東国の春祭り
「ニルフが目を覚ましたなら、東の国に帰るか。
そろそろ王がしびれを切らして、≪世界樹枝の安置部屋≫に居座る頃だぞ」
げ、やばい。
転移で戻った瞬間、抱き着かれるのはごめんだ。
『ん、じゃあ早速行くか』
「分かった。ライム、行くぞ」
サイダーちゃんに呼ばれたライムさんも外の見張りを辞めて、戻ってきた。
「おはよう、ニルフちゃん。気分はどう?」
『大丈夫。ありがとう』
俺は武器を取り出した。藪に隠されていた馬車が光に包まれる。
*
転移した≪枝の安置部屋≫には、王の代わりに王付きの大臣が座っていた。
「帰ってきましたな」
疲れた表情をしている。そんなに待たせちゃった?
「いいえ、まだ昼すぎですよ。西の国とは時差があるので、向こうでは夜でもこちらでは昼になります」
時差か。すっかり忘れてたな。
「それにしても、少し眠いですわぁ~」
「ふあぁ~。アタシも~」
城に帰ってホッとしたのか、若葉たちが欠伸を始める。
祭りは明日という事で、皆、部屋に帰って休息を取ることになった。
俺は(気絶して)ぐっすり眠っていたので眠くない。
どうやら銀や黒蹴達も、俺達の帰りが遅くなると踏んで、それぞれ好きに過ごしているらしい。
祭りの準備に浮かれる城下町でも、見に行くかな!
ニルフ達が立ち去った後の≪枝の安置部屋≫で、隊長と王付き大臣が話し合っている。
「まだ、彼らに話すのは先にしておきたいとの王の判断です」
「銀は、勘付き始めているようだ」
しばらくの会話後、彼らは部屋を出て行った。
*
城下町はお祭りの準備にてんやわんやだった。
一週間前とはガラっと雰囲気が変わっている。
スイスの様な石造りの町並みに、色とりどりの大小さまざまな旗が掲げられ、風になびいている。
通路の上には、家から家に渡した紐から、薄いオレンジやピンク、黄緑色の提灯が吊り下げられてクルクル回る。
横を走って行った人の持っていた籠からは、紙ふぶきがこぼれ落ちて、花びらのように辺りを舞った。
人は陽気に歌い踊り、商人も祭りの名物料理を声高に叫び、子供たちがはしゃいで走り回る。
天気もいい。
メインストリートの途中にある広場には、大きな舞台が作られていた。
ここで世界樹の巫女が土の世界樹を鎮める儀式を行い、世界の平和を祈願するそうだ。
一通り街をぶらつき、肉と野菜の串焼きをかじりつつ、ホッと一息つく。
そうだ。久しぶりに、あそこにいくかな。
「よう兄ーちゃん。久しぶりだな」
『楽器屋のおっちゃん、元気だったか?』
「おう。兄-ちゃんのシルフィハープも、調子良さそうだな」
『フッフッフ、久々に弾いてみるか?』
「フッフッフ、兄-ちゃんが弾くと、ハープの売り上げが伸びまくるんだ。
出来れば他の楽器も弾いてもらいたいところなんだが」
『だがしかし、俺はハープしか弾けない!』
「残念だ! どうだ、他の楽器を教えてやろうか?」
『世界樹の枝で作った楽器が存在するならな!』
「なんだそのこだわりは!
だが弾かれる度に前回ハープを選んでいた時の様な暴風を呼び出されても敵わない!
今回は諦める、が。
絶対に他の楽器を弾かせてやるから覚悟しとけよ!」
『おう! 覚悟しといてやる!
だがおっさんも覚悟するといい。
俺はハープ以外は触ったことも無いからな!』
「がっはっは! 望むところよ!」
『望まれてやんよ!』
俺は楽器屋の店前でハープを弾く。
今日は傷の回復ではなく、MP回復の力を込めてみた。
大きな街全体に響かせるように弾きつつ、魔力を込めるのはいい練習になる。
んだけど、傷の回復だと大騒ぎになりかねないからな。
今日はバレないMP回復だ。普通の人なら、「心が元気になった気がする」って気分になるくらいだな。
道行く人が足を止めて、楽器屋の中をのぞき始める。
ハープを弾く俺の前に、影が落ちた。
「やっぱりニルフさんでしたか」
『お、黒蹴。久しぶり』
俺は手を止めずに、影を落とした相手と会話する。
黒蹴の後ろには、いつかの冒険者3人組も立っていた。
「久しぶりです、ニルフさん」
俺に声を掛けたのは、兵士っぽい少年だ。
『久しぶり、えーっと。字名はある?』
「あ、俺、いや、僕は!」
『そんなかしこまらなくっても』
「あ、はいスイマセン! 俺はソルジャーって呼ばれています!」
そこに赤毛短髪のソバカス少女が声を掛ける。
手を背中の後ろに回して前かがみになり、面白がるような顔でソルジャーの顔を見る。
「最初はニセ兵士って呼ばれてたんだよねー」
「バッ、やめろよソバカス!」
「ちょっと、その呼び方辞めてっていったじゃんー!
ちゃんとアンって呼んでよ! せっかく黒蹴さんに付けてもらったのに!」
「あ、お久しぶりですニルフさん。あなたの名前は黒蹴さんから聞きました。
俺はコナユキと申します。俺も、黒蹴さんに付けていただきました」
後ろで言い合いをするソルジャーとアンの前に立ち、クール魔法使い君が俺に自己紹介する。
コナユキって、もしや粉雪?
『もしかして、氷の魔法使いとか?』
「よく分かりましたね。南の海域にある島の一部にしか、雪の降る地域は無いと聞いていますが、お2人とも博識なんですね。
さすがシルバーランクです」
『いやいや、あっはっは』
黒蹴、ほどほどにしないと召喚者だってバレるんじゃないか?
あ、でもこの世界に存在しない物の名前言ったって、詳しく説明しなければ大丈夫か。
『それにしても、氷の魔法使いって珍しいんじゃないのか?
その名前で大丈夫?』
「大丈夫ですよ。俺の氷の魔法は、まさに雪を降らせるっていう物なので。
これが真偽を読み取る類の物だと危ないですけどね」
だからコナユキは、冒険者をしているんだな。
その後4人と一緒に祭り前の雰囲気を楽しみ、早めに別れた。
明日は祭りだ。
「今度一緒に、ニルフさんも冒険行きましょう!」
ソルジャー君達と別れ、俺達は城に帰った。
これ普通に城に帰ってるけど、街の人たちにはなんて思われてるんだろうな。
「城に住み込みで働いてる人の息子達って広まってるそうですよ」
『さすが王、抜かりないな』
城では銀達が既に夕食を取っていた。
軽い挨拶をかわし、俺達も飯を食う。
食べ終わった銀とピンキーだったが、そのまま食堂に残っておしゃべりした。
「ひさしぶりだな。ピンキーが魔法を使えるようになったぞ」
『まじか。じゃあ文字で意思疎通できるようになったんだな』
「わん!」
「そっちはどうでした? ニルフさん」
『おう、こっちはな、キラキラした男が若葉に・・・』
*
次の日。
大きな歓声と花火の音が城下町から流れてくる。
なんかこういうの、ワクワクするな!
素早く身支度を整え、朝飯をかっこんで城下町にいく。
お供は、同じく食堂で朝飯をかっこんでいた若葉だ!!!
ギルドと行商で貯めた金を握りしめ、城の門をくぐる。と!
一面に広がる色とりどりの旗と提灯と、美しいハッピを着た町人達!
様々な場所で音楽隊が祭りの音楽を奏で、2階の窓から顔を出した人々が紙ふぶきを降り注ぐ。
花売りの少女たちはこの日だけは花びらを道に撒き、その花びらはシルフ達が受け取って舞い踊る。
「一年に一度だけの国を挙げてのお祭りですからね。
この大陸の他の地域も同じようにお祭りさわぎですわね」
『そうなんだ。さすが風の世界樹のある大陸。風にはためく飾りが多いな!』
「そうですわ! 色も、春の祭りにふさわしい物が選ばれてるんですのよ」
話ながら買い食いし、メインストリート中央にある舞台に行ってみる。
すごい人の量だ。
なんかイベントがあるらしいね。
「あら。貴方もしかして若葉、かしら?」
高さ2m大きな薪が組まれた部隊の上を眺めていると、後ろから声がかかった。
「え、あ!」
振り返った若葉が、嬉しそうにその人物に駆け寄る。
「姉さまー!」
姉?
若葉が姉と呼んでいる人物は、美しい白い巫女服に身を包み、神聖な感じの髪飾りや装飾品で着飾っていた。
赤めの長い髪の美人さん。胸めっちゃデカいな!
後ろには神官のような服を着た、物静かそうな男達が並んでいる。
「あ、ニルフさん。この方は、わたくしの修業していた世界樹の姉巫女なんですのよ」
『姉巫女? つまり姉妹じゃないってことか』
「はい。姉さま、この方はニルフさんです。例の人のお1人なんですのよ」
最後は小声で伝えていた。
『なるほど、だからあまり似ていないんだね』
「そう・・・ですか? 結構似ていると言われることも・・・」
不思議そうな顔をする若葉を見て、姉巫女はクスクスと笑う。
「こんにちは、ニルフさん。わたくしの事は、紅葉とお呼びください。
いつも若葉がお世話になっております」
『どうも。いつも若葉にお世話になってます』
「お世話をしてるのはわたくし・・・って、ニルフさんがちゃんと挨拶をしている!?」
驚きすぎだろう若葉。
紅葉さんは楽しげに笑い、若葉の肩に手を置いて俺に言った。
「では、今日一日、若葉を貸していただきますね」
「『えっ?』」
「ちょっと姉さま! わたくしまだ屋台の制覇がまだ・・・!」
そのまま若葉は、姉巫女と神官たちと共に、舞台の控え室に連れて行かれていった。
『えーっと』
1人残された俺。なにしよう。
とりあえず屋台を見て回った。全部見ちゃったな。
屋台で何か食べようにも、さっき朝飯食ってきたしなぁ。
なんか面白そうな事ないかなー。上を飛ぶシルフ達の行く方向についていく。ぶらぶらぶら。
いつの間にか、楽器屋のおっさんの店に来ていた。
「お、兄ーちゃん。今日も来てくれたのか」
『おう。連れが用事でな。なんか見どころ教えてくれよ』
「見どころなぁ。舞台はもう行ったんだろ? まだ舞の時間には早いし。
そうだ。これやるよ」
おっさんが取り出したのは小さい白い紙。
『ナニコレ』
「祭りで配られる奴だ。舞台に大きな薪が組んであっただろ?
願いを書いて舞台のたき火で燃やすと、願いが神に届くと言われているんだ」
『へえ、ありがとう。やって見る』
「そうだ、時間があるならハープ弾いていかないか?」
『おう、礼にこの店の売り上げに貢献して行ってやるよ』
俺はハープを取り出し、聞きかじりの祭囃子を演奏する。
いい感じに客の集まった楽器店を後にして、舞台に向かった。
そろそろ舞の時間だ。
さすがに人がすごい。
中々舞台がある広場にたどり着けない。
人に流されようやく舞台にたどり着いた頃には、既に舞が始まっていた。
荘厳な音楽が神官によって奏でられ、舞台の中央のたき火には火がつけられて赤々と燃えている。
その前で先ほど出会った紅葉さんと、同じように美しく着飾った若葉が2人で舞っている。
全身につけた装飾品が炎の光に照らされて煌々と輝き、白い巫女服によく映えていた。
舞が終わり、2人が静々と礼をする。
2人が降りてしばらくすると、王族の使いという人が、王の願いを書いた紙をたき火にくべた。
その後は一般開放され、皆が一斉に自分の願いを書いた紙を投げ込んでいく。
ただし舞台の外からなので、結構風に飛ばされて飛んでいくものもあった。
「そういう場合は、願いを叶えるのはまだ早いって事だと言われてるそうですよ」
横から黒蹴が声をかけてきた。
この人ごみの中、よく俺を見つけたな。
「そのマフラー、けっこう目立ちますよ?
僕も願いの紙貰ったんで、炎にくべに行きましょう。
あれ、キャンプファイアーみたいで面白いですよね」
「あ、こんな所に居たんですねニルフさん。あら黒蹴さんも」
『もう用事はいいのか? 若葉』
「はい。どうやら補助を務める巫女が急病で出られなくなったところに、ちょうどわたくしが居たらしくてて」
「あれ、若葉さんだったんですね。見違えました」
「あら、褒めても出ないですわよ?」
『うん、見違えるくらい綺麗だったよな』
「き・・・!?」
『?』
なんか固まった。
若葉をほっといて2人でたき火に向かう。
まずは俺からだ。おりゃあ。
紙飛行機型に折った紙は、炎の熱気で生まれた風に乗って炎から離れて飛んでいく。
残念。願いは叶わなかったか。
次は黒蹴の番。
黒蹴が力いっぱい丸めた紙を投げる。考えたな、黒蹴。
紙は一直線に炎に向かって飛んでいく。が。
他の人の投げた紙の塊にぶつかって、炎に届く前に舞台に落ちた。
「あちゃあ」
『2人とも、願いは叶わないっぽいな』
「っぷっ」
後ろの若葉から、吹き出す声が聞こえる。
振り返ると、若葉が紙を見て笑いをこらえている。
その紙に書かれている内容は・・・
≪女と間違われませんように≫
『あ!? その願い紙は!!!』
「もしかして・・・ニルフさんの飛んでった紙ですか?」
聞いた瞬間、若葉、体を二つに折り曲げて大爆笑。
悔しいので若葉の紙をかすめ取って読む。
≪胸が大きくなりますように≫
『ブホッ』
「笑わないでくださいっぃいい!」
『イテェ!』
腹にパンチくらった。
次回メモ:冒険
いつも読んでいただき、ありがとうございます!




