新たな剣、新たな魔法、新たな魔王
「……どうかな?」
「いいんじゃないか? 制御も安定している、十分実践で使えるだろう」
「ホント? 良かった」
空を飛べるようになってから更に数週間、風の魔力を完全に扱えるようにするため、俺は修行を続けていた。そしてついに、バストルから合格を貰うに至った。元風の魔王のお墨付き、自信をつけるには十分過ぎる出来事だ。
「いやしかし、もう火の魔力と風の魔力の複合をモノにするとはな。リュウヤ、ホントは元々魔法が使えたんじゃないか?」
「いやいや、素人がここまで出来るのは教えが上手だからだよ」
「ハハ、謙遜が好きだな。ニホンジンというのは誰もそうなのか?」
「いや、どうだろ。人それぞれじゃないかな」
「そう言えば話が変わるが、今日じゃなかったか? ウェンさんの武器の仕入れ」
「そうだった。じゃあ今日受け取って、明日出発するよ」
「いよいよか。土と水、どっちに行くんだ?」
「土かな。今の俺じゃ水はまだ相性が悪いと思う」
「そうだな。良い判断だ」
武器の仕入れ、正直すっかり忘れていた。魔力の操作を慣らすのに集中し過ぎてた。仕入れの事を思い出したら、報告に行った時のウェンさんの反応も蘇ってきた。剣を溶かしてしまった、ごめんなさい。そう言った俺に対して彼はただ、「溶かした……はぁ、わかりました。同じものでいいですか?」とあっさりとした返事。でもそれでいて、どこか困惑の混じった声色だったのが印象に残っている。なんだったのかよくわからない、会った時に聞いてみようかな。
そんなことを考えつつ、俺は武器屋に辿り着いた。バストルも一緒だ、武器を見ておきたいらしい。
「あぁリュウヤ君、お待たせしましたね。手入れは済んでますよ」
俺達が店に入るなり、ウェンさんは剣を一本取り出した。俺が溶かしてしまったのと同じものに見える。
「どうぞ手に取って下さい」
「じゃあ……」
久々の剣。しっかりとした重さと、力強さを感じる。前よりかは軽くなったと思うのは、俺の訓練の成果が出ている証なのだろうか。
「前の剣と同じように作ってあります」
「ありがとうございます」
「あと言ってなかったんですがその剣細工をしてあるんですよ」
「細工?」
「魔力を通し易く弾き易くしてあります」
「……?」
「剣に魔力を流し込んで燃やしたりしました?」
「ああ、しました」
「普通の剣でやると燃えます、かなり卓越した技術がないと普通は燃えます」
「え? そうなんですか?」
もしや俺に卓越した技術が?
「そうならないよう魔力を通す管を通し、そして魔力に耐えうるだけのコーティングをしてあります」
そうだよね。話の流れ的にはそうだよね。
「管、それって脆くなるんじゃ?」
「物理的な管ではないですからそこは問題なしですよ」
「へぇ~……便利な技術」
「まあ要は魔法につよい剣ってことです」
「なるほど」
「その剣を溶かしたって言うもんですから、まあそれは驚きましたよ」
以前の会話で引っかかっていた物の正体が見えた。それにしてもウェンさんの驚きを見るに、そんなに魔法に強いのかこの剣。やっぱりかなりの高級品だったんだ。
「その、溶かしたのは俺じゃないというか、なんというか」
「まあいいですよ詳しい事は。作るのに結構時間かかりますからその点は頭に置いといてくださいね」
わかりました、ありがとうございます。そう言った俺に彼は手をひらひらと振って返した。バストルはどこかと見れば、もう店の外にいる。ウェンさんに軽く会釈をしながら、俺は店を後にした。
「おかえり。晩御飯は出来ているぞ」
宿に入って一番に耳に入るバロフの声。横で座っているアンさんはにこやかだが、絵面がなんとも言えないアンバランスを醸している。もっと自分が魔王であるが故の影響力を自覚して欲しい。ほらバストルも身構えてるじゃん。
「そう構えるな。共に食卓を囲みたいだけだ」
「いや魔王が急に居たら構えますよ」
「それもそうか。まあ慣れろ」
「無茶言う」
自分のペースで事を進める特別異彩を放つ人物を加えて、今日の夕飯が始まった。
「風の魔力、慣らしは十分か」
「まあ、しっかり使えるようにはしました」
「次はどこにいく」
「土の魔王ですね」
「水はまだ相性が悪い、そんなところか?」
「そうです」
「良い選択だ、しっかり励むといい」
こんな感じの簡単な質問、それが終わったら後は只の世間話ばかりになった。え、それだけ? なんて思ったりもしたが、様子を見に来てくれたんだろう。彼なりの責任感からくる訪問という訳か。威圧的な見た目で勘違いしてしまうが、なかなか常識的な人だ。
食事を全て平らげた後、食器を片付け、バロフは去っていった。
翌朝。予め用意しておいたポーション等を確認し、抜けが無い事を確認する。
「じゃ、行ってきます」
「気を付けてね。怪我しないようにね?」
「大丈夫だリュウヤ。自分を信じろ」
「うん、二人ともありがと」
二人の見送りを受けながら、俺は北に向かって歩み出した。暫く歩き、バロフの城が見えてくる。改めて見上げるとやっぱりでかい。中には一体何人入っているんだろうか。そんな事を思いながら横を抜けて歩を進める。すると例の如くスライム達が現れた。良かった、応援ムードだ。彼らも大丈夫だと認めてくれている。
安心して歩きだそうと思った矢先、数匹のスライム達が俺を止めるように立ち塞がった。え? ダメ? まだ行かないほうがいいの? まだ認めてくれてないのが数匹いるのかと思ったが、なんだか様子がおかしい。跳ね回る彼らは、何かを訴えるようにも見える。なんだろう、何かあったんだろうか。黒騎士なら分かるかな。
「ごめんな、俺には分かんないや」
ぽよぽよしている彼らを避けながら先に進む。彼らの行動が一体何を示しているのか、喉に引っかかるような一抹の不安が残る。今回はあの腕輪もない、なるべく危険を冒した行動は避けるようにしよう。
スライム達が見えなくなって暫く後、森が見えた。水平線の向こうまで続くような広い森だ。土の魔王なのに森? 良い土とかそんな感じだろうか。
警戒しながら足を踏み入れてみる、特におかしな感じはしない。木々は高く葉っぱも高い位置にあるので視界は悪くない。気を配れば不意打ちは防げそうだ。逆にこちらからもそういうのは出来無さそうって事だが。
入ってから三十分程たった、今のところ精霊や魔王の姿は見ていない。小鳥の囀りや風に揺れる木の葉の音だけが耳を優しく揺らす。……のどかな場所だ。戦いに来たというのに、それすら忘れてしまいそうなくらいにはゆったりとした空間だ。
「眠くなってきたな……いやでも流石に寝るのは危ないか」
しかしちょっと一休みしたいのは事実。見渡せば椅子に出来そうな丁度いいサイズの岩がある。早速駆け寄ってゆっくりと座り込んだ。
「あー……落ち着、く?」
栓を解いた風船のように気の抜けた息を吐いていたら、腹をガシッと掴まれた。感触的に、俺の胴の半分は優に掴めるくらいの大きさの手だ。なんだ? 誰だ? そんな疑問もままならない内に、俺は勢いよく放り投げられた。
「おわっと!?」
受け身を取りつつ今いた場所を見る。するとさっきまで座ってた岩が動いている。なんだあれ、この世界の岩は動くのか?
「ゴォオ!」
声!? 鳴いた? 驚く俺を他所に岩は完全に動き出し、その全貌をはっきりと現した。丸い胴体に手足が生えた、なんとも言えない珍妙な形をしている。大きさは俺の半分より少し大きいくらい、100cm前後と言ったところか。手足は胴体に対して大きめ、殴られでもすれば大怪我は免れない。
「ゴォオオ!」
こちらが息つく間もなくそれは走り出した。地面を踏みしめる音の重厚さが、どれだけ重いかを、そして相手が敵である事を如実に表している。この突進は盾で防いでもただでは済まない衝撃が襲うだろう、
ここは近寄らずに倒すのが良さそうだ。
「ファイヤーボール!」
「ッォオ!」
密度を高めて打ち出した火球は、岩の生物にしっかりと命中する。炸裂した衝撃で表面に焼け跡が残るが、岩の突進は緩まる気配を見せない。無傷ではないんだろうが、効果的ではなさそうだ。
「なら……ウィンド!」
風の魔力を掌に溜め、相手に向かって解き放つ。魔力は風の刃を形どり敵に容赦なく襲いかかる。表面を切り付けるだけに留まらす、岩の左腕が地面にドスリと落下した。
「オォォ……ゴォ!」
敵が一瞬怯んだのも束の間、落ちた左腕を拾い、そのまま俺に向かってぶん投げて来た。
「うわぁっ!?」
一直線の剛速球。回避は間に合わず、盾で防ぐしかなかった。短い猶予の後に襲い来る左腕の痺れ、まずい、直ぐには次を防げない。それを読んでいるのか、岩はここぞとばかりに突進を再開する。もう魔力を撃ちだす猶予はない、相手のお望みの接近戦で勝負を仕掛ける。
「行くぞ……ウィンドソォォド!」
「ゴォオオオ!」
風の魔力を宿した剣を、渾身の力で振りぬく。火を纏うよりも軽く、そして切れ味鋭く進化するウィンドソード。相手が突き出した拳目掛けた風の剣は、岩をスルリと両断する。拳を割った勢いは止まらず、そのまま本体を切り分けた。
「ォ……オォ……」
弱々しい鳴き声を出しながら、岩はそのまま崩れさる。さっきまであんなに固そうな見た目をしていたのに、もう土塊のようになっていたり
「やっぱり、今のは土の精霊ってことなのか?」
地面に盛られた土を見て、なんとなく予測する。まあそう考えるのが妥当というか、そうとしか考えられないというか。
それよりも、今は風の魔力が実戦で上手く使えた事を喜ぶべきだ。そしてあの切れ味、炎よりも土に有効なのがよくわかる。先に風の次に土を選んだのは正解だった。
順調な滑り出しの魔引きに足取りが軽くなる。だが油断は禁物、どんな相手が出てくるかはわからない。まあ、そもそも戦わないで済むならそれに越した事はないけど。
なんて思っていたら、開けた場所に着いた。ここだけ広く円形に、まるで穴でも空いたように木々がない。そしてその中央には巨大な岩が、ここのヌシだと言わんばかりに鎮座していた。俺の2、3倍、それ以上にありそうな岩石。嫌な予感が頭を巡る。
「……? ニンゲン?」
野太い声があたりに響いたかと思えば、不格好な巨大な塊は緩やかに人の形を露わにする。大きさそのままに現れた巨大な岩人形、動く度に地震でも起きたかと錯覚する揺れが襲う。魔王って人間以外もいるのか、というか、こんなのと戦えっていうのか?
いや、まだ戦うと決まった訳じゃない。話し合いで解決する可能性もある。顔の位置にある淡く光る眼も、どことなく優しさを帯びているように見えなくも……
「ニンゲン……コロス」
ダメだわ、話し合いで解決無理そうだわ。




