海龍
「ちょっとニルフさん見てくださいよこの子!!!」
城に帰ると同時に、黒蹴に捕まった。
何々、2週間休み無しにギルドの仕事し続けてたのに元気だな。
あ、いや旅か。
風の世界樹周辺の旅をしてたんだったな。
戦い続けじゃなかったんなら、元気か。
『はっはっは』
「どうしたんですか? 何か思い出し笑いでも?」
『あ、いや、なんでもない。
あの世界樹の谷らへん、どうなってた?』
「すごかったですよ! ギルドがランクで部屋を分けた事で大精霊に挑戦する冒険者が増えたらしくってですね。
王都の民間の輸送会社が、谷直前の駐屯場までタクシー作ったらしくって。
それで街道もそこそこ綺麗になってたので、もう早い早い!
気づけば1週間で谷目前ですよ」
『なにそれめっちゃ交通の便良くなってんじゃん』
この国、そんな戦力増強して何がしたいの!?
戦争しようにも、冒険者はどこの国にでも属せるから、自国の戦力増強って事にはならないだろうしなぁ。
「ニルフさん? 聞いてます?」
『うふぁぁあっひょ。ごめん、聞いてなかった』
「でしょうね。ニルフさんの顔見れば大体何考えてるか分かるようになりましたよ。ハープの事でしょ?」
『すげえな、黒蹴』
「えっへん!」
『当たってねえけどな』
「おふ・・・」
『ところで、何そんなに嬉しそうなんだ?』
「あ、っと。忘れてました。
僕達、今回は適当な薬草採取の依頼を受けて谷に出発したんですよ。それで・・・」
1週間で2つめの駐屯場、つまり谷の入り口目前の場所に移動した黒蹴達。
今回は谷を目指さず、谷の周りにある石碑に≪登録≫するのが目的だった。
旅の仲間はもちろん
「うぉぉお! 俺、こんな遠くまできたの初めてっす!」
「私も私も!! しかも黒蹴先輩たちと一緒に!」
「黒蹴さん達と一緒、だから来れたんだよ、アン」
ソルジャー君達ブロンズ冒険者PT。
この前森スライム討伐隊に参加したことにより、もう少しでシルバーランクに上がりそうらしい。
そんな3人と、
「わたくしもまたご一緒出来てうれしいですわ!」
「今日は私もご一緒させていただきます」
若葉とポニーさんの計、6人だ。
「おう、若造どもも世界樹に行くのか?」
「ガハハハハ、こいつらにはまだ早ええぞ」
一緒に馬車に乗っていた腕利きっぽい冒険者さん達にかわいがられながら、馬車に揺られてったらしい。
「そこで聞いた噂話、面白かったですよ。
急に台頭してきた冒険者のPTがいて、それが各地で悪さをする魔物をドンドン懲らしめて言ってる、とか」
勇者君達だろうな。
そして馬車を降り、谷の周りの海岸線沿いを進んでいったのは良いものの。
「なんとですね、途中で妙なテントを見つけちゃいまして」
『て、テント?』
「そうなんですよ。人里離れた、っていうか離れすぎてる場所にテントですよ。
場所は丁度、最南端の岬みたいになってる場所に石碑があるんですが・・・そこの谷近くの森の中ですね。
それなのに魔物が近寄る様子もなくって。
一応ポニーさんが≪結界の聖水≫使ってるのか調べたそうなんですが、その痕跡も無かったんです」
『ほう・・・』
それはおかしいだろうって事になって、調べることになったそうだ。
まあ、危ない事になったらすぐ逃げられるように、ソルジャー君達+若葉は遠くで警戒に当たらせてたらしいけど。
「それで、そこには5つほどのテントがあったんですが。
入ってビックリ!
なんと、そこは見世物小屋に売りさばくための、珍しい魔物が詰め込まれた闇オークションの会場だったんですよ!」
なるほど、岬になってる所だったら、こっそり船で近寄れるって事か。
駐屯場からは、山と谷と森で見えない。
ちょうどいい隠れ蓑ってか?
「それでオークション会場を壊滅させてー」
サラッととんでもない事聞こえた。
「魔物たちは(こっそり)風の世界樹に転移して預けて来たんですけど」
待て待て、世界樹にはもしかしたら包帯男達が出て危ないって話だったはずだよね?
「その中の一匹に懐かれちゃって、それがコイツです!」
黒蹴がクロークをバッと広げると、お腹部分に何かが巻き付いてるのが見えた。
黒蹴がお腹から優しく剥がして、その動物を抱っこして見せてくれた。
30cmほどの、ちいさな獣の尻尾に魚の尾が付いたような見た目だ。
体に生える毛並みも深い青と紫と赤を混ぜたような複雑な色を放っている。
全身に生えているのは毛ではなく、棘トゲとしたウロコだ。
動物が毛を逆立てているような見た目だが、するどいウロコなので尻尾から撫でると手がえらいことになるな。
動物が、クアっと欠伸をした。
ちらりと見えた牙は、虹色に輝いていた。
獣のような顔に、魚の様な尻尾。
もしかしてそれって・・・
『海・・・龍?』
「正解でーす!」
いやいやいや、そんな元気に言わなくても。
てかそれ、絶滅危惧種なんじゃ。
「捕まえた闇オークション責任者によると、西の国で暴れていた海龍のせいで生息場所が荒れて、それに巻き込まれて弱ってた個体を売りさばこうと捕まえたらしいです。
この子がいたから、あの辺りには魔物が近寄らなかったんですかね?」
『ああ、勇者君が倒したって噂のあの海龍(大)か』
「そうなんですか! すごいですね、勇者君」
海龍は黒蹴が保護した時はウロコとかがボロボロで、城での治療中に何枚か取れてしまったらしい。
ちょっとだけ撫でさせてもらった。
優しくなでると、気持ちよさそうに目を細めて、喉を鳴らした。
『ちくちくしてるけど、かわいいな』
「でしょう?」
『その子、名前付けないの?』
「考え中です」
まあ、銀達だと「海」とか「竜」とか「魚」になりそうだもんな。
いい名前付けてやれよ。
その時、廊下の奥から不穏な気配。
バッと振り返ると、王宮魔道士さんが角をゆぅっくりと曲がってきた。
手には歯を抜く道具。カチカチいわせている。
え? 抜くの!?
「逃げましょう!」
「お待ちください!!!」
異様にわっくわくした顔をして全速力で走ってくる王宮魔道士さんからの追いかけっこが始まった。
てか、あの靴使って空飛んで先回りとか辞めて! 怖すぎます!!!
カチ・・・カチ・・・カチって音に気付いて振り返っても誰も居なくって、ホッとして振り返ると上から歯を抜く道具が襲いかかってくるとか・・・もう、ね?
結局終わったのは、深夜だった。
王の部屋の近くを逃げ回っていた時、王付き大臣さんに見つかりまして。
そしてその時うっかり王宮魔道士さんが歯を抜く道具で俺達に襲いかかる所でして。
俺と黒蹴の2人して、女顔負けの悲鳴ぶちかました瞬間でして。
「何時だと思ってるんですか!!!」
3人でコッテリ怒られました。
あ、王宮魔道士さんは、牙の代わりに抜けた鱗で≪見せない君≫を完成させてくれました。
目の下にクマを作った顔で、苦労したって言ってましたが、同情はしない!!!
~≪見せない君≫が3個になったので、ここからは各大陸の石碑さがしが加速します。~
*
「そういえば、もうお祭りから一か月経ちましたね」
「黒蹴、口に物を含みながら喋ってはいけませんよ」
少し遅めの朝食を食べながら黒蹴と喋っていたら、通りすがりのポニーさんに注意された。
王宮魔道士さんのせいで、寝過ごしたよ。
黒蹴は口の中の物をゴクリと飲み込んでから、
「はーい。あ、そういえばテントで面白い事があったんですよ」
『テントって、あの闇オークションの?』
「ですです。
オークションに居た人全員捕縛しちゃってからの話なんですけど」
ちょいちょい恐ろしい言葉が聞こえるが、気にしないでおこう。
黒蹴のクロークの間から、海龍がヒョコっと顔を出してサラダをかじっている。かわいい。
「テントの荷物置き場で、変わった人に会いましてね」
『へえ』
「妙にコソコソしながら一番奥のテントに向かうので、こっそり後を付けたんですよ。
そしたら途中で気づかれちゃって!」
『え、お前の気配に気づいたの!?』
俺達は元傭兵の銀に、斥候技術を教え込まれている。
だから本気で後を付けようと思えば、その辺の一般兵あたりになら気付かれる事は無いんだけど。
「びっくりするでしょ!
で、戦闘態勢になったら、僕に言うんですよ。『ありがとう~。これで仲間を助けやすくなったよ』って。
仲間って? って付いて行ったら、奥の檻にプードルが居て!
あ、プードルっていうのは犬の種類なんですけど。
僕、この世界で初めてプードル見ましたよ!」
『犬が仲間って、なんか俺達みたいだな!』
「やだなー、ピンキーさんは人じゃないですかー」
『いや、ベリーな』
「ひっかかった!!!」
「『あっははははははは!』」
2人で一通り笑った後、黒蹴が爆弾を落とした。
「それでその子を救出してから外に出たら、ザンアクロスさんを待っていたらしいもう1人の仲間に『こんぬづわ!』って挨拶されまして。
そのジジっていう女の子が小学生くらいなのに、またこんな所ウロウロするくらいの実力があるのかって、驚きましたー!」
「「『ザンアクロス!?』」」
驚いて声を張り上げちゃったよ。何サラっと名前言っちゃってんの。
後ろではスクランブルエッグ(ピンキー発案異世界料理)を食べてたキラ子ちゃんが噴き出してるし。
うっかり俺達の傍を通りかかったサイダーちゃんも、持っていたパフェ(ピンキー発案(ry))を取り落してる。
「え。僕、最初に名前言いませんでしたっけ?」
『言ってない!!!』
そのまま黒蹴は俺達に、王の間に連行された。
*
「まさか、こんな近くにザンアクロスが居たとはな」
一足先に転移した銀と隊長に、合流する。
急に現れた俺達に兵士達が一瞬ギョッとしたが、俺達だと分かると、すぐに仕事に戻った。
兵士達には、俺達の事は知られているらしいな。
今回ここに居るのは俺・黒蹴・銀・隊長・ポニーさん・そしてキラ子ちゃんだ。
結局黒蹴、王の間で全てゲロった話によると、テントで助けた魔物たちは黒蹴が転移させたのではなく、そのザンアクロスが世界樹の木まで転移させてくれたそうだ。
一緒に行ったのはポニーさん。
どうやら黒蹴達、魔物達を城で保護出来ないか考えたらしいが、猛獣が多かった為、断念したらしい。
その時にザンアクロスが「それなら、この近くの大精霊の眷属にしてもらえば?」というアイデアを出したため、それを試したらしい。
黒蹴は一応、世界樹の元には行かなかった。
もしかしたら、俺達召喚者が世界樹に踏み込むと、あの男達が駆けつけるって仕組みかもしれない、と考えたそうだ。
結局、ザンアクロスの考えは成功した。
そして魔物達とポニーさんを送り、ポニーさんだけをここに送り返してから、彼らは去って行ったらしい。
「なんか、仲間を助けてくれたお礼だって言われました」
「・・・見世物小屋に売り飛ばされる仲間が居るような相手に若旦那様は・・・」
黒蹴の言葉に、キラ子ちゃんが複雑な表情でつぶやく。
「あ、で、でも。大切にしているペットを仲間って言う場合もありますし!」
黒蹴が必死に取り繕う。
まあとりあえず、探すか。
「うぅうぅ、もっと早くこの話、すればよかったですね」
結局、ザンアクロスは居なかった。
そりゃそうか、仲間を取り返したらこんな所、いつまでも居ないよな。
絶句する黒蹴。その肩をポニーさんが優しく叩く。
「私も、この事を重大視していませんでした。
一緒に責任を負いましょう」
その言葉に、隊長はガッハッハと大笑いする。
「まあ、そのおかげでザンアクロスの魔法について分かったことも多いんだ。
そう、しょげるな!
それに・・・」
隊長は俺達を見てニヤリと笑う。
「お前ら召喚者が居なければ世界樹に踏み込んでも、包帯男達が出ないと言うのはいい考察かもしれないぞ。
今は大量の冒険者達が世界樹に押しかけている、いわばブームだ。
このブーム中に相手もなかなかお前達を狙っては来れないだろう。
ならば今のうちに・・・。世界樹を廻って行かないか?」
キラ子ちゃんと黒蹴の目が輝いた。
「ただ人が多い分、転移は使えないがな!」
目の輝きが、若干落ちた。
次回メモ:プードル
いつも読んでいただき、ありがとうございます!




