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花人  作者: 味醂味林檎
第四章 星が降り注ぐ夜

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第二十二話

 果たして人工衛星は炎を纏いながら海に墜落した。空中で既に壊れてしまって、いくつかのパーツに分かれたのち、それぞれが海に落ちた。小さな破片は、アイリスとオダマキが気づかないうちにエーテルツリーの近くまで飛んできたという。居住区の内部に戻って、貯水池の水で潮水に濡れたところを洗い流したのち、詳しい事情を聞かされた。

「えっえっナデシコさん! ナデシコさんは怪我とかしなかったですか!?」

「騒ぐな騒ぐな、ボクはこのとおりぴんぴんしている」

 何しろアイリスとしては先代からナデシコのことを頼まれているというのもある。若きアイリスに何ができるのかはともかくとして、知らない間に彼に危険が迫っていたかもしれないというのは心臓に悪い事案だ。ナデシコはアイリスの肩を叩いて宥める。

「服で隠れるところにも何もないぞ。というかそこまで大騒ぎするほど直接的な被害は……まあないこともなかったが……」

「えっ、やっぱり何かまずいことが……!?」

「ツリーがちょっとな……」

 ナデシコはガーベラに目線をやる。ガーベラは気まずそうにしながら、実際に熱で溶けて変形した金属の破片を見せてくれた。

「こんなんでもうっかりツリー全部が燃える原因にー! なんてありえた話だからねほんと……ちょっと根っこ切れたからねこれで……それで済んでよかったけども! うーん落下地点の計算ミス。これは予想外。ノンキしてたらこのザマよ……すんすん。泣き真似。どう?」

「反省が嘘くさく見えるからやめておいたほうがいい。はかせはツリーの管理者だろう、しっかりしろ。俺だって呼ばれれば可能な範囲で手伝うぞ。ちなみにどこが切れたんだ」

「ネオネバーランドのエネルギー供給ラインの一つがねー……完全に焼けついてしまったよ。まあそれくらいなら他の組織から細胞を移植してなんとか修繕できる範囲だから、大した心配はいらない。そういう作業は私の分野だしね。直るまでしばらく使用できるエネルギーに制限かけるかもだけど」

「まあまあ大した問題では?」

「直せるならセーフセーフ。セーフだよ。ね! ね!」

 またエーテルツリー完全復活への道が遠のくけど、とガーベラは溜息をついた。おどけたふりをしていても、それなりに思うところはあったらしい。だが、ツリー自体は無事だったので、それで納得はしているようだ。

 イキシオリリオンとバンクシアは、翌々日の夜に戻ってきた。特にバンクシアは大荷物だった。イキシオリリオンが熱で変形させた鉄でかごを作ったらしく、そこに色々と遺跡の中の遺産を詰め込んでいた。

「お土産だよー! まだまだ拾えそうなものいっぱいあったけど、とりあえず手近なところのやつだけ持ってきた! ナッちゃん本とか読むー?」

「ナッちゃんと言うな。土産はもらうが……これは人間の医学の……?」

「内容はよく知らないけど」

 バンクシアがあれこれと荷物を拡げる隣で、イキシオリリオンは周囲を見渡して、仲間たちや居住区の様子を確認していた。

「ふむ。全員特に問題はないようだな。よかった。帰ったら寝床が焼け野原になっていたらどうするかとバンクシアと相談していたんだが、致命的な被害は免れたらしい」

「……とりあえずおまえさんたちに怪我がないようで何より」

 ナデシコはこの夜をあまり落ち着いて過ごせなかったようだった。当然といえば当然だ。できる限りのことを尽くして、後は天命を祈るだけ。自分たちの命もそうだが、基本的に危険とされる遺跡に残っていた二人を案じないはずもなかった。ナデシコは救命のためのカヒトである。

「面倒な蛇どもは停止させてきたからな。滅多なことでは……当面問題は起きないだろう。あの遺跡については解決だ」

「……それは、どういう意味だ?」

「現状のオレたちで可能な範囲で第七メインランドを調べたが、もしかすると他にもまだ機能が生きている旧文明の遺跡があるかもしれない」

 それからカヒトたちを集めて会議が開かれた。仲間内での情報共有であり、今後の方針についての相談だった。

 第七メインランド――このネオネバーランドから最も近い場所にあり、長年の脅威だったそれは、現在機能を停止している。人工衛星落下の座標を変更する際に、他のシステムも触ったからだ。当面、鉄蛇に怯える暮らしはしないで済む――当初の目的は達成している。

「鉄蛇に対抗するためのリソースを別の方向に使えるってことだから、手の行き届いてないところ修繕したり、眠った仲間を起こしたりしてもいいかもしれないね」

「遺跡に色々残ってるものもあるし、そういうのかっぱらってこようよ。旧文明の遺産、まだまだ掘り起こせそうだよ?」

「まあ、それでも全盛期のネオネバーランドと同じ状態に戻すのは難しいだろうがな。それこそ、他の遺跡を探す必要も出てくるかもな」

「そういえば、その、オダマキさんにはちょっとお話をしたんですけど」

 アイリスは他のカヒトたちにも自分の体験を打ち明ける。カヒトなら誰でも神秘には触れるものだが、死んだはずの先代と出会うというのはとりわけ奇妙な体験だった。

 突拍子もない話だといわれても仕方がないのだが、誰もアイリスの話を遮ることはしなかった。オダマキと同じく、最期まできちんと聞いてくれた。

「ほほー、珍しいケースだね。十五年も前にツリーに返したカヒトの意識がまだ残ってたなんて」

「アイリスが、そんなことを……」

 それは目の前のアイリスを呼ぶ声ではなかった。思い出の面影を懐かしむときの柔らかさと、寂しさを孕んだ音だ。そんなふうに先代のアイリスを呼ぶ者は、一人しかいない。

「ナデシコさん、ずっと調べていたじゃないですか。その、エーテルツリーを使わないカヒトの増やし方……もしかしたら、遺跡のどこかに、まだ先代のアイリスが遺したものがあるのかも」

 ナデシコの瞳は揺れていた。遠い過去に置き去りにできないまま抱え込んできて、そのまま持て余していたものに、思わぬ光が差した。半ば諦めかけていた暗闇の夢に、朧気ながら輪郭が与えられたのだ。

「ある、のかな」

 どこかか細い、けれど僅かな期待を抱いた声が空気を震わせる。長い睫毛は顔に影を落としたけれど、その胸はきっと高鳴っている。アイリスが知る中で、一番彼の外見に似つかわしい表情だった。

「じゃあこれからの遺跡探索もやりがいがあるってやつだねー。アタシも張り切らなくちゃだ!」

「しかし、その辺りはもっと人手がないと捗らない、のでは」

「それはそうだな。そして、その前にある程度施設を使える状態にしておかねば。仲間を目覚めさせるのはまだ早かろう」

「……そうだな。健康管理の問題もある」

「その施設を復活させるのにも人手が欲しいんだが!? ある程度の人数はもう起こしたいんだけどなー! カヒト自身の光合成である程度エネルギーはなんとかなると思うんですがー!」

 ネオネバーランドの復興、更なる遺跡の探索。優先順位をどうするべきか、恐れるものが一つ減ると取れる選択肢が増える。仲間たちが未来のことを話し合うのにこれほど活発な意見のやり取りが今まであっただろうか、とアイリスはぼんやりと思った。きちんと話は聞いているが、それにしても、気持ちの整理が追い付かない。ここ数日の間に、色々なことがありすぎたような気がしている。

「……あれ?」

 ふと、湧いて出た疑問があった。周りのカヒトたちは今後の計画について話すのに夢中で、アイリスが首を傾げていることには気がついていなかった。ので、アイリスは「あのう」と恐る恐る挙手をした。そこでようやく全員がアイリスに注目した。

「どうしたアイリス」

「その、他の遺跡がまだ生きているかも、ということは、そっちのことは警戒がいるんですよね」

「そうだな……これまでやってきた鉄蛇は第七メインランドで生産されたものばかりだった」

 イキシオリリオンが言った。

「他の遺跡で同じような兵器があったとしても、エネルギー効率からして行動範囲に限界がある。過去の記録だと、ここ数百年は旧文明の船や飛行機が島に接近してきたことはないはずだ。そういったものが動いているのも観測していないし、兵器を運べる手段は途絶えているんじゃないか。であれば、こちらから他の遺跡に近づこうとしなければ鉄蛇に襲われる心配はないだろう。新しい遺跡を探索するにしても、旧文明の人類の科学力で作られたものなら、第七メインランドとそう変わらないはずだ」

「それなら大丈夫、なのかな……ええと、そのう――第七メインランドが停止したことって、他の遺跡に伝わってるとか……ないですかね……ミサイルがまだ残ってたり、なんて……」

 旧文明の遺跡は、自己修繕システムが組み込まれている場合がある。第七メインランドがそうだった。それと同じようにまだ機能している遺跡がないとは限らない。

 そして、旧文明の滅んだ直接的な原因は防ぎようのない隕石であったが、それ以前には人間と妖精の間で戦争が行われていた。核兵器を用いたり、天変地異でやり返したり――それの名残りが、まだ使われていないまま保存されている兵器が一つもないと、果たして言い切れようか。何せ第七メインランドには、鉄蛇以外に人工衛星を落とすという特大の武器が残っていたのだ。

 もし、第七メインランドと他の遺跡に繋がりが残っていたとしたら。他の遺跡に、第七メインランドのように、何かしらの恐ろしい兵器が残っていたとしたら。他の遺跡が、ネオネバーランドのカヒトたちを、打ち倒すべき妖精だと認識したら――。

 勿論、アイリスのただの杞憂かもしれない。そんな心配は全く無用のことかもしれない。既に危険性はないと確かめられているのかもしれない――だからこの疑問は、否定してもらいたかった。

 仲間の誰かが声をあげた。

「あっ」

 期待した返答は――なさそうである。カヒトが衰退したのは直接的には寒波の影響だが、そもそも誰もがこの調子であったのなら、寒波がなくても衰退は目に見えていたのかもしれない。

 アイリスは天を仰いだ。

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