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猫とバツイチ子持ち女の日常  作者: しらみね
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間引き

残酷な現実。



猫にも育児放棄がある。

それを私が知ったのは、とある夏の終わりだった。


それまで、我が家の狭いながらもお気に入りの庭に来る、この辺りを縄張りにしているのだろう猫達は、時期が来るとまだ覚束無い足取りの我が子を咥えて連れて来ては、芝生の上に次々と置いて行くのが毎年の事だった。

そうして全部の子どもをよいこらせと運び終わると、自分は芝生の上に横たわり、ころころと遊び回る子供を見守るのだ。

それはそれは優しい眼差しで。


時には子ども達を置いて、ご飯でも探しに行くのだろう。姿を消してしまうこともある。

それは我が家が道路から奥まった場所にある上に、庭を、小さな小さな子猫では超えられないだろうブロックで囲まれているから。

更に、我が家には常に母がいる。

そう、彼女は分かっていたのだろう。人の目があるという事は、野良猫にとって悪いことばかりではないのだと。

猫に限らず、動物というのは優しい人間を見分ける事が上手い。となると、猫好きなど一発で見破られてしまう。

そして、我が家の母は超がつく程の猫好き──いや、猫馬鹿なのだ。


更に更に、我が家にはその母が溺愛に溺愛しまくった猫が居た。

名付けだけは私がさせて貰えた。


さくら、だ。


純和風な名前を付けてしまったが、血統書付きのアビシニアン。

甘えん坊でちょっとヘタレな女の子。


ここまで当時の我が家を語れば、察しは着くだろう。

そう──我が家は、野良猫にとって安心と信頼の出来る猫バカ家だったのだ。



育児放棄の話から随分とずれてしまったが、そんな訳で我が家の庭では、それはそれは微笑ましい母猫による子育ての光景がしょっちゅう見られた。

……何でそんなに野良猫が多いの?と思われた方もいるかも知れないが、その答えは非常に簡単。

我が家のお隣さんが、餌を軒先に用意していたからである。

この辺のやり方には賛否両論あると思うが、それについてはまた後日、私の見解を述べたいと思う。


そんな事より、今は育児放棄だ。


平和な平和な猫の子育てを目にする機会が多かった私だが、結婚に伴って20年近く関西に行っていた。

帰ってきた理由?

そんなもん、離婚だ。離婚。

男を見る目がなかったのだ。私が馬鹿だったのだ。

そんなこんなで、小学五年生の娘を連れて、私は実家に帰還したのだ。


そうして帰って来た翌年の夏──私は、小さな小さな子猫と出会った。





その子猫は、我が家の裏に居た。

箒を片手に家周りを掃いていた時に、ちょんとそこに蹲っていたのだ。

少し離れたところに、兄弟だろう猫が二匹。

慌てて逃げたのだろう二匹と違い、その子はその場を動かなかった。


おかしいな。


警戒心の強い猫の事だ。普通なら、人間が近付けば逃げる。

何となく追い立てたりする事も出来ず、掃除は諦めた。


そして翌日。

いざ仕事へ行かん!と自転車に乗り、停めてある自身の車の脇をすり抜けようとしたら──その子は居た。

縦列駐車しか出来ない、車一台止めたらギリギリ自転車が通れる程度のスペースである。


ごめんね、ごめんね、退いてくれるかなー?


なんて声を掛けても、逃げもしない。動かない。

やはりおかしい。

なんて思いながら、何とかかんとか猫を避けて仕事に出掛けた。

兄弟は、車の下に居た。



そして、運命の日がやってきたのだ。





その日の夕方は八月の終わりで、まだまだ茹だるような暑さだった事を今でも覚えている。

仕事から帰り、自転車を停めて玄関へ向かうと、例の子猫が玄関先に蹲っていた。


近付いても、やはり逃げない。

それどころか、身じろぎ一つしない。

避けて、玄関を潜った。


家に入るとリビングには母と娘。

ただいま、と同時に私は二人に話し掛けた。


「玄関の子……」


言うが早いか、娘が口を開く。


「ずっと居るんだよ。全然動かないの」


そっかー。

口でそう返しながら、私は肩を落とした。


この三日間、あの子を見ていれば嫌でも分かる。

他の兄弟に比べて一回り以上は小さな身体。骨の浮き上がり、子猫らしさの欠片も無い体型。

顔は目やにと鼻水でグチャグチャだ。

そして、我が家の敷地の中でほんの少しずつしか移動をしていない。他の兄弟が、走り回っているのに。

それらを踏まえれば、簡単に答えは出る。


──あの子は、もうすぐ死ぬ。


ここ三日ほど、兄弟を見掛ける事はあっても母猫らしい猫は一度も見ていなかった。

つまり、動ける兄弟はどこか離れたところで母猫から愛情を注がれているのだろう。

自由に動けないあの子は、親から間引かれたのだ。


「可哀想だね…」


我が子が、リビングの掃き出し窓から玄関のあの子を見つめながら、呟いた。










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