時とかに使うんですよ」


「そんなんがあんのか」


「異世界の文化ですか、興味深いですね。他の事も教えて頂けませんか?」


「いいですよ。そうですね例えば……」


「はい、おまちどうさま」


「ありがとうございます」



 何から話そうかと思い悩んだ時、ナターシャさんが器に入ったスープと木のスプーンを渡してくれた。少し色味のあるスープに、野菜や肉であろう具材が沢山入っている。そうだ、この話をしてみよう。



「みなさんは食べる前の挨拶はありますか?」


「ないですね」


「言わねぇな」


「俺の国ではいただきます、と言うんです。命や恵、作ってくれた人への感謝を込めた言葉です」


「ほーん、そんなのがあるのか」


「いい心がけの習慣だな。私達も取り入れてみるか」


「賛成ですリマトさん」


「イリサキ君、その挨拶の作法はあるのか?」


「両手をこう合わせて、感謝を込めて言うんです」



 自分の手で実演してみると、皆が注目しながら手を合わせている。ソフィアも子供たちと一緒にやってくれている。



「なるほど、ではみんなで合わせてやってみるか。イリサキ君、合図を頼む」


「じゃあ、みなさん一緒に、いただきます!」


「「「いただきます!」」」



 この空間にいる人達みんなが、声を合わせてくれた。なんだかその光景が、雰囲気が、懐かしくて。元の世界の光景がフラッシュバックし、少し眼に涙が浮かぶ。



「おいどうした、泣いてんのか? どっか痛むか?」


「いえ、大丈夫です。ちょっと故郷を思い出しちゃって……」


「いいんですよリュウヤ君。むしろ君はその年でよくやっている方です」


「ああ。君は立派なものだ。もし君にその気があるなら、いつでもこの村に来ると良い。家族として迎え入れよう」


「ありがとうございます……」



 リマトさんの言葉に心が揺らぐ。元の世界に戻りたいという気持ちはある。でももう死んでしまったのだから、帰る事は出来ない。ならいっそ、このままこの村で暮らした方がいいんじゃないか。そうでなくとも、バロフの城下町で平和に暮らしてもいいんじゃないか。



「……お気持ちだけありがたく受け取ります。俺はやるべき事があるので」


「そうか、残念だが、仕方ない。君の行く末が幸せであることを、願っている」



 揺らぐ気持ちを必死に抑える。自分が世界を平和に出来るというのなら、やらねばならない。



「……ま、取り合えず食え! 食って力付けとけ!」


「はい! いただきます!」



 マバラさんの言葉を皮切りに料理を口に入れる。肉、野菜のうま味に、程よく効かせた塩味が手を進ませる。暖かさも相まって、全身に力が漲るのがよく分かった。



「美味しいですね、これなんの肉なんですか?」


「熊ですね」


「……え? 熊がでるんですか?」


「その様子だとそちらの世界にも熊はいるようですね。姿形は?」


「毛むくじゃらの大きな図体で、四足歩行。大抵は山に住んでいると思います」


「概ね相違ないですね。ただこの近辺では雪の影響で餌が取れてないのか、平地のこのあたりでも活動的になっている傾向があります。道中は用心した方が賢明です」


「わかりました、ありがとうございます」


「ま、俺とサルドで狩れるくらいだ、どうってことねぇよ」


「じゃあ、この肉も?」


「おおよ、俺の斧でズバッとな」


「彼はこう言ってますが油断は禁物ですよ。魔物の一種ですから、手強い事に変わりはないです」


「肝に銘じておきます」



 熊がいるのか、しかも魔物扱いされている熊が出るのか。少し元の世界との親近感を覚えたが、それが油断に繋がってしまいそうだ。明日はなるべく戦わないよう、用心して進もう。



「ソフィアねーちゃん! このお野菜ニーシャが切ったんだよ! 食べて!」


「うまく切れてるじゃない。……うん、とても美味しいわ。将来は一流の料理人ね」


「ねーちゃん! このくまのちぬき、トバルがしたんだぜ!」


「完璧な仕上がりよ。大人でもこうはいかないわ」


「あの、ご迷惑ではないですか? 疲れてらっしゃるのに」


「気にする事ないわ。レタラも傍にいらっしゃい」



 ふとソフィアを見ると、あの短時間で驚く程に距離を縮めている。幼子二人を両脇に、年長の子も傍にいる。和気あいあいとした様子を見るにとてもなついているようだ。子供の世話には慣れているんだろう。水の魔王の意外な一面を垣間見た。



「イリサキ君。今晩の寝床なんだが、二人で一つのダルタを使ってもらってもいいか」


「俺は大丈夫ですけど、ソフィアは……」


「私も大丈夫よ」


「だそうだ。その方が二人も気兼ねなく休めるだろう」


「お気遣いありがとうございます」



 てっきり水の魔王が拒否するかと思ったが、案外すんなりと受け入れてくれた。むしろ周りの子供たちが一緒に寝ると駄々をこねている。たった一日であの好かれよう、それこそなにか魔法でも使ったんじゃないかと思ってしまう。


 その後夕食を食べ終わり、談笑しながら夜を更かした。子供たちが欠伸と共に眼に涙を貯め始めた頃、リマトさんが俺に口を開く。



「イリサキ君、明日は早くに出るのか」


「そうですね。何があるか分からないので、余裕を持っておきたいですから」


「わかった。ところで、用事を済ませたらその後はどうする予定なんだ?」


「引き返してバロフの元に戻る予定です」


「なら帰りもここに寄るといい。少なくともあと二日か三日はここにいる」


「ありがとうございます、助かります」


「では、そろそろ寝床を案内しよう。明日に障るといけないからな」


「お願いします」



 リマトさんが立ち上がり、俺とソフィアも続いて立つ。子供たちが寝ぼけまなこでソフィアに手を振ると、彼女も柔らかな笑みで振り返していた。



「用意した寝具で足りなければ、声を掛けてくれ」



 案内された先のダルタには、寝袋が二つ用意されていた。革で出来たそれはゴツゴツとした印象があるが、触ってみると思いの他柔らかい。この分なら暖かさも申し分ないだろう。



「ありがとうございます。十分すぎる程です」


「それはなによりだ。明日、日が登ったら声を掛けよう」


「お願いします」



 ではまた明日。そういってリマトさんはダルタを出た。入口が閉められ、薄暗い部屋に二人となる。



「分かってるとは思うけど、変な気は起こさないこと。指一本でも触れたら削ぐわよ」


「何を!?」



 脅迫じみたセリフの後、水の魔王はさっさと寝袋に入って行った。俺も続いて入っていく。柔らかさと密封性が相まって思った以上に暖かい。洞窟で寝た時とは雲泥の差だ。


 寝袋でまどろみに落ちる前に、先の会話を思い出す。この村の人達はいただきますを知らなかった。でもバロフの城下町の人達は知っている。ここの人達が遠くから来たと考えると、俺と同じ異世界人は城下町周辺にいるのか、それとも城下町の中にいるのか……考えては見たが、判断材料が少ない。このまま考えていても結論は出ないか。



「ねぇ」


「ん? なに?」



 そろそろ寝るか、そう思っていた頃合いで水の魔王から声が掛かる。少し神妙な声色だった。



「今日のことだけど」


「えっと、どれ?」


「リマト達との戦いよ。お前が横やりを入れたあれ」


「ああ、ごめん」


「違う。お礼を言いたいの」


「へ?」


「正直、リマトと戦ってたら負けていたわ。私が彼らを殺した後なら、多分そのまま殺されてた」



 水の魔王がここまで言うなんて、強いとは思っていたがそんなにとは。



「戦わなくてすんで命拾いした。そう事を運んだのはお前。礼を言うわ」


「いや、お礼なんて、そんな……」


「村の中でも、お前のお陰でこうしてもてなしを受けてる。私だけならこうはいかなかった」


「それはわからないよ。みんないい人だし」


「リマトは常に私の動向を警戒していたわ。お前には警戒を解いていたようだけど」


「え? そうなの?」


「ええ、そうよ」



 全然気づかなかった。そんな攻防が水面下であったなんて。



「なにはともあれお前がいて助かったわ。お前のお人よしも存外活かせるのね」


「結果オーライなとこはあるけれどね」


「結果が全てよ。さ、もう寝ましょう。明日は一層頑張ってもらうわよ」


「わかった。おやすみ」


「……リルフィリア」


「え?」



 なんの単語? 思わず聞き返す。まさかという期待が鼓動を速めた。



「私の名前。他に誰もいない時だけ、呼んでもいいわ」


「……! ありがとう!」


「いつまでも名前を知らないと不便だから教えるの。妙な期待はしない事よ」


「うん! わかった!」


「……おやすみ、イリサキ」


「おやすみ、リルフィリア!」

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