姉巫女
「それじゃあ、話しましょうか。
わたくしね、若葉がうらやましかったの」
『羨ましかった?』
「そう、うらやましかった。
生れてすぐ力を見いだされてからは、ずっと修業ばかりで。
世界樹島から出たことすら無かった。
修業が終わってからは巫女として神官たちと石碑を巡って力を蓄えつつ、各地の祭りで儀式を行い平和を祈る生活」
紅葉さんは、どこか遠くを見る様に顔を上げる。白い肌に木漏れ日が当たって綺麗だ。
「そんな時、噂を聞いたのです。若葉が修業を終えて、どこかの冒険者達と一緒に世界を廻っていると。
石碑を巡り、力を蓄える為とは分かっていました。
けれど、わたくしも。本当は、若葉の様に冒険をしてみたかった」
「巫女様・・・」
アンちゃんが、悲しげな表情で見つめる。
紅葉さんはアンちゃんに寂しげに笑いかける。
1つ溜息をつくと、話を続ける。
今まで心に貯めていた物を、全て吐き出すように。
「それは、今まで抑えていた気持ちでした。いいえ、気付かない様にしていた気持ち。
けれど、気付いてしまった。
それからは抑えられなくて。
そして昨日、若葉とニルフさんが一緒に歩いているのを見て、決心しました。
わたくしも、冒険に出掛けようって!」
こちらに顔を向けた紅葉さんは、とても綺麗な笑顔だった。
それは神々しい巫女らしくなく、普通の町娘のようで。
「たまには巫女も冒険したって、いいじゃないですか!」
「そうっすよ! 俺達でよければ、いつでもご一緒しますって!」
アンちゃんとソルジャー君が、巫女様に陥落した。
「2人とも約束するのはいいけれど、巫女様をしっかりと守りきれる?」
呆れたようにコナユキ君が2人に問いかける。
「ほら、巫女様も。周りをよく見てください。囲まれてますよ」
「あらー! ふふふー」
周りをみて驚いた顔をした後、楽しげに笑う紅葉さん。
周囲にはカマキリの様な魔物が、集団で俺達に襲いかかっている所だった。
「話は終わりましたかぁ?」
「あ、ゆっくり話してても大丈夫ですよ。僕達で全滅させますんで。いくよーコナユキ」
「はい、黒蹴さん!」
『取り逃した敵は、俺が木刀でボコっちゃうぞー』
まあ、襲いかかってきてたやつは黒蹴とケモラーさんが魔弾と鞭で大体撃ち落してたけど。
多少わざと抜けさせて、コナユキくんの修業用にしてた。
これあれだな。初戦闘の時に隊長達が俺達にやってた方法。
もしも紅葉さんの方に敵が抜けて、多少傷を負っても大丈夫。
一応俺もシルフィハープ弾きつつ、こっそり弱回復してたしさ。
「うわぁあ! 待ってください黒蹴先輩! 私も戦います!」
「俺も! 俺の分も残しといて欲しいっす!」
「あはははは、どうしよっかなー」
「ふふふー。黒蹴さんって案外腹黒いんですね」
紅葉さんにまで言われてるぞ、黒蹴。
昼時。
広場の1つで、さっきボコったカマキリ達を焼く。
その辺で埋まってたキノコ魔物も一緒に添えて、香味草で作ったソースを塗って、香ばしく焼く。
『ほい、香味草。
薬草採取のついでに採っとくと飯が上手くなるぞ』
「わあ、いい香りですね。乾燥させてお茶にしたいです」
紅葉さんが香味草を1つつまんで、指先でクルクル回す。
お茶か。今度やって見よう。
そういえば、召喚前の世界の知識に、薬草を飲み物にして摂取するって方法があったな。
傷口にくっつける暇がないときに直接食う事があるけど、あれ苦いんだよな。
飲みやすく改良してみよ。
「確かこの辺、ウサギっぽい魔物も居ましたよね。
角攻撃がやっかいでしたが、食べるとおいしいんですよね~」
火の番をしながら、黒蹴が口元を拭う。
あのころは獲物をさばく所を見て青い顔をしていたのに、ずいぶん逞しくなったもんだ。
そんな事はつゆ知らず、尊敬する先輩冒険者の言葉に、ソルジャー君達は夢を膨らませる。
「角っすか。いい武器になりそうっすね!」
「なになにぃ~。剣先にでもくっつけるの?」
「そ、そこはまだ考えてない」
「え、まさかアンタ適当に言ったわけ?」
そうでもなさそうだった。
「ふー、食った食った」
「ソルジャー、おっさんみたい」
「うるさいソバカス」
「ちょっとー!」
「喧嘩しないの2人とも!」
『初めてのカマキリ、どうでしたか紅葉さん』
「ただ焼いただけのお肉でしたのに、今まで食べた事の無いほどおいしかったです!」
「よかったですぅ。ウサギ魔物も仕留められれば、ぜひ食べていただきたいですねぇ」
「そうですね。そうだ!
≪魔物寄せの粉≫でも撒きますか?」
「「「それは辞めてください黒蹴 (先輩)!!!」」」
黒蹴の案、冒険者3人組によってあえなく却下された。
「黒蹴さんの仲間の中で一番お料理が上手なのは、どなたなんですか?」
「コナユキ、良いわねその質問!
ニルフさんの料理もおいしかったけど、一番料理上手なのはピンキーさんって方らしいですね!」
そう、俺達の中で一番の料理上手はピンキーだ。
手先が器用で色々作る分、やっぱり料理も上手い。
この特技で、保護してすぐの頃の、心を閉ざしかけていたピンキー親衛隊を元気にしたらしい。
次に上手いのが、俺と黒蹴。
まあ普通に焼いて塩振るくらいだけど。俺は香味草見分けられる分、若干旨い。
意外なのが、銀が料理苦手という事だ。
いや、苦手なんじゃない。あれは「食えればいい」の考えの塊なだけだ。
必要な栄養分を補え、敵に見つからず、痕跡を出来るだけ残さない。
つまり、塩と何種類かの栄養取れそうな何かをサッと煮込んでハイ、完成。
最初は目を疑ったな。
しかも、あれが普通の料理だと思っていたな、銀。
だから最初の歓迎会の時、ササミと野菜ばっかり食ってたんだな。
今ではピンキーと城の料理にすっかり慣れて、舌だけは肥えた。
おっと、皆の会話の途中だったな。
アンちゃんの質問に、ケモラーさんが答えている。
「そうですよぉ。
あ、でもニルフさんの今日作ってた香草ソースは、ピンキーさんに迫るおいしさでしたぁ」
『そりゃそうだろう。
あれは旅の途中で出会った、旅する料理人に教えてもらった料理だからな!!』
「なんすか!? その話!」
「めっちゃ面白そうじゃないですか!」
俺の言葉に、ソルジャー君とアンちゃんが食いつく。
面白いなこの子ら。
『ふっふっふ、実はな・・・。
風の世界樹に向かう途中でな。
顔に傷のある男と、フードをかぶったセクシーなおねーさんと、荒っぽい姿をした料理人に会ったんだ、が!
なんと、その3人をまとめていたのが、10歳くらいの小さな男の子だったんだ!』
「それってまさか!」
目を見開くソルジャー君。
ん? 覚えがあるのか?
「もしかして・・・」
「その特徴ある御姿。各地で話題になってる、勇者様なんじゃないの!?」
3人が目を輝かせて顔を見合わせている。
「さすが黒蹴さん達! 勇者様達と出会うだなんて!」
「そりゃ美味しいはずよ! だって勇者様に付いてってる料理人なんですもん!」
「俺達、一生黒蹴さん達に付いていくっす!!!」
うぉお、なんか今までで一番慕われてるぞ黒蹴。
なんか黒蹴の口元が引きつってる。一応笑顔だけど。
笑顔だけど。
あれ、てかシーフさんて料理人だったっけ。
まぁいっか。料理上手いし。
一通り黒蹴を慕った後、アンちゃんが切りだす。
「そういえば黒蹴先輩。
ここの石碑って、広場をランダムに移動するんでしたよね」
「うん、そうだよ。石碑と泉がセットで移動するんだ。
前に行った時は、強い魔物が巣をつくる為に、泉のある広場への道を隠しちゃっててさ。
・・・あの時、初めて死の恐怖を味わって。
そして、僕の身勝手な行動で、仲間を死なせかけた」
黒蹴は、少し青い顔をして告げる。
ソルジャー君達も、生唾を飲み込む。
「くわしく、聞いてもいいっすか?」
先ほどとは一変して、真剣なまなざしのソルジャー君が尋ね、黒蹴は頷く。
皆が黒蹴の話に、耳を傾ける。
森の音のみが響く広場で、黒蹴の話は続いた。
*
「うっぐ。えっぐ。ビンギーざん、生ぎででよがったでずぅ」
「泣きすぎだ、そばかす」
「ソバカスいうなぁ。後、アンタも泣いてるぅぅ」
「2人とも、ハンカチくらい持ってきなよ」
3人中、2人が号泣しつつ森を進む。
紅葉さんは、「よく乗り越えたわね」といって、黒蹴を抱きしめていた。
大きな胸がゲフン、大きな包容力で抱きしめられてる黒蹴うらやましい。
『そういえば、あの後もちょくちょく来てたから不思議に思わなかったけど。
今思えば、よくこの森に来られたよな黒蹴。
トラウマになっててもおかしくないだろうに』
「あの時は、早く強くならなきゃって必死でしたもん。
ニルフさん達が居なければ、おそらくそのまま引きこもってました」
「仲間って、いいですわね~」
「「「紅葉さんは、もう仲間です!」」」
紅葉さんの言葉に、冒険者3人が口をそろえて言う。
いいPTだ。
石碑は、すぐ近くの広場にあった。
浮足立ちながら近づく冒険者ソルジャー君達。でも周りの警戒は怠らない。
黒蹴の話の影響だな。
「先輩の体験談が、後輩を救う。なんて感動的なのかしら」
紅葉さんが演劇を見るかのような目で、ソルジャー君達を見ている。
先頭を行くソルジャー君と黒蹴が石碑の広場に足を踏み入れた。
その時黒蹴が、地面に生える雑草に混じり、妙なプルプルした緑色の粘着物がある事に気付く。
「森スライム!?」
急激に体を伸ばして襲い来る森スライム達を、魔弾で撃ちつつ反動で飛んで回避する黒蹴。
そのまま横にいるソルジャーに叫ぶ。
「気を付けて! そっちにもたぶん居る!」
黒蹴の言葉に慌てて周りを見回すソルジャー。と、急に足元がぬかるみ、何かに絡め取られて派手に転ぶ。
ぬかるんだ泥の中から、デロデロした森スライムが現れた。
「泥に潜んでやがった!?」
その声を合図にしたかのように、俺達全員に、雨の様に森スライムが降り注ぐ。
全てこぶし大。だが、呼吸を確実に奪おうとしてくる。
「やばいですよ皆さん!」
黒蹴が叫ぶ。
軽いフットワークで落ちてくるスライムを躱し、転んだソルジャーに降るスライムを小さな魔弾で弾き飛ばしている。
ソルジャーは足をスライムに捕まれたまま、引きはがせない!
「こちらはまかせてくださいぃ!
フ、フフフフ。皆まとめて粉々にしちゃいますよぉおおぉお!」
ケモラーさんが鞭で、俺達に降り注ぐ全てのスライムを蹴散らしていく。が、
「な、なんでですか!? どうしてこんな強力な攻撃受けても、こいつらピンピンしてるんです!?」
アンちゃんが悲鳴を上げる。
鞭に触れ、鞭にまとった風に切り刻まれたスライムは、またくっついて大きくなり、俺達に襲いかかってきた。
あ、そういえば!
『こいつら、魔法が効かないんだ。見ろ、黒蹴もさっきから魔弾しか使ってない。
余計な消耗を割けないようにしてるんだ」
「つまり、俺は役に立て無さそうっですね!」
低い位置から地面を這い、伸び上がってきたスライムを杖で撃ち飛ばしながらコナユキが言う。
いや、確かスライムって水系。つまり!
『コナユキ! こいつら凍らせれないか?!』
「!!!
やってみます! *****」
なんか口の中でモゴモゴ言うと、俺達のいる広場一帯に白く、フワフワしたものが降り注ぐ。
「わあ! 雪見るの久しぶりです!」
なんかまったりとした、嬉しそうな声が黒蹴の方から聞こえた。
お前今それどころじゃなくない?
お前らと俺達の間、緑色の粘体物質で隔てられ出してるぞ。
と、その白い物に触れたスライム達が、徐々に白く凍って行く。
完全に動きを止めはしないが、動きが格段に鈍くなっていった。
「すごいですね。わたくし、雪を降らせる氷の魔法を見るのは初めてです」
感嘆した、紅葉さんの声が聞こえた。
「ははは・・・。範囲が広いのはいいんですが、その分魔力の消耗が激しくて。
日に一度しか使えないんですよ、これ。
威力を弱めれば、森スライムには意味が無さそうですし。
ちょっと、俺は脱落しま・・・す」
そういうと、コナユキは杖にもたれかかって座り込んでしまった。
『サンキュ、コナユキ!
さて、後は塩撒いてここから全力で逃げ』
「後は、わたくしにお任せください!」
ん? 紅葉さんの方から変な言葉が聞こえたぞ。
「ですから、今まで守っていただいた分、わたくしも活躍しなければ」
そういって紅葉さんが拳を握りしめる。
え、まさか。
『殴って倒す気ですか?』
「はい!」
チャキーン! と掲げ上げた拳には、黄金色のメリケンサック。
棘のところは赤黒い。
「では・・・紅葉、参ります」
その一言と共に、シタタタタっと俺達の周りを駆け抜け、
『え、ええぇぇぇぇ』
シュッと元の位置に立った紅葉さんが一礼すると、
「マジですか! 紅葉さん」
森スライム達は一斉に固まり、
「ふふー。ついでに塩も、塗っておきました」
そのまま萎れて行った。
走り抜けた紅葉さんは、まるで一陣の、赤い風。
紅葉さんの属性特技は、触れたモノの魔力の動きを強制的に鎮めて、動けないようにすることだった。
「属性は内緒よ♪」
拳で戦う巫女、紅葉さん。
「さすが世界樹の巫女。はんぱないですぅ」
呆然とする俺達。その横には、
「「「かっこいい・・・」」」
今日一番、目を輝かせている冒険者3人組がいるのだった。
次回メモ:あの化け物と比べないで!?
いつも読んでいただき、ありがとうございます!




