SS 黒蹴と由佳
「ところで、なんで≪黒蹴≫なん?」
僕をじっくり見つつ首を傾げているのは、坂上 由佳。
この世界に飛ばされる前、僕と一緒にトラック事故に巻き込まれた妹だ。
目の前に迫るトラックを見つつ僕がこの世界に来るときに願ったのは、妹の無事だった。
ずっと心配していたのに。
由佳の無事を確認するために、日本に帰ろうと一生懸命になってたのに。
「なんでそんな恰好なんだよ!!!」
目の前の妹は、所々破れたような服を隠すように野性的な毛皮を全身に巻いた出で立ちだった。
「しょうがないやん。この洞窟で服燃えてもうたんやから」
こっちに向かって大声で喚く由佳にクロークを脱いで渡す。
初めて買った物は数か月の間に小さくなったから、これは買いなおしたものだ。
それでもコートほど大きくないけど、毛皮よりマシなはず。
喚きながら由佳は毛皮の上からクロークを羽織った。
いや、毛皮脱げよ。暑いだろ。
ここ火の洞窟だぞ。
「なあ、にーちゃん。なんで≪黒蹴≫? また中学ん時みたいに謎の偽名に憧れたん?
異世界デビューを切っ掛けに偽名デビューまでしてもうたん?
偽名にしても手から螺旋○とかカメ○メハとかは出えへんで?」
おい! 人の黒歴史を喋るなよ!
しかもかわいそうな物を見るような目で!
「うるさいなぁ! なら僕の名前言ってみろよ!」
「そんなん聞かれるまでも無い事ちゃうん?! にーちゃんの名前は坂上・・・。
あれ? 坂上なんやったっけ・・・?」
「ほらな! 分かんねえだろ!?」
ようやく由佳が静かになった。ふう、やっとこれで話を進められる。
「・・・つまり俺達は願いを叶えるために、名前を犠牲にしたんだよ。
由佳さんは叶える願いが無かったのか、本来は来る予定じゃなかったからなのか分からないけれど。
とにかく、黒蹴の姓が分かって良かったね」
ピンキーさんが由佳に向かって説明してくれている。
それを、若葉さんと銀さんが他の皆に通訳している。
僕とピンキーさんは日本語で話が通じるけれど、若葉さんと銀さんは日本語が分からない。
世界樹の小精霊で通訳されるとは言っても、若葉さん側から由佳に話を伝えるのは小精霊に負担がかかるらしい。
難しい事は分からない。
とりあえず気になるのは、目の前の由佳がピンキーさんを凝視している事だ。
絶対、話聞いてない。
「なんで犬が喋ってるん!? しかもピンクにブリーチしてる!」
「そこから!?」
ほらね? ピンキーさん、さっき自己紹介した時に由佳があまりにも無反応だったから、他に喋る動物を知ってるんだと思ったんだろうな。
目の前で自分がこうなった経緯を語るピンク色の犬を見て、由佳の目が輝いていた。
尻尾を引っ張るのは辞めなさい!
「腹話術やと思ってた・・・」
「ふう。じゃあ、もう一回説明するよ?」
ありがとうございます、ピンキーさん。
「じゃあにーちゃんの名前は、ピンキーさんが付けたんや。なんで黒蹴なん?」
「由佳、年上の人なんだから敬語使え。
・・・僕は≪シュート≫とかサッカー選手の名前が良かったんだけど」
「そういえば、俺が考えた由来言ってなかったっけ」
由来があったの!? 初耳だ!
銀さんとピンキーさんって情報通なのに、何故か僕とニルフさんだけ知らない情報が結構あったりするのは何でなんだろう。
こういうの結構多いよ。
「ねえ由佳さん。・・・少年漫画、好き?」
「由佳でええよ。・・・結構、好きやで」
「じゃあさ・・・、この漫画知ってる?」
顔を近づけてヒソヒソ言い合う2人。僕のけもの?
しばらく話していたが、急に顔をバッと由佳が上げた。そして。
「黒・・・蹴・・・兄ぃ!!!」
僕を指差してめっちゃ叫んだ。なんで少し訛った?
「やっと通じる人が現れて嬉しいよ」
「ピンキーさんがまさかあの漫画のファンやったなんてなぁ」
「黒蹴に妹がいるって聞いた時から考えててさ。
でも黒蹴、漫画ほとんど読まないって言うじゃん?
もう誰かに元ネタ知ってもらいたくてさ!
あの漫画のあのシーン、最高だよね!」
「そうそう! 心で理解出来た! とかもう!」
「出てくる敵とか脇役ですら、主人公張れるくらいかっこいいんだよねあの漫画!」
なんか2人で盛り上がっている。僕には分からない。
後ろを振り返ると、通訳してくれていた2人は「趣味の話になった」とだけ皆に伝えて、今後の事を話し合っていた。
*
「「あー、楽しかった」」
2人とも、なんかものすごく仲良くなって戻ってきた。趣味が合う仲間が居て良かったな由佳。
僕もサッカー語り合う友人が欲しいよ。
「・・・もういいか?」
上から低い声が降ってきた。
見上げると、火の大精霊が見下ろしてる。
すっかり忘れてた、まだ由佳と会わせてくれたお礼を言っていない。
由佳がいつこの洞窟に迷い込んだのかはまだ聞いていないけれど、由佳が僕達の戦いに巻き込まれないように、奥の部屋に避難させてくれていたんだ。
「その女に関してなんだが、一緒に暮らしているうちに気付いた事がいくつかあってな」
ん? 一緒に暮らしていた?
「洞窟の火に囲まれた時も火傷すらしないし」
火に放り込んだ?
「俺が触れても平気だったんだが」
由佳に触った? ・・・セクハラ?
保護する振りをして、セクハラ?
由佳の服は全身くまなく焦げている。
・・・どこ触ったとかじゃないぞ、あの大精霊。
「だからこそ、戦いの前に洞窟の壁を走る炎の管を伝って、奥の部屋に運ぶことが出来たんだがな」
「そうやねん。この洞窟、出ようとしても いつの間にか火に囲まれて元の部屋に戻ってきてまうねん」
拉致監禁?
いつも火で囲んでいた?
僕の頭の中では、逃げようとしても逃げられず、セクハラを否定したら罰として火に炙られて怖がる由佳の姿が浮かんでいた。
横の由佳を見ると、ボロボロの服を隠すように毛皮とクロークを纏っていて。
「先ほど殴った時に手に氷をまとっていたな。氷の属性か」
隊長が何か言っているけれど。
「コイツが炎に触れようとすると、逆に火が避けているようなんだ。
おそらくそれも氷の属性を持つ、コイツの特性・・・」
「人の妹を・・・」
「ん? どうした兄よ」
「人の妹を、拉致監禁した挙句にセクハラして いつも火に放り込んでいた・・・?!」
「く、黒蹴? どうしたの?」
「か く ご し て く だ さ い」
「な、なんだ!? 何故また急に切れる!?
武器を構えるな、こちらに向けるな、何故連射で攻撃をするうぅぅぅ!?」
大精霊の絶叫と双銃の連射音が響く中、ピンキーが由佳に確認する。
「黒蹴は確かサッカーのボランチなんだっけ。プレイしつつ作戦を立てるポジション」
「あーうん、にーちゃんはこれ知らんねんけどな」
大精霊に制裁を与えている僕の耳に、由佳とピンキーさんの声が届く。
「にーちゃんのポジションって、定期試験の成績で決めたそうやで」
「・・・え? 定期テストって・・・中間テストとか期末テストとかの、あれ?」
「そうやで」
ピンキーさんの声が裏返った。
「ちょっと待って、それって技術とか関係なしに決めたって事?」
「そうやで。にーちゃん行ってる学校な、野球が超有名な分、他の部活はそんな活発や無いねん。
それで試合出来るかギリギリの人数しかいつも集まらんから、キャプテンが適当にポジション決めてるそうやで」
・・・ええええええ!?
あの時のボランチもらってうれしかった僕の気持ちがあああああ!
「にーちゃん直に頭に血ぃ登るのに、試合中に作戦立てるとか無理やん?
キャプテンも失敗やったかなーって言ってたし」
「・・・ちょっと待って由佳。君はどうしてそんなに詳しいの? 黒蹴も知らないみたいで呆然としているけれど」
「あーウチな、キャプテンと付き合うてるねん」
「うあああああああああああああああああああ!」
「あ、黒蹴が逃げた!」
「ショックだったんだ!」
「しばらくソッとしておいてやれ」
走り出した僕の後ろから、皆の声が追いかけてきた。
「・・・だだいま・・・」
「あ、戻ってきた」
「おかえり、黒蹴」
「・・・そこの兄妹、早く出て行ってくれ・・・」
火の大精霊の少し湿った声が響いた。
次回メモ:ぴゅー
いつも読んでいただき、ありがっとうございます!!!




