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魔王の魔引き、始めました  作者: 忠源 郎子
第一章 旅立ち
25/98

激突


「……行くぞ」



 弓を引くように槍を構え、敵を見据える。呼応するかのように相手も拳を引き構える。



「おぉおおお!」



 先に動いたのは俺の方だった。雄叫びを上げながら槍を突き出し突進していく。俺の軌道のど真ん中に魔王の拳が迫り来る。怯むな、行け、突き崩せ!



「貫けええ!」



 自分でも驚く程の声量と共に、敵の拳に全力の突きを合わせる。触れたと思った次の瞬間には、砂山を崩すかのように敵の拳を打ち砕いていた。勢いそのままに突き抜け、右腕を肩まで粉砕し、敵の背後へと通り過ぎる。



「オォォォノォォォレェエエエ!」



 見なくても分かる、土の魔王の眼は怒りに燃えている。その怒りをぶつけるかのように、左腕を振りかぶり、俺に向けて振ってきた。同じように突進し、同じように、されど前を上回る程に槍を握り締め突きを打ち出す。ぶつかり合い、火花のような光が飛び散る。槍と拳の押し合い、食いしばる歯が悲鳴を上げている。



「だぁぁぁあああああ!」


 

 強く、強く突き出した槍はやがて左腕をわずかに欠けさせる。そこからはもう速かった。緩やかに刃が入ったと思えば、そのままどんどん崩れていく。乾いた砂の塊を砕くように、さっきの硬さが嘘のように、手応えなく崩壊していった。



「よし……どうだ!」


「オオオオオオ……」



 突き抜け振り向いた先には、大きく足を振り上げる魔王の姿。腕が無いのも意に介さず、反撃のみに意識を裂いているらしい。このままの調子で足も奪う。そうしてどうにか、話を出来る状態に持っていく。



「おおおりゃあああああ!」



 蹴りに合わせた全力の突撃。自分を矢だと思う程に鋭く突きを実行したが、蹴りの勢いに止められる。けたたましい衝突音の後、拮抗状態が続く。握る手が握力の限りを尽くしている。のに、貫けない。さっきのような綻びを少しも見せてはくれない。それどころか、俺の槍の勢いが明らかに落ちている。緩めたつもりは欠片もないが、意に反するように風が弱まっていく。



「く……ぐっ、っああ!?」



 どうにか状況を好転させたかったが、抵抗虚しく押し切られてしまう。相手の足に弾かれグルグルと宙を舞う。吐きそうな気持ち悪さを堪えつつ、どうにか空中で留まる事には成功した。



「はぁ……はぁ、くそっ」



 ポーションを取り出し、喉を鳴らしながら流し込む。零れ出た不満を消すように口を拭いながら、自分の剣を握り直した。


 勢いが弱まった原因は俺の魔力不足だ。風の槍は思った以上に消費が激しい。行き当たりばったりでも出せたのは良いが、俺の実力が技に追い付いていなかった。その自分の未熟さについ悪態が出てしまっていた。


 息をなんとか整えた頃、土の魔王の腕はもう生えていた。しかしその作りはどう見ても貧弱そのもの。最初のような太さは無いし、ところどころヒビも見える。目を凝らせば、少しばかり崩れているのも見える。大丈夫、相手は確実に弱っている。念のためにもう一本ポーションを飲んでおこう、と思った矢先、土の魔王は勢いよく何かをぶん投げて来た。その正体は巨大な岩。一メートルはあろう巨大な塊が三つ、轟音と言うべき風切り音と共に迫り来る。



「あっぶな!?」



 驚きながらもどうにかその飛来物をかわす事に成功する。俺の身長の半分より大きめのサイズ、当たればひとたまりもなかっただろう。再び魔王を見据え、魔力の形成に意識を集める……俺の背の半分より大きめのサイズ?



「しまっ!?」



 気付いた時にはもう手遅れだった。振り返った瞬間には、拳を既に打ち出している土の精霊がいた。咄嗟に出した盾、その上から重い一撃が激突する。半分は運任せに構えた盾が機能したのはよかったものの、その勢いはとても止められるようなものじゃない。激痛とも言うべき痺れを左腕に感じながら、俺は大きく吹き飛ばされた。



「痛っ、まっ、まずい!」



 俺が吹き飛ばされた方向、その先には土の魔王がいる。精霊が一撃を加えるのを信じていたかのように、魔王は大きく拳を振り上げている。修復が万全でないとは言え、その振り下ろしは致命的な一撃になる事は明らか。だから回避をしたいが、痛みと衝撃で魔力がうまく練れず、俺の軌道は成すすべなく魔王に向いたままだ。



「く、そぉっ!」



 火を噴くのも風を吹かせるのも出来ない、だからと言って何もしない訳にはいかない。今できる最低限の抵抗をしなければ。頼む、間に合え、間に合え、間に合え!



「シ、ネェ!」


「がはぁっ!?」



 避ける事は叶わず、魔王の振り下ろしは容赦なく俺の体を叩きつける。地面に激突し、まるでスーパーボールのように跳ね、また激突する。口から血が漏れ、視界は朦朧。自分が未だ人間の形を保っているのが不思議に思えるほどの痛みが、うめき声すら許さない。



「ト、ド、メ!」



 完全に息の根を止めるべく、大きく足を振り上げている土の魔王。ポーションを飲む暇も、それを実行できるほどの体力もない。出来るのは指を一本動かすくらいの動作のみ。傍から見ればすがるような動作で指を上げ、血を零しながら俺は小さく呟いた。



「……着火」



 俺が火をつけたのは、一つの球体。魔王に殴られる前に上空に投げておいた、黒い球体。自由落下に伴い魔王の胸元辺りまで落ちたそれは、火を纏った瞬間、凄まじい炸裂音を響かせて爆発した。



「グオォオ!?」



 突然の出来事に魔王はバランスを崩す。踏みつけは的を外し、地面に大きなくぼみを作るに留まった。もし直撃していたなら俺と地面は一体化していたことだろう。


 しかしこのままでは再び止めを刺しに来る、今度は逃げられない。早く落ちてくるのを祈るばかり、爆弾と一緒に投げた、もう一つの下準備を。



「……来た」



 爆発に遅れて降り注ぐ緑の液体。蓋を開けて放り投げた、ポーションの入った瓶。動けなくなった時の為に投げておいた保険の一手。どこに落ちるかはわからなかった。だから蓋を開け薄く広く撒くしかなかった。おかげで効果は落ちたが、それでも痛みを和らげる事は十分に可能。その証拠に、もう足にも力が入る。



「コイ、ツ!」



 体制を直した魔王が怒りに任せた踏みつけをするが、それを間一髪で交わす。そして急いでカバンからポーションを飲み干し、最後の一つも浴びるように口に入れた……が、なんだかおかしい。二つ目を飲んだ時の回復具合が、少ないように感じる。一つ目は数値にしてだいたい30%は回復したが、二つ目はせいぜい5%と言ったところ。明らかに回復の効果が落ちている。



「……今考えることじゃない、か」



 いくら考えたとしても、回復しなかった事実に変わりはない。落ち着いて相手を見据え、深呼吸をする。息を吸うだけでも体が痛む、骨の何本かはまだ折れたままだろう、そう思わせる痛みが体を走っている。だが、まだやれる、戦える。


 距離を取っている間に、魔王はその体を修復していた。とは言っても左腕はおざなりに治し、本命は右腕の一本に絞っているのがよく分かる。見ただけで分かるその硬度、今日一番の一撃が来るのは明白。きっとこれが奴の最後の一撃。根拠なんてものはないが、感覚でそう理解できる。なら、俺もそれに応えるだけ。この後を考えず、ただ全力の一撃をもって迎え撃つ。俺に出来るのはただそれだけだ。


 風の槍を形成し、そこに魔力を流し込んでいく。硬く鋭くをイメージし、強固で破壊力のある槍を。だが、これだけでは足りない。風の力だけでは、土の魔王の決死の一撃を崩せるとは思えない。風の槍に火を加える。風の尖槍、纏うは火の螺旋。



「ウィンドランス……スパイラルファイア!」



 俺の声に応じるように、槍は火を身に纏う。陽炎が辺りの景色を歪めている。音も熱も微弱に感じたが、内に秘めた脅威がただならぬものである事が伝わって来る。その脅威の切っ先を、ゆっくりと土の魔王に向ける。魔王は力を込めているのか、小さく震えているように見えた。お互い気合十分、あとは力と力をぶつけ合うだけだ。



「……おおおお!」



 火の螺旋を突き出しながら魔王に勢いよく突撃する。魔王もやや遅れて、その拳を俺に向けて撃ち出した。離れた位置からでも伝わる迫力、威圧。思わず怯んでしまいそうになるが、モナムさんに比べればどうってことは無い。


 全霊の、まさしく後先考えない一撃が敵の拳に触れようとした瞬間、俺の前に突然乱入者が現れた。



「ピィ!」


「なっ! えっ? 鳥っ!?」



 青く丸っこい小さな体で、一生懸命に羽をばたつかせた一羽の鳥。そのしぐさと様子は、まるで土の魔王を庇っているようにも見える。どこからとか、何故、とか色々な疑問が脳を巡るが、体は反射的に回避の選択を取っていた。



「うぉおっ!?」



 槍を引っ込め、体を捻り、大きくかわす。その後に来る拳の事も考え、必要以上の大きな回避を取る。最善は急ブレーキだが、勢いが付き過ぎて間に合わない。鳥はどうにかかわし、拳もかすめながらも直撃は回避した。しかしスピード自体は落ち着いたわけではない。俺は成す術もなく、自分の全速力をもって土の魔王に激突した。



「がはっ!」



 文字通りに岩のような巨体に背中からいった。回避で捻った余力で正面衝突は避けたが、結果は大して変わりはしない。全力の突撃で自爆した俺は、叩かれた虫のように力なく地面に落下する。もう自分の骨のどれが折れているかも分からない程の痛み。早く起きないと、魔王がくる。とどめがくる。はやく動かないと。


 だがもう体は言う事を聞いてはくれなかった。意識すらももう霞が掛かったように薄らいでいる。動け、動け、動け、動け。もはや呪いのような動けも体を動かすには至らない。完全に意識が消えるその直前。俺の視界には、俺を覗き込む魔王の顔のみ映っていた。

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