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魔王の魔引き、始めました  作者: 忠源 郎子
第一章 旅立ち
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掠れた声で


「あ、えっと……」



 いきなりの再開、と言ってもすれ違った程度。何を話していいか分からず言葉に詰まる俺。きっとこの子が水の魔王なんだろうけど、どうしたものか。相手はぼうっとした眼で俺を見ている。疲れているんだろうか? よくよく見れば、手や足に傷が見える。衣服も汚れが目立つし、所々に焦げたような跡がある。何かと戦った後というのが推測できる恰好だ。



「その……大丈夫? ポーションとかいる?」


「…………」



 問いに返事なく彼女は俺を見る。その視線は俺の顔から、手に作った灯に移動していた。念のためにポーチに一つだけ入れてたポーションを探す。何も準備する時間はなかったけど、ポーチだけは持ってて良かった。



「えーっと、あったあった」


「……ひ……、……りょ……」


「え?」



 俺が取り出したと同じくらいに彼女が何か言ったようだ。だが弱っているせいなのかよく聞き取れなかった。もう一度聞きなおそうと彼女を見ればいつの間にやら立ち上がっている。どこから取り出したのか、その手には青い切っ先の槍を持っている。しかしその武器を杖のように支えにしながら立つ姿は、見ていて非常に痛々しい。



「火の魔力、渡しなさい!」


「え!? ちょ、まっ」



 俺の静止など意に介さず、その切っ先を俺に向けて突き出す彼女。慌てて後ろに飛び退きかわしたが、少し遅れていたら心臓に穴が空いていた。



「待って待って話を!」


「ヴァダ・ミェータ!」



 一心不乱。そんな様子の彼女が呪文らしきものを叫べば、槍がまるで水の螺旋のように変形し、俺めがけて直進する。螺旋は俺と同じ程の大きさに成長し、容赦なく迫る。



「うぉあああ!?」



 押されないように風の魔力を吹かして押し留めようとするが、それも虚しく水の勢いに圧倒されてしまう。



「くっ!」



 このままでは水に飲まれる。攻撃に向けて吹かしていた風はそのままに体は出口を向き、全速力で洞窟から抜け出した。直後、俺は大きく右に飛び出す。水の螺旋は俺を追尾することなく直進し、そのまま勢い弱まり消滅した。


 一体なんなんだ、そう思っていると、洞窟からあの少女が次いで姿を見せる。途中で脱いだのか、ロープの下の服装が露になっていた。胸部、腰から下、そして肘から先、青を基調にした服装で覆っている。腕を覆う布は長く、そのままだと地面についてしまいそうだ。腰まである長い髪は一本くくりのいわゆるポニーテールになっている。全体的に長い尾を連想する服装だが、それらは重力に引かれる事無く、まるで水中であるかのように揺蕩っている。その光景がとっても綺麗で、まるで美しい金魚を見ているかのようで。非常事態であるというのに、思わず見とれてしまいそうになった。



「ちょっと待ってよ! なんで襲い掛かってくるんだ!」


「答える……義理はない!」


 

 俺の問いを一蹴し、またあの螺旋を作り飛ばしてきた。が、どう見てもさっきよりも弱い。回転も眼で追える程度だし、大きさも半分以下。速度も無ければ圧もない。



「エアー……アタック」



 あまり強くし過ぎると彼女に行ってしまいそうだったので、ただ風をぶつけるだけの魔法を打った。それで十分、水を相殺出来た。明らかに弱り果てている、魔法も、彼女自身も。



「取り合えず、一旦手を止めて!」


「……」



 肩で息をしている。誰がどう見ても無理をしているのがよく分かる。それなのに、彼女の視線だけは恨めしく俺を睨んでいる。いや、あれは、恨み……とはまた違うようにも見えるが、今はよく分からない。彼女に何かした覚えもないし、それに火の魔力に固執したようなさっきのセリフが引っかかる。


 少し見渡せば、水の精霊達が心配そうに辺りをうろついている。何匹かは水の魔王を止めるように近寄っているが、魔王はそれでも止まる気配を見せない。確か精霊は、魔王の助けになるように活動する。そう考えると、彼女が限界である事を精霊達は分かっているんだろう。



「ヴァダ・ヴィエ!」



 誰の静止も耳に留めず、魔王は再び呪文を叫ぶ。さっきのように水が螺旋を描いてはこない。何が来る、そう思い辺りを見回せば、降っている雨が、空中で止まっている。止まった雨は降って来る雨を吸収し、徐々にそれは大きさを増していく。そんな雨の塊が俺を囲むように数十個、所狭しと並んでいる。まずい、逃げ場がない!



「ファイア……!?」



 炎の壁を作ろうとして、違和感に手が止まる。魔力が沸き上がって来る、使おうとした時に感じる感覚が来ない。このまま打っても不発に終わる。直観的にそれが分かった俺は、魔纏による防御の集中に切り替えた。


 瞬間、水塊が俺に飛来する。それは水滴のような形ではなく、三日月形の刃のような、敵意を体現するかのような形となって襲い来る。やられる、そう思って思わず眼を閉じた。しかし実際は、文字通り水を被った様な、たわいもない衝撃が全身を包んだだけだった。



「モウヤメヨウ!」



 一匹の精霊が、彼女に悲痛な叫びを聞かせる。しかし彼女は未だその視線に、執念のような強い思いを込めて俺を見据えている。しかしどう見ても疲労困憊、空を揺蕩っていた衣服や髪も、力なく地面に付いてしまっていた。これ以上は、本当に命に関わる。



「はぁ……はぁ……」



 息も絶え絶えの状態で彼女は右腕を空にかざす。するとそこに淡い光が集い、やがてそれは一本の槍となった。さっき洞窟で持っていたものと同じだ。



「く……やぁああああ!」



 振り絞るような叫びと共に、槍を構え突進する水の魔王。しかし覚束ない足取りが、それを全く脅威に感じさせない。今にもその場で倒れてしまいそうだ。



「あぁっ」



 そう思っていたら案の定つまずいてしまった。槍は彼女の手を離れ、消滅する。俺は地面に落下する彼女を、寸でのところで受け止めた。



「もう止めるんだ! それ以上は死んじゃうぞ!」


「は……はっ……」


「取り合えず治療できるところに行こう。話はそれから聞くから、まずは君の命だ」


「た…………」



 何かを言おうと彼女は俺に手を伸ばす。頭を近づけてくれ、そういう意図の行動なのだろうか。一先ず彼女の声を聞く為、耳を近寄らせる。彼女はそれを見て、弱々しく口を開く。



「た……助けて……」



 消えるような声だったが、確かに聞こえた助けを求める声。それを発した後、糸が切れたように、彼女は気を失った。

 

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