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花人  作者: 味醂味林檎
第四章 星が降り注ぐ夜

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第十六話

 遺跡を攻略しに来た中で、今から居住区に戻るのはアイリスだけとなった。イキシオリリオンの指示である。

「アイリスが戻れ。この遺跡に登録された遺伝子情報を電波に乗せる。エーテルツリー側からアイリスの情報を登録して通信を受け取れば同期は簡単に済む」

「……?」

「エーテルツリーの操作はガーベラに任せればいい。イキシオリリオンの指示だと言え。切羽詰まった状況だとわかればガーベラも無視はしないだろう」

「は、はい!」

 アイリスはなるべく元気よく返事をした。だが一つ問題がある。――どうやって自分は居住区へ戻ればいいのだろうか。歩いての移動では相当に時間がかかる。その間に宇宙への通信が間に合わなくなってしまっては元も子もない。

「そんなの飛べばいいだけよ」

「と、飛ぶ……ですか?」

「ちょうどさっき穴も開いたし、その上までぶち抜いて、そっからアタシがアイリスを投げる! アイリスは風の力で加速してネオネバーランドまで一直線! 単純な話よ。アタシがブチ飛ばしてあげる。そしたらアイリスだけならすぐ戻れるわ!」

 にこにことバンクシアは微笑んでいる。愛らしい笑顔だった。だが問題はそういうことではない。確かに先程資料室から落下してきたが、そこからさらに上にも穴を開けて無理矢理出口を作ればいいという意見はわかりやすいが、かなり無茶なことを言っているのも事実だった。そもそも遺跡を無暗に破壊して、建物全体に影響が出ないとは限らない。その時ここに残って作業をするイキシオリリオンは無事でいられるのだろうか。

「大丈夫よ~、今更建物に穴が少し増えたくらいじゃ崩壊まではいかないわ。柱を潰すわけでもないし」

「は、はあ……」

「アイリス、バンクシアの言うようにしろ」

 困惑するアイリスに、イキシオリリオンが言った。

「この機械から人工衛星に飛ばす命令を入力する必要がある。その辺りの操作はオレが引き受ける。その際にオレの身を案じる必要はない。このイキシオリリオンが遺跡の崩落なんぞで死ぬように見えるか?」

「い、いいえ! お兄さまは強くて立派でたくましいしぶといカヒトです!」

「褒めろとは言っていない。客観的な事実としてだ」

 イキシオリリオンがアイリスの頬を引っ張った。

「いひゃいでひゅ」

「オレはその程度のトラブルが起きたところで死なない。復唱!」

「お、お兄ひゃまはその程度のトラブルでは死にまひぇん!」

「よし」

 その一言と共に解放される。まだ頬をつねられた痛みが抜けない。

「何にせよ一番速い手段だ。他に選ぶ余地もあるまいよ。アイリスの魔法なら、空中での加速も、着地のときの衝撃を和らげるのもできるはずだ。鉄蛇はこちらで停止させておく。あとはせいぜいガーベラに上手く言え」

 イキシオリリオンの言うとおり、アイリスの風を操る魔法であれば、理論上は可能だ。アイリスが失敗しなければいい。どうせそうするしかないのだから、覚悟を決めて飛ぶ他ない。

「さ、しっかり掴まっといて」

 バンクシアが伸ばしてくる手を掴むと、ぐっと抱き寄せられる。アイリスはとにかく邪魔にならないように気をつけながら、バンクシアの腰に掴まった。

 バンクシアの魔法は肉体を強化する。強化された足で足場を伝って上へ登り、穴が開いた天井を超えていく。

「やあっ!」

 先程の資料室まで戻ると、棚の上に乗ってバンクシアが天井を蹴る。その衝撃に耐えきれずに穴が開いて崩れたところを、再び上っていく。

「ほ、ほんとに大丈夫でしょうかこれは!」

「平気平気、このくらいはどうってことないわよー」

 アイリスはどうにも不安が拭い切れないが、遺跡に詳しいバンクシアがそう言うのであれば、そうなのだろう。

 天井を、壁を突き破って地上へ出ると、ようやく人工でない太陽の光に照らされる。眩しい。やはり本来の太陽光と比べると、遺跡の中の明かりというのはあくまで視界確保のためのものでしかない。遺跡の中より力が湧いてくる感じがする。

「やっぱシャバの空気が一番よねえ」

「い、言い方!」

「ふっふーん、それじゃここから投げちゃうよ! アイリス、魔法の準備はできてるわね?」

「あっちょっと待ってくださ」

「それじゃ……せーの!」

「ああああああ待ってぎゃああああああああああ!」

 バンクシアがかかとを鳴らし、筋力を強化する。彼の魔法。その肉体の限界を超える力を引き出す神秘の力で、バンクシアはエーテルツリーを目印に、居住区へ目がけてアイリスを槍のように投げた。

「がんばれアイリスー」




◆◆◆




 心の準備は足りないが、とにかくやらなければ仲間以前に自分も生き残れない。バンクシアに投げられた勢いを利用して、風を集めて推進力を上げる。確かに速い。徒歩で遺跡に向かった時とは大違いだ。

 とにかく、風を作り出して、その流れに乗ることだ。それと同時に、自分が衝撃で壊されないように準備する。少なくとも自分の身を守ることに関しては、屋根の上から落ちたときも、遺跡で床が抜けたときにもやったことだ。問題なくできるはずだ。

 少しずつ目標が近づいてくる。鉄蛇に壊された壁、未だ残骸も片付いていない壊れた鉄蛇。そして、壁の修繕作業を続けている、カヒトの仲間たち。

「なんかこっちに飛んできてないか」

「ええー?」

「わわわわわわぎゃあああああどいてくださああああーいいいいいいー!」

「すっげえ、これが伝説に聞くミサイル攻撃か!」

「違う気がする」

 危険だと伝えようとしているが、あまり上手くいっていない様子だ。ひとまず離れてはいくのでよしということにして、風を集めてスピードを抑える。

「どぅわ!」

 勢いを殺しきれずに地面にぶつかる。慌てて受け身を取ったので見た目ほど衝撃は受けなかったが、体が何度か回転した。目が回ってしまいそうだ。

 ふらふらになりながら立ち上がると、ナデシコがわかりやすく眉を吊り上げながら近づいてきた。

「アイリス、おまえさんときたらまた危ないことを……!」

「お説教は後から聞きます! 緊急事態なので!」

「!?」

 ナデシコが驚いたような顔をした。そういえば、アイリスがナデシコと喧嘩をしてしまうことはあっても、話を全く聞かないことはなかったかもしれない。

 悪いとは思うが、今はそれより優先すべきことがある。申し訳なく思っても、まずはやるべきことをやらなければ、この先ゆっくり話せる時間もなくなってしまうかもしれないのだ。

 アイリスのただならぬ様子に気がついたらしいガーベラも、オダマキと共にやってくる。

「他の二人の姿が見えないね。何があった?」

「細かい経緯は省略しますが鉄蛇はたぶんもう大丈夫だけどこのままだと宇宙から人工衛星の遺跡が降ってきてネオネバーランドに直撃します! なのでエーテルツリーを電波塔にして落下の停止を試みたいのですが! あっ、イキシオリリオンお兄さまの指示です!」

「……ちょっと理解が追い付かないんだけど」

「イキシオリリオンお兄さまに言われて戻ってきました! エーテルツリーを使わせてください!」

 気が急いていることもあって、上手く要約することができない。とにかく、イキシオリリオンに言われたとおり、彼の指示で緊急だということを伝えると、ガーベラは少し考え込むような素振りをして、隣にいたオダマキに問いかけた。

「……アイリスの魔力だと問題ないかな?」

「エーテルツリーの起動には足りる。靴も耐えるぞ。俺の至高の靴があってできないことなどない。……そういう設計の靴を、履けるカヒトだ。アイリスは」

「ふうん。ならいいか」

 ガーベラはにっこりと、アイリスに微笑みかけた。

「よろしいアイリス。ついてきなさい」




◆◆◆




「やっほーお兄さま、戻ったよー。調子どう?」

 遺跡の自己修繕システムもすぐに全て直るわけではない。バンクシアは先程開けた穴から再び地下の工場へ降り、機械の前で作業を進めるイキシオリリオンに声をかける。

「全く問題はない。何ならお前も戻っても構わんぞ。遺跡の鉄蛇は既に停止させている。後はアイリスを待つくらいだ」

「万が一よ万が一、メインシステムと同期してない独立した個体がいたらアブナイよ。アタシがお兄さまを守るの!」

「……そうか」

「それに、マジで遺跡が崩落したらアタシみたいなパワフルなのがいたほうが便利なはず! っていうか、アタシもそれくらいしかできることないし、居住区に戻ろうにも何にも間に合わないだろうから……ここにいてもいいでしょ? 一人より二人のほうが寂しくないし不安にならないで済むでしょ?」

「バンクシアは自分の価値はよくわかっているらしいな。好きにしろ」

「ふふーんやったあ! なにしろアタシの生存戦略ですもの!」

 そう言ってバンクシアが胸を張ると、イキシオリリオンが微かに笑ったように見えた。これが上手くいかなければカヒトは滅亡してしまう瀬戸際なのだが、ただ緊張したままその時を待つよりはよほど良い精神状態だ。

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