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花人  作者: 味醂味林檎
第一章 旧文明の遺産
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第二話

 バンクシアは遺跡の探索が仕事だ。遺跡には鉄蛇がうろついているので、その対処も慣れたものである。

「ありがとうございます、おかげさまで助かりました」

「いいってことよー、できることをしただけ。パワフルなのが取り柄! ちょうど見つけられてよかったわ。なんか変な音してるなーって思ってこっち来て正解だった」

 明るく笑うバンクシアは、探索から帰ってきたばかりらしい。白のジャケットが少し汚れている。

「それにしても鉄蛇がこんなところまで来るなんて。遺跡から迷い出てきたのかな……警備体制とかいろいろ見直さないとダメね」

「すみません、わたしが戦えないばっかりにご迷惑を……」

 疲れているであろうバンクシアに手を差し伸べてもらった。アイリスはただ光合成をしに出てきただけで、それ以上何も成果もなく、襲われても無様に逃げ惑うだけで、しかも逃げ切れもしなかった。

 自衛すらままならないとは情けないにも程がある。やはり自分は役立たずだ――仲間の足を引っ張るだけだ。

 自分と彼は違うのだから、彼と同じようにはできない。そう頭ではわかっていても、バンクシアの強さは、アイリスには少しばかり眩しすぎる。

「……アイリス、なんか悩んでるの?」

 気がつけば、バンクシアは心配そうにアイリスの顔を覗き込んでいた。

「え、と……その……」

「ずっと俯いてちゃ折角の可愛いお顔も台無しよ。ナッちゃんとかにも言えないこと? そんならほれ、例えばこのバンクシアおねいさんに言ってみ? 違う助言ができるかもしれないし、大体の困ったことは誰かに相談するのが解決への近道なのよ」

 自信に満ち溢れたバンクシアがそう言うと、そのような気がしてくる。事実、ナッちゃん――もといナデシコにも言えず、自分一人で悩んでいても全く進展がないのだから、恥ずかしくとも一時の恥と割り切って話すべきなのだろう。そもそもバンクシアを前にして、沈黙を貫ける気もしなかった。

 ひととおり最近の悩みを打ち明けると、バンクシアは随分と驚いたような顔をした。そんな悩みは抱いたことがない彼にとっては、想像の範囲外の話だったらしい。

「エーッ気にしなくていいと思うけどなあ。アタシだって別に何でもできるわけじゃないし。たまたま戦いに向いた魔法が得意で、ちょっと他より体力があるだけよ。アイリスもそのうち何か見つかるって」

「でも……わたし、ほんとに何もできないんです。ナデシコさんのお手伝いをしようって思っても、上手くいかなくて……魔法も全然上手くできないし」

 他のカヒトにできることができない。かといって、他の誰かの苦手を補えるわけでもない。それはアイリスにとってひどく後ろめたいことだった。カヒトの仲間は皆優しいが、それが余計にいたたまれない。

「うーん、アタシはそういうの全く悩んだことないからわかんないけど……そうねえ。とりあえず魔法のことなら、オダマキに相談してみたら?」

「オダマキさんに?」

「靴が合わないと魔法も上手く使えないモノよ。その靴だって他のカヒトのおさがりでしょ? アンタ育ち盛りって感じだし、靴が合ってないのかも。この際ちゃんとしたの作ってもらいなよ」

 オダマキは、カヒトの仲間内では服飾を担当している。アイリスの服も彼が作ったものだが、重要なのは靴である。

 カヒトにとって靴とは歩くためだけでなく、魔法を使うための道具でもある。旧い時代の御伽噺に出てくる魔法使いが使う杖のようなもの、とでも言うべきか。

 祖先にあたる妖精はそのような補助がなくとも自在に魔法の力を操れたというが、人間と混ざったカヒトはそうはいかない。自分の中に魔力があっても、それを引き出して別の形に変換する能力に欠けているため、出力の補助が必要になる――そうやって作り出されたのが、現在のカヒトの靴である。

 伝承に残っている以上、旧い時代にも杖で魔法を使う者がいたのかもしれない。だが既にある道具を使うのと魔法を使うのとで得られる結果が同じならば、手を塞いでしまう杖という形状にする理由がない。靴であれば少なくとも手は空くので、人間の遺した旧文明の利器も同時に扱いやすいという理屈だ。

 バンクシアが履いている桃色のリボンがついた靴も、カヒトとしての彼の魔力を引き出すためのものだ。使いやすいようにカスタマイズしているらしいが、そもそも魔法をろくに使えたためしがないアイリスにはいまひとつわからないところである。

「……ご迷惑じゃないでしょうか。資源だって限りがあるのに、わたしがそんなワガママ……」

「新しいことを始めるには何かしらコストがいるものよー。そういうの気にしてたら何にも始まらないわ。何もしないでいても停滞するだけなんだし。みんなワガママ放題やりたい放題やってんだから、アイリスもそうすればいいのよ」

「そう、でしょうか……?」

「そうそう。それにオダマキって靴マニアだから。言えば良い感じにしてくれるわよ、きっと。あいつもそろそろ新しい靴作りたい頃でしょ」

「新しい、靴……」

 本当に、良いのだろうか。新しい自分の靴。何かが変わるきっかけになるだろうか――そうなれば、とても嬉しいけれど。

「まだ明るい時間だし、今からオダマキのとこ行ってこよ! 思い立ったが吉日って言うし!」

「えっ、そんな、まだ心の準備が」

「そんなの待ってらんないわよ〜ほれほれ立った立った! レッツダッシュ!」

 きちんと返事をするより先に、ぐいぐいと腕を引かれて走らざるを得なくなる。とはいえ一歩踏み出すにも躊躇うアイリスには、バンクシアの軽やかさはちょうどいいのかもしれない。

 疲れなど全く感じさせない足取りのバンクシアに連れられて、居住区へと戻る。そびえ立つエーテルツリーを囲うように、カヒトたちの町がある――町というよりは、その名残というか、家々の残骸に近い状態ではあるのだが。十五年前の寒波で大部分が破壊されてしまったため、かろうじて使える建物を補修して使っている状況だ。尤もアイリスにとっては物心ついた頃から変わっていないのだが、以前はもっと賑わしい、旧い文献に書かれているような町らしい町だったという。

 過去のことに思いを馳せるのもそこそこに、町の一番端の家へ向かう。一番大きな窓と扉のある、赤っぽい屋根の家だ。元は人間が使っていた住処をそのまま利用しているので、何かと作りが大きい。

「よーっすオダマキー、いるー? 邪魔するよー」

 特に鍵もかかっていない扉を開けながらバンクシアが声をかける。無遠慮というべきか気安いというべきか、返事が来る前からずかずかと入っていくが、彼のそうした態度が許されるのは彼だからこそだろう。アイリスは恐る恐る「お邪魔します……」と後ろからついていく。

 そこには、自分たちより少しばかり体格の良い、浅黒い肌のカヒトが椅子に座っていた。

 オダマキ。頭に薄紫の花を咲かせたカヒト。人間の特性を強く受け継いでいるのか、カヒトの中では背が高く、手先が器用で、道具を扱うことに長けている。

 勿論、話したことがないわけではない。ただ、表情が乏しく無口な彼と何を話していいのかは、未だによくわかっていないので、妙に緊張してしまう。アイリスに会話のスキルが足りていないというのもあるのだろうが、とにかく対話を上手く続けられないのである。

「そんなに大きい声でなくとも聞こえる」

「フツーよフツー。それよりさあ、アンタまだどっかに靴の材料隠し持ってない? どーせなんかへそくりしてんでしょ?」

「今の靴はまだ履けそうに見える。いや、しかし点検は必要か……」

「それは今度、今日はアタシのじゃなくてアイリスの! この子成長期なの」

「はう」

 後ろに控えていたアイリスだったが、バンクシアによって前へ突き出される。オダマキとかっちり目が合う。

「ど、どうもです……?」

 ひとまず挨拶をしてみる。オダマキは目線を下げ、じっとアイリスを――アイリスの足を見つめていた。

「そうか。アイリスはまだ変わるのか……ふむ……」

「お、オダマキさん?」

「座って待て。サイズをきちんと測りたい、道具をとってくる」

 オダマキはそう言って屋敷の奥へ消えていく。その様子を、バンクシアはにこにこといつもの明るい笑顔で見届けて、入ってきた扉に手をかけた。

「よかったねえアイリス、靴作ってくれるって。じゃ、アタシ行くね!」

「えっもう行っちゃうんです!?」

「いちおーはかせたちに探索の結果報告しておかないとだから。あと鉄蛇のことも。こういうのさぼると後でどやされんのよー。壊れた壁のこともどうするか相談しないとだし!」

「そ、そっか、そうですよね。えっ、じゃあわたしも行かないといけないのでは……」

「いーのいーの、アタシから言っとくからだいじょーぶ」

 そうしてアイリスだけが取り残された。ひとまず言われたとおり椅子に座って待つものの、どうにも落ち着かない気分がする。

「い、いってしまった……」

「逃げたな」

「おわおおう……お、オダマキさん」

 驚いて妙な声を出してしまったが、いつの間にかオダマキが戻ってきていた。片手に何やらメモリを刻んだ板を持っている。オダマキが旧い時代の文献を頼りに自作した、足を測る専用の道具……ということらしい。旧文明にも似たものがあったのだろうか。

「あいつの靴のメンテナンスも必要なことなんだが……まあいい、アイリスの靴が先だ」

「あ、ありがとう、ございます」

「足を測るのは一年ぶりくらいになるか。ここのところ新しいカヒトも生まれていなかったしな。さあ、靴を脱げ。良い靴の制作には正確な計測が重要だ」

 言われるがままに足を差し出す。板に書かれたメモリに合わせると、十六センチメートルと読み取れる。さらにオダマキはメジャーを取り出して足の甲や足首の周りを調べてメモを取っている。

「前のときより少しばかり大きくなったようだ。カヒトとしては平均的なサイズだ。特に足の指なんかの変形もない。適度に筋肉もある。健康的で良いことだ、良い脚だ……だが当然合う靴を履かなければ損なわれる。できる限り急がなければな。前の靴がまだ履けると言ってもよれてくたびれたそれはもう寿命だ。資源の限られたこの島でものを大切に扱うのは美徳だが、それはそれとして道具とは消耗するもの。これは作り甲斐がある」

 オダマキは表情こそ変わらないが、どうも熱が入っている。やや早口で聞き取りづらいが、もしかしたら、今まで話をした中で一番沢山喋っているかもしれなかった。

「は、はあ、さようですか」

「きみの靴を作れるのは嬉しい。ナッちゃんから過剰な機能搭載は差し止めだと口うるさく言われているが、使用者本人の希望ともなれば話は別というもの。というか便利機能はあればあるだけ良いに決まっている」

「……え?」

「医者の過保護もほどほどにという話。この俺からアイリスの靴づくりなんて楽しい仕事を取り上げることはできないのだ……」

「あの、わたしはその、魔法を使えるように、合う靴を……」

「全身全霊をかけて理想的な靴を仕上げてみせようとも。全てこの俺にまるっと任せておくがいい。ちゃんと靴に使う素材は貯蓄がある」

 果たして本当にアイリスの言葉を聞いているのだろうか。オダマキの靴に対する熱量は随分と重みのあるものらしく、あまり口を挟める気はしなかった。尤もアイリスからすれば何をどうすればいいのかもわからないので、どうせ任せきりになるのは変わらないのだが。

「服を作っていただいたときより、なんだか、とっても楽しそうですね……?」

「俺は靴が好きなんだ」

「な、なるほど」

 それ以上、アイリスから言えることはなかった。自分がうすぼんやりと考えていた靴とは、どうも違うものが出来上がりそうな気はするが、間違いなく新しい靴となる。それが、新しい一歩を踏み出せるきっかけになればいいのだが。

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