第七話
ガーベラの話というのは、遺跡を攻略する作戦会議のことだった。
「探索ではなく、攻略……ですか」
だが、当然遺跡の調査ともなれば、その間居住区の守りは手薄になる。これまではバンクシアが探索に出かけ、その間他のカヒトは壁の中に隠れていて、有事の際にはイキシオリリオンが駆け付ける形を取っていた。壁が壊された今は、バンクシアとイキシオリリオンが交代で見張りに立っている。攻略に向かうということは、その守りを放棄するという意味でもある。
「壁の再建は大切なことだ。それは私もわかっている。しかしどうだ、我々は圧倒的に人手が足りていない。資材もエネルギーも。壁を作り直している間にも新しい鉄蛇がやってきて、直したところをまた壊していく始末。いずれ対応しきれなくなることは目に見えている。その時我々は、今目覚めている六人だけでなく、眠りについた仲間たちの目覚めさえ失うことになる」
「一理ある。先日の戦闘でもオレとバンクシアの二人で対応しきれていなかったからな」
ガーベラの演説に、イキシオリリオンが賛同を示す。たまたまアイリスが新しい靴を得て、魔法を発動できたからこそ、バンクシアの追撃は間に合った。あの場でアイリスが魔法を使えなかったなら、アイリスは、そのすぐ傍にいたオダマキは。さらに居住区へと進まれたら、医者のナデシコも危なかったかもしれない。人的被害だけではない、未だ完全に復旧しないままのエーテルツリーも、今度こそ破壊されてしまったかもしれない。
「これまでバンクシアに遺跡の探索をしてもらってきたが、鉄蛇が遺跡から湧いて出てきていることははっきりしている。この際遺跡を徹底的に調べ尽くして、鉄蛇が出てくる原因を潰してしまいたい。鉄蛇に怯えて暮らすのはもうやめよう」
それさえ解決すれば平穏に暮らせる、と主張するガーベラの意見も、確かに正しいことなのだろう。それが叶うのであれば、脅威が減るのなら、きっと今よりも良い暮らしができるようになるだろう。
はいはーい、とバンクシアが挙手する。
「それって賭けみたいなもんじゃない? アタシたちが失敗したら全滅じゃん。誰か一人でも見張りに残しておいたほうが……」
「それで間に合うほど遺跡は狭くはないだろう? 前に持って帰ってきた遺跡の地図、バンクシア一人だとあれの半分も潜れたことないじゃないか」
「まあ、そりゃあ確かに遺跡は広いけど……」
今までも何度もバンクシアが探索に向かっているが、最奥まで踏破できたことはない。バンクシアの探索は、旧文明の技術で使えるものを探し出して持ち帰るのが目的で、深入りはしないものだった。
奥へ行けないというのは、単純に人手も資材も足りないからだ。旧い時代の遺跡である。遺跡の内部は崩れている場所もあれば、鉄蛇が目を光らせている区域もある。無理をして深入りして戻ってこれなくなっては本末転倒だ。
「アイリスという新しい戦力は有効に活用すべき――私はそう考えている。遺跡の攻略班が何人だろうが、失敗すればどの道カヒトはこの先耐えられまいよ。使えるものは使えるときに使うべきだ。あっても気休めにしかならない守りに人を割くより、より大きいリターンを望めるものに投資したい。種としての我々が生き延びていくためにね」
「……言いたいことはわかったわ。何もせずに滅びを待つか、何かチャレンジして失敗して滅ぶか、どっちがマシかってことね。……それマジにナッちゃん許可してくれたの?」
「そこは言葉のショットガンで殴り合いよ。シュッシュッ」
「マジか。はかせに戦う才能なくて良かった~、腕っ節強かったら絶対蛮族になってるわコレ。ていうかショットガンってそうやって使うもんなの?」
「さあ?」
ガーベラは軽く話しているが、恐らくは相当な悶着であったのだろうとは想像できた。バンクシアの言うように、ガーベラの提示する二択は選択が難しいものだ。彼は挑戦することを望んでいるが、簡単に決定できる話ではない――そのはずだが、ガーベラは笑みを絶やさない。
「オダマキだって賛成はしてくれてるもんな?」
「えっそうなの!?」
話を振られたオダマキは「積極的な賛成ではない」と言いつつも、否定はしなかった。
「必要なら仕事はする。俺は天秤にはなり得ないので、どんな意見が一番正しいのかはわからない。最終的な決定に従うだけだ。……お兄さまはどう思う?」
「オレは遺跡の攻略自体に異存はない。アイリスを連れていくのもそれがガーベラのオーダーなら従おう。尤も、遺跡の中で仲間を庇いきれる余裕があるかはわからんぞ」
イキシオリリオンの視線がアイリスに突き刺さる。最低限自衛すらできないのであれば邪魔でしかないだろう。
「私はアイリスはやればできる子だと思ってるから。イキシオリリオンの靴を探索向きにカスタマイズしたり、バンクシアの靴をメンテナンスしたりする間に仕上がってくれるよね!」
「はう」
「ちょっとはかせー、アイリスに余計なプレッシャーかけないのー! アイリス、無理はしなくていいんだからね!?」
バンクシアが気を遣ってくれている。自分の未熟のせいで心配をかけてしまっている――とはいえ、選択肢は結局、一つしか選ぶものはないのだ。
「だ、大丈夫、です。あの、わたし、ちゃんと頑張ります。魔法、覚えます。何もしないより、何かやってみるほうが、きっと後悔しないと思うので……」
「よ~く言ってくれたねえ! 偉い偉い、そういうの私大好きだよ~! おおよしよし~~~~撫でり撫でり」
「UGU」
ガーベラは加減というものを知らないのか、アイリスを励ますように抱きしめてくるが、正直言って苦しい。その様子を傍から見ていたオダマキが「それ昔の文献で見たことあるぞ」と言った。
「あれだろう、小動物を構い過ぎて懐かれない飼い主の物まねだろう」
「えっ私別にそういうマニアックな芸風は目指してないんだけど」
何やら話が脱線して混沌としてきたが、ともかく、一つの重要な決定がなされたのは事実である。遺跡の攻略作戦に参加する。それを決めたのは、アイリス自身の意思である。たとえそれ以外に選ぶ余地がなかったとしても。
アイリスのまだ新しい靴は良いとして、バンクシアやイキシオリリオンの靴の調整は必要だ。その間だけがアイリスに許された猶予となる。
「せいぜい足を引っ張るなよ、アイリス」
「お兄さまったらそんな厳しい言い方しなくても……あのねアイリス、やる気があるならそりゃあ頑張ってくれればいいけど、ほんと気負い過ぎないようにね? できる限りはアタシもフォローするからさ。チームで行動するってことは、一人じゃないってことなんだから、ね?」
「は……はいっ」
バンクシアは優しく言ってくれるけれど、迷惑はかけないようにしなければ。完璧、にできる自信はないけれど、限られた時間の中でもある程度の制御は問題なくできるように。最低でも自衛は必須だ。イキシオリリオンの言うように、足を引っ張ることだけは避けたい。頑張ると言ったのは自分なのだから、自分の言葉には責任を持たなければ嘘だ。
そこに関してはもう自分の努力だけだ。やると決めたらやる。期待されているのなら応えたい。心配なのは、ガーベラが言葉の殴り合いで説得したというナデシコのことだ。先日鉄蛇に襲われた時のことだけでも相当心労をかけているというのに、また彼に心配をかけてしまう、とアイリスは彼の小さな肩を想った。自分がもう少ししっかりしていれば、そのような不安も拭えるだろうに。なかなかどうして上手くいかない自己嫌悪がちくりと胸を刺した。