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花人  作者: 味醂味林檎
エピローグ

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エピローグ

「第七メインランドの通信機を使ってハッキングを試みた。結果わかったのは、あの遺跡と同じくらいには形を保ってる遺跡が他にもあるのは間違いないってこと。核とかが残ってるかは知らんけど」

 これは、カヒトたちのリーダー格であるガーベラからの発表である。

 アイリスの抱いた疑問というのが単なる杞憂に過ぎないのか、いずれ訪れる脅威なのかははっきりとは区別がつかないものの、恐れすぎる必要もないだろう――というのが、仲間たちの出した結論である。遺跡――第七メインランドからやってきていた鉄蛇たちも、明確に敵を認識して襲ってきていたかといわれれば、必ずしもそうではなかったとガーベラは分析している。

「まあ、だいぶズタボロだけどエーテルツリーの魔力を使った認識阻害もあるからねー。これまで第七メインランド以外からの侵攻は避けることができてたわけだし、相手の索敵能力はそんなに高くないんじゃないかなア。そもそも大昔の人間が作った施設ってのは、隕石でぶっ潰れたのもあれば、妖精が起こした天変地異でくしゃっとなっちゃったやつもある。向こうさんに残ってるのも残り滓みたいなもんさ」

 つまり、現状今すぐに何かあるわけではなく、何かできるわけでもないという話だ。だから結局、目に見えている課題から片付けていくしかない。まだ先のことを憂うほど、カヒトたちに余裕はなかった。そして、目の前の課題といえば、エーテルツリーの修繕並びに町の復興である。

 結局、眠りについていたカヒトの仲間の半数ほどを目覚めさせることになった。カヒトは光合成を行うことである程度自力でエネルギーを獲得できるため、人手を調達することを優先したのだ。

 アイリスの知らないカヒトたち。仲間たちが皆再会を懐かしみ、目の前の課題に対応するために動き出す。急に仲間たちが増えたので、アイリスは少々気が落ち着かない――しかし多少ぎこちなくとも、しばらくもすれば慣れる。人手があれば、これまで難しかったことにも手を出せる――。

 無論、無限にエネルギーを得られるわけではないので、適度に休息は必要だ。しかし問題は山積みだった。今は休息のための環境がすこぶる悪い――というか、これまでたった六人のカヒトたちが生活をようやく維持してきた状態だったため、増えた人数分の家を建て直すところから始まった。半ば廃墟と化していた場所を住める状態に直していくまでに相応の労働があった。ひとまず全員が夜の冷たい風を避けて眠れるようになるまで、個々人が強いストレスを感じなくなる程度のパーソナルスペースを保てるだけの場所を確保するまで、それなりに時間がかかっていた。

 さらに、生活に適した気温や湿度を保持するためのエネルギーを生産するのが間に合っていない。ツリーの修繕も同時進行で進めているにしても、この十五年手をこまねいていた作業がそう簡単に進むかと言われれば否である。

 少しでもより文化的に、よりよい生活を目指してカヒトたちが自らに課せられた役割をこなそうと努力する中、ガーベラから「みんなにお話がありまーす」と通達があった。彼はにこにこと笑顔を作ってはいるものの、何となくアイリスはそれが良い話という気はしなかった。

「エーテルツリーの修繕のためには第七メインランドから掘り起こせる素材じゃ足らんわコレ」

 予想は当たった。というよりは、予想できないはずもなかった。冷静に状況を観察していれば、誰だって辿り着く答えだ。

「結構沢山のカヒトを起こしたからな。エネルギー不足は当然の課題。素材不足も当然の課題」

「オダマキはよくわかってるよねー。そう、人手がないと直せない。直さないと仲間を養えない。仲間を養うにはツリーを直すしかないけど、そのためには素材が足りない! という悲しい現実よね。正直まだ人手も足りねえんだけど残りを起こすにも準備がいるし」

「アタシたちが取ってくるぶんって結構あったと思ったんだけどなア。鉄蛇の材料になってたやつもだいぶバラした気がするんだけど」

「それねー、家々の配線工事に使ったらないなったわ」

「マジかー」

「あとはボクが使う医療施設を先に充実させてもらった。設備があれば対応できることが増えるからな」

「壊れていた治療用魔道ナノマシンの修理をな……ああいうのはいるだろう、オレたちには」

「それは……いるわネー。いるわー」

 施設を充実させるなら、まずはライフラインからだ。そして、個人より公共の福祉が求められた結果、医者であるナデシコの要求が通りやすかったのは自然な成り行きだ。誰も怪我では死にたくない。いざというときの備えとして、医療を望む者が多かったという話だ。

 とにかく何もかもが足りていなかった。そうしてまたあれこれとカヒトたちの間で意見が交わされ、不足する資材を補うために他の遺跡を探索することが決まった。近づかなければすぐに危ないことにはならないであろう、第七メインランド以外の遺跡。そこを探す。数名ずつでチームを作り、手近なところから遺跡を踏破していこうというわけだ。

 アイリスもまた探索班に入れられた。ナデシコを置いていくことになるのは心苦しくもあるが、上手く探索を成功させて帰還できれば彼の役に立てる。ナデシコはアイリスを送り出すことにははっきりと賛成とは言わなかったが、反対もしなかった。帰ってくるならいい――ひとまず認められた、ということだろうか。

 果たして上手くやれるだろうか。やるしかない。一人前にやっていけるように、気合を入れてできることを見つけていくのだ。

 それでも、緊張はする。

「アイリス」

 緊張を和らげようと、貯水池の傍で水に映る月を眺めていたとき、すっかり聞き慣れた声が名を呼んだ。そこには、アイリスよりも薄く淡い紫の花を咲かせたカヒトが立っている。

「お、オダマキさん」

「周りに知らない顔が増えて緊張している。ように見える。でも少しは慣れてきた。そんな感じか。これから探索もある……上手くやれるか若干の不安がある?」

「そ、そのとおりです。凄い、お見通しですね」

「俺の傑作の靴を履いているカヒトだ。つい見てしまうこともある」

「なるほど……?」

 よくわからないが、彼は随分とアイリスを気にかけてくれていたようだ。彼の靴を履いて胸を張って歩けるように、と思っていながら、ふがいないところを見せてしまったかもしれない。

 オダマキは相変わらず泰然自若としている。表情がわかりにくいだけかもしれないが、少なくともあまり慌てたり焦ったりしている様子はない。その落ち着いた様子のまま、彼はさらりと報告してきた。

「……次の遺跡の探索、俺は装備のメンテナンス係としてついていくことになった。B班だ」

「あれ、そうなんですか。じゃあわたしと同じ班ですね。あ、でもバンクシアさんとは離れちゃいますけど……」

 遺跡の探索においてバンクシアは特に場慣れしている。第七メインランド以外に行ったことはないはずだが、それでも戦うことや調査においては彼が一番の経験者だ。今後の探索においても中心となる実力と経験のある彼は、A班のメンバーとしてより遠くの遺跡へ向かうことになっている。

 バンクシアとオダマキは似た時期に生まれたらしく、特に親しく見える。アイリスも、ナデシコと離れて遺跡の探索に行くのは不安がある。しかし、オダマキは平気そうな顔をしている。

「まあ、彼とは同期で気心知れた仲ではある、が。いつも一緒というわけでもない。替えの靴も用意しているから、戦い慣れているやつらは俺としても放っておいて問題ない」

 オダマキ曰く、探索に慣れていない仲間たちのほうが履きなれない靴で足を傷めたり、靴を潰してしまったりするので、メンテナンス係が必要な班に入れられただけだという。

「魔力の調整が苦手なカヒトでも靴をあれこれ弄ればトラブルは大体解決する。俺はそういう役割だな。あとは新しい靴の素材探しもかねている」

「オダマキさんも色々あるんですね……」

「うん。いざとなったら守ってくれ。起きたカヒト全員と親しいわけではないし、今のところ俺はきみしか頼れない」

 そんなことはないだろう、と思ったが、オダマキはまだ話があるらしい。アイリスは黙って続きを聞く。

「俺もきみを助ける。成果が出れば、なんだ……ナッちゃんの役に立つ、かもしれない、だろう。きみはそうしたいと思っているはずだ」

 ナデシコが医者として使う設備は以前より充実したが、それでもまだまだ発展させられる余地がある。それに、ナデシコが追い求めていたエーテルツリーに頼らない仲間の増やし方については、まだ何も進んでいない。他の遺跡も調べていけば――もしかすれば、先代のアイリスが言っていた人の名残りというものを見つけられるかもしれない。

「……オダマキさんには全部筒抜けですね」

「隠してもいないだろう、きみは」

「確かにそうです」

 アイリスは手を差し出した。

「それでは改めまして、よろしくお願いします」

「こちらこそ」

 オダマキの少し硬い手がアイリスのそれを握り返した。

 空に燃え盛る旧い遺跡は既になく、ただ月だけが星を消すほど輝いている。

これにてカヒトはいったん完結とさせていただきます。ここまでお付き合いくださいました方々、本当にありがとうございました。お楽しみいただけましたでしょうか。

何か……壮大な前振りみたいになってしまった。これは続きを書かなければならないやつ。

個人的に性別というものをあまり意識したくなくて、あと性癖なので、全員両性ということにしたのですがどうでしょうか。アイリスは少女めいた姿ですが男っぽいところもあるし、オダマキは見た目は男性的でも女性めいた一面も持っている。ナデシコも少年だか少女だか区別がつかないし、自称おねいさんのバンクシアはバリバリ働くタイプで、お兄さまと呼ばれているイキシオリリオンは長い髪をたくわえた細身の女性っぽい外見だったりとか。年齢も見た目に関係ありません。そしてみんな自由なようでいて、アイリス以外の誰もが役割に押し込められている。それに疑問を持つ者はほとんどいないけれど、違うものが少しだけある。そんな感じです。どんな感じだ。

書きたいもの自体はまだまだ沢山あります。またいずれ何かしらの作品でお会いできたらいいなと思います。それでは此度はこれにて。

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