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魔王の魔引き、始めました  作者: 忠源 郎子
第一章 旅立ち
13/98

準備完了


 あれから更に三か月の時間が流れた。剣と盾を構え、素手のモナムさんに戦いを挑む日々が続いている。


「おらぁ!」


「ぐっ! ぅ!」


 俺の動きの隙を突いた回避不可能の拳が迫る。脇腹にクリーンヒットした衝撃で飛ばされはしたが、魔纏がダメージを全て防いでくれた。


「おーしもう一発!」


「よし、来い!」


 今度は真正面から拳が襲い掛かる。胸板を貫かんばかりの破壊力を、俺の魔纏は耐えきった。


「お、壊れてないな!」


「ようやく安定してきました、よっ!」


 剣を横に薙ぎモナムさんを狙うが、後ろに飛んでかわされる。その着地を狙い距離を詰め剣を縦に振るう。だがモナムさんは空中で体を捻り右足を振り上げ、俺の剣を弾いてしまった。


「今の詰め方良いぞイリュー!」


「いや、普通は今の弾けないですよ……」


 アクロバティックな動きの後、右腕一本で着地しながら俺を褒めるモナムさん。絶好のチャンスに思えたが、彼女には通用しなかった。


「でもホントに良くなってるぜ」


「まあ大分慣れましたからね、魔纏にも」


 魔纏の習得、初めの内は終わりの見えない苦労が続いた。魔力を操り纏うのは本当に難しい技術だった。この三か月の殆どをそれに費やしたと言っても過言ではないくらいに、難しいものだった。そして動きながら魔纏を作るのは言わずもがな、至難の業だ。始めの頃は上手く作る事が出来ず、モナムさんの拳に幾度となく粉々にされた。何度胃液を吐いたか数えたくもない。一歩間違えたら死ぬような実践で俺は痛め抜かれ、ようやく魔纏いを身に付けた。


 この魔纏を使い始めてから俺は新たに特性を発見した。魔纏は体に近い程硬く、操りやすくなる。つまり体から離そうとすると途端に脆くなり崩れてしまうのだ。使い慣れれば離す事も出来るらしいが、今の俺には無理な芸当だ。そしてもう一つ。一見守るだけに思えたこの魔纏だが、身体能力も向上しているのが分かった。モナムさんが言うには、質を上げればその分その効果も上がるらしい。


「防御は一先ず合格だな。じゃ、後は攻撃な」


「了解ですっ!」


 言いながら俺は野球ボール程の火の玉を投げつけた。少しだけ体を避ける、最小限の動きでモナムさんはかわす。続けざまに火の玉を投擲、今度はバスケットボール程の大きさを顔面に向けて。


「そんなんじゃ合格は出せな!?」

 

 彼女が拳でそれを殴ろうとした瞬間、俺は火の玉を炸裂させた。小規模の爆発はモナムさんの視界を奪い、迫る俺を絶妙に隠している。


「来てるのは分かって……これは分からなかったぜ」


 恐らく最初の時のように、飛び退いて躱す予定だったのだろう。なら彼女は見た筈だ、逃げ道を塞ぐように背後に立つ火の壁を。


「ファイアーソードォォ!」


 己を奮い立たせるように雄叫びを上げながら剣を振り下ろす。相手は回避出来ないと見るや、左腕を盾のように構える。俺の剣は以前のように猛々しく燃え盛ってはいない。しかし魔纏で包んだこの剣は以前より格段に凶暴だ。


「お?」


 モナムさんが何かに気づいたように眼を見開くが、もう遅い。剣はもう左腕を完璧に捉えている。そして振り下ろされた剣は、相手の魔纏を裂き、肉を切り、骨まで断つ一撃となった。ボトッと生々しい音を立てながら地面に腕が落ちる。


「……うわあああああ!?」


「おー!」


 やってしまった! モナムさんなら大丈夫だと思ってたのに! あああやってしまった!


「やるじゃねーか! 良い一撃だったぜ!」


 無くなった腕を感心しながら見るモナムさん、痛みなど感じていないような表情だ。だが見てる分には痛々しいことこの上ない。腕から血がドバドバ出てるのに何でそんな笑顔なんですか?


「と、取り合えず止血を!」


「ん? ああ」


 慌てふためく俺と正反対に落ち着き払ったモナムさん。なんでそんなに落ち着いているのかと聞こうとした瞬間、ズリュッと勢いよく腕が生え変わった。えぇ……と驚きと不快感の混じった声が思わず漏れる。


「腕なんてすぐ生えるだろ」


「生えないんですよ普通は」


 やった自分が言うのもなんだが、そういう体質ならそうと言っておいて欲しかった。


「いやー、最後かなり良い感じだったからな、ちょっと硬くしたんだけどな。それでも斬るとは、成長したなイリュー」


「あ、そんなことしてたんですか」


「それにあの火の壁、もうあんな事まで出来るなんてな」


「自分でも上手く出来たとは思ってますよ」


 最初に投げた火の玉を地面に落とし、そのまま燃え上がらせ退路を塞ぐ。魔纏で鍛えた魔力操作で可能にした技だ。どうやら魔纏ではなく別の魔法として使うとそれなりに離れても大丈夫らしい。魔王の魔力の独立性がここで活きているのを実感する。


「まあ一つ上げるなら、なんかもっとあっただろ技名」


「そこは言わないで下さいよ」


 モナムさんにネーミングセンスを言われたが、技名を付けるのは理由がある。魔法を使うのに大事なのはイメージだが、そのイメージと技名を紐づける事で迅速な発動が可能になる。これを叫んだらこれ! と体に染み込ませるのが狙いだ。まあ技名はもっとあるだろとは俺も思うところだが。


「なんにせよ合格は合格だ。よくやったなイリュー」


 そう言いながら彼女は自分の切り落とされた腕を拾い、俺に差し出す。


「餞別だ、持ってけ」


「いらないです」


「特別な魔法を流したからな、いつまでも腐らず新品同然」


「いらないです」


「こんな可愛い女子のすべすべの手だ、使い心地抜群だぜ?」


「いらないです、何に使えって言うんですか」


「おいおい分かってるくせに、そういう事を言わせたい趣味でもあるのかー?」


「ないです」


 早く処分して欲しい。普通でもエグイ光景なのに、殺された記憶が嫌悪感を加速させる。まあこういった光景にも早く慣れとけという事なのかもしれない。いや、このニヤニヤした顔はからかってるだけだ。


「ま、冗談はさておき」


 言いつつ彼女は手から炎を出し、離れた腕を炭も残さず焼き尽くした。


「ホントの餞別に見せてやるよ」


 横を向き、小さく構えるモナムさん。魔纏しとけと俺に忠告する。


星砕せいさい・ジャガーノート!」


 言葉と共に繰り出された拳は大気を叩いた。大砲のような、しかしそれとは比べ物にならない程の轟音が辺りを揺るがす。まるで巨大な地震と嵐が襲い来るような衝撃が俺を大きく突き飛ばす。しっかり作った筈の魔纏は、触れてもいないのに消し飛ばされてしまった。


「うっぐうっ!」


 飛ばされた先でどうにか受け身を取る。魔纏を貫かれた衝撃で全身が思うように動かない、麻酔でも打たれたような痺れが体を巡る。魔纏を身に付け、直接触れていないのにこの威力。直撃した時の事など考えたくもない。


「まあ、こんなもんだな。これが受けれるくらいになったら、また特訓してやるよ」


「あぁ……はい、その時が来たら、ですけど」


 こんなのが受けれる日なんて来るのか? なんて思いながら、俺の修行は一先ず終わりを迎える。バロフへの報告はモナムさんがやってくれるそうなので、明日の準備をすることにした。



「ようこそリュウヤ様、見違えるほど逞しくなられましたな」


 明日の昼食とポーションを受け取りながら、ゲネラルさんの誉め言葉に礼を述べる。


「明日はどちらに?」


「風の魔王を魔引きに向かいます」


「左様ですか、ご武運を祈っております……リュウヤ様」


「はい?」


「あまり、気負わないよう、お気を付けください」


「……わかりました、ありがとうございます」


 去り際の忠告、そんなに思いつめたように見えるのだろうか。よく分からないままに俺は店を出た。



「おやリュウヤさん。魔引き、続ける気になったんですか?」


 言葉とは裏腹に、ウェンさんの表情は落ち着き払っている。俺が来るのが分かっていたかのようだ。


「はい、やれるだけやってみます。明日は風の魔王に挑むんですが、何か良い武器はありますか?」


「風ですか……そうですね、武器はそのままでいいでしょう。風で上手く剣を振れない時は突きを意識してみてください、しっかりと腕を脇に絞めてから突くんですよ」


「脇を絞める……こうですか?」


「そうですそうです、それなら風の抵抗をあまり受けないですからね。それと……後はこれを渡しておきます」


 カウンターの下からウェンさんが取り出したのは、三つの黒い玉。手で投げるのに手ごろな大きさのそれは、得も言われぬ不気味な輝きを放っている。


「これは?」


「火薬を詰めた物です、範囲は……そこまで広くはないですね」


「火薬を……ばっ、爆弾ですか!?」


「ああ、そっちにもあるんですねぇ。まあこれは導火線も何もない本当に火薬を詰めただけ。爆弾というにはお粗末なものです」


「点火は俺の火でってことですね」


「そうです。表面の材質は非常に火に対して脆い素材で出来ておりますので、くれぐれもご注意を」


「わかりました、ありがとうございます」


 礼を述べつつ火薬玉をポーチに入れる。その間ウェンさんが不思議そうに俺の顔を見ていた。


「……どうかしました?」


「ああ、失礼しましたリュウヤさん。ただ、リュウヤさんこんな眼をしてたかなっと思っただけです」


「こんな眼?」


「以前より険しくなりましたね、気合が入ったと言うべきか鋭く尖ったと言うべきか。前はもっと優しい眼をしてたんですが。まあ命のやり取りしに行くんですからそうもなりますよね」


「……はあ」


「すいませんね、変な事を言いました。前より凛々しくなったって事ですよ」


「……ありがとうございます」


 そんなに変わった表情をしていただろうか。自分では分からないが、人から見ればそうなのかもしれない。あまり気にする事でもないだろうが、帰宅までの間、頭に引っかかって取れなかった。



「おかえりリュウヤ。ご飯は出来てるわ」


「ただいまアンさん。早速頂きますね」


「調子はどう? 辛くない?」


「大丈夫ですよ。合格を貰ったので、明日風の魔王に挑みます」


「そうなの! 凄いじゃない、頑張ったわね」


「ありがとうございます。でも、これからです」


「そうね。くれぐれも気を付けてね?」


「はい、頑張ります。ちゃんと自分の足で帰って来ますよ」


 いつもアンさんは俺の身を案じてくれる、見ず知らずだった俺にとても優しくしてくれる、正しく無償の愛をくれる人だ。そんな彼女から、視線を感じる。目の前にいるんだから当たり前ではあるが、なんだか訝しむような視線だ。


「あの、何か顔についてます?」


「あ、ごめんなさいね、そうじゃないの。リュウヤの眼がね、日を追う毎に険しくなっていってて……前の優しい眼の方が好きだったなって……あ、今が悪い訳じゃないのよ? 男の子らしくて良いと思うわ」


「……ありがとう、ございます?」


 礼を言えばいいのか分からない。ウェンさんにも同じような事を言われた、ゲネラルさんの忠告もそう言う意図を含んでいたのだろうか。そこまで変わったのか? 鏡を見るが、自分では分からない。明日に備え今日は早めに床に着いたが、意識が落ちる瞬間までみんなの言葉が離れなかった。





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