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二度目の出会い



季節が流れ、出会いの季節が再びやってくると、私は、中学二年生に進級し、クラス替えがあった。



その頃には、一年前に“彼女” と

出会ったことなどすっかり忘れていた。




新しい教室に足を踏み入れると

初めて見る面々の中に、見慣れた顔を

いくつか見つけた。



「あー、杏里。また同じクラスだね」


すぐに声をかけてくれたのは、

一年生の時も同じクラスだった

サヨリである。


「また、よろしく」

「うん。あ、この子、同小だった、(ゆめ)だよ」


サヨリは、一緒に居た

おさげで背の低い女の子を紹介してくれた。



「杏里ちゃんよろしくね」


夢ちゃんが挨拶してくれたので、私も

「よろしくね」と伝えた。



すると、夢ちゃんは、

私の顔をジロリと覗き込んだ後で

サヨリに向かって言った。


「うわぁ、サヨちゃんの言ってた通りだ。

杏里ちゃんすごくかわいいね」


私は、口をぽかんと開けて、

そのままサヨリの方に首を向けた。


「ごめん、夢に杏里のこと聞かれて、すごい美少女だよって言ったのよ」



初対面の子に、いきなり顔を覗きこまれた上に、目の前で嬉しそうにかわいいね、と言われて少し面を食らってしまった。



「いきなり、顔覗き込んじゃって、ごめんね。サヨちゃんから美少女って聞いてたから、杏里ちゃんに会うの楽しみだったんだ」



無邪気に笑う夢ちゃんの表情から、

悪い子ではないんだろう、と感じることができた。



「杏里ちゃん、本当に可愛い。アイドルになれるレベル。夢が、アイドル事務所に推薦してあげようか?」


「アイドル?」



私が、驚いていると、サヨリが説明してくれた。


「夢は、昔から女の子のアイドルが大好きなのよ。可愛い女の子が大好きなの」


「ああ、なるほど」



アイドルになれると言われても実感がわかない。


もちろん、かわいいとと言われたことは、

正直に嬉しかった。


だからと言って、自分で、自分の容姿について、

かわいい、と思ったことはない。



「夢ちゃんが私のことかわいいって言ってくれるのは、嬉しいけど・・・でも、私は、アイドルとかそうゆうのあまり興味ないから。ごめんね」


「そっかー。残念だな。かわいいのに」



夢ちゃんは本当に残念そうな顔をしていた。



「夢のアイドル症は今に始まったことじゃないけど、いつも呆れるよ」


「どうして?かわいい子にかわいいって言って何が悪いの?」


サヨリが、はいはい、と軽くあしらっているところを見ると、夢ちゃんのこの返答は、いつものことらしい。




「ほら、席につけ」



低いが、ハツラツとした声がした。


声の主は、若い男性で、

名簿を持って教卓の前に立っている。

どうやら、担任の先生らしい。




新しい担任は、生徒が席に着いたのを確認すると、

黒板の中心になにやら書き始めた。


私の席からは、先生の体で隠れて、

何を書いているのか分からなかった。



先生は、書き終えると、

みんなに見えるように立ちなおしてくれたので、

それで、ようやく

黒板の文字を見ることができた。



そこには縦書きで


「塚本司」


と書かれていた。





つかもとつかさ。つか、が二つも入ってる。



面白い名前、と思ったが、実際には

「つかもとつかさ」ではなかった。





「これから一年、このクラスの担任と社会科を担当する、塚本司(つかもとまもる)だ。つかさじゃないぞ。まもる、だからな。間違えるなよ」


塚本先生は 

“まもる”を強調した。




この時の私は、


「なんだか、体育会系のイケイケな大学生が、そのまま先生になったような人だな」


という印象を彼から受けた。





実際の塚本先生がどのような人物であったのかは、物語の中でおいおい話すことにする。


今は、後から人に聞いて知った、塚本先生の来歴だけ、軽く話しておく。



塚本先生は、大学を卒業して先生になってからまだ三年目だという。新卒で採用されてこの学校に赴任してきた彼は、二年間、二学年の副担任を務めていた。


そして、今年は晴れて、二年三組の担任を

任されたというわけだ。



大学を卒業してから丸々二年しか経っていない彼は、まだ24、5歳ということになる。


若い担任を、保護者達がどのように思ったかは知らないが、生徒達からは期待を持たれていたと思う。


現に私もそうであった。





朝のショートホームルームの後、

体育館で始業式が行われた。


いつものことながら、

校長先生の話は長々しく、眠くなりそうだった。




始業式を終えて、再び教室に戻り、自分の席に座ると、前席に座っている女生徒が目に入った。



朝は、新しい担任の先生に目がいってしまい、

気にならなかった。


しかし、どこかで見たことのある後ろ姿だった。


黒くて長い、綺麗なストレートの髪には、

見覚えがあった。




気になって声をかけようと思ったが、

塚本先生が戻ってきて

ホームルームが始まってしまったので、

話しかけることができなかった。




ホームルームの間中、誰なのか考えていたが

なかなか思い出すことができないでいた。




気がつけば、クラスでは自己紹介が始まっていた。



他の生徒達が、趣味や所属する部活

について話をしている中で、

前席の彼女は、名前だけを告げて

席に座ってしまった。





長谷川杏里(はせがわあんり)です。部活は入ってません。よろしくお願いします」


私は、自分の自己紹介を終えて、席に座った。





橋本紫(はしもとゆかり)


先ほど、まるで呟くように、とても小さな声で、前席の彼女が口にした名前である。



私は、他のクラスメイトの自己紹介も

ろくに聞かずに、前席の彼女が、誰なのか考えた。



橋本紫、はしもとゆかり….


頭の中で彼女の名前を繰り返してみたが、結局この名前に聞き覚えがないように思えた。





でも、確かにこの後ろ姿には、

見覚えがあるんだけどな。




前席の彼女の黒い髪の毛を見つめていると、

前からプリントが回されてきた。



プリントを受け取る際、制服の袖から出た、

前席の彼女の手首が目に入った。


この白くて細い手首には、

見覚えがあった。




そうか、この子は


入学式の日に荷物を水たまりに

落としていた、


あの『無言の同級生』だ。





私は、彼女と出会った日のことを思い出した。




私が彼女と出会ったのは、

ちょうど一年前のことだった。


そう、あれは、入学式の日だ。



4月の二週目の月曜日で、

あの日は、朝から雨が降っていた。




後ろから走ってきた男子学生とぶつかって、彼女がスクールバックを水たまりに落としてしまったところをたまたま目撃したのだ。




ぶつかった男子学生は、走り際に、「わりぃ」とだけ言い、走り去ってしまった。


彼女は、怒るわけでもなく、

静かに荷物を取ろうとしていた。



私は、彼女に駆け寄り、代わりに水たまりに浸っていたスクールバックを拾い上げた。



「大丈夫?」



話しかけたが、彼女は何も言わなかったので、

代わりに続けた。



「こんなにびしょびしょになっちゃって・・・

荷物落として拾いもせずに行くなんて酷いよね」


尚も、彼女は無言であった。




よく見ると、

靴下と制服のスカートの裾も濡れていた。


荷物が落ちた時の水しぶきによるものだろう。



私は、自分のカバンから

ハンカチを取り出して彼女に差し出した。



「よかったらこれ使って」



しかし、彼女はハンカチではなく、

自分のスクールバックを私から奪い取ると、

無言のまま早歩きで歩き出していた。



「え、ちょっと待って。ねえ」



後ろから呼び止めても、彼女が足を止めることはなく、私は、そのまま彼女が校門から出て行くのを見ていることしかできなかった。




普通なら、彼女の態度に

腹をたてるのだろうけど、あの時の私は

自然と怒る気になれなかった。



私が話しかけている間、彼女はずっと俯いていた。



長い髪で顔が隠れて、

表情がほとんどわからなかった。


その様子は、


まるで ”話しかけて欲しくない”

とでも言っているかのようだった。




 「また、会えるかな」


無意識のうちに、そう呟いていた。




黒くて長い、綺麗なストレートの髪

だと思った。



荷物を奪い取られる時に袖が上がって、露わになった彼女の手首は白くて非常に細かった。


足もスラリとしていた。


背は高くはないが、

スタイルがいいことがすぐにわかった。



理由はわからないが、

彼女のことがすごく気になって仕方がなかった。


顔は、はっきりとは分からなかったが、

スタイルの良さが、印象に残ったのかもしれない。




あの時、名前を知らない彼女のことを

「無言の同級生」と名付けた。



しかし、あれ以降、一度も

関わりがなかったので、すっかり忘れていた。





無言の同級生は、

ホームルームが終わると


すぐに教室を出ようとしたので、

私は、慌てて、肩を掴んで呼び止めた。



「ねぇ、待って」



彼女は、一瞬、私の方に顔を向けたが、

すぐに伏せてしまった。



「私、前にも橋本さんに話しかけたこと

あるんだけど覚えてる?

もう一年も前のことだから覚えてないか」



私は微笑んでみたが、


無言の彼女は、口をきいてくれないどころか、

顔を上げてもくれなかった。



それで、私は、

出会った時の話をすることにした。



「入学式の日で、橋本さん、後ろから走ってきた男子とぶつかって水たまりに荷物落としちゃったんだよね。それで、私が・・・・」




無言の同級生は、彼女の肩に置いている

私の手を払いのけるかの様に肩を大きく揺らした。


その時、私は初めて彼女の声を聞いた。



「すいません、覚えてません。離してください」


とても早口だったが、そう聞こえた。




私の手を払いのけた無言の同級生・・・

いや、もう無言ではない。


私は、確かに彼女の声を聞いたのだ。




その後は一切何も言わずに、

橋本さんは教室を後にした。



その足取りは、一年前と同じように早足だった。







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