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青春の時間

作者: 七知

pixiv12時計という企画に参加してpixivに投稿した小説をタイトルを変えて投稿したものです。

私は風花楓ふうか かえで

名前が風流な、ただいま財布が空なことに悩む16歳。

私は高校に通っています。ですが、私にはもう一つ仕え事があります。

それはメイドです。

メイド喫茶のバイトから始めて、年に一回行われるオタクマーケットにメイドでコスプレに参加したりと、メイドとしての活動の幅を広げ、最近では自分の写真集を出すまでになりました。

そしてそれが、細々と皆に注目され始めたのです。

私はメイド服を着るようになってから、自分らしさを崩さない前提でおしゃれに気を遣い続けるようになりました。

その結果と言えるでしょうか。

実際、「かわいいよー」「おしゃれだよー」って声を私はネットで頂きました。

おしゃれなのはもちろんのこと、中身が伴ってないとどうしようもない。やっぱり可愛いですよね、私。

手前味噌はこれくらいにして、皆から注目されてそういった声を頂くことは私にとってこの上ない活動意欲の向上になっています。

皆、本当にありがとう。皆がいるから、今の私の活動は幸せです。

私を知ってくれたいわゆるファン(でいいんですよね?)の方の中には、私が高校生ということで、「メイドだけでなく制服姿も見てみたい!」という声を寄せてくれた方々もいました。

コスチュームプレイではなく生ですからね、生。

そりゃ見たくもなるでしょう。

そして実際に見せてあげた時は本当に楽しかったです、私が。私ちょっと危ない人ですかね?

ファンの中にもちょっと危ない人がいましたけどね、そういう人には注意をさせて頂きました。

とにかくその時は楽しかった。


ですが......

私はとある家庭の事情で、実は1人暮らしです。

親からは家賃の一部と学費を払ってもらっていますが、残り家賃、水道代、光熱費、電気代、食費。メイド喫茶のバイト代と、ほんの少しの売れだした写真集の収入がありますが、そこから払っていたらお金が......すっからかん。

娯楽に充てられるお金はほとんどありません。

これまで欲しいものを断念したことも一度や二度ではなくなっていました。

私はそのことに明確に悩んでいました。


しかし......今私には願ってもいないチャンスが舞い降りているのです。

それは、政府主催の名は明かされていない謎のプロジェクト。

私はその時点で政府主催というところから嘘な胡散臭い情報だなと思ったんですが、精査してみるうちに本当らしいということが分かったのです。

中高生を対象に、中学生100名、高校生100名

の計200名の生徒を選出すると内容にはありました。

統計局のホームページによると、最新データによる現在の日本の中高生の人口は600万ほどだそうです。

その内のたった200人とは、とんでもない割合です。

3万分の1を潜り抜けた生徒は何を思い、何をすることになるのか......。非常に気になるところではあるんですが、何と......私はその200人に選ばれてしまったのです。

どういう選出基準だったのかは政府が秘密にしているようで民間人には知り得なかったわけですが、国から通達が来た時には度肝を抜かれるかと思いました。

そして肝心の話をまだしていなかったのですが、そのプロジェクト、協力してくれる中高生には国が100万や200万、生徒によっては1000万と言ったお金を渡してくれるそうです。

中高生に100万、200万、1000万ですよ?

そのプロジェクトの募集枠が極端に狭いのも肯ける話です。

そしてその内容を知って、果ては自分が奇跡(周りの同い年くらいの子が言う奇跡なんかと比べたら失礼すぎる奇跡)を発動し選ばれたと分かった時、私はマジで脳内で地上を離れた楽園に到達しましたよ。

これが桃源郷なんですね。

私の人生で間違いなく一番驚いたし嬉しかったです。

目下の貧乏問題が解決するだけではなく、中高生が100万なんて金を持つので......まさに選ばれし中高生!

100万や200万というのは、大人も手から喉が出るほど欲しがっている額に違いありませんし......間違えました、喉から手が出るほどでした。選ばれし中高生大勝利です。

とにかく、私はこのよわい16の人生で最大の岐路に立っています。

いや、岐路なんて馬鹿馬鹿しい、道は一本しかない。このプロジェクトに乗り、何百万という大金を受け取って帰るんだ。

そして離れて暮らす母や父。たまに私の家にくる妹を安心させる。別に汚いことに手を染めて掴んだ闇金とかじゃないんだから、このプロジェクトは政府主催、私は奇跡的に選ばれた。そこに何の悪徳もない。

プロジェクトが何をやるかというのか分からなく、そこが一番不気味で怪しいと思ってしまうところではあるけど、あくまで政府のプロジェクトだ。売春なんかさせるわけない。

もしプロジェクトの内容が売春だったならこの国は終わってる。

大金を掴んで自分も家族も安心させる、それが私の使命。


......そのはずなんだけど、実は岐路だったの。

プロジェクトに参加する注意事項として、中高生はバイト、その他一切の営利活動は出来なくなるそうだ。

メイド喫茶のバイトはお終い、写真集売る、オタクマーケットに出るのも営利活動だからお終い。

それは私のメイド(兼制服)活動が終了することを意味していた。

このプロジェクトの拘束時間は、私が高校を卒業するまでだ。つまり、高校生でなくなるまでだ。

それまで、活動は出来ない。

別にメイドは大学生になってからでもできる。

でも高校生でメイドやるのが好きだった私としては全力でNOと言いたかった。

それに、生の制服を着て見せること、こっちはもう絶対に出来ない。

高校を卒業したら、ただのコスチュームプレイになってしまう。

......だけどこれがまたとないチャンスにも違い無かった。

私はこの未曾有すぎるチャンスに目が眩み、自分の中でほぼ決心していた。

メイドは卒業してからも出来るし、制服だってコスプレになってしまうけど、卒業したばかりなら大して違いはない......

そういったもう一方の懸念なんて大したことはないと思いたい情動が、急速に心から脳みそへと逆流していく。

来る今日は、選出された200人を対象にしたプロジェクトの説明会があり、何と首相官邸に招集される。

国会議事堂見学は社会学習でしたけれど、今回のはものが違う。

私の足は、既にその場所へと歩みを進めていた。


ガタンゴトン


電車が揺れる。国会議事堂までゴー。ちょっとした遠出だ。

私はもう迷わない。

もう大金が目と鼻の先にあるようだ。議事堂にさえ着いていないにも関わらず、高揚感はマックスだ。

やがて、揺れている電車が国会議事堂前という駅に辿り着く。ここね。

降りると、時間はちょうど良く、それ故か中高生とおぼしき集団がいくつか、首相官邸に向かっているのが見えた。きっと選出された学生たちだ。

私もその学生たちを堂々と追随し、自分も選出された一人である、という感じで誇りを持って歩いて行った。

官邸は正面玄関の前に広大な緑地が広がっていて、竹が何本も生えていた。

枯山水を見ているかのような趣があり、特別な場所という感じがする。

緊張しつつ中に入ると、外観通りとても広いこと。

説明会は、TVの記者会見とかで見るような演台の前で、これまた首相直々に行うそうだ。

首相を生で見るのは始めてだ。

普段会議が行われているような部屋に足を踏み入れた。説明会はここで行われるらしい。

真ん中に置かれた大きい長テーブルの周りだけでなく、そのまた周りにも椅子が配置され、それを囲うようにしてまた椅子が配置されていた。

どうやら普段よりも多く椅子が設置されているようだ。200人座るのだから当然だ。

そしてその1/3ほどに生徒が座っていた。中高生の区別は無しか。

私も順に、前から座る。

今日は土曜日だが、周りには制服の子もいた。

そして、続々と生徒が来て後に座っていく。

私は今日、選ばれたことを誇りに思い、大金に吸い寄せられるようにここに来た。

だが自分の好きな活動が終わってしまうという残念感はまだ頭の片隅に残っていた。

そんなのはどうにでもなる、と整理をつけてここに来たはずだ。

しかし思い入れの深いことだけに、心残りは消えていなかった。

前を見るとTVで良く見る首相が部屋に入ってきた、初対面だ。説明会が始まる。

首相は生で見ても、そのままって感じだった。

首相が話し始める。


「まずは選ばれた中高生の皆さん、大変おめでとうございます。選考基準は抽選ではなく生徒のある情報を元にしたものですので、ここにいる皆さんはまさに選ばれた生徒たちです。

まして全国に600万人いる中高生の中から200名ですから、これがどれだけの名誉なことか」


私自身も、未だ現実感が無い......。

自分が国に、抽選ではなく何かの基準で3万分の1から選出され、100万も200万も報酬があるというプロジェクトに参加することになったと。

話だけ聞いたら怪しさ満点だけど、もはや説明会が開かれ首相直々に祝辞を述べていて、疑いうる段階にない。


「皆さんにはまず、参加の意思の最終確定をしてもらわなければなりません。あまり想定はしていませんが、皆さんの参加が確定したわけではないというのも事実です。参加される中高生は、今から配布する誓約書に捺印をお願いします。これは、皆さんの参加を最終決定するものになります」


そうして、同席している関係者が紙を中高生に配っていく。

私の手元にもくる。

筆記用具と印鑑(無ければボールペン)は持ち物として伝えられていた。

中高生たちが約款を流し見した後、何の躊躇いもなく自前の印鑑を押していく。

当たり前だ、皆その為に来たのだから。

この説明会は参加の意思があれば来るものだ。

参加の意思がない生徒がいたとすれば、説明会は一応任意なので来ないこともでき、そういう生徒はここにはいないはず。

つまりまず、全員するりと印鑑を押さなければおかしいわけだ。

だが―「最終決定」

首相の言葉が頭に響き渡る。

ここで迷ってる生徒はいないはずだ、だが私は―

ここまで来て何をしてるんだろう。

気がつくと周りの皆は捺印を完了し、見える限りで自分だけが押していないという状態になっていた。


「皆さん、押されましたか?」


首相が中高生たちを見回す。

そして首相は私の存在を目に捉える。


「皆押しているようですが......まだ押されてない方がいらっしゃるようですね」


首相の言葉と共に、中高生たちも振り返ってこっちに注目する。

まずい、恥ずかしい。

時計は無情に動いている。

何をしてるの私、とっとと押して―

時計―


.......



「私はこのプロジェクトに参加する権利を放棄します」


私は首相の面を見て、そう言った。

ぽかーんとする首相。

周りの生徒もぽかーんとしている。

横に立っていた説明会に同席する関係者が言う。


「ええ!?放棄って君......」


「ごめんなさい」


私は首相官邸を飛び出し、外に走り出た。



私はすんでのところで気づいた。メイド服を着たり、学校以外のところで制服を着ている時の楽しさは、お金に代えがたかったことに。

今しかできないことをやることは、100万200万、1億2億、何百何千億何兆......いや、たとえ無限のお金を以てしても代えられないということに―




外は程よく暖かい自然の風が吹いていた。

木に止まった小鳥が何かを語りたがっているかのようにこちらを見つめた後、一鳴きして飛び立って行った。

花や草木が光を浴びて輝きながら一段と逞しく空に向かって伸びている気がした。

木が相変わらず物言わずどっしりと構えていた。

風が、動物が、草花が、木が。

風景が今しか無いこの瞬間という時間を、真摯に生きているように感じた。






End.




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