表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花人  作者: 味醂味林檎
プロローグ
1/24

プロローグ

「雪、やまないな……」

 窓の外はただひたすらに白かった。

 今年は随分とひどい寒波がきたものだ。多くの仲間も死んだ。行方不明になった者たちも大勢いるが、生存の期待できない彼らを探し出せるほど、残った連中に余裕もない。自らが日々を生き延びるだけで精一杯だ。

 この状態はよくない。よくないが、代わりのよい案も浮かばなかった。

 遠い昔に自然交配の技術が失われてから、我々カヒトはエーテルツリーを使わなければ仲間も増やせない先細るだけのものとなっていたのに、寒波の影響で居住区の大部分が損壊してしまったし、肝心のツリーも傷ついた。しばらくは自己修復のためにリソースを割くことになるが、果たしてツリーが機能回復するまでに我々は生存の道を見つけられるのだろうか。そもそも、この冬を越せる者もどれだけいるだろう。ツリーから得られるエネルギーがなければ、まともに暖も取れないのだ。

「変化なし。……どいつもこいつも快方に向かっているわけではない、というのは大きな問題か。実質マイナスだろこれ。カァーッ、いくらこのちょーう優秀なナデシコさんだって、できることしかできないんだぞまったくもう」

 怪我の治療は、自分の仕事だ。自分はそういうモノに適性があった。戦士のように前に出て戦うことは苦手だが、後方支援には向いている。そうやって助けた仲間たちも大勢いる――けれど、今回は流石に限界を感じている。診療所のベッドが不足するほど負傷者が多すぎるというのもあるが、彼らを安全な状態に戻すためには、それ以外の環境も悪すぎる。

 何せカヒトの多くは寒さに弱い。エネルギーの獲得手段を増やすために植物の特性を取り込んだ我々は、その強みだけではなく弱みも抱え込むことになった――だというのに暖房のための燃料が足りないのだ。これがまだ春であればよかったのだが、希望の季節は遠く先だ。弱っている仲間たちが厳しい冬の寒さに耐えきれるかどうか。負傷者たちは目も覚ましていないのだ。

 カルテに患者たちの状態を書き込みつつ、未来への不安に思考を巡らせていた時、診療所のドアを叩く音があった。

「はいはい、鍵は開いてる……ぞ……」

 返事をしようとして、思わず、筆記用具を床に取り落とす。

「ナデシコさん……」

 そこにいたのは、行方知れずとなっていたカヒトの仲間だった。

「アイリス!?」

 カヒトの何よりの特徴である頭の花は萎れている。長く真っ直ぐに伸びていた髪はひどく乱れ、痩せ細り冷え切った体には至るところに傷がある。顔色も悪い。以前の美貌は面影もないほどやつれてしまっている。それでも間違いなく、そこにいたのは馴染み深い愛すべき友人だった。

「アイリスなのか、ほんとうに、お前さん、いったい今までどこに……! いや、それよりすぐに治療を……どうした、何をもってる?」

「この子を……この子を、たす、助けて、ください」

 手当てをする準備をしていたところへ、満身創痍の彼が差し出してきたのは、ぼろきれに包まれて眠る小さなカヒトだった。

「な、なんだこれ!? こ、これはあれか、文献にあった赤ん坊ってやつだな……!? ちょっと待て。エーテルツリーも使わずに、お前さん、一体どうやってこの子を作ったんだ」

「わたしは、もう……もちません。あの、どうかこの子を……お願いします」

 震えるような声でそう言って、アイリスはそのまま倒れ伏す。体はすっかり冷たくなって、瞼も閉じられようとしていた。

「ま、待て――死ぬなアイリス! 確かあれだろう、赤ん坊ってのは親ってのが必要なものなんだろ!? アイリスが連れてきた子なら、この子の親役はお前さんがやるべきで――」

「おね、がい……」

「おい、死ぬな、死ぬな死ぬな死ぬな、死ぬなったら! 頼むから生き延びてくれ、生きようとしてくれ! 何度ボクを置き去りにする気なんだ、そんなのは許さんぞ!」

 どれほど声をかけようと、可能な限りの治療をしようと、彼はそれ以上の返事はせず、静かに眠るようにこと切れた。

 旧き友人は、どこか安心したように微笑んでいる。仲間たちとはぐれて過ごしている間にどれほどの苦労があっただろう。どんな思いで、彼はここへ戻ってきたのだろう。

「クソ……何でもっと早くボクのところに来なかったんだ。死んじゃったらそこまでなんだぞ……このバカ……医者のアドバイスはちゃんと聞けよな……」

 恨み言に反応はない。そこにあるのは花を散らした亡骸と、その忘れ形見だけだ。

「赤ん坊なんて、こんなのどうしろってんだよ……髪とかこんなに短いけど、ちゃんと光合成とかすんの……?」

 その問いに答える声はない。ただ、いつの間にか目を覚ましたらしい小さな新しいカヒトは、アイリスと同じ紫色の瞳をしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ