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魔王の魔引き、始めました  作者: 忠源 郎子
第一章 旅立ち
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氷のような少女


「リュウヤ、目を覚ましたわよ!」


「ホントですか!」



 アンさんの声に、思わず二階に駆け上がりたくなる。しかし、ちょっと待っててという彼女の声が、再び俺を席に座らせた。



「良かったじゃないかリュウヤ。これで一安心だな」


「うん。ほんと良かった。バストルもありがと」


「私は何もしていないさ。せいぜい運ぶのを少し手伝っただけだ。私より、あの、アドスであっているか?」


「あってるよ」


「彼の方が働いたじゃないか。西の離れから二人をここまで運んだんだんだろう?」


「そうなんだよ。気絶した彼女を連れて帰ろうとしたら、魔力が全然無くってさ。どうにかならないかとアドスを呼んで、ここまで乗せてもらったんだ。まあ呼んだら飛んで来たのはビックリしたけどね」


「私も土の巨人が町に走って来たのは驚いた。地震でも起きたかと思ったぞ」


「あれは町の人達に悪い事したなぁ。そりゃビックリするよね」


「まあここの住人達はある程度慣れているようだし、深く気にする必要もないだろう」



 たまたま来ていたバストルとそんな話していたら、階段から二人分の足音が聞こえた。思わず体が強張る。



「さ、座ってて! いまご飯運んでくるから!」


「あ、俺も手伝います」


「いい、リュウヤは彼女の相手をしていてくれ。私が手伝おう」



 水の魔王はアンさんの案内で、俺の正面に座る。服装はあのロープ姿に戻っているが、それでも見惚れてしまう。バストルは計らってくれたんだろうけど、その、こんなに綺麗な人が相手だと緊張してしまう。



「あの、傷は大丈夫?」



 小さく頷く水の魔王。素っ気無さをひしひしと感じる。



「俺、圦埼 柳埜っていいます。よろしく。えっと、なんて呼んだらいいかな」


「水の魔王」



 冷たい。氷のように冷たい。言い方も態度も、なんとも冷たさを感じる。水の魔王じゃなくて氷の魔王なんじゃないか?



「……出来れば、名前を教えてもらえないかなーって」


「私は深く踏み入るつもりも、踏み入らせるつもりもありません。助けてくれたことには感謝していますが、それとこれは別です。関わらないでください」


「その助けたって事なんだけどさ。覚えてるかな、気絶する前に助けてって言ったの。助けて欲しいと言ったのは君自身じゃなくて、別の人を助けてと言ったんじゃないの?」



 この俺の問いに、彼女はすぐさま返事を返さなかった。少し面食らったような表情を見せ、戸惑いの色が滲み出た。



「君は向かってきた時、火の魔力を渡せって言ってた。あんなに疲れているのに、必死になって火の魔力を手に入れようとしたよね。この魔力を使わないと、その人は助けられないってことでしょ? 自分が死ぬかも知れないのにそれを押してでも、助けたい人がいるんでしょ?」



 今度は驚きの表情がしっかりと露になった。俺の推測はどうやら的中のようだ。



「俺、力になるよ。君の助けになる。俺の火の魔力が役に立つなら、いくらでも使うよ」



 俺の申し出を受けた彼女の表情は、嫌悪の色に染まってしまった。何か気に障ってしまったのか? 何か、言ってはいけないような事、言ってしまったのか?



「何を勘違いしているのか知りませんが、私は私自身を助けて欲しいと言っただけです。その件については言った通り感謝しています。変な勘違いをしないでください」



 やっぱり、何か聞き方を間違ってしまったのか。拒絶の感情がひしひしと伝わってくる。心なしか少し距離が開いてしまったような感覚だ。



「お待たせ! さ、食べましょ!」



 会話が行き詰ったタイミングで、アンさん達が料理を運んできてくれた。野菜を溶ける程に煮込んだスープ、病み上がりの水の魔王の胃袋にも優しい献立だ。



「申し訳ないですが、まだ気分が優れないので部屋で頂きます」


「あら、じゃあ私が持って上がるわ」


「大丈夫です」



 冷たくそう言い払うと、水の魔王はそのまま食器を手に取り二階に上がってしまった。



「……フラれたなリュウヤ」


「人聞きの悪い言い方。というか見てたな」


「悪い悪い。しかしリュウヤも、もう少し乙女心を理解した方がいいんじゃないか?」


「イケメンに言われると腹立つぅ」


「まあ冗談はさておき、早めにこういう事態に当たってよかったと私は思うぞ」


「どういう事?」


「そうね、私から説明してもいい?」


「そうだな、アンさんの方が良いかもしれない」


「お願いします」


「この城下町、比較的平和なのは分かるわよね?」


「はい」


「だからだまし合う必要もないし、助け合いは日常風景なの。それだけ人を信用できる環境と余裕がある。ここの人達の心の持ちようは、リュウヤの居た世界に似てると思うわ」


「確かに、そうですね」


「でもここから離れれば、もうそこは弱肉強食の世界。騙し騙されは当たり前の、余裕のない世界。手を差し伸べてくれる人がいるとしたら、それは絶対裏がある。そういう世界なの。あの娘はきっと、そういう世界から来たんだと思うわ」


「…………あ」



 迂闊だった。俺がやったのは、まさにそういう事だ。親切を装って相手を騙そうとする、それそのものだ。あの嫌悪の表情は、彼女の過去の出来事を思い出させたからだろう。彼女の騙された経験と、俺のやった事は全く一緒だったんだろう。もっと考えて聞くべきだった。いきなり踏み込み過ぎてしまった。



「いい勉強になっただろう。世界が違えば捉え方も違ってくる。リュウヤの優しさは、人によっては受け入れがたい事もある」


「……うん、よくわかった」


「そう心配するな。この世界なりの説得というのもある。明日そのスペシャリストを連れてこよう」


「スペシャリスト?」


「納得のいく人選だとリュウヤも思うだろう。まあ待っているといいさ」


「わかった、頼むよ」


「しかし……あれだな」


「?」



 バストルらしからぬニヤニヤとした笑み。一体どうしたと言うんだろうか。



「あの娘に惚れたな、リュウヤ」


「なっ!?」


「あらあら」



 突然のそのセリフに、間抜けな声が飛び出した。みるみる内に自分の顔が赤くなるのが分かる。こうも面と向かって言われると恥ずかしいってもんじゃない。アンさんもニコニコと嬉しそうな顔をしている、恥ずかしい



「……カマをかけたんだが、こうも露骨な反応が来るとは」


「ず、ずるいぞバストル!」


「ハハ、悪いなリュウヤ。まあこれ以上はからかいはしないさ。むしろ全力で応援しよう」


「くっそ……イケメンめ余裕見せやがって」


「どういうところ? あの娘のどういうところが良かったの?」


「いや、アンさん……その、恥ずかしいんで……勘弁して下さい……」


「あらあらごめんなさいね。でもリュウヤの恋の話、聞かないわけにはいかないわ」


「私も聞きたいところだが、年頃のデリケートな問題だ。聞くのはまた今度にしておこう」


「振り回すだけ振り回しやがって……覚えてろ?」


「勿論。話してくれるのを楽しみにしておくとも」


「そういうことじゃない!」



 からかわれてばかりだが、それでも楽しい平和なひととき。この時間を彼女と共有できれば良かったけど、今すぐという訳にはいかないだろう。だがいずれ、そうなればいいな。そんなことを思いながら、俺はベットに横になった。









 

「…………そろそろね」



 月も頂点を過ぎた深夜。もう物音はどこからもしない。この宿の住人も全員寝静まったとみていい。ここは以前宿泊した時と同じ部屋。私の記憶が正しければ、変わっていなければ、イリサキとやらはこの部屋の真向かいだ。


 ドアの接合部に水を纏わせ、音を遮断する。極力床を軋ませないよう、注意を払いながら移動する。向かいの部屋に侵入し、扉を閉める。……物音はしない、気付かれてはいない筈。


 耳を澄ませながら、ベットの方に向かう。月明りで照らされているのは黒髪の少年、イリサキで間違いない。安らかな寝息は危機感を微塵も感じさせない。なんとも間抜けな男。


 私の目的のためにはこいつの火の魔力がいる。私に適合するかは分からない。でもやる。例え適合しなくても、死ぬ気で適合させる。


 看護のお陰で体力も大分回復した。こうしてこの手に作り出した水の刃も……鋭さを取り戻した。これなら首を刎ねるのにも問題ない。情が出てしまう前にやってしまおう。助けてくれた礼に、責めて苦しまないよう一思いに……



「何をしているの?」


「っ!?」



 嘘!? 音はしなかった!? いつの間に背後を!?



「こんな夜更けに人の部屋に忍び込むなんて、イケナイ子ね」



 この声、この宿の女主人!? そんな、そんな気配は一切しなかった!



「貴女はせっかくリュウヤが助けた子だもの。それを私がヤッちゃったら、リュウヤに悪いでしょ? だから今回は見なかったことにしてあげる」


「な、何者なの……?」


「私? 私はリュウヤの、母親代わりよ」



 そういう事を聞きたいんじゃない、けど、これ以上踏み込めない!



「今言った通り今回は見逃すわ。次同じことをしたら、警告なしよ。どこまで逃げても追いかけて、必ず後悔させてあげる。死なせてと叫ばせるのは得意なの」



 クスクスと気味の悪い笑いが響く。生きた心地がしない。何の魔王かなど検討も付かない、自分の圧倒的格上という事しか分からない。



「さ、もう寝ましょう。明日何か食べたいものはある?」


「…………」


「ふふ、じゃあ好きに作るわね。おやすみ、水の魔王」



 その言葉の後、全身を覆う重圧が消えた。急いで振り向くが、もういない。そもそも彼女はいたのか? 得体が知れな過ぎて夢だったのかとさえ思ってしまう。こんな事態が起きて尚、眠りこけるこの男が、その考えを色濃くする。


 だが例え幻だったとしても、私にもう一度決行する勇気はなかった。恐ろしい気味の悪さを感じながら、私は部屋を後にした。

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