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魔王の魔引き、始めました  作者: 忠源 郎子
第一章 旅立ち
30/98

説得、そして目的


 翌日。いつもと変わらぬ朝を迎え、寝ぼけた眼を擦りながら下に降りる。



「おはよう」


「おはようリュウヤ」


「…………」



 少しだけこちらに目線を向け、小さく会釈をしてくれた。しかしまだ警戒心をひしひしと感じる。昨日のあれが余程彼女には悪影響だったようだ。



「あれ? バストルはまだ?」


「彼ならちょっと前に出たわ。誰かを呼びに行くって」



 あ、昨日言ってた説得のスペシャリストの事か。しかしスペシャリストというからには、かなりの話術を持っているんだろうか? 交渉人みたいな人が、この世界にもいるって事か?



「おはよう」



 交渉人は一体誰なのか、その疑問の答えはいつの間にか椅子に座っていた。俺がこの世界に来て聞いた第一声。低く重工な、威圧感のあるその声の主は……



「バロフ!」



 元気か? なんて気さくに話しかけて来る魔王バロフ。来た瞬間が全くわからない。この人達は本当に心臓に悪い。


 アンさんはニコニコとしているが、水の魔王は見る見る内に顔が青ざめていった。バストルの時もそうだったが、こうして第三者を挟むと改めてバロフの恐ろしさを実感させられる。……そういえばバストル帰ってこないな。



「初めましてだな、水の魔王」


「……なんの、用?」


「いやなに、救いの手でも差し伸べてやろうと思ってな」


「魔王バロフも、冗談を言うんですね」 


「いやいや本心そのものだ。話は粗方聞いた。お前は誰かを助ける為に行動しているそうだな」


「それは……勘違い。私は私を助けてと言っただけ」


「いやいや感動した。この世界にもまだ誰かの為に動こうとする者がいるとは。実に感動的だ、素晴らしい」


「ちょっと……聞いてるの?」


「だから助けてやろう。オレの寛大さに感謝するんだな」


「だから、そんなのは必要ない」


「どうしてもか」


「そうよ」



 水の魔王、凄いなぁ。あんなに怖がっていたのに、バロフ相手にああまで突っぱねるのはなかなか出来ないと思う。それほどまでに硬い意思があるんだろうか。



「そうかそうか、残念だ。では殺そう」


「……は?」



 聞くに徹するつもりだったが、思わず声がでた。



「な、なんで?」


「オレがせっかく助けてやろうとしているのに突っぱねるとは、残念なことだが仕方ない。殺すしかない」


「……そんな、理由で?」


「まあ、オレの城下町をうろついてた時点でそうしようとは思っていたんだがな。お前の志に胸打たれて助けてやろうと考えた。しかしそのチャンスがいらないと言うならそれはもう殺すしかない」



 暴論、俺にはそうにしか見えない。説得のスペシャリストのやることがこれ?



「お前が死ねばお前の大切な人もいずれ死ぬだろう。重ねて言うが、残念だ」


「……ヴァダ・ヴィエ!」



 水の魔王がそう唱えると、どこからともなく水で作られた多数の刃がバロフを取り囲む。そして彼女は命じるように腕を振り下ろした。……が何も起きない。刃はその場で止まったままだ。今の合図でバロフに襲い掛かるはずだった、しかし何故か動かない。何が原因なのか分からない。水の魔王の表情は、ありありとそう語っていた。



「フハハ、こんなものでオレをやれると思ったか」



 バロフが軽く手を挙げれば、刃はまた水となり、バロフの手に集まっていく。やがてそれらは再び武器を形どる。複数の塊が固まって出来たそれは、まさしく刀の姿をしていた。



「では死ぬがいい」



 バロフが手にした凶刃が、水の魔王に向かう。首を刎ねる軌道をなぞるように近づくそれを、水の魔王は後悔に塗れた眼で見ているだけだった。



「待ったぁ!」



 思わず庇うようにして飛び出した。俺の頬の皮膚を薄く切った辺りで、バロフの手が止まる。



「どうした、危ないぞ」


「いや、殺すのはさ、やめにしない?」


「何故だ」


「や、あの、そのー、えっと」



 ノープランで飛び出したのが自分でもよく分かる。バロフは一応手を引いてはくれているが、ここからどうやって説得しようか……



「そこを退けリュウヤ」


「いや、退かないよ」


「庇う必要もあるまい」


「ある。せっかく助けた相手を殺されるのは我慢ならない。それに彼女にも助けを求めない理由があるんだと思う。そもそも、本当に俺のただの勘違いって事もあるし」


「オレの領地に入った責はどう庇うつもりだ」


「それは……バロフは最初、魔王達の処遇は俺に任せるって言ったよね。それを反故にするのは納得できない」


「確かに、言ったな」



 沈黙。バロフを見据える俺、俺を見据えるバロフ。俺はバロフがどう出るかを見るしか出来ない、バロフの胸中はいったいどうなっているんだろうか。


 暫くの間が空いて、バロフは手に持つ刀を霧散させた。



「前言撤回は確かに頂けないな。良いだろう。リュウヤに免じてここは見逃してやろう」



 ふぅー、と長い溜息が思わず出た。それを見てバロフが笑う。



「無計画に出るのは悪い癖だなリュウヤ。お前の死因だというのに、直さないのはどうかと思うぞ」


「痛いとこを突く言い方……」


「フハハ、まあ励むと良い」



 そう言って彼は俺の頬に軽く手を添え、横を通り過ぎる。何かと思い頬をさすれば、傷が治っている。体の疲れも綺麗に取れていた。



「ありがとバロ、ファアア!」



 お礼の為に振り替えれば、バロフが水の魔王の頭に手を添えている。いやいや今殺さないって言ったのに!



「早とちりをするなリュウヤ、落ち着け」



 バロフが手を退ければ、水の魔王は驚いた顔をしている。その様子から察するに、俺と同じく体力を回復してもらったようだ。



「ではオレは戻る、邪魔をした。それと、水の魔王。このリュウヤの善意は本物だ、オレが保証しよう。気が向いたなら頼るといい」


 

 それだけ言ってバロフはフッとその場から消え去った。



「……なんか、掌で転がされた感」


「……」



 改めて安堵の溜息を吐く俺に、不思議そうな顔をしながら水の魔王は視線を向けている。



「貴方、何者なの?」


「あ、そうだね、俺の説明全然してなかった」


「なら私お茶淹れてくるわね。一息いれながら話しましょう」



 アンさんが台所に向かおうとしたのと同じくらいのタイミングで、バストルが帰って来た。



「終わった?」


「終わったよ、まさかバロフを呼ぶなんて」


「まあ、この世界の説得なんてものはほとんど力の誇示による脅しだ。そうなれば、バロフ以上のスペシャリストもいないだろう」


「そういう……というか入ってくるタイミング見てたでしょ」


「怖いからな。一発殴ったし」


「え?」


「何でもない、気にしないでくれ」



 気にしないでくれと言われたら気になってしまう。問いただそうかと思っていたら、アンさんがお茶を人数分持ってきてくれた。聞くのはまた今度にしよう。



「じゃあ、俺の話をしようか」



 お茶を机に並べ終わった後、席についた俺が切り出した。隣にバストル、正面に水の魔王。斜め前にアンさん。アンさんが座った時、一瞬水の魔王が警戒してたように見えたけど、気のせいだろうか?


 俺は水の魔王に、俺の役目や目的、そして生まれなどを話した。この世界の人間じゃない事も、この世界に来てからの事も、包み隠さず伝えた。最初は怪訝そうな顔をしていた彼女も、次第にひそめた眉をゆるめてくれた。ある程度は信じて貰えたと思って良いのかな?



「さあ、次は君の番だ水の魔王」


「待ってバストル。言いたくない事だってあるし、無理には「良いわ」


「え?」



 急ぐことは無いと思っていた矢先、被せるように彼女は口を開いた。



「少しだけ、信用する。私の目的を話すわ」


「……ありがとう」


「なんで貴方が礼を言うのよ」



 自分としては、信じてくれてありがとう。そんなつもりだったんだけど、彼女にはそれが不可解に映ってしまったらしい。またひそめられた眉がそうだと言っている。



「……私には姉が一人いるの。姉は、氷の魔王の魔力を持っている」


「姉妹そろって魔王か」


「厳密にはそうは言えない。姉は魔力を制御しきれず、氷漬けになってしまった」


「氷漬け……それってかなり危ないんじゃ?」


「命はまだあるけど、時間の問題。完全に制御を失えば、氷に命を奪われてしまう」


「……そうなる前に溶かす為に、火の魔力が必要だったんだね」


「そうよ。でも、溶かせるとは限らない。常に凍り続けているの。生半可な熱じゃとても溶かせないわ」


「わかった。行ってみよう。案内して」


「行こうって……今から?」


「もちろん。のんびりしている暇はないんでしょ?」


「……もう少し私の話を疑うとか」


「しないよ。君が信じてくれたんだから、俺だって信じるよ」



 呆れたような顔で俺を見る水の魔王。そして溜息。その後すぐさま立ち上がり、準備に行くわよと宿を出た。ようやく心を開いてくれた事が嬉しくなり、行ってきますと声高らかに、二人に告げるのだった。

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