ひと悶着の後
「自己紹介が遅れた、私はリマト=レイオナック。二人はサルドとマバラだ。よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
「よろしくな!」
リマト=レイオナック。俺とさっきまで相対していた彼はそう名乗った。俺より一回り大きな体格、厚着の上からでもかなり筋肉質なのが伺える。無骨な話し方が、どことなく武人な雰囲気を漂わせている。さっきまで剣を使っていたのがサルドさん、丁寧な物腰が印象的だ。そして斧を使っていたのがマバラさん、ヤンキーみたいな第一印象だったけど、気さくでいい人そうだ。
「圦埼 柳埜です。よろしく」
「水の魔王。よろしくするつもりは無いわ」
雪が益々吹雪く方へと進んでいく。魔纏をしながら進んでいる、それはリマトさん達もなんだろうけど、スイスイと足を進めている。体の使い方が上手いんだろうか。
「水の魔王って……可愛い名前があるんだろ? 教えてくれよ」
「水の魔王と正直に答えただけでもかなりの譲歩よ。必要以上の無用な詮索は敵対と見做すわ」
「必要以上って、最低限だろ名前はよぉ! お、そうだリュウヤ! お前なら知ってるんだろこのかわいこちゃんの名前!」
「…………」
「……え、マジ? ……嘘だろ!?」
「本当です……」
そう、未だに俺は水の魔王の名前を知らない。出会ってまだそこまで時間は経っていないが、それにしたって名前を知らないのは正直自分でもどうかと思う。でも名前を聞いたら首元に槍を向けられるんじゃ、交渉の余地はない。
「俺達は一時的な協力関係だから、深入りはしないという取り決めが……」
「えー、かわいそ」
「話を変えましょうか、リュウヤ君は何の魔王なんですか?」
「……え? 俺?」
「そうです。今は火の魔力を使っているようですが、他の魔力も感じます。火の魔王という訳ではないようですが」
「いや、俺は魔王とかじゃなくて」
「?」
「ん? 何言ってんだ?」
「君のそれは、魔王の魔力ではないのか?」
「いや、魔王の魔力ではあるけれど、俺は魔王とかじゃなくいたぁ!?」
三人の疑問に答えていたら、後ろから頭を小突かれた。犯人は水の魔王だ。
「自分にそのつもりが無かろうと、魔王の魔力を持ってる時点で魔王の一人よ。他からそう思われるのは当然。理解しなさい」
……そうか、魔王の魔力を持った時点で、他の人からすればもう魔王同然なのか。自覚がなかったが、考えてみれば当然の話だ。じゃあ町の人達は、俺をどう思っているんだろうか。
「というより、こっちの手の内を聞くなら、先にそちらの手の内を明かすのが礼儀だと思うのだけど。一方的にこちらが情報を与えるのは気に食わないわ」
「用心深いな嬢ちゃん」
「当然の心構えよ」
「いや、彼女の言う事が正しい。先に教えよう。私は強化の魔王、この二人は魔力を持っていない」
「……きょうか?」
え? 魔王の魔力って、なんというか、自然の力のくくりじゃないの? 強化って、そんなくくりがあるの?
「そうだ。文字通り強化するだけの魔力だ。付与するという言い換えも出来る。この二人が魔力を持たないのに魔纏をしているのは、この強化の魔力の賜物だ」
「リマトさんの魔力だけが、適合者のみならず一般人にも付与出来るのです」
「? 適合者には他の魔力でも付与出来るんですか?」
「んあ? お前そんな事も知らねぇのか」
「正直、分からないことだらけで……」
「村に着いたら知っている限りの事は話そう。こういう話は落ち着いた場所の方がいい」
魔王の魔力、俺の知らない特性がまだまだありそうだ。帰ったら可能な限りバロフを問い詰めてみよう。
それにしたって、二人が魔力を持っていないという事にも驚いたが、やはり一番は全く違う系統の魔力が出たというところだ。バロフの城周辺から離れれば、そういった存在も増えて来るのだろう。……どんな魔王がいるんだろうという期待が4割、残りは不安。
「ありがとうございます。因みにですけど、俺は火と風の魔力を持ってます。まだ全然上手く使えないんですけど」
「二つの魔力か、先の戦闘で大方分かってはいたが、改めて驚かされる」
「そんなに珍しいんですか?」
「そうですね、複数の魔力を持っていること自体は多々あるんですが」
「お前みたいに大人しいのは滅多にいねぇよ。大抵は堕王になっちまってるからな」
「……そうなんですか?」
「魔王の魔力を複数有するという事はそれだけかつての魔王に近づくという事。暴虐かつ無道と恐れられた存在に近づくこと即ち、自身もより凶暴な感情を持ちやすくなる。そうした感情に呑まれてしまった者こそ、堕王と呼ばれている」
「……堕王か、そうじゃないかって、明確な区切りはあるんですか?」
「いや、ない。しかし親しい者が見れば一目瞭然だ」
「…………」
「安心しろイリサキ君。君はどう見ても堕王になる兆しはない」
「堕王かどうかって人が、私達を助けたりしませんよ」
「そうだぜ! あんがとなぁ!」
凶暴な感情に呑まれてしまった者が、堕王。バストルは確か、怒りが堕王の原因というような事を言っていたが……広く捉えれば、怒りも凶暴な感情だ。二人の話はどちらも合っている……という事は、堕王とは感情の制御が出来なくなるほどに、力に呑まれた存在と見ていいんだろうか? 判断材料がほとんどないのが悔やまれる。
「それにしても、二人はどうしてこの先に?」
「無用な詮索」
答えようと思った俺が、一言も発する事が出来ない内に水の魔王が答えた。というより釘を刺された。
「なぁ、水の嬢ちゃんって、もう堕王なんじゃね?」
「違うと、それだけは断言できます。理由は言えないですけど」
「ほーん、最低限の理解はあるんだな」
自分の姉を助けようとしている人が、堕王とは考えにくい。今までの話を鑑みたらそう結論付けるのも自然だろう。
ふと気になって水の魔王を見た。お前が私の何を知っているんだと言わんばかりの刺すような視線。これは……ちょっと生意気な発言だったかも。
「じゃあ聞き方を変えましょうか。リュウヤ君自身の目的はなんですか?」
「俺は、魔引きをしているんです」
「なんだそれ」
「えっとですね……」
そこから俺は自分の行っている魔引きについて話した。自分が異世界の出身者だという事、バロフの使いである事、そして魔引きの内容。なるべくかいつまんで分かり易くなるように話した。
「俺の目的は大まかにそんなところで……す?」
話をし終わったくらいで俺はようやく気づいた、サルドさんとマバラさんが凄まじい形相で俺を睨みつけている。リマトさんは表情を崩してはいないが、二人を警戒している。ふと振り向いたら水の魔王が槍を握っている。正しく一触即発の空気。
「お前、リマトさんも魔引くつもりか?」
「許しませんよ、いくらなんでも」
「え? いや、そんなつもりは」
「やめろ二人とも。イリサキ君がそのつもりならお前たちを助けたりなどしていない」
リマトさんの言葉が届いているのかいないのか、二人は俺をずっと睨み付けている。その緊張感に、極寒にも関わらず汗が頬を伝った頃、二人は表情を崩した。
「そりゃそうか。悪かったなリュウヤ」
「すみませんでしたリュウヤ君、命の恩人に」
「いや、そんなことなぁ!?」
また後ろから小突かれた。しかもさっきよりも強く。
「救いようのない馬鹿ね。べらべらしゃべり過ぎよ」
「今の話を聞くに、異世界から来たというのは本当のようだ。君は不用心過ぎる。もっと警戒した方がいい……とは言っても、異世界にそう速く馴染めというのもなかなか酷か。今後は水の魔王になるべく指示を仰ぐといい」
「嫌」
リマトさんの発言に食い気味に答える水の魔王。否定が速いんだよなぁホントに。マバラさんがドンマイと言いたげに肩に手を置いてくる。その優しさがまた、物悲しさを加速させた。




