二度目の道中
朝。いつも通りの目覚めを迎えた俺は身支度の後、風の魔王に向かう。手持ちにはポーション4つ、爆弾3つ。魔王に挑むというには少々物足りない気もするが、修行の成果がそれを補ってくれると信じるしかない。
アンさんに挨拶をし、町を抜ける。そして草原が眼前に広がった頃、凄まじい恐怖が背筋を撫でた。魔王の魔力を物にする修行をした今だからこそ分かる、ここで時折吹く風から奴の、風の魔王の魔力を感じる。かなりの距離を進んだ後に俺は風の魔王と出会った筈だ、なのにもう奴の力を感じる。一体どれだけ強力な魔力を持っているというのだろうか。
こんな調子で今の俺が通用するのか、逃げ出したくなるような不安が足元から這い上がって来る。その不安を振り払うかのように大股に足を振り上げ、魔王への前進を始めた。
魔纏は使わず、一先ずは身体能力だけで歩を進める。そうする内に、スライム達の住処にたどり着いた。今日の彼らは近寄りはするものの、以前のように激しく纏わりついては来ない。飛んで来たりもせず、俺が進んでいくのを止めたりもせず。周囲で小さく跳ねるその様子は、なんだか応援されているみたいに思える。
……あぁ、そういう事か。なんて賢くて優しいやつらなんだ。
あの時あんなに激しく飛んで来たのは、俺を止めていたんだ。お前はまだ弱いんだから行くんじゃないと、無謀な挑戦を止めていたんだ。火の魔王の時は黒騎士がいたから止めなかった、俺一人だと勝てないから止めようとした。俺が負けるのが分かっていたから、あんなに止めようとしてくれていたんだ。それを鬱陶しいと払いのけ進んだ俺がどんなにバカだったか、今になって痛感する。だが今回はこいつらも応援してくれている、こいつらも俺が十分に通用すると認めてくれている。反省は後回し、今は彼らの応援を糧にする事に集中しよう。
スライム達と別れてから暫く歩いた。風が勢いを増していく。後の事を考え、少し早いが昼食を取る事にした。ポーチに手を入れようとして、中に爆弾を入れている事を思い出し一瞬手が止まる。駄目だ、今のは致命的だ。戦いの最中に今のような隙を晒すのは自殺行為に等しい。何を出すにしてもすぐ出来るように気持ちを入れ替えなければ。
昼食を食べ終えた俺は、そのまま歩みを再開した。風の勢いが増すにつれ、徐々に歩幅が狭くなっていく。正面から誰かが押し返しているかのような風圧を感じる、足は水を飲んだ長靴のように重い。そろそろ頃合いだ。俺は全身の意識を集中させ、魔纏をその身に張り巡らせた。
「おおっ!?」
思わず驚きの声が飛び出る、それ程までに劇的な変化があった。体がとても軽い。魔纏による身体能力の向上だけじゃない、明らかに俺に対する風の当たりが弱まった。魔纏にそんな効果があったのだろうか? 正直身体能力だけをアテにしていたので、これは予想外の結果だ。嬉しい誤算に足取りは速度を増す。この調子ならすぐにでも奴の居場所に着きそうだ。
なんてことを思っていたが、幸運はそう続くものじゃない。暫く進むと、二つの影が現れた。透き通った薄緑の小さな人型の体、背丈に合わない程の長い髪。風の精霊に間違いない、一度目よりも強くその確信が持てる。突風の中で優雅に揺蕩うそれらが俺に気付いたのは、俺が気付いたのとほぼ同時だった。
風の精霊達は俺を見るや否や、目尻を上げ威嚇するかのように両手を開いた。その両手の平に魔力を溜めているのが伺える、完全に戦闘態勢に入ったのが明らかだ。
「ありがとな、敵と認めてくれて!」
剣を抜き、二匹の元に駆け寄っていく。精霊達が手を振るえば、半透明の緑刃が迫り来る。一つは剣で、一つは盾で。二つの攻撃をいなしながら距離を詰め、一匹に袈裟懸けに剣を振るうと、断末魔を上げながら消滅した。もう一匹は残った魔力を俺に投げ、距離を取ろうとする。
「逃がすか! ファイアーボール!」
左手から火球を一つ、逃げる相手に対して放つ。精霊の繰り出した緑刃を打ち消し、勢い衰えぬままに精霊に直撃。引き起こされた小規模の爆発は精霊を消滅させるのには十分な威力を持っていた。
「……よし」
このファイアーボール、大きさだけ見ればさしたる脅威には思えない。しかし大きさに見合わない密度の魔力を込めてある。そのお陰か、相手の攻撃を打ち消しても威力は衰えず攻撃が出来た。有用な遠距離攻撃が確保出来たのは嬉しい限りだ。
成長を改めて実感しながら歩みを進める。風の精霊達も何度か立ちふさがったが、特に苦戦することなく撃破していく。以前は俺を歯牙にもかけなかった奴らを圧倒していく。修行の成果がこうも出ると気持ちもどんどんと高まっていくのが分かる。気分の高揚が歩みを自然と駆け足にしていた。
「……ん!?」
風が、風がどんどん強くなっている。走っているのが原因ではない、近づいているにしても不自然な強まり方だ。まるで相手も自ら近づいているかのような……いや、ようなじゃない、確実に来ている!
緩みかけていた感情を引き締め直し、襲来に備える。ポーションを取り出し、口元を濡らしながら飲み干した。そうして空になった瓶を仕舞った頃、奴は姿を現した。
「やけに精霊達が騒がしいと思えば、お前はあの時の……」
長い緑髪に整ったスタイルと顔立ち、白と緑の服装。間違えようもない、風の魔王だ。
「殺したと思えば跡形もなく消えた、不可思議な少年ではないか。何故生きている?」
「企業秘密だ」
「キギョウ……? まあいい。確かバロフの使いだったか、奴ならそんな事も出来ておかしくはない」
前回の反応と言い、バロフに一目置いているのがよく分かる。やっぱり凄いんだなあの人。
「何にせよまた来ると言うのなら、また殺してやろう。歯向かう気も起きぬ程に細切れにしてな」
瞬間、相手から突風が吹き荒れる。しかし今回はその場で堪えた、魔纏の効果がしっかり出ている。
「ほう……」
関心したような声が奴から漏れる、そして同時に表情も引き締まったのが分かる。前回とは違うというのを悟られたようだ。しかしそんな事は想定内、こちらも気を引き締め、魔王との決戦に臨むだけだ。




