キラ男
翌朝。少し早めに起きて、未踏の町に出発する。
向かうは大陸中央に位置する、湖近くの町だ。
現在5日目。
俺はてっきりそのまま王都に留まって行商をするのかと思っていたから、ちょっと驚いた。
なんでも昨日で、王都での目標分は売り切ったらしい。
「昨日の夜、言ったじゃない」
レモンちゃんに飽きれたように言われてしまった。
今度からちゃんと起きてます・・・。
行商の新境地を開拓したいって事で、東の国のアクセ系を全部は売り切らずに残してあるそうだ。
「新境地って事で、大陸中央に続く2つの町を目指したいの。
ここらへんなら、まだ東の国のアイテムがあまり入って無さそうなのよ」
ライムさんが隊長に意見を言う。
「うむ、王都下の湖の横の町か。
近くに石碑も多いし、馬車を隠せる茂みも多そうだな。
よし、そこに向かうか」
そのまま一日馬車を走らせ、1つ目の町に着く。
ついた頃は夕方近かったが、まだ十分日は高かった。
「ここは素通りして行こう」
馬車の中で地図を眺めていた隊長とライムさんが相談している。
この地図は、ギルドで公開されている石碑を写したものだ。
「この町の周辺近くには石碑が無いみたいね」
「2つ目の、より奥地にある町の近くに2つあるな」
「王都には直接転移できないし、こっちを先に≪登録≫して、移動手段を得たいわね」
2人の会話がまとまったようだ。
もう一日馬車を吹っ飛ばして、2つ目の町を目指すことになった。
「明後日の春祭りまで時間が無いからな!
すっ飛ばしていくぞ!」
隊長が馬の綱を握りしめて、力いっぱい振り下ろした。
*
『そして今週7日目。街道で野宿をはさみ、早起きして馬車を突っ走らせて、今お昼です。
何匹か陸魚(魔物。煮物がおいしい)を刎ねた気がします』
「何1人で宙に向かってブツブツ言ってるんですの?」
わぁ、実況聞かれてた。
2つめの町に着いてすぐ俺と隊長は石碑に向かい、その間にライムさんが行商のスペースを町長に貰いに行く。
俺が≪登録≫後、時間ギリギリまで行商を行い、東国の城に帰る前に行商メンバー全員で転移して≪登録≫するつもりだ。
『ふう』
「無事に≪登録≫できたな!」
『おう、ありがとう隊長!
そうだ。町から出た時にやって見たかったことがあるんだ』
俺は行商中、客引き様にシルフィハープを弾きつつ、考えていたことがあった。
ハープで世界樹の武器の効果が出るって事は、ハープって武器扱いなのか?
『ハープから魔弾が出るか試してみたかったんだが、町じゃ危ないからな』
「ふむ、試してみるか。ここで見ておくぞ」
俺は木刀から魔弾を出す感じを思い浮かべる。
そのまま、ハープの先端から同じように魔弾を発射!!!
「んー、出てないな」
『やっぱダメかー』
ハープなら常に持ってるし、木刀よりリーチも短いし、まさか楽器から魔弾が出るとは思ってないだろうから、敵の不意を突くのに最適って思ったんだけどな。
『残念だ』
「様子を見るに、≪自分が武器と思っている物全てに、世界樹の武器の効果や魔弾が出る≫という事ではなさそうだな」
『あーそっか。そういえば俺、ハープを武器とは思ってない。というか、思えない』
「まあ、それでいいんじゃないか?
音を聞いたものを苦しめる効果が出たとして、ニルフは街中でそんな効果も出せるハープを弾こうとはしないだろう?」
『そうだな。ハープは人を幸せにするもんだ』
たとえ攻撃の意思を持ってなかったとしても、そんな危ないハープは街中や仲間には聞かせられない。
『よし。帰るか。ありがとう隊長』
そのまま町に帰り、行商を手伝う。
初めての町という事で、ピンキー親衛隊はこの行商隊が受け入れられるのか若干不安だったようだが、杞憂だったようだ。
いつも通りに若い女性が列を作っている。
「やっぱり時期的に、東の国の物は人気ね」
テキパキと手を動かしつつ、レモンちゃんがうれしげに言う。
そんなレモンちゃんに、顔を真っ赤にした少女が声を掛ける。
レモンちゃんに年が近い感じの子だ。
「あの、ここって王都で人気って噂のピンキー行商隊ですか?」
「ええそうよ。あら、私達って結構人気なのね」
親しげに話そうとするレモンちゃん。しかし少女は、
「ありがとうございます!」
と言うと、すぐに頭を深々と下げて、走って行ってしまった。
少しさみしそうな顔になるレモンちゃん。
「あらら、情報のお礼に何かサービスしようと思ったのに、行っちゃったわ」
「ふふふ、ピンキー行商隊の西の大陸制覇も遠くは無いわね」
ライムさんが馬車の横で、不穏に笑っていた。
*
そして夕方。
そろそろ店じまいして、皆で≪登録≫しにいくかーって話になった頃。
店の前方から、女の子達の黄色い声が上がった。
店の前で商品を見ていた女の子達も、その声に釣られて顔を上げる。
と、同じように黄色い声を上げつつ、そちらに一目散に駆けて行った。
がらりと空いた馬車の前。
馬車から少し離れた場所には、女の子達の塊が出来上がっていた。
一体何事?
馬車の中に居た、俺と若葉と隊長は顔を見合わせる。
そのときレモンちゃんがつぶやいた。
「まさか、あいつじゃ・・・」
その瞬間、ピンキー親衛隊全員、苦虫をかみつぶしたような顔になった。
ベリーも隊長の膝の上で、唸り声を上げている。
『一体どうしたの?』と聞こうとするも、再び上がった女の子達の歓声でかき消されてしまう。
と、金持ちっぽいキラキラした系イケメンが女の子達をかき分けつつ、こっちに近寄ってきた。
護衛を数人付けている。金持ちっぽい。
白金の長めの髪を流し、整った顔立ちの男だ。
白い布に金の糸で刺繍した上質な上着を、肩に羽織っている。
そして片目をつぶり、俺達の馬車に人差し指をビジっと指差し。
「君たちを助けに来たよ!」
と、のたまった。
は?
俺・若葉・隊長の3人で、顔を見合わせる。
男は大げさに手を広げ、悩ましいと言いたげに斜め下に顔を向けて額に指を当てて首を振る。
「僕は全て分かっているよ。
君たちが、強制的に働かされてるっていう美女達だという事がね!
君たちは悪い貴族に攫われて殺されそうな所を謎の美女に助けられた。
そしてその後、ピンキーと言う男に身柄を保護されたんだ。
しかし!
今はその恩に漬け込まれて、逃げ出せない様にされている!」
そのまま拳を握りしめ、耐えがたいと言うようにプルプルと震える。
「今まで、何度来ても僕が差し出す救いの手は、突っぱねられてきた。
すべてあの男の所為なんだろう?
だが聞くところによると、今その男は不在だそうじゃないか」
そしてその手を斜め上にあげ、顔も同じように天を仰ぎ。
「何度だって、あきらめない!」
そのまま目を強く瞑り、
「だから、再び、僕が!」
そしてこちらを見てサッと手を大きく横に薙ぎ、
「君たちを助けに来たよ!!!」
肩に掛けた服が、風圧でふぁさっとなびいた。
周りに上がる、女の子達の歓声。
役者かよ。
それに混じって、レモンちゃんの怒号が響いた。
「ですから! 何度も言ってますけれども!
アタシ達は無理やり働かされてなんかいません!」
「そうだ。某達は主人を恩人と仰いではいるが、主人は某達に何ら強要した事など無いぞ!」
「あらあら。何度来られても返事は同じよ?
私達はピンキーちゃんから離れるつもりも、あなたに付いていくつもりもありません」
「キャン! わんわんガウ!」
ベリーまで馬車から降りて吠えたてる。
でもキラキラした男は聞く耳持たずだ。
「分かっているよ」と言う様にピンキー親衛隊に軽くウィンクを飛ばす。
そしてベリーが飛び出してきた馬車の中を見て・・・
「な・・・!」
絶句した。
そのままガタガタっと馬車に乗り込み、止める間もなく若葉の手をガシっと両手で包み込む。
「え? え? ちょっと何ですの?」
目を白黒させる若葉。驚き戸惑う俺。見守る隊長。
若葉は男の行動に赤くなりつつ、必死に手を振りほどこうとしている。
そんな俺達の戸惑いもお構いなしに、キラキラ男は若葉の目を覗き込んで言った。
「なんて美しい方だ!」
『ブッホッ!』
やべ、つい吹き出しちゃった。
若葉が、鬼のような形相で俺を睨んでいる。
ごめんなさい!
「・・・ん?」
『・・・え?』
俺の噴き出した音に、キラキラ男がこちらを向く。
おい。まさか・・・
「こちらにも可憐な少女が!!!」
「バッヒュッ」
おいコラ若葉! お前も噴き出してんじゃねーか!
じゃなくって!
『俺は女じゃない!』
「男と思い込まされているんだね!
なんて非人道的な扱いをしているんだあのピンキーという男!
彼女たち3人以外にも、いたいけな仔犬や可憐な女性や、こんな少女まで毒牙に掛けていたとは!
これは何としても我ら≪ピンキー行商隊売り子ファンクラブ≫メンバーが助け出さなくてはならない!」
『いやだから俺は毒牙にかかってないし、何より俺は男ギャー! 手を握るな!』
「無理しなくていいよ! 本当の君を見つけに行こう」
『やめろぉぉお! 触るな握るな頬ずりするなぁぁああ!』
「ニルフさんを離せですわー! とぉ!」
「げっふぉぉ!」
『がっほぉぉぉ!』
「あ、あら。ついニルフさんごと馬車の外に蹴りだしちゃいましたわ・・・」
全て横で見ていた隊長が、ピンキー親衛隊に目を向ける。
ピンキー親衛隊は呆れたように、馬車の外に倒れる2人の男を見ていた。
*
気が付くと、俺は馬車に乗せられていた。
場所は村はずれの石碑近くの藪の中。あたりはすっかり闇の中だ。
『いてて・・・。なんか背中がものっすごく痛い』
「うっ。す・・・すいませ・・・」
『え、どうした若葉。まさか、俺になんかやった?』
「い、いいぇえ!?」
嘘つけ、語尾が不自然に上がってんぞ。
「今回の旅の最初に、港の町に変な奴がいるって言ったでしょ。あれが、あの男なの」
俺が目を覚ました事に気付いたレモンちゃんが、状況を説明してくれる。
レモンちゃん、荷物の整理をしていたんだな。
どうやらピンキーが悪徳貴族から3人を助け王都に行く道すがら、行商でお金を貯めていた頃に出会った、ピンキー親衛隊のファンらしい。
てか≪ピンキー行商隊売り子ファンクラブ≫て。
「あの男に最初に出会ったのが、そういう頃だったでしょ?
ご主人様には身なりこそ綺麗に整えて貰ってたんだけど、3人ともご主人様以外にはタドタドしい態度になっちゃっててね。
接客するのに支障は無い程度だったから、誰もお客様は気づいてなかったんだけど。
・・・あいつアレで、妙に勘が鋭いと言うかなんというか。アタシ達が普通の売り子じゃないって気づいたようでさ」
『あー。それで調べたんだな』
「そ。それで悪徳貴族に殺されそうになってたって調べたまでは良かったんだけど。
その後ご主人様に保護されたアタシ達が、奴隷のように扱われてるって思ってるらしくってね」
「本当、何故今もそう思っているのだか。
某達がそのような扱いを受けてない事など、今の表情を見れば分かるだろうに」
話に、サイダーちゃんが加わった。
手には保存食と水を持っている。
「ああ、これか?
煮炊きするとあの男に居場所がばれるからな。
これで腹を満たそうと思っていた」
『悪い。起こしてくれても良かったのに』
「頭も打ってたから、一応念の為にね。
てか若葉がめちゃ反省しちゃってて」
「レモンさん!?」
若葉、やっぱりなんかしてたんじゃねえか。
『そういえばあのキラキラした男。長いな、キラ男でいいか。
アイツどうしたんだ?』
「プッ。その呼び方良いわね。
キラ男なら、若葉が馬車から追い出した後、護衛団の人たちが回収して行ったわよ」
レモンちゃんの言葉に、妙なルビが見えた気がした。
「そういえば、護衛団の方の中に、先ほどレモンさんに質問していた女の子がいらっしゃいましたわ。
ほら、あの顔を真っ赤にした」
若葉の言葉に、レモンちゃんが怒った顔になる。
「そうだった!
あの子、気絶したキラ男を連れて行くときにアタシに言うのよ!
『あなた達は周りが見えていないだけなんです! いつかこの方の言っていた事が正しいと分かるはずです!』って!
周りが見えていないのはアンタだっての!!!」
「あの者、キラ男が各地に派遣した、我々を探す者の1人だったというわけか」
サイダーさんも渋い顔だ。
これやっぱり黒蹴か銀にも協力してもらって、男数人で周りを固めた方がいいんじゃないか?
あ、でも・・・
『俺、女って言われた・・・』
「この分ですと、銀さんや黒蹴さんも女性扱いされそうですわね・・・」
「がっはっは! ありえそうだな!」
隊長が大笑いしながら、馬車に乗ってきた。
そして真剣な顔になり、言う。
「城の兵士でも派遣するか?」
「「「『えっ』」」」
「冗談だ! がっはっは!」
東の王様だったら、本気でやりそうだな。
次回メモ:祭り
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
ニルフ達は1日目にアクシデントで行商できなかった分、夕方まで粘って行商を行い、その後城に帰って銀達と合流のつもりでした。




