配下ではなく
「歩くの面倒なんで飛びますねぇ」
「え?」
急にシルベオラさんがそんな事を言ったかと思えば、いつの間にか景色は宿屋の前に移り変わっていた。
「転移魔法、それも瞬時にとは。やはり只者ではない」
バストルが感心したように頷いている、やっぱりこれ凄い魔法なんだな。
「では私はこれで。明日準備が出来次第、城に来てください。簡単な報告は私のほうからしますが、詳しい事はリュウヤ君からお願いしますね」
「あ、はい。わかりました」
「それと風、じゃないんでしたね。バストルさんも同行されるんですか?」
「そのつもりだ。聞きたい事もあるからな」
聞きたい事? バロフに?
「わかりました。お待ちしていますね」
そう言ってシルベオラさんは姿を消した。黒騎士やモナムさんの時と違い、町の人達が彼女に集まらなかったのは、気のせいだろうか。
「さて、リュウヤはいつもここで寝泊まりしているのか?」
「そうですね」
「もう敬語はよしてくれリュウヤ。私は君の配下なんだ」
「えっ!?」
そんなの初耳だ。いつそんな話が出たんだ?
「勝負に負け、命を救われ、そして思想に助けられ。正直な話、君に惚れ込んだ。順序が逆になったが、どうか私を君の配下に加えて欲しい」
そう訴える彼の眼は真剣そのもの。言葉では頼み込むような内容ではあるが、例え断られてもお構いなしといった気迫を感じる。そこまで俺に言ってくれるのは嬉しいけど、流石に内容が内容だ。
「いや、そんな配下とか部下とか、そんな立場じゃないよ俺は。バストルの上に立てるような人間でもないし」
「リュウヤ、勝者の謙遜は敗者への侮辱だ」
「あ、ごめん、そういうつもりじゃないんだ」
「分かっている。だが、私以外にそういう発言は止めておいた方がいい」
「ああ、ありがとう……」
「良いんだ。で、私を配下にしてくれるか?」
「やっぱり……配下とか、ガラじゃないというか……」
「リュウヤ、これは大事な事だ。これから先の事も見据え、勝者と敗者の立ち位置はハッキリとしておいた方がいい」
戒めるような口調で伝えるバストル。俺の感覚からすれば、配下なんてものはまったく馴染みのない事。しかしこの世界からすれば当たり前の文化なのだろう。それを考えれば、彼の言葉に従った方がいいのかもしれない。でも……
「じゃあ……友人で」
彼の提案を避けるべく、苦し紛れにでた言葉だった。とはいえ嘘ではない。彼となるなら、そういう関係が俺の望みではあった。
「友人、友人か」
ククク、と噴き出すのを堪えるような笑み。
「はっきりさせろと言うのに、友人なんて曖昧な立場を言うとは。頑固だ、君らしい」
「え……駄目、だった?」
「駄目なものか、それでこそだ。改めて、よろしく頼む、友よ」
朗らかに笑みを浮かべながら右手を差し出すバストル。こちらにも握手の文化があるんだと少しだけ嬉しくなった。
「こちらこそよろしく……友よ」
彼と同じように答えながら握手に応じる。なんだかむずがゆいやり取りだが、それでも、嬉しかった。
「さて、ここに飛んだという事は、リュウヤはここに泊まっているのか?」
「そうだね。こっちにきてからはずっとお世話になってるよ」
「今日は私もこの宿に泊まりたいんだが、大丈夫だろうか?」
「大丈夫だと思うけど、一応アンさんに聞いてみよう」
「アンさん、家主のことかな」
「そう、優しい人だよ。見ず知らずの俺に良くしてくれるんだ。俺は、家族だと思ってる」
「そうか、それはそれは。粗相のないようにしなくては」
俺が先導して宿に入ると、アンさんは部屋の掃除をしているところだった。俺の顔を見て花が咲いたように笑ったが、バストルの姿を見て朗らかな柔らかい笑みに変わる。所謂営業スマイルというやつだろうか。
「おかえりリュウヤ。無事で何よりよ。そちらの方は?」
「ただいまアンさん。紹介するよ、友達のバストルだ」
「初めましてアンさん。バストル=ベアレスと申します」
「あら! リュウヤのお友達! よろしくねバストル君!」
友人の紹介に、まるで自分に嬉しい事があったように喜ぶアンさん。自分の元の世界の母親と、その姿が重なったように見えた。
「急だけど、今日はバストルも泊まって大丈夫かな」
「もちろん! お客さんはいつでも歓迎だけど、リュウヤのお友達なら大歓迎よ!」
「ありがたい。宿泊料はどれほど?」
「いいのいいの! 気にせず泊まって!」
「いや、しかしそれは」
「いいの、お友達からは取れないわ!」
礼儀を通そうとするバストルを強引にねじ伏せるアンさん。ここまで力強い彼女は見た事がない。流石のバストルもたじろいでいる。
「そこまで仰るなら、お言葉に甘えさせてもらいましょう」
「そうそう、素直が一番! じゃあ早速だけど、お腹空いてない? もう夕食は用意できるわよ?」
言われた途端、かなりの空腹感が込み上げてきた。色々と大変だった一日に相応しい腹ペコ具合だ。
「じゃあ夕食、俺も手伝うよ」
「では私も」
「二人は座ってて、疲れてるんだから無理しないの」
そう言って俺達の背を押して強引に席に着かせるアンさん。そのままテキパキと夕食の準備を済ませていく。食卓に並んだのはステーキを主役においた豪華な品々。空腹をこれでもかと刺激する香りがたまらない。
「さ、食べましょ!」
「おぉ……! じゃあ早速、いただきます」
「いただきます」
「……? イタダ? なんと?」
俺とアンさんの挨拶に、バストルは首を傾げている。ああそっか、いただきますの文化がないのか。
「目の前の食材に感謝を込める挨拶だよ。命を貰うから、その感謝をね」
「そうそう。リュウヤの世界の習慣なの」
「なるほど、食材に感謝か。リュウヤの世界らしい、良い習慣だな」
俺達の動きを真似て、バストルは手を合わせる。そして少し頭を下げながら、挨拶を発した。
「イタダキマス……こうか?」
「そう。食べ終わったら同じようにしながらご馳走様。初めと終わりにね」
「イタダキマスとゴチソウサマ、なるほど覚えた。今日からするとしよう」
感心したように頷くバストル。なんというか、絵に描いたような異文化交流だ。ちょっと楽しい。……まてよ?
「……俺、アンさんにこの挨拶教えましたっけ?」
「私は前にバロフ様に教えてもらってたの」
「ああ、なるほど」
なるほど。なんて言ったが、次に浮かぶのは当然、バロフに教えたっけ、という疑問。どこからこの知識を仕入れたんだ? バストルが言ったように、俺以外の日本人がいるのか?
……まあ、それは後回しだ。今はこの食卓を楽しむとしよう。
今日の夕食はかつてない程に賑やかなものになった。単純に三人に増えたからではなく、バストルが良くしゃべるんだ。敵として相対した時とは考えられない程に良くしゃべる。というかアンさんを口説こうとしてる。お前さっき粗相のないようにって言ってたじゃん。アンさん可愛い顔立ちだから気持ちは分かるけど。
でも、これが本当の彼だとしたら。このよく笑い良くしゃべる彼が本当の姿だとしたら、なんというか、よかったと思う。魔王の名に抑圧されていた彼を開放出来たのだとしたら、この魔引きもやっててよかったと思える。勇気を出してよかった、諦めないで本当に良かった。
「こんなに楽しい夕食は久々だった。今日は本当に、心から礼を言いたい。ありがとう」
「そんなに畏まらなくてもいいのよ? いつでも歓迎するわ」
夕食を終え、またひとしきり談笑した後、部屋に戻った。バストルは隣の部屋、ベットで寝るのは久々だと喜んでいた。ベットに寝転ぶとすぐさま睡魔が瞼を降ろしてくる。自分が思う以上に疲れていたようだ。だが、こんなに穏やかな気持ちで寝る日もなかった。やっぱり、友達という関係は、いいものだ。
…………寝息、寝床について直ぐに寝たようだ。この疲れようなら、気付かれる事はないだろう。
「リュウヤが寝たら降りてきて」
彼に聞こえぬように耳打ちされた家主の言葉。美女からの誘いと取れば小躍りでもしたくなる言葉だが、そうではないのは眼に見えている。恐らく私の正体に気付いている、風の魔王であるという事を。
冷静に考えればその答えには簡単に辿り着くだろうが、私が魔王という答えを得てなお呼び出すというのは勇気がいるはず。何が目的なのか、用心しておかねば。
「リュウヤは?」
階段を降りた先には、席に着いた家主がいた。少しだけ引かれた椅子が、ここに座れと促している。
「寝ている。あの熟睡具合なら当分起きないだろう」
「そう」
先程とは打って変わって冷たい表情。机を挟んで座っているのは先程と同じだが、彼女の威圧感は比べ物にならない。
「風の魔王、何が目的なの?」
躊躇がない。私の正体を言い当てる事もそうだが、私がリュウヤを害そうものなら、この首を刎ねるのに躊躇はない。そう訴えるような短い質問だった。
「目的は、友として、リュウヤの旅路を支えることだ」
「なぜ、そうなったの?」
友、という言葉を疑っているようだ。今更隠す必要もない、私はすべて包み隠さず話した。一度はリュウヤを殺した事、再び相対し敗れた事、命を投げ捨てようとした時、リュウヤは諦めなかった事、配下を申し出た私を友と呼んだ事。何もかもを話した。最初は疑いを持っていた彼女も、次第に敵対心を解いてくれた。
「……分かりました、今は信じましょう。ただ、貴方がリュウヤを傷付けた時は、覚悟する暇すらないと、肝に銘じなさい」
「しかと、刻んでおきましょう」
「今日はもう休みなさい。貴方がリュウヤの友人である限り、私は貴方を歓迎するわ」
彼女の言葉に会釈を返し、席を立つ。そのまま二階に上がろうとしたが、ふと、リュウヤの言葉を思い出した。
「私はリュウヤの優しさと諦めの悪さに救われた。だが、もし、彼がこの世界に来て、不安な心境が解消されないままにいたら、彼の優しさと諦めの悪さが失われていたら。私はここまで救われる事はなかった」
「…………」
「彼は貴女の事を優しい人だと、家族だと思っていると言っていた。孤独な彼を支えたのは紛れもなくアンさん、貴女だ。リュウヤは命の恩人だが、貴女も、私の命の恩人だ」
「……貴方に礼を言われるようなことはしていません。疲れが残りますよ、早く休みなさい」
顔を背けながら、彼女はそう言った。私は何も言わず会釈を返し、階段を上る。女性を泣かせるのは美しくはないが、これは大目に見てもらえるだろうか。




