土の魔王
「……はっ!?」
どれだけ気を失っていたのだろうか。なんとなくだが短い時間ではないのは分かる。眼を開けたは良いがまだ視界がぼやけている。起き上がろうにも体に走る激痛がそれを許さない。そして不可解なのは体を包む冷たい感覚。まるで水の中にいるような、冷たい感覚。しかし冷たいのに温かさが奥底から湧いているのが分かる。俺は生きているのか? 三途の川を漂っているのか?
「オキタカ」
覚えのある声。かなり頭上から響く重低音は、俺の意識をはっきりと覚醒させた。
「土の魔王っ!」
威勢の良い声と共に起き上がろうとしたが、やっぱり痛みでそれどころではない。頭がぐわんぐわんと痛む。体も至る所の骨が折れているのが分かって来た。無理に動けばグロテスクな事になりそうだ。しかし動かなければ、奴の餌食になってしまう。自分で傷つくか、相手に傷付けられるか、どっちがマシなんだろうか。
「ウゴクナ、イタムゾ」
相変わらずの重低音だが、その声色に怒気はない。穏やかな、心地よい波のような響きが体に染みわたる。もう敵意はない、明言しなくともそれが伝わって来た。
ようやく眼がはっきりとしたので周りを見ると、俺は水のベットに横たわっていた。この感覚、思い出した。黒騎士に膝枕してもらったあの感覚だ。ということは、今俺はスライムに包まれているのか。どこにいたんだろか? 疑問に頭を回そうかと思った時、スライムがまるで手のように蠢き、何かを持ち上げた。それは瓶、緑の液体の入った瓶だ。あの色合いからして、ポーションで間違いな。って、フタを開けるのは良いけど、どうするんだ? 飲ませてくれるのか? ちょっと起き上がるまでまってってなんで頭上で傾けてるんだそのままやったらもろに被っちゃうって
「うわっぷぁ!?」
俺の静止は伝わる事無く、頭にポーションを被った。いくらか飲めたが、もう頭がべとべとだ。……ポーションのおかげか、体の痛みがほぼなくなった。頭痛も綺麗さっぱり消え去っている。明らかにB級のものより利きが良い。もしかして、今のって結構高級な奴だったんじゃないのか? そんなもの俺は持ってない、いったいどこから出て来たものなのか。疑問に思いつつ体を起こす。俺を包んでいたスライム達は見慣れた形状になり、俺の周りをぽよぽよと跳ねている。なんだか喜んでくれているようにも見える。
「……もしかして、町の周りの子達か」
俺の問いに正解だと言わんばかりにスライム達は飛び跳ねる。こんなところまで来たのか、賢くて優しい子達だ。
「オマエ、ナマエハ」
起き上がった俺に、土の魔王は問いかける。警戒しつつも、俺は自分の名前を答えた。
「イリサキ、リュウヤ。ココ二、ナニシニキタ」
目的。隠す必要は……ないだろう。俺は魔引きの事を正直に話した。土の魔王に対しても、話し合いをしたかったという事はしっかりと伝えた。
「……オレ、リュウヤ二、マケタ。リュウヤ、シゼン、マモッタ。イウコト、キク」
「……負けた?」
いや、どう見ても俺の負けだったじゃないか。それに自然? を守ったっていうのはどういう事なんだ?
「サイゴ、アタッテタラ、オレ、シンデタ。オレ、コワカッタ。デモ、リュウヤ、ヨケタ。シゼン、マモッテ、ヨケタ」
「……ぁあ!」
自然を守ったっていうのは、あの鳥を避けたって事か。それが自然を守ったと。正直森の中で爆弾使った俺が守ったのかと言われると、ちょっと疑問に思うところはあるけど。まあ良しとしてくれてるんだから何も言わないでおこう。
しかし、怖かった、というのはちょっと予想外だった。自分の技にそこまでの威力があるとは思ってなかった。という事は、あの震えは力を溜めてたとかじゃなく、恐怖によるものだったのか……悪い事をしてしまった。
「リュウヤ、オレ、マビク?」
「……いや、魔引きはしないよ。そのかわりいくつかお願いを聞いて欲しい」
人間に誰彼構わず襲い掛からず、様子を見て判断すること。戦う時はなるべく殺さないこと。自然を守るのは引き続き行うこと。危ないと思ったら素直に逃げること。これらの条件を土の魔王は快く引き受けてくれた。
「じゃあよろしくね土の……そういえば、名前は?」
「オレ、ナマエ、ナイ」
まあ、元が土である事を考えたら、名前がないのも分かる。しかし土の魔王、土の魔王と呼び続けるのもあまり気乗りしない。……名前か。アースって大地だっけ、まあ細かい事は気にせず。アース、捻らずアースってのも味気ないし…………
「じゃあ、アドス。アドスって呼んでもいい?」
「アドス……アドス! オレ、アドス!」
声色高く自分の名前を連呼している。心なしか表情も笑顔に見える。よかった、気に入ってくれたみただ。
「リュウヤ、コレ、アゲル」
そう言ってアドスは何かを差し出して来た。大きな掌に小さく乗っているそれは、俺の手で掴める程の球体だった。木の枝と葉っぱで出来たその球、手に取ってみるとほのかな温かみを感じる。こんな形をしているのに、無理に丸められたような印象は受けない。まるで植物が自分の意志でそうなったかのように感じる。
「これは?」
「ソレデ、アドスト、ハナレテモ、ハナシデキル。ヨベバ、トンデイク」
「……これで?」
アドスとの専用携帯電話って事? こんな原始的な見た目でそんな最新な機能って、なんだかギャップで困惑しそうだ。原理は、まあ魔法とかかな?
「ありがとう。困ったら頼りにさせてもらうね」
「イツデモ」
土の魔王、改めアドス。魔引く事無く和解できたようだ。しかもこんな頼りになる助っ人が出来た、頼もしい限りだ。
「リュウヤノコト、マカイタチカラキイタ。ヤサシイヤツダト、ホメテイタ」
「……マカイタチから聞いた?」
疑問に思う俺に、アドスはスライム達を指さす。マカイって、スライムの事? マカイ……魔塊? なるほど、呼び方に差があるのか。まあ考えてみればそうか。
「オレ、イツデモ、ココニイル。ヨンデモ、キテモ、ダイジョウブ」
「わかった、ありがとう」
俺の言葉を聞き、アドスはゆっくりと拳を突き出してきた。何かと思ったがすぐに理解した俺は、同じく拳を突き出し、アドスの拳を優しく突く。世界は違えど、この挨拶は共通だった。
友情の挨拶を交わし、俺はスライム達と帰路に着く。見送りとして手を振っているアドスの頭、そこにある巣の中に、あの青い鳥が満足そうに座っていた。




