44話 蠅の王
「オズワルド殿、どうやらここは牢獄のようです」
騎士の1人が小声でオズワルドに話す。
鼻が曲がりそうな悪臭。暗い通路は鉄格子で埋め尽くされていた。
「何てところだ…!皆、手分けしてまずはサイラスを探そう」
「はっ!」
オズワルドたちは広い地下の牢獄内を手分けして探し始めた。
何がいるんだこの牢獄…。
暗くて牢獄の内側がよく見えない。
「サイラス…!いるかい…!?」
しかし返事は無い。どうやらこの悪臭は、牢獄内で死んだ者たちの臭いのようだ。
おかしい…。エリザベスは確か数十のものが監禁されていると言っていた。しかしあまりにも気配がない…。
と、遠くで
「あっ」
という騎士の声が聞こえた。
「どうした?何かあったか!?」
オズワルドは声のした方へ向かった。
すると足元に、騎士が装備していた甲冑が落ちている。
おいおい…。何で甲冑を脱いでるんだ…!?
ガシャン!
また遠くで音がした。
「おい!どうしたんだ!?」
オズワルドは暗闇の中、音の方へ向かう。
すると、そこにも甲冑が落ちていた。
何だ…!?これは一体…!?
オズワルドの額からは玉のような汗がしたたり落ちる。
「ひいっ!」
別の騎士の叫び声がした。
オズワルドは走りその声の場所に向かう。
「どうなってるんだ…」
そこにはまた甲冑が落ちていた。
「おい!みんな!どこにいるんだ!?」
オズワルドはたまらず声を上げた。
近くでかすれた声がする。
「逃げろ…。オズワルド…」
「サイラスか!?どこにいる!?」
しかし、サイラスの声はもうしなくなってしまった。
静寂と暗闇の中、オズワルドは混乱しそうな自分を何とか落ち着かせていた。
何かがいる…!攻撃されているんだ。しかしサイラスは生かされている…!
オズワルドは剣を構え、ゆっくりと警戒しながら暗い牢獄の通路を歩きだした。
しかし、何かはすでにオズワルドを捉えていた。
ブン。
オズワルドの前に小さな蠅が飛び回っている。
「ええい!」
オズワルドは手で蠅を追い払う。
しかし、蠅はじわじわと数を増やし始めた。
何だ、これは…?
不快な羽音をさせながら、オズワルドの目の前で小さな蠅が大量に集まり人の形を作り始めた。
集まった無数の蠅が人を形作り、それは最後には黒いマントで身を包む男に変化していった。
「やあ、君も騎士だね?君の仲間はとても美味しかったよ」
その男は不気味な笑みを浮かべ、オズワルドを見下ろしていた。
「貴様!何者だ!?皆を何処へやった!?」
男は人差し指を唇に付け、しゃべるな、と合図した。
男がマントを広げる。
男の上半身が見えた。
そこに、今まで一緒だった騎士たちの顔が並んでいる。
男と騎士たちは一体化しているように見える。が、騎士たちの顔はおぞましい蠅が絶え間なく蝕んでいるのであった。
馬鹿な…!
「今も虫たちは食事中でね。後はこの顔だけなんだよ」
男は自分の身体に埋め込まれている騎士の顔を優しく撫でる。
「そんな…!そんな…!」
オズワルドの身体は自分でも呆れるくらい震えて、戦意を喪失していた。
魔女ミランダが今回の敵のはず…!こいつは何なんだ…!?
「君たちの仲間に、こちらの情報を読み取る者がいるね?だからわざと人狼を生かしておいたんだ。そして私は虫を分散させて、たくさんの人が捕らえられているように見せかけたんだよ。まぁこんな事しなくても騎士ならばここに助けに来たかな。ふふふ」
エリザベスの読み取る力を気付いていたのか…!?
「逃げろ…」
サイラスはかすれた声で必死にオズワルドに伝えていた。
「声帯を潰しておいたはずなのにそれでも声を出すなんて、さすが人狼だね」
男は感心して、サイラスが捕らえられている牢獄の扉を開けた。
「ああそうだ。君の家族は私が骨まで食べたから。まぁ美味しかったよ」
その言葉にサイラスは
「アアアアアアア!!!!」
と狂ったように泣き叫び、鎖に繋がれた両手足をばたばたとさせた。
「ま、待て!待ってくれ!ミランダは!魔女ミランダは何処なんだ!?」
オズワルドの問いに男は、ああ、と思い出し
「彼女は私の妻にしようと思ってね、今は幽閉しているんだよ。ミランダは珍しい生き物を集めるのが趣味らしくて、それで彼女が私の長い封印を解いてくれたんだ。恩ある彼女を殺すのはさすがに忍びないからね。因みに今、最上階にいる者はミランダに化けた私の虫たちだよ」
男は淡々と語った。
「ぼ、僕たちをどうするつもりだ…!?」
うーん、と男は暫く考え込んだ。
「食べるつもりだったけど、今は満腹なんだよね。よし、こうしよう。最上階の私の虫を倒せたなら君たちを見逃してやってもいい。これは余興に過ぎないけど、君も人狼も開放してやろう。そのまま最上階の虫を倒しに行きたまえ。もし負けるのならそのまま喰い殺すだけだ。さぁ。人狼の枷を外して早く行きたまえ」
オズワルドは吐きそうな緊張感を耐え、暴れるサイラスの枷を外した。
途端にサイラスは男に跳びかかろうとする。
オズワルドは必死でそれを取り押さえた。
「うん、君は賢い。目の前の相手が桁外れの強さという事を理解しているね」
「何者なんだ!?あんたは!」
その問いに男は暫く考えた。
ミチミチミチ。
不快な音と共に男の背中から蠅の羽が生え始めた。
男は笑って言った。
「私の名はベルゼブブ。蠅の王とも呼ばれている」




