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勇者だったのかもしれない  作者: ぷっくん
世界樹と黒いヤツ
73/187

vs 火の大精霊(おっさん)

 ―――――――――――――――

 だが、若葉の付けた傷もあっという間に炎で塞がり、回復してしまう。

 その後怒り狂った火の大精霊の猛攻により、何度も火の柱が上がった。

 皆、最初と同じ要領で火の柱を避けるが、さすがに暑さと、大きい傷ないものの少しずつ小さな怪我が蓄積されていき、魔力も尽きはじめ。

 そして・・・。


「きゃあっ」

「ライム!」


 火柱が、ライムさんの足を掠った。

 隊長やピンキーよりも俊敏度が劣るライムさんは、それを≪空翔ける靴≫で補っていた。

 その為、ライムさん自身は魔法を使わず、火球を打ち返す事のみに集中していたのだが。

 幾度もの靴の使用で魔力が尽きかけ、靴が思ったほどに跳躍しなかった。


 足が炎に包まれ、ライムさんの悲鳴が響き渡る。

 急いでピンキーが水魔法を掛けて火を消し、地面に着地する。

 同時に、落ちてくるライムさんを自身の背に乗せて、前線を離脱した。

 

「いくら跳躍力が優れているとはいえ、足をやられれば逃げる事も出来まい!」


 嬉しそうな大精霊の高笑いが少し遠くから聞こえる。

 ピンキーは聞き流しつつ、風のシールドよりも大精霊から距離のある、大きな岩陰を目指す。

 先ほど高い岩の上から見た時に、この辺りには火柱が発生していなかったからだ。

 そしてそこにライムさんを降ろし、彼女の足に風の初級魔法・回復を掛けた。

 見た目ほどひどくは無い。が、このままでは歩くことは難しいだろう。


「ごめんなさ、い。私、魔力が尽きちゃって。

 またピンキーちゃんに迷惑をかけちゃうね」

「そんなこと無いよ。仲間として、一緒に戦ってるんだから。

 ・・・最近はいつもニルフが遠距離から体力と魔力の回復をしてくれてたから、その戦い方にすっかり慣れちゃってたよね」


 と、ピンキー。

 修業時や模擬戦時は体力と魔力の常時回復など無かったが、格上の相手が本気で向かってきている時は、いつもハープの音が響いていた。


 しかし、とピンキーは考える。

 ここにはニルフは居ない。皆の体力と魔力が尽きる前に片を付けなければ。

 おかしい点を見つけるんだ。違和感を。そこに何か、銀と黒蹴が姿をくらませている理由もあるはずだ。

 ライムちゃんの足を治療しつつ、ピンキーはブツブツと呟く。


「あの回復力はなんだ? 皆の水の魔法も、若葉の風の魔法も属性特技もすぐに燃やして回復してしまう。

 水の大精霊並みじゃないか。だが水の大精霊は湖の水を媒体にしているからこその、あの回復と聞いたんだ。

 なんだ、何があいつを回復させている?

 ・・・それにしても、銀はどうして・・・」


 そこに、声が掛けられる。


「何か妙なんだ」


 こっそり近くまで走ってきていたサイダーちゃんだった。


「なぜあの大精霊は、あの場所から一歩も動かないんだ?」

「・・・!!!」


 サイダーちゃんの言葉に、ピンキーが目を見開いた。

 彼女は前衛メンバーの武器に水の保護を纏わせているため、それの維持の為に戦場の観察を行っていた。

 その彼女だからこそ気づいた事。


 地面に埋まっていれば、水の大精霊の様にどこかから炎を追加して回復をしていると分かるのだが、あの大精霊はどこにも触れていない。

 しかし大精霊自身は、あの場所から動けないようだ。


「動くと、回復の手段が無くなる・・・?」


 ピンキーは、前方のレモンちゃん達を見る。

 ピンキー達のいる岩陰の8mほど向こうでは、風のシールドが貼られ、先ほどと同じように円の中央にキラ子ちゃんが両手を付いている。

 時折訪れる火柱は、キラ子ちゃんのおかげで危なげなく避けられている。

 レモンちゃんを担ぐ役は、ポニーさんが行っていた。

 レモンちゃんはポニーさんに魔力を分けてもらいつつ、水球を打ちつづけていた。

 風のシールドと鞭の動きがあるから、中の人数が変動しても気づきにくそうだ。


 よし、とピンキーは立ち上がり、


「2人とも、合図と共に水魔法を発射して。狙いは・・・」


 そう言って、ピンキーは素早く皆の元を駆け巡った。


 ピンキーは岩陰から隊長に声をかける。

 狙いを聞いた隊長は大きく口を笑みの形に歪めた。

 隊長の予想も、一緒のようだな。


 若葉にどうやって作戦を伝えるか考えていると、急に風が吹き、大精霊の体が透明な何かでメッタ刺しになった。

 うん、若葉はこのままでいいや。

 そう思ったピンキーは、合図を出すべく、一番高い岩に登る。


 相変わらず、火の大精霊は石と煙と水魔法を一身に受けていた。

 火で生まれる上昇気流を操ってシールドを作ってもいいのだが、火の大精霊はそういうのは苦手だった。

 その為、全て受け続けてはいたものの。


「いい加減にしろー!」


 怒りの声と共に地面に両掌を叩きつけた。

 地面がうねり、全員が支えを失ってよろけて転ぶ。

 割れた地面からマグマが吹き出し、あちこちから悲鳴が上がる中。

 

「アオーン!」


 何故か犬の鳴き声が聞こえた気がした。

 その時。

 火の大精霊の周りから、詠唱の声がいくつも響く。

 見回すと、先ほどから前衛で戦っていた者以外にも、シールドの中の者達まで大精霊の近くに来ていた。

 風のシールドが邪魔をして、中にいる者が移動している事に気付かなかったのだ。

 全員が守りを捨てている。


 唱える魔法は、水の初級。


「バカめ! まともに立てぬほどの地面の揺れの中、放った魔法が当たるとでも思ってるのか!」


 火の大精霊は嘲る。が、スッと目を細めた。

 何故か全員、しっかりと立っている事。

 地面が揺らめき、時折マグマがあふれる地面の上で、だ。

 先ほど足を焼いたはずの女も、いつの間にかシールドの辺りにまで出てきて一緒に詠唱をしていた。


 詠唱が終わる直前、球状の水の膜が大精霊の周りを覆う。

 まるでシャボン玉の中に、大精霊を閉じ込めたような感じだ。


 水の魔法を全て蒸発させようと炎の温度を上げていた火の大精霊が、一瞬あっけにとられる。

 すぐにシャボン玉を消そうと手を伸ばすが、手が届かないギリギリの場所に作られている。

 炎を飛ばすが、かき消されてしまう。眉を潜める大精霊。

 そこに(若葉以外の)全員から、残りの魔力ほぼ全てを使った水の魔法が放たれた。

 それは、生きた洪水のように襲いかかり、シャボン玉の内側に居る大精霊の全身を包み込む。

 

 シャボン玉の中に大量の蒸気が上がり、大精霊の姿が掻き消えた。

 さらに若葉の風の属性特技が襲いかかる。シャボン玉を通過して、蒸気の中をメッタ刺しにした。

 何かを砕いたような音が響き渡る。

 皆から歓声が上がった。


 だが。


「俺がどこかから炎を調達しているだろうという、読みは良かった。

 しかし、魔法で俺は倒せん。惜しかったぞ」


 その声と共に蒸気の中心が赤く灯り。

 蒸気が晴れていく中、皆の視線の前には、シャボン玉の中で徐々に再生されていく大精霊の姿があった。

 ピンキーが驚愕する。


「どうして水の膜に覆われているのに回復できるんだ!

 炎を吸収しているんじゃないのか?!」

「これでも、ダメだったの?」


 泣きそうなキラ子ちゃんの声。

 それに答えたのは。

 

 数発の銃声。そして、


「なら、直接攻撃はどうですか?」

「いいぞ、黒蹴!」


 大精霊と世界樹の間で銃を構えた黒蹴と、火の大精霊の胸に深々と剣を突き刺した銀の声だった。


「な、んだと。こんな事が!」


 信じられない様に己を見る大精霊。

 全力で炎を出して剣ごと銀を燃やそうとするも、銀が水を全身にまとっているため思い通りに行かない。

 先ほどの総攻撃でダメージを受けた体も、あれ以上は修復されていない。

 それならば、と後ろに居るフラフラの仲間達に炎を飛ばし、人質にしようとするも。


「ハーピー!」

「分カッテイル、ぽにー!」


 ハーピーが皆を守る様に風を展開させた為、失敗に終わった。

 銀の剣から水が染み出し、大精霊の全身を覆いだす。

 水が触れる度に蒸発していくが、それ以上の魔力で水を出し続け、完全に閉じ込めてしまった。


 火の大精霊は最初よりもずいぶんと縮み、5mほどの大きさになって水の牢獄の中を漂っている。

 しばらく暴れていたが、急におとなしくなり、そして。

 破顔一笑。

 

「ぐはははは!ここまでやるとは!合か」

「アンタ! 何にーちゃん苛めとんねん!」


 何かを言いかけた大精霊の首が、急に現れた女性の右アッパーで曲がった。

 そのまま水の牢獄を突き破って飛んで行き、火の世界樹にぶつかった。

 激しい火花が飛び散り、地響きが洞窟を揺らす。

 突然の決着の付き方に、皆が唖然としてその光景を見守る中。


「めっちゃ飛んだわー」


 飛んで行った方向を満足げに眺めているのは、さっき燃やされたはずの女性だった。

 その拳は、氷を纏っていた。

 ―――――――――――――――――――――




『どういうこと? なんで再生しなかったの? 黒蹴何したの? てか女の子だれ?』

「大丈夫、1つづつ説明していくね。

 サイダーが気付いた『その場を動いてない』っていう事から、俺は『あの場所から炎を吸収しているんじゃないか』って考えたんだ。

 だから最初に俺が水をシャボン玉のようにして、水の大精霊を包み込んでから、全員でありったけの魔力を込めて、水の初級魔法を放ったんだ。

 めちゃくちゃ魔力を込めてたから、ちょっとやそっとじゃ蒸発しない水で覆ったんだけどね。

 吸収する炎を切断したうえで、火を消して叩きのめせばいいかなってね。

 まさか地面を揺らされるとは思っていなかったけど、そこは≪空翔ける靴≫を使ったんだ。

 だけど、その思惑は外れていた。

 その時、炎の大精霊が言った事、覚えてる?」

『魔法で俺は倒せん、だっけ』

「そう。大精霊が自己治癒の炎を取り込んでいる経路は、魔法では妨害出来ないモノで出来ていたんだ」

『だから、黒蹴の魔弾で打ち抜いたって事か』

「理解が早すぎるよ!

 せっかく溜めに溜めて最後にキメ顔しようと思っていたのに!

 ・・・そう、黒蹴が撃ちぬいたその数発は、自己治癒の経路を担っていた糸、だったんだよ」

『魔弾は魔力を撃ち出すのに、直接物理攻撃になるって技だったもんな。

 だから魔法で切断出来ない物も切断出来たって事か』

「・・・うん、そう。

 大精霊が回復に使っていたのは、火の世界樹から伸ばした火の糸だったんだ。

 魔法の影響を受けない、特別製の糸。

 普通の人なら、世界樹を攻撃しようなんて思わないもんね」

『すごいな、銀はどこで気づいたんだろうな。それよりも、女の子って誰?』

「ニルフはホントぶれないよね」

『よせやい照れるじゃんかよ』

「褒めてる・・・のかな俺?」






 -――――――――――――

「ゆうか、由佳ゆうかぁ~」


 泣きじゃくった黒蹴が、先ほどの女性に抱き着く。

 中学生か高校生くらいのその人は、苦笑いしながらもそれを受け入れた。


由佳ゆうかはぁ、僕の、いもうどでぇ~」

「あーもう、分かったから。泣き止みぃや」


 黒蹴の背中をポンポンと、優しく叩く女性。

 黒蹴と同じ異世界のニホンから来たため、彼女の言葉は黒蹴・ピンキー・銀・若葉しか聞き取ることが出来なかったが、泣きじゃくる黒蹴の拙い紹介と若葉の通訳によりなんとか、彼女がトラックに轢かれた例の妹という事が皆に伝わった。


「ユーカって言うのね。よろしく、私はレモン!」

「レモンよろしく! レモンだけ聞き取れてんけど、なんで日本語?」


 皆が黒蹴の妹を歓迎する中、ピンキーは銀を見つめていた。

 銀はいつも通りにクールに笑っている。

 だが。


(隊長には、目くらましを頼んだだけ・・・か。

 銀はどうして、誰にも作戦を伝えずに行動したんだろう。

 いつもなら・・・)


 そこまで考えた所で、レモンちゃんがピンキーを抱き上げた。

 ピンキーは頭を一振りし、さきほど浮かんだ疑問を消す。

 きっと、気のせいだ。そう考え直して。

 そして、晴れやかな顔で黒蹴の妹の歓迎の輪の中に加わった。

次回メモ:すらいむ


いつも読んでいただき、ありがとうございます!

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