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魔王の魔引き、始めました  作者: 忠源 郎子
第一章 旅立ち
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空の景色



 バストルから魔力を受け取った翌日から、俺は風の魔力を扱う為の特訓に入った。火の魔力よりかは幾分楽ではあったが、難しい事に変わりはない。火よりも力強さが無い分、繊細なコントロールが要求される。今幾分か楽だと言ったが、場合によってはこっちの方が難しいかも知れない。


 風の魔力を貰って一週間が経った頃、特訓は次のステップに移っていた。その特訓の内容に従って、今俺は空の上にいる。高層ビルすら見下すような、高い高い空にいる。そしてここから勢いよく落下するのだ。……自分でやっててなんだが、正気じゃないとは思う。けど、やるしかない。



「…………ぁぁぁぁああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


「ぉおっと」


「むわぐっ」



 地面に激突する手前で、俺の体はふわりと受け止められた。バストルの作り出した風のクッションだ。



「いいぞリュウヤ。コントロールはまだ出来てはいないが、高さに関しては十分だ。もう私の最高記録を超えたんじゃないか?」


「それは嬉しいけど、高さがこのままだと活かせない」


「そう焦ることはない。リュウヤの成長速度は眼を見張るものがある、直ぐに活かせるようになるさ」


 

 自分の魔力によって遥か上空まで飛び上がり、そこから落下し魔力を使って着地、ないし再び浮遊する。言うのは単純明快なこの修行、突破出来れば俺は空を飛ぶという強力なアドバンテージを得る事が出来る。出来るのだが、行うは難し。上がる事はもう出来るが、落ちるのはどうしても慣れない。恐怖心が魔力操作の精度を下げてしまう。



「そらもう一回だ、頑張れリュウヤ」


「うへぇ……スパルタだなぁ……」



 弱音のような、愚痴のような。そんな言葉を漏らしながら俺は再び上空へと舞い戻る。そしてさっきの高度の辺りまで来たところで、魔力操作を一旦解く。すると一瞬の間をおいて、重力が全力で体を引き始めた。この時のなんとも言えない浮遊感と気持ち悪さが、慣れない要因の一つだ。と、大分地面に近づいたところで魔力を練りあげ上手く速度を落とし、再び浮遊する。……そう上手くいけばいいのだが、まだ今の俺には無理そうだ。追突の恐怖が思考をかき乱す。まあ、そんな修行でもバストルが止めてくれるという安心があるから、まだやっていける。


 俺はてっきり魔力を吸い取ったから、もうバストルは魔法を使えないものだと思っていた。しかし実はそうではなかった。この世界は魔王の魔力だけではなく、普通の魔力もある。そのことを忘れていた。彼は元々風の魔法を使う事が出来ていたんだ。ただ魔王の魔力と違い、普通の魔力は弱く、鍛えに鍛えて漸く魔物が倒せる程度だとバストルは言っていた。そして魔王と普通の大きな違いとして、呪文の有無がある。魔王の魔力はイメージで出せるが、普通の魔力は呪文を唱えなければいけない。そう、今バストルが俺を受け止めるべく唱えているよう……に……?



「唱えてなくない?」



 え? 嘘だろバストル待ってくれ死んじゃう死んじゃう待て待て待ってなんでそんなことなんだよその冷たい眼は冗談きついよバストルベアレスいけないこの速度はいけない死ぬ死ぬ確実に死ぬ飛べ飛べ飛べ俺飛べ飛べ



「うおおおおおおお!?」



 炎を噴き出すように風の魔力を全力で下に放つ。その反動が体全体に強く押しかかる。重力と反動が両側から襲い掛かり、内臓が潰れるかと思う程の圧に思わず顔を歪めた。だが、それでも勢いは殺し切れない。このままだとぶつかる、そう思った時には風のクッションが全身を包んでくれていた。



「かっ……こっ……かはっ、かっ……」



 無理やりな急ブレーキの代償が、正常な呼吸を妨げる。今自分の体はどうなっているだろうか。感覚としては紙のようにへしゃげているような気持ち悪さが残っている。次第にハッキリする視界で確認、大丈夫だ、元のままだ。


 苦しむ俺にバストルはポーションを差し出してくれた。呼吸が整わないままに勢いよくそれを口に流す。体の痛みが抜けていくのが分かる、呼吸もすぐに落ち着いた。



「ありがとうバス「今、甘えたな」


「……え?」


「私がいるからできなくてもいいかと、甘えたな」



 ……確かに、まあいいかと思っていた。今回もまた受け止めてもらえるとそう思っていた、思ってしまっていた。今のバストルの表情はとても冷たい。彼が魔王になってから、いや、その前も含めた過酷な半生。その厳しさを物語るような無慈悲な表情だった。



「いいかリュウヤ。これから君が出会う魔王達は、この世界は、私ほど優しくはない。いつ死んでもおかしくないような世界が広がっているんだ。一瞬一瞬を自分でなんとかしなければいけない。私はもう戦力外だ、ついて行くことは出来ない。君が自分で乗り越えていかないといけないんだ、分かるな」


「……うん。ごめんなバストル」


「私の方が謝るべき事をした。君は心構えを変えてくれればそれでいい」



 頷き、俺はもう一度空高く飛び上がる。もう下で助けてくれる人はいない、そう頭に刻み込んで飛び上がった。


 跳躍の時、俺はロケットをイメージして飛び上がっている。事実それで飛び上がれてはいるが、制御はそうはいかない。方向転換の度にロケットの噴射をしていては体がもたない、さっきの落下がいい例だ。ならどうするべきか。



「……風を纏う、魔纏の応用でいけるか?」



 体が落下に移った頃、魔纏を体に張り、そこから徐々に出力を上げる。漏れた魔力が形を成し、荒れ狂う風のようになびき始める。こいつらを使えばきっと飛べるはずだ。


 意識を集中させる。地面までの距離などもう見ない。恐怖心を押し殺し、ただ魔力の操作に集中する。重力に逆らい再び宙へと上がるよう集中する。激突せずUターンをするようにイメージする。



「……お?」



 気付いた時には、体は浮遊感で包まれていた。ふよふよと漂うよう心地いい感覚は俺が初めて体験するものだった。



「流石だなリュウヤ! もう飛べるようになるとは予想外だ!」


「え? 飛んでる? 飛べてる? マジで?」



 浮いてる。落下でもなく、飛び上がるでもなく、浮いている。その場に留まるように浮いている。



「……飛べたぁああああああ!」



 歓喜の声を上げながら、俺は縦横無尽に飛び回る。円を描くもその場で回転するも自由自在。空を舞う術を俺は身に付けたんだ。



「イヤッホオオオオオオオオ!」



 喜びに身を任せるままに遥か上空へと飛び上がる。実は魔法のある世界に来てから、空を飛ぶことを夢に見ていた。子供の頃一度は見た空を飛び回るという夢が今、叶ったんだ。神妙な話をしてもらった後にこんなにはしゃぐのもどうかと思うけど、それでもはしゃぐ気持ちが抑えられない。感情のままに高度をぐんぐん上げていく。さっきまでの最高地点なんかとっくに過ぎてしまった。



「……リュ……アアアア…………それい……と…………」


「えっ? なに? ごめん聞こえない!」



 ふと気付くとバストルが下で何か言っているが、内容が聞き取れない。何かあったのか、多分だけど叫んでるのは分かる。ただならぬ気配を感じ取った俺は上昇をやめ、下に降りようとした、その瞬間だった。



「……あ、え?」



 お腹が凹んでいた。空腹だとかそういうことじゃない。一部分ではあるが、押しつぶされたように凹んでいた。まるで紙切れのような薄さだ。こんな状態の腹の中、内臓がどうなっているかなんて考える暇もなく、俺の口から血が吹きこぼれた。



「な、なに……なんで……」



 潰れた箇所を改めて見れば、刃物で切られたような傷がある。しかも炎で焼かれているかのような痛みが出始めた。そこから吹き出した血が躍り狂い、また傷を増やしていく。


 自分に起きている現象が一体なんなのか、理解する知識も時間もないままに、俺は気を失った。





「……はっ!?」



 気絶から目を覚ました。見なくても感覚でわかる、ここは俺の部屋だ。バストルが運んでくれたのだろうか。起き上がるが、部屋には誰もいない。お腹の痛みも感じない、傷も凹みも何もない。部屋には月明かりが差している、かなりの時間寝ていたらしい。下に誰かいるだろうか、そう思ってベッドから降りようとした時、ドアが開いた。



「おおリュウヤ。起きたか。大丈夫か?」


「バストル。俺、どれくらい寝てた?」


「半日だな。傷はシルベオラさんが治してくれたよ」


「そっか。……俺、何があったんだ?」


「四方の魔王から威嚇を受けたんだろうな。先に言っておくべきだった」


「……威嚇?」


 

 あれだけの怪我を魔纏の上から負わされたのが、威嚇?



「魔王の魔力を使って飛んだだろう。それを察知した魔王達が、来るなら来いと軽く魔力を飛ばしたんだろう。それを受けてしまったわけだ」


「魔力だけで……」



 お腹が凹んだのは土、か? 切り傷は風、焼ける痛みは火、血が暴れたのは水、って事か……ん? まてよ?



「なんで四方から? 火と風は俺が持ってるぞ?」


「四方の魔王には上がいる。私の場合は烈風の魔王という」



 上? ただでさえ強かったバストルや火の魔王の上がいるのか?



「烈風の魔王にリュウヤの事を言ってなかった、すまない。同じ魔力でも使い手で波長が異なるから、威嚇したんだと思う」


「上……」


「……もしかして、バロフから聞いてないのか?」


「聞いてない、そんな大事な話は知らない」


「呆れる……なぜこうも大事な事を言わないんだあいつは」



 今に始まったことじゃないが、ほんと勘弁してほしい。



「そういえば、バストルと烈風の魔王はどういう関係なの? 部下とか?」


「私の場合は師匠だな」


「師匠か、そりゃ弟子の魔力が別の奴に渡ってたらそうなるよな」



 努めて平静を装い話をするが、内心は恐怖が湧き出ていた。二人よりさらに上の存在、きっと避けては通れないだろう。



「辞めたくなったか?」



 俺の心情を察してか、そう問いかけるバストル。まるで俺の恐怖を掘り起こそうとするような質問だ。きっと、言葉にして覚悟を固めろと、そう言いたいんだろう。きっと逃げたとしても、バストルは責めてはこない。けど、俺がこう返事をすると、彼はきっと思っている。



「いや、やるよ。やり遂げる」


「流石だ、そう言うと思っていたよ。ところでリュウヤ、夕飯はもうアンさんが作ってくれているが、食べれそうか?」


「大丈、」


 夫と言おうとしたところで、腹の虫が大きな音を立てた。顔が少し赤くなっているのがわかる。



「今すぐにでも、と言ったところだな。いこうか」



 クスリと笑いながらバストルが言う。茶化さないでくれ、なんて俺も笑いながら、二人で階段を降りていった。

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