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花人  作者: 味醂味林檎
第二章 新しい靴
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第五話

 鉄蛇を撃退し、見張りにイキシオリリオンが残って、本来の予定どおり他のカヒトたちは居住区へと戻った。万が一の事態に備えてカヒトたちの帰還を待ち構えていたナデシコは、目ざとくアイリスの変化――即ち新しい靴に気がついた。

「アイリス、その靴はなんだ」

「あ、えっと、これは……」

 新しい靴は、前とは違って少しだけかかとが高い。ほとんどいつも一緒に過ごしているナデシコが、その違いに気づかないはずはなかった。

 なんと言ったものだろう。靴のことは出来上がるまで内緒にするようにとオダマキに言い含められていたが、完成した後はどう振る舞うか。ついついアイリスがオダマキのほうへ視線をやってしまうのを、ナデシコはやはり目ざとく見ていた。

「ふうん。説明が必要だな。オダマキ! こいつはどういうことだ! 保護者のボクは何も聞いていないんだがな!」

「足と心の健康、それから今後のカヒトのためには必要な処置だ。ナッちゃん的にもカヒトの生存確率を上げるガジェットはダメということはないのでは?」

 ナデシコの追及に対し、オダマキはいつもの調子で返事をするが、アイリスから見ると喧嘩を売っているようにしか見えなかった。

「ナッちゃんじゃあない、ナデシコさんだ。お前さんの主張は認めなくもないが、それはそれとして説明を求める。それとガーベラ、監督役のお前さんにも聞こう。何があった?」

「確かに今日はわりとでかいトラブルはあったが、あれだよ、私は靴のことは知らんよ?」

「そうか。ガーベラからは後できっちり事の次第を聞かせてもらうが、まずはオダマキから絞るか」

「お、お手柔らかに頼む……?」

「はっはっは、そう怯えるなよ小僧。ちょっと話し合いをするだけじゃあないか、ええ? 先に帰っていなさいアイリス。ボクはまずこいつとお話しがあるからね」

「あっじゃあ私も帰るね〜」

「ああ構わんぞ。オダマキとの話が終わったら訪ねるから」

「エッまじ? 時間遅くなるかもだし部屋掃除できてないからちょっとそれまた今度にならない? それかなんだったらオダマキと一緒にお話しするけど!」

「あの手この手でボクを言いくるめようとしてくるお前さんの陣営を増やすわけにはいかん」

 言葉では笑っていても、目は全く優しくなかった。小柄な体格のはずだが、それを感じさせない威圧感がある。アイリスが口を挟む隙もない。そもそも先に帰れというのは、オダマキやガーベラに事情聴取をしたうえで、改めてアイリスのことも追及するという意味だ。旧文明の記録にあった断頭台で処されるのを待つ罪人の気分とはこのことだろうか。

「とりあえず行こっか」

「い、いいんでしょうか……」

「オダマキは貴い犠牲だったのよ。ナッちゃんの心配性は止められるもんじゃないし、まあ多少はね」

 ただ一人今のところナデシコに目をつけられていないバンクシアはまるで他人事といった様子でアイリスの手を引いた。確かに今はまだ話題に上がらなかったが、オダマキに靴作りを頼むことを提案したのはバンクシアであって、それをオダマキが最後まで黙っていられるだろうか。あるいはアイリスが隠しておけるだろうかと考えると自信がないが、それを伝えるべきかどうか迷っているうちに見慣れたいつもの住処へ戻ってきてしまった。迷って行動できなくなるのは悪い癖だと思いつつも、どうにも性分なのか、なかなか治せない。

 バンクシアと別れて、あとはナデシコの帰りを待つ。アイリスとナデシコの暮らしている家は、実質的にはナデシコの診療所であり、ネオネバーランドの物資で賄える僅かな薬の保管場所でもある。人間と妖精の両方の特性を受け継いだカヒトは、当然といえば当然ではあるのだが、時には病にかかるし怪我もする。その全てに対応するにはとても足りないけれど、ある程度のことはどうにかなる。どうにかするのがナデシコの仕事でもあった。

「ナデシコさん……」

 カヒトの生存確率を高める。ナデシコはエーテルツリーによって生み出されるとき、それができるように調整を受けたという。そう望まれて生まれてきた、生まれながらの医者であり、研究者だ。そしてアイリスは、そんな彼に育てられた。

 彼の役に立ちたかった。仲間の役に立ちたい。ずっと足手まといでいるのが嫌だった。せめて何かの手伝いでもできればと思っても、上手くいかない日々が続いて、そこからどうにか抜け出したかった。だからこそオダマキに靴を依頼したけれど、それはナデシコの逆鱗に触れてしまったようだ。

 危険なことをするなというのは、わからないわけではない。生きるだけなら、怪我をしない、危ないことには近づかないのが一番良い。当然だ。物資は有限である。であれば、無難に――そう、問題にならないように、大人しくしているのが良いと言われれば、それまでだ。現在のネオネバーランドの状況を考えれば、ナデシコの主張は決して間違いではない。

 ――それでも。

 それでもアイリスは、ただ庇護されるだけでは、いたくないと思っている。




◆◆◆




 ナデシコが帰宅したのは深夜だった。以前アイリスが遅れて帰宅したときもこのような時間だった。

「ひととおり話は聞いてきた」

「はい」

「今日は大変だったみたいだな。お前さんが活躍したとも聞いた」

 何とも言えない難しい顔をしている。オダマキを追及しようとしていたときほどの苛烈な印象は鳴りを潜めて、いつもの落ち着きを取り戻している――とはいえ機嫌が良いわけでもなく、その感情は読み取りにくい。

「あの……怒っていますか?」

 恐る恐るアイリスが問いかけると、ナデシコは首を横に振った。

「怒っているというよりは、理解ができないでいるだけだ。戦うために生まれてきたわけでもなかろうに、どうしてそう茨の道を歩きたがるのか」

「それは……そう、かもしれませんけど」

「今回は上手くいったかもしれないが、次もそうとは限らない。わざわざ苦手なことに挑んでいく必要性がどこにある」

 確かにナデシコの言うとおり、アイリスはそのように作られたわけではない。エーテルツリーを介さずに生まれたがために、知識も技量も最初から持っているものは何もなかった。わざわざ自分の手の届く範囲を超えて先を目指すのは、決して簡単な話ではない。全く効率的ではない。それくらいのことはアイリスにもわかっている。

 わかっているが、だからといって立ち止まったままでは、いつまでも何もできない。ただ生きるだけならいいのかもしれないけれど、その陰には他の仲間たちの力があるのだ。それはナデシコの医療技術もあれば、バンクシアやイキシオリリオンのような戦闘能力もある。誰もが仲間のためにできることをしているのに、アイリスだけが何もできないままでは――釣り合わないだろう。

 仲間たちは皆誰もが望まれて生まれてきた。誰もが仲間のために力を尽くしている。アイリスも、たとえ彼らと同じように作られなかったのだとしても、せめて仲間の足を引っ張らないモノになりたい。

「新しい靴は、似合いませんか?」

 少しでも前へ進むための靴だ。自分の足にぴったり合うように作ってもらった靴なのだ。少なくとも今日は、この靴のおかげで初めて魔法を使えた。これはアイリスにとって、本当に、重要な第一歩を踏み出させてくれたものだ。

「ぐっ……い、や、そのだな……」

 ナデシコはわかりやすく狼狽えて目を泳がせたが、やがて一つ大きくため息をついた。

「……似合っているよ。その靴は、お前さんのための靴だってんだから」

 そのままナデシコはアイリスに背を向けて、自分の寝床へと向かう。目は合わせないままだったが、ナデシコは「おめでとう」と言った。

「魔法、ちゃんと使えるようになったんだろ」

「――!」

「明日もどうせ働かされるんだ。便利そうな魔法が使えるなら猶更な。今日はもう早く寝なさい、夜更かしはエネルギーの無駄だ」

 それ以上は何も言わなかったが、それでアイリスには十分だった。いつもとそう変わらないお決まりの文句ではあれど、それ以上言わないというのは、少なくともアイリスがやりたいと思うことに強く反対する気はないということでもある。

「……はい。おやすみなさい、ナデシコさん」

 ナデシコが背を向けていてよかった。受け入れてもらえたことが嬉しくて、ついつい顔がにやけてしまう。こんな顔は、彼には見せられない。




◆◆◆




「ナッちゃんてばほんとアイリスのことになると容赦ねえなア……一時間もお小言とかマジかよ……気持ちはわからんでもないけどさあ。あの子もストレスフルで限界ギリギリなんかしら。やっぱ現状打破は必須ですな〜」

 すっかり暗くなった頃、ガーベラはナデシコと別れてから家を抜け出し、自分と同じく事情聴取をされていた仲間のもとを訪ねていた。

「やっほーオダマキクーン、生きてるかーい?」

 カヒトの服飾担当、今回ナデシコからきつい追及を受ける原因ともなった靴職人のオダマキだ。

 表情の薄いオダマキだが、彼も相当ナデシコに文句を言われたのだろう、やや疲労の色が見える。

「……はかせも靴の新調か?」

「いんや。あのアイリスの靴について知りたくて。まだ元気あるんなら私にも教えてくれよ。あれは――探索にも使えるような代物なのかな?」

 ガーベラが問いかけると、オダマキは僅かに眉を寄せた。

「アイリスを遺跡にやるつもりか」

「人手も物資も足りていないからねえ。私はエーテルツリーの修復のためにも残らないといけないし」

 旧文明の遺跡は、行けば何かしらの物資を得られる機会があるが、決して安全ではない。充分に余裕がある状況なら、鉄蛇に襲われる危険性を考慮し、元から戦うために生まれてきた、戦いに慣れたカヒトを選ぶ。だがそう都合のいい話はない。

「バンクシア一人じゃ深いところまでは探り切れないだろう? だが、いよいよ探るだけなんて悠長なことは言っていられなくなってきた。鉄蛇どもが襲ってきて、壁を壊して、今度はいつ来るか。ずっと怯えながら暮らしているわけにもいくまいよ」

 前回の襲撃に加えて今回のこともある。壁の修繕が間に合っていない。どうにか首尾よく鉄蛇を撃退できたが、今後さらに襲撃が続けばどうしても限界はくる。

「はてさて一体どうしたものかと悩んでいたときに、アイリスだよ。あれは使えそうじゃないか。バンクシアやイキシオリリオンの補佐をさせたらちょうどよさそうだ」

「……それこそナッちゃんが大反対するのでは?」

 アイリスの保護者を自称しているナデシコは、あえて危険を冒すくらいなら、僅かな間でも平穏に暮らせる道を選びたがるだろう。当然アイリスを戦力として数えることには猛反対するに決まっている。新しい靴でアイリスの魔力を引き出したことにも反応したくらいだ。あの幼い姿をした医者が荒れるであろうことは、少しでも彼を知っていればすぐに想像のつく話だ。

 アイリスは戦闘のために生まれてきたわけではない。魔法とてようやく使えるようになったばかり。それを最前線に投入しようとすれば、何かの拍子にバンクシアやイキシオリリオンを手伝うどころか、負担になってしまう可能性もある。ナデシコが反対理由を挙げるとすれば、そのあたりのことだろう。その理屈も間違いではない。準備が足りなければ隙ができ、結果的に悪い状況を呼び寄せる可能性は否定はできない。

「だとしても、私は行動を起こすべきだと考える。何事にもリスクはつきものだ。今は私がリーダーなのだから、私なりに将来のことをあれこれ算段している」

「はかせ……」

「失敗を恐れて何も行動しないままではそう遠くないうちにカヒトは滅びる。それなら一か八かでも賭けに出るほうが将来に期待が持てるというものだ。あるいは何もしないでいるよりは悔いが残らない。どうかな、私はおかしいことを言っているつもりはないけれど」

 鉄蛇の脅威はすぐそこまで迫っている。何にせよ対策は必要だ。守りに徹していられないのなら、攻勢に回るしかない。

「早急に遺跡を攻略したい。必要な装備の調整をしてくれ、オダマキ。バンクシアもイキシオリリオンもきっと断らない。きみも協力してくれるだろう?」

 ガーベラがにっこり微笑んでみせると、オダマキは目を伏せた。

「……アイリス本人の調整が一番必要だ。時間がないなりに、なるべく心の準備をさせるべき。あとはかせ、その笑い方は可愛げがない。上手く顔を作れないならやめたほうがいい」

「エッなんで!? これでもかと慈愛に満ちた最上級の天使の笑顔だよ!?」

「やめたほうがいい」

「万年仏頂面に念押しされたァ……!」

 そんなにひどいつもりはなかったが、オダマキはいよいよ黙って首を横に振るばかりだ。不評らしい。精一杯の作り笑顔をやめると、オダマキは「やれることはやる」と言った。

「少しは良い顔になった」

「複雑だ……くたびれた顔のほうがいいのかよ〜……」

「今更仲間内で背伸びすることもないと言っている。あんたはせいぜい、ナッちゃんをどう説得するか考えておくといい。一番の難関」

「――ああ。その辺りは何とかするさ。よろしく頼むよ、オダマキ」

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