土対風
「ツブス!」
「うわわわっ!?」
大きく振りかぶり拳を叩きつけて来る岩石人形。その迫力に怯えながらも、寸でのところで身をかわす。しかしその衝撃で地面が揺れ動き、次の一歩を踏み出せない。そこを狙ったかのように巨大な足が迫る。
「エアージャンプ!」
足が動かせないなら魔力で補う。風の魔力を纏わせ、その力で大きく飛び退いた。仕留めそこなった俺に対し、殺意に満ちた眼光を敵は向けている。
「これは……かなり慎重にいかないとな……」
巨大、こいつはその一言に尽きる。両手足の大きさ、俺を包んで有り余る程にでかい。そして比例するように長い腕と足。動きこそ緩慢だが、そのリーチ故に大きな回避を強いられてしまう。まともに食えば大ダメージは必至、悪けりゃそのまま御陀仏だ。
「……お前は、土の魔王なのか?」
「ソウダ、ダイチガ、ソウダトイッテタ」
「ダイチ? 大地が? まあいい、なんで襲い掛かってくる!」
「ニンゲンダカラダ」
「人間だから? どうしてそんなことをする?」
「ニンゲン、シゼン、コワス。ニンゲン、ダイチニ、ササゲル。ダイチガ、ツヨクナル。ソウヤッテ、シゼン、マモル」
……人間は環境破壊をする悪い奴、だから肥料にして自然を豊かにするって事か……じゃあこの森も、人間を肥料にここまで大きくなったって、そういう事なのか?
「人間が全員そういう事をするとは限らないだろ!」
「ニンゲン、ウソツキ、ダイチモ、ソウイッテル」
「大地大地って、大地が言うのが全てか!」
「ダイチ、ナンデモシッテル。ダイチ、タダシイ」
大地の声が聞こえるとか、そういう事を言っているのだろうか。人間に対する憎悪が自らの物ではなく、大地の声とやらに作られたものなら、まだ説得の余地はありそうだが……なんにせよこのままでは話は通じそうにない。ある程度戦って落ち着かせないと埒が明かなそうだ。
しかしどう戦うか。火はあまり効きそうな感じはしないし、そもそも森を焼いてしまったら余計な怒りを買いそうだ。となるとやっぱり風になるが、まだ遠距離ではそこまで機能しない。土の精霊にやったウィンドソードならいけるかも知れないが、接近戦は可能な限り避けたい。
「フミツブス!」
作戦を練る俺に、容赦なく巨足が迫る。再び大きく飛び退いて、そのまま上空へと舞い上がった。降りてこいと言いたげな視線を向ける土の魔王、遠距離はあまり得意ではないのだろうか。飛行を習得しておいて良かった。
取り合えず様子見として、ちょっと近づいて風の刃を飛ばしてみる事にする。効きが良ければそれで万事解決なんだけど、そうは行かないだろうな。まあやるだけやってみよう。
「エアカッ、た?」
接近し風の刃を飛ばそうとしたところで不思議なものが眼に入り止まってしまう。あれは、巣? 土の魔王の頭頂部に、小さな鳥の巣のようなものがある。藁か何かで作られたその中には卵も3つ程見えている。岩石状態の時に作られたんだろうか? なんだか気の抜ける光景だ、頭を攻撃するのは止めておこう。
なんて考えていたら、巨大な手がすぐそこまで迫っていた。
「うおぁあ!?」
当たる距離ではない、しかし風圧は十分に届く距離だ。突風のような強い圧にバランスが崩れる。驚きながらもなんとか立て直す、土の魔王は心なしか悔しそうな表情だ。
迂闊だった、魔王の一人、いや、一体を前にして悠長に考え事など、俺にそんな事をする余裕なんてある訳じゃないのに。集中しなければ、一つのミスが命取りであることを忘れてはならない。
「エアカッター!」
気を取り直して風の刃を撃ち放つ。狙うは右腕、効果の程は……
「ゴ、オォ……」
避けられる事無く命中、やはり動きは遅い。が、傷は多少ついた程度。効いてない訳じゃないんだろうけど、微々たるものだろう。でも、これで傷が付けられるという事は、ソードなら十分に通用する可能性が見えてきた。これならリスクを冒す価値もある。
「行くぞ! ウィンドソード!」
相手に突進をしながら、風の魔力を剣に込める。狙うは同じく右腕。傷をつけるでなく、切断するつもりで挑む。
「オォ! オトス!」
合わせるように拳を振ってくる土の魔王。このまま直進すれば間違いなく餌食になるが、それは百も承知。剣を構えたまま怯むことなく一直線に飛び向かう。どんどん加速を続け、ほぼ最高速と言える程になったその瞬間。
「今!」
その場で急停止し、全力で制御に意識を集中する。
「ォオ!?」
直撃すると思っていたんだろう。驚きの声を上げながら、拳はこれでもかという程に空を斬る。
「くうぅっ……だぁ!」
急停止の衝撃と襲い来る風圧に必死に耐えながら、その場で体勢を保つ。そして拳が伸び切ったその瞬間に、再び全力で距離を詰めた。
「おぉぉぉだりゃあ!」
至近距離での渾身の一振り。風を纏った刃は岩肌に深い傷を残すが、しかし切断には至らない。一撃では到底切り落とす事は叶わない。一撃でなら。
「もういっぱぁああつ!」
脇を絞め、引き絞った矢を打ち出すが如く、全力で剣を突き出す。狙うは今付けたばかりの傷。一撃でダメなら何度でも、通用するまで打ち倒す。
次も避けられる事無く狙い通りの場所に命中した。ガゴンッ! とまるで鉄でも叩いたかのような強烈な音が響く。弾かれたような感覚はない、通った、そんな確かな手ごたえを感じた。
無我夢中から我に返れば、断ち切った土の右腕が、まさに地面に墜落した瞬間だった。打ち勝った、そう喜んではっと気づく。腕を落としたとして、こいつがそのまま倒れるとは思えない!
「オォオオオ!」
案の定、反対の腕が既に迫って来ていた。全速力の後退で事なきを得る。相手の闘志たるや、衰えるどころか益々強まっているように見えてならない。自分の剣が通用すると分かったが、これでようやくスタート地点。同じようにしくじらないように、もう片方の腕も切り落とし、なんとか話しが出来る状態に運ばなければ。
「…………」
土の魔王は暫く怒りを訴えるかのように俺を見ていたが、ふと視線を下に降ろす。その先には切り落とした右腕。いつの間にか土の山に変わり果てている。魔力によって岩になっていただけで、こいつは元々は土の塊なんだろうか。そうすると土に魔力が宿ってこいつが生まれたって事になるが、そんな事あるのか?
俺がこいつの正体について考察していると、突然魔王が倒れた。ふらっとバランスを崩したかと思えば、右側を下にしてそのままいった。空にいても分かるくらいの揺れが辺りに響く。なんだ? 倒したのか? 思ったよりもダメージが通っていたのか?
そんな俺の楽観的な考えを嘲笑うかのように土の魔王は立ち上がる。切り落とされた筈の右腕を携えて。
「……え? なんで!?」
考えてみればすぐに分かる事だ。土で出来た相手の一部を切ったところで、材料があればすぐに元に戻る。魔力で固めてるんだから、魔力が尽きない限りは再生可能だ。そんな当たり前の事も咄嗟に分からず狼狽する俺。そこに容赦なく迫る魔王の拳。さっきまで射程外だった場所にも関わらず、その拳はしっかりと俺を捉えた。
「ぐぁっ!?」
盾を構えるだけの動きは出来たが、それだけだ。もろに拳を食らった事に変わりはない。腕の痺れを感じながら、大きく後方に弾かれた。魔力の制御を失い地面に叩きつけられる。魔纏はどうにか保っていたが、高所からの落下は無傷とはいかない。
「何が……!?」
ふらつく体をどうにか起こしたその視線の先に答えがあった。これまた単純な話だった。腕が伸びている。細く小さくする事で、届かぬ距離を届かせた。幸いなのはその細く小さくなった事。そのお陰で威力が落ちている。そうじゃなかったら今こうして立っていない。
だがダメージこそ大した事にはならなかったが、精神的には大きなダメージのある一撃だった。安全圏だと思った空が、安全ではなくなった。息の休まる場所を奪われた。あの一撃はそれだけ効果のある一撃だった。
「……落ち着け、よく見ろ、俺は戦える。戦えている」
ポーションを飲み、深呼吸。相手をよくよく観察する。そうすれば光明が見えるはずだ。
落ち着いて、改めて敵を見る。……さっき復活した右腕、左腕に比べて形が拙く見える。まるで急いで形だけ繕ったような、そんな急ごしらえな印象だ。しっかりとした左腕に比べたら、一撃で落とせるんじゃないか?
そうと決まれば早速実行だ。さっき落とされた場所まで飛んでみる。同じように腕を伸ばした攻撃が来ればいいんだけど……
「バカメ!」
学習しない奴だ、とでも思っているのだろうか。罵倒と共にあの遠距離攻撃を繰り出す土の魔王。伸ばすのは右腕。待ってましたと言いたいのを抑え、風の刃を構える。
「おぉおおりゃああああ!」
再び全力を込め、迫る拳に挑む。今度は初めから突きを選択した。何故そうなのかと言われると根拠はない、単純に何となくだ。何となく、風の刃は突きの方がしっくりくると感じたからだった。
接触、拮抗、粉砕。それらすべてで一瞬の出来事だった。ぶつかり合った後、一瞬の押し合いの後に、魔王の拳は砕け散った。その勢いを止めず、伸びた腕を半分以上土へと還した。魔王が怯んだ辺りで一旦距離を取る。次の一撃を繰り出せない程に、全力を込めた一撃だった。
「……よし、思った通りだ」
再生した箇所は脆い。一撃で砕ける程に耐久性が落ちている。これならいける、相手の魔力が尽きるまで、ひたすら再生させる。ズタズタの消耗戦になるだろうけど、構うものか。
「オオオオオオ!」
またもや地響きをたてながら魔王が倒れた。そうして立ち上がれば、またもや腕が元通りに生えている。見れば、さっきより岩に近い硬そうな印象を感じる。より魔力を込めて治したんだろうか。上等だ、何度でも壊してやる。
雄叫びを上げる魔王に対して、俺は一つの確信を得ていた。風の魔力、斬るより突くほうが威力が高い。相手が脆くなっていることを考えても、明らかな手ごたえの違いがあった。かまいたちを思い浮かべるように、斬る印象が強い風の魔力だったが、実態は突きによる一点集中が正解だったわけだ。
となれば、剣よりも突きに適した形がある。より鋭く、より一点に、突きに特化するイメージを、頭に強く思い浮かべる。剣に纏わせた魔力を更に伸ばし、魔纏の応用を用いて形を鮮明に具現化していく。
「……ウィンドランス」
風切り音を鳴らしつつ現れた俺の新たな武器。暴風の如き凶暴さをその身に秘めた風の槍は、驚く程に手に馴染んだ。




