元の世界とさようなら
「あ、ダメだ」
目前に迫ったトラックに、俺は反射的に呟いた。
これから起こる血生臭い事故を予感してか、眼や口を手で覆う人々。スマホを取り出そうとする人もちらほらと見える。普段なら気にしない通行人の動作が事細かに眼に入る、これが走馬灯ってやつなのか。
俺が突き飛ばした女の子は驚いた様子で歩道で転げていた。あの位置ならもう大丈夫だ。しかし慌てていたから乱暴な助け方をしてしまった。もっと優しく助けてあげれば良かったんだろうけど、ごめんな。次からは車道に飛び出したりしないでくれよ。
トラックを見ると、ようやく運転手はスマホから車道に目線を移したのか、酷く慌てた顔をしていた。ながら運転は危ないってテレビでよくやってるだろ。きっとこの後罰を受けるんだろうな。しっかり反省してくれ。
耳を澄ませば親友が俺の名前を叫んでいるのが分かる。お前も飛び出してくるなよ、お前を巻き込んでしまったら死んでも死にきれないからな。
しかし運が悪かった。飛び出した女の子を見て、そこに迫るトラックを見て、運転手がスマホに夢中なのを見て。絶対助からないと思ったら、体が動いていた。そんなことしたら自分が助からないのは分かっていたのに。
でもこうして良かったとは思う。こんな自己犠牲はあまり褒められたものじゃないけど、後悔はしていない。俺を産み育ててくれた両親には申し訳ないが、最後に人助けをした事は褒めてくれると嬉しいかな。
そんな事を考えていたら、もうトラックは目と鼻の先だ。いくらゆっくりに感じるとは言え止まった訳じゃない。確実に時間は進んでいる。何か奇跡でも起きないかと願ったが、どうもそんな気配は見られない。いよいよだ。
父さん、母さん。先立つ不孝、お許しください。
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