初の遠出
「最初は道具屋に行くわ」
フードを被った状態で宿の外にいた水の魔王は、出て来た俺にそう告げた。
「何を買うの?」
「寒冷対策よ」
寒冷、まあ氷の魔王の元に行くわけだし、そりゃそうか。彼女の時に雨が降っていたように、雪とか振ってそうだ。
「寒冷対策用のポーションと、お前の分の防寒着を買っておきなさい」
「君の分は?」
「もう持ってる」
……どこに? どう見てもそんな荷物を持っているようには見えない。全身を覆うロープに隠してあるとか、そんな様子は見られない。俺みたいにポーチでも持っているのかと思ったけど、そんな感じの物を身に付けてた感じもない。
「どこに持ってるの?」
「それと同じようなものよ」
そういって彼女は俺のポーチを指さす。魔法でどうにかしているって事なのかな?
「ここでしょ? 保存の効く食糧も買っておいて」
話していたらゲネラルさんの店に着いた。入ろうとしたが、水の魔王は入ろうとはしていない。
「行かないの?」
「私は必要な物はもう揃えてあるわ。さっき言ったのを買ってきなさい、食料は一週間分よ」
「一週間!?」
「……日帰りのピクニックにでも行くつもりだったの?」
「あぁ……そうだよね、わかった」
「やめる? 別に私は良いわよ」
「いや、やめない。大丈夫」
甘い考え方をしていた。その考えを拭うように扉を開け、ゲネラルさんに対面する。
「いらっしゃいませリュウヤ様」
「どうも。早速なんですが、保存の効く食糧を一週間分。それと防寒着と、寒冷対策のポーションをお願い出来ますか? あと体力回復用のポーションも幾つか」
「かしこまりました。お連れ様は宜しいので?」
「……一応、多めに用意してもらってもいいですか?」
「大丈夫ですよ。では少々お待ちください」
笑顔でそう答えると、彼は支度を始めた。多めに頼んだが、テキパキとなれた動作で準備をしてくれる。そして数分もしないうちに、頼んだものがカウンターに出そろった。
「干し肉を中心に用意致しました。そのままでも、少し焙っても。これは家畜の肉ですので、ご安心ください」
用意された食料は丁寧に包んである。個数を見るに、どうやら二人分はありそうだ。ありがたい。
「それと防寒着と、回復ポーションB級を5つ。寒冷対策のポーションですが、今はこの二つだけになります。申し訳ございません」
「いえいえそんな、急に言ったのにこんなに用意して貰って申し訳ないです」
「恐縮です。しかしこれだけの量、今回は遠出のようですね」
「そうですね、往復一週間程かなと」
「それだけの距離になりますと、魔物も本格的に姿を見せる事になるでしょう。どうか用心なさってください」
「わかりました、ありがとうございます」
笑顔で見送るゲネラルさんを後に、店の外に出る。外には水の魔王、遅いとでも言いたげに腕を組んでいる。
「お待たせ」
「別に良いわ。あと武器屋に行っておきなさい、準備はそれで終わり」
「ん? 君の準備は?」
「もう済ませてある。今日の準備はお前の準備って事」
「そっか、ありがと」
お礼の言葉に特に返ってくる言葉はない。冷たく顔を背けて歩き出す魔王の後を追うように、俺も歩き始める。
「君の武器は?」
「お前のように常に持ち歩く必要はないの」
「へぇー、収納するような魔法とか?」
「あまり詮索しないで。踏み入る気も入らせる気もない、言わなかった?」
「はい、ごめんなさい」
冷たっ。そろそろ心が折れそう。いや、でも、敬語を使われてた初めの頃よりはまだマシだ。そう思うしかない。
「おやリュウヤさんいらっしゃ……泣いてるんですか?」
「泣いてないです」
武器屋に入った瞬間即座に見抜かれたが即座に否定した。惚れた女の子にあまりにも冷たくされたから涙を浮かべたとか絶対この人バカにする。ゲネラルさんなら大丈夫だけどウェンさんはバカにする。
「まぁ、武具の手入れは済んでますよ。どこに行くかは知らないですが、気を付けてくださいね」
「ありがとうございます」
「あと恋愛沙汰の相談は私は受け付けてないので勘弁してくださいね」
バレてるぅ。
「お待たせって、バストル!」
「アンさんからリュウヤ達にと色々預かったんだ。間に合って良かった」
店から出ると水の魔王に加えてバストルも待っていた。様子を見るに今追い付いたようだ。
「ごめんね、わざわざありがと」
「気にするな。預かったのは調理器具と、調味料だ」
バストルが手渡してくれたのは、小さなフライパンと一つのビン。瓶の中には緑を中心とした粉が入っている。
「このフライパンは魔力を通すと浄化作用が働くようになっている。自然の水などを飲み水に変える時に使うといい。あとこの調味料は塩だ」
「おお! 助かるよ!」
「きっと食料はゲネラルさんの所で買うと思ったからな。こういった物の方が役に立つだろう」
「でもどっちも高価な物なんじゃないの?」
「そんな事を気にしたところで、あの人は持って行けと言うさ。分かってるだろ?」
「……そうだね、ありがたく使わせてもらうよ」
「お、そうそう。水の魔王にアンさんから伝言だ」
「……何?」
「リュウヤを宜しく頼むと。これは私からの伝言でもある」
「…………」
分かったとも言わずにそっぽを向く水の魔王。いやまあそりゃそうか。
「とにかく気を付けてな」
「ありがと、バストル。アンさんにもよろしく言っといてね」
バストルに手を振り振り向くと、水の魔王がもういない。見ればもうかなり先まで歩いている。ちょっと待ってと言いながら、俺は急いで後を追いかけた。
町を抜け、スライム達に挨拶をし、それからまた暫く歩き続けた。もうそろそろあの雨が降っていた辺りだが、それらしい気配はない。雨どころか晴模様だ。
「雨降ってないね」
「私がいないんだから、当たり前よ」
「あぁ、やっぱり君が降らせてたの?」
「私から漏れた魔力が雨になってただけ。私が降らせてた訳じゃない」
なるほど、じゃあ今までの魔王達も漏れた魔力で周囲がああなってたのか。改めて魔王の魔力って凄いな。あ、そういえば。
「ちょっと聞きたいんだけどさ、前俺が高く飛んだ時に魔力飛ばした?」
「……なに?」
「ごめん、色々端折った。前にさ、空を飛ぶ練習しててね。その時かなり高く飛んだんだけど、四方から魔王の魔力を受けて落されたんだ」
「情けない話ね」
「ぐっ……その時、水の魔力らしきものを感じたんだけど、君が飛ばしたかなって」
「覚えがないわ。いつどこで?」
「バロフの城の辺りで、一週間程前かな?」
「そんなところまで私の魔力は届かないし、そもそもその頃はこの辺りに居なかった」
「じゃあ、君のお姉さん?」
「姉さんではないでしょうね。氷の魔力だし、出来る状態じゃないわ」
「……じゃあ、別の魔王?」
「そういう事よ。遠くからそんな事を出来るのはかなりの実力者と見るしかない。道中合わない事を祈りましょ」
「もし会ったら「その時は逃げるわ。貴方を囮にしてね」
間髪入れない淡々とした返答、やっぱり氷の魔王なんじゃないか?
それはさておき、別の魔王が西の方にいるのが分かった。気を引き締めて……どうにかなればいいけど。戦わないならそれに越した事はない。なんにせよ慎重にいこう。
「今日はあの洞窟で休むわ。明日からは過酷な道のりよ、さっさと休んでおきなさい」
彼女が指さす方向には見覚えのある洞窟。水の魔王と出会った、あの洞窟だ。気付けばもう日が落ちかけている。流石に疲労を感じる足を動かし、俺達は洞窟へと入っていった。




