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魔王の魔引き、始めました  作者: 忠源 郎子
第一章 旅立ち
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城下町バロフ

 バロフの送り出しと共に俺の視界は一変した。さっきまで部屋の中に居たのに、いつの間にやら外に立っている。一緒に来たらしく、横には黒騎士もいた。


 振り返ればそこには見上げる程の巨大な扉。そして巨大な城。本やテレビでしか見た事ないような西洋風の城。さっきまであの中に居た、という事なのだろうか。隣の黒騎士が背後の城にぴったりだった。



「来い」



 低く野太い、反響する声が聞こえる。そして黒騎士は歩き始めた。少し混乱気味の俺は遅れて後に続く。



「どこに行くんですか」


「まずは城下町の案内だ。魔引きの為の、当面の拠点として使うがいい」



 ガシャンガシャンと音がする、と思ったが意外にも黒騎士の移動は静かだった。代わりと言って良いのか、時たま水が跳ねるような音がする。一体何の音だろうか。


 そうこうする内に、景色の中に建物が増えてきた。ぽつぽつではあるが人影も見え始める。そして進むにつれ段々と賑やかになり、露店も立ち並び、ついには人の声の絶えない賑やかな町中となった。建物はレンガのようなブロックを基本にした作りで、日本ではあまり見慣れない外観だ。



「ここが城下町バロフの中心だ」


「バロフ? 町の名前を魔王の名前にしたんですか?」


「ここに住む者達が勝手に呼び始めただけだ。主要な施設を教える、はぐれるなよ」



 再び歩みを進める黒騎士の後を追う。こんな目立つ人を見失うなんてことはない。


 しかし彼が町中を歩く光景は意外なものだった。普通こんなのが通れば奇異や好奇の眼を向けるものだと思っていたが、町の人々の眼は親しみで溢れている。黒騎士様、ご機嫌如何ですか。黒騎士様、こんど是非ともうちの店にいらしてください。黒騎士自身も手を振ったり、短くも優しい返事を返したりしている。きっと今、あの兜の下は笑顔だろう。



「なんか、イメージと違う」



 魔王の手下なんだからもっと人々に恐れられる存在だと思っていたが、実際は正反対だ。魔王バロフもなんだかんだ親切ではあったし、魔王という言葉の定義が違うんだろうか。



「ここが雑貨屋だ」



 黒騎士が立ち止まった家は他と同じレンガの外観だが、看板が上にかけてある。なんの文字かは全く分からないが、不思議と雑貨屋と読む事が出来た。これも魔法の影響なのかな、便利だなぁ。


 俺か呑気な感想を思っていると、黒騎士はそのまま中に入っていった。俺も後を追う。



「これはこれは黒騎士様! ようこそ御出で下さいました!」



 よく通る声が店内に響き渡る。反射的に声の聞こえた方を見ると、カウンターの向こうで恰幅の良い中年男性が、快活な笑顔を見せていた。



「久しいなゲネラル。こいつが以前話した魔引きの担当だ」


「この方が! なるほどなかなか良い眼をしていらっしゃる。申し遅れました私、この店の店主をしておりますゲネラルと申します」


「圦埼 柳埜です、よろしく」


「こちらこそ、よろしくお願いしますリュウヤ様」


「ここの店にある必要な物は持ち出していけ。代金はこちらで持つ」


「え? いいんですか?」


「いい。ただ何を何個持っていくかは、その都度確実に店主に伝えろ。それと、一度に持ち出すのは常識の範囲にしろ。ここは町の住人皆も使う店だ」


「わかりました、ありがとうございます」



 ふと店内を見回せば、パンや飲み物などの食料品のほかに、瓶に入った緑色や青色の液体、白い野球ボールのようなもの、ロープなど色々なものが置いてある。品ぞろえも豊富なようだ。



「品物の詳しい説明は後々教えてもらえ。ではまた来る」



 ゲネラルさんに一瞥すると、黒騎士はそのまま店を出る。俺も店主に軽く会釈をして後を追った。



「ここは武具屋だ。武器や防具はここでそろえろ」



 ここも同じようにレンガ作りの建物だ。だがさっきの雑貨屋と違って看板の代わりに剣と盾が飾ってある。分かりやすい。



「ウェン、いるか」



 店に入るなり黒騎士は口を開く。するとどたどたと慌ただしい物音と共に店の奥から一人の男が飛び出してきた。



「はいはいはいいますいますよ黒騎士様。ご機嫌如何ですかお久しぶりですね」



 矢継ぎ早に話す男は眼鏡に長めの黒髪。少し痩せ気味に見える体は色白で、不健康な印象を受ける。言っては何だが、とても武器を扱えそうな感じではない。



「以前話した、魔引きの担当者だ」


「……ああはいはい! 思い出しましたよええ。この方の武具を見繕う話思い出しましたよ」


「圦埼 柳埜です。よろしく」


「ウェンです。どうそよろしく」


「明日ここで装備を整えてもらえ。ここもこちらが負担する」


「ありがとうございます」



 見渡した店内は所狭しと武器の類が並んでいる。剣に槍に斧に弓。それとあの鎖の先に鉄球が付いたやつの名前なんだっけ。



「では失礼する。頼んだぞ」


「ああ待ってください黒騎士様! 是非とも使って頂きたい武器が!」


「またの機会にな」



 ウェンの静止を軽くあしらい黒騎士は店を後にする。俺はさっきと同じように会釈をして店を出た。



「最後にここ、宿屋だ」



 この施設だけはレンガではなく木を多く使った外観で、他よりも馴染み深い雰囲気があった。



「失礼する。アンはいるか」


「あら黒騎士様。いらっしゃい」



 アンと呼ばれた女性は朗らかに微笑んだ。年齢は俺より少し上くらいだろうか。ブロンドっていうのかな、綺麗な髪の色をした女性だ。



「以前話した魔引きの担当者だ」


「あらこの方が。私より若いのに立派なのね」


「どうも。圦埼 柳埜です」


「アンよ。よろしくリュウヤ」


「基本はここを家として使うと良い。町の外に行く場合はアンに伝えておけ。無論宿代はこちらが持つ」


「何から何まで、ありがとうございます」



 その返答に少し黒騎士は困ったようだった。しばらく間を空けて、良い、と言ったのを見ればそれがわかった。一体何に詰まったのだろうか。



「では明日の朝迎えに来る。今日は早く休んでおけ」



 そういうと黒騎士は出て行ってしまった。アンさんは手を振っている。



「それじゃ部屋を案内するわね」


「お願いします」



 彼女に連れられ俺は部屋へと進んだ。二階の奥の右手の部屋だ。



「ここよ。最低限の物は揃えたけど、他に何かあれば遠慮なく言ってね」


「ありがとうございます。助かります」


「それじゃ夕食の準備をしてくるわ。出来たら声をかけるから」

 


 朗らかに手を振り、アンさんは部屋を後にした。


 用意された部屋はとても手入れが行き届いていた。埃一つもないぐらいの勢いだ。ベットも清潔そうな白のシーツが輝いている。



「そういえば夕食って言ってたな」



 窓を見れば、いつの間にか夕日が沈みかけていた。元の世界と変わらぬ景色が心に染みる。



「……これ、夢なのかな」



 思い返せば、何もかも現実離れした出来事の連続。訳のわからない会話の連続。ただ言われるがままに一日過ごしたが、今ようやく得も言われぬ恐怖感が漂って来た。


 もしかしたら俺は奇跡的に命だけは取り留めたが意識は戻らず、植物人間になってしまって、今はその俺が見ている夢なんじゃないか。腕を抓る、痛い。叩いてみる、叩いた場所がほんのり赤くなった、痛い。


 痛いなら現実か? でも本当にそんなことがあるのか?



「出来たわよ。さ、食べましょ」



 扉の向こうから声がする。返事をして俺は部屋を出た。


 案内されたのは一回の食堂だった。そこにいたのは俺とアンさんだけだったが、席はそれよりも多い。普段は他の宿泊客も利用するのだろう。



「どうぞ召し上がれ。おかわりもあるわ」



 出されたのは白くとろみのあるスープに、様々な野菜の入った料理。こっちの世界にもシチューがあるのかと少し感動した。



「美味しそうですね、頂きます」



 スプーンを手にし、一口頬張る。野菜の甘味とうまみが溶けた絶品のシチューだった。



「とても美味しいですよ」


「それはよかった。ゆっくり味わってね」



 半分夢中になりながらシチューを口に運ぶ。元の世界で食べたシチューを思い出しながら、口に運ぶ。



「そんなに急がなくてもって、ちょっと大丈夫!?」


「え?」



 何を心配されているのか分からなかった。ただ料理を味わっているだけなのに。


 これを使ってと、アンさんがハンカチを差し出す。そんなに汚い食べ方したかな、そう思って下を見る。太ももがびしゃびしゃに濡れていた、でも熱くはない。



「どこか痛めてたの? それともホントは口に合わなかった?」



 そこでやっと分かった。俺は泣いていた。自分でも気づかない内に、どしゃ降りのように泣いていたんだ。



「いえ、あの、美味しくって、すみません」


「良いの。落ち着いて、大丈夫よ」



 アンさんは立ち上がり、優しく俺を抱きしめてくれた。作ってくれた彼女には申し訳ないけど、後半はもう涙の味しか分からなかった。


 食事の後、俺はアンさんにお礼と謝罪を言って部屋に戻った。あんな醜態を晒した俺に変わらず笑顔を向けてくれた彼女は、本当に優しい人だ。


 部屋に戻り、倒れこむようにベットに入る。


 あのシチューで俺はなんとなく理解してしまった。自分が本当に違う世界に来てしまい、元の世界の俺は本当に死んでしまったのだと、分かってしまった。だから元の世界の皆の顔が浮かんで泣いてしまった。あんなに泣いたのは初めての事だった。


 一体俺はこれからどうなるんだろうか。未知の世界への不安が襲い来る。しかしそれを上回る疲れが、俺を眠りへと引きずりこんで行った。

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