休日
あれから一週間。
今日はギルドの仕事を休んで、自由時間だ。
ここ最近黒蹴が、ギルドと訓練の両方を死に物狂いで行っていた。
それを見た近衛兵の隊長が、一度休みを挟んだ方がいいと黒蹴を説得した。
最初は反発していたが、今は糸が切れたように部屋で眠っている。
これで、いい具合に気が抜ければいいが。
ピンキーは、初の戦闘の疲労と大怪我の影響と精神的な疲れでしばらく寝込んでいた。
今日も少し辛そうだったので、日課の鍛錬以外は体を休めるように言われている。
治癒魔法は使われ慣れてない人に掛けると、却って体に負担をかけるのかもな。
という訳で、2人はお城だ。俺?俺はちょっと町に用事。
そういえば銀も町に出かけたらしい。ギルドにでも行くのかな?まあ俺は俺の用事を済ませに町に行くだけだし!
そうして俺は城の門をくぐって、町に出た。
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銀は2人を思い浮かべてため息を吐きつつ、城下町のメインストリートを1人で歩いていた。
あの時、魔物が2人にとどめを刺す前に駆けつける事が出来たからよかったものの、黒蹴があの場を抜け出している事に気付かなかった。
石碑の近くの巨大な気配に、気を取られていたとはいえ。
しばらく平和な日々を過ごしたために、勘が鈍っているのか。
表情は変わらなかったが、銀は焦っていた。
この先、ずっとこの城に厄介になる訳にもいかないだろう。
自分達が召喚された理由も分かっていない今、この一見平和に見える世界の裏で、何かが起こっているのかもしれない。それを明らかにする為にも、国の集める情報だけでなく自分達でも世界を歩き、旅するべきだ。
だが、しかし。銀は目を瞑る。
もし今回のように、仲間を危険にさらす事になったら。オレはまた、仲間を失うのか。
世界樹の木の根元でアイツらに初めて出会った時、オレは自分が死んだのか覚えていないと言った。
実際は覚えていた。忘れられるはずもない。
どこの国なのかも知らない、雪に囲まれた大地の大きな要塞にオレは居た。仮面をかぶったまま顔も晒さない上官の命令で、オレ達は機械のように1つの要塞を落とした。
だがそれは罠だった。上官が、不要になったオレ達を処分しようと仕組んだものだった。
珍しい事ではない。オレもそういう仕事を何度か行ったことがある。だが斥候として、オレはミスを犯した。
オレが≪要塞を守る作戦会議の行われている部屋≫に潜入した際、一人の兵士が上官の名前をうっかり口にした事に気付かなかったのだ。
もちろん念には念を入れている上官の事。こういう事態があっても作戦に支障が出ないように、いくつも偽名を用意している。ただオレは、一度この名前を聞いたことがあった。
もしこの時に上官の名前に気付いていたならば、仲間を要塞から離れさせそのまま逃げのびる事も出来たはずだ。
逃げた場合、どうなっていたかは今では分からない。だが。作戦が成功したと思った瞬間に、一緒に戦っていたはずの仲間達に撃たれ倒れていく皆の姿を見て、オレはその事に気付き、激しい後悔に襲われた。
オレの後ろにはまだ生きている仲間がいて、オレはソイツを狙った弾丸の前に身を投げて。そのままオレは銃弾を全身に受け・・・。
かすむ目で後ろを振り返ると、ソイツも銃でオレを狙っていた。口元に狂ったような笑みを貼り付けて。
上司に命じられた側だったのか、生き残るためにオレを贄にしたのか。まあどちらでもいい。
目覚めると、大きな木の根元に座っていた。オレの願いは叶えられてのだろうか。叶っているとしたら、どんな願いが叶えられているのだろう。
オレはあの時何を願った・・・?
銀は立ち止まり、首を振る。
気が付くとメインストリートを離れ、住宅街の裏路地に来ていた。
気が付かずにこんな所まで歩いているとは。本格的に勘が鈍っているな。
少し周りを見回してその場から一歩下がり、横道から飛び出してきて転びかけた少年を、転ばないように支えた。
「なんだ、スリか?それにしては手際が悪いな。」
「ち・・・違う!それよりお前、冒険者か!?」
必死な形相で少年が問う。銀は不審に思いつつ、「そうだ」と答える。嘘を言う理由は特になかったから。少年はパッと表情を明るくし、何かを握った状態の両手を突きだしてくる。
「お願い冒険者さん! こいつ、冒険者さんと一緒に連れてってやって!」
広げた手の中には、子供の両手程度の小さなスライムがへばり付いていた。
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俺は1人で町を歩いていた。俺の隣にはシルフが2匹、いつも通りに飛んでいる。
最近知ったんだが、どうやら普通はこんなにハッキリ小精霊の姿は見えないらしい。「常に見えている事が異常」。王宮魔道士にそういわれた。
あの事件の後、黒蹴が無理をしている事は分かっていた。今回は隊長さんが止めてくれたが、あのままでは心と体を壊していただろう。
ピンキーも精神的にどこか無理をしているようだし。
何か息抜きになる物があればな・・・。俺は休みを利用して城下町で何か探すことにした。とりあえず商業地区に行くか。
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銀は、少年をみる。裕福そうな服を着て、髪も手入れが行き届いている。同年代の子と比べると、恰幅もいい。
そんな子供がなぜスライムを?
一瞬考える銀。その時、少年の出てきた横道からバラバラと足音が聞こえてきた。少年の顔がこわばる。
横道から顔を出したのは、7歳~10歳ほどの5人の子供達だった。それを確認して、表情の和らぐ少年。どうやら仲間の様だ。少年が短く尋ねる。
「撒いたか?」
「うん。でもすぐ見つかっちゃいそう」
「どうしよ、スライムちゃん殺されちゃう!」
庶民的な服を着た活発そうな少年と、ツインテールの裕福そうな女の子が答えるが、すぐに表情が崩れる。
それを見て、皆も我慢出来なくなったのかメソメソと泣き始めた。
「泣くなお前ら! 大丈夫! このおじさんが、こいつを旅に連れてってくれるそうだ!」
「おいオマエ、勝手に。」
しかもおじさん。まあ自分の年齢も知らないし、もしかしてオレはおじさんって歳なのか? 一瞬思考がずれる。
その隙をついて子供達が銀を取り囲み、
「「「「「よろしくおねがいします!」」」」」
全員が頭を下げた。
子供に囲まれて頭を下げられ、しかも上げた顔には全員涙がにじんでいる。初めての経験に、らしくなく戸惑う銀。
そこに数人の大人の足音が響き、子供たちと銀を取り囲んだ。
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俺は取り囲まれていた。大量の群衆に。どうしてこうなった!?
俺はあの時、適当に店を見て回っていた。あいつらの気を和ませる何か。
何か≪ふぁんたじー≫的なものがあれば喜ぶかな。
絵や本、おもちゃにアクセサリー、いろいろ見て回ったがコレだ!と言う物が無い。そもそもあいつら男だし大人だし。
唸りつつウロウロしていると、楽器店があった。なんとなく、置いてある楽器に目が行く。大きな本程度の大きさの楽器だ。なんだっけこれ、見たことあるな。見つめていると、店主がハープだと教えてくれた。
店主に許可をもらって絃をはじく。なんだか以前から知っていたような懐かしい響きだった。
記憶のどこかで何かが弾ける。すぐに消えてしまったけれど。
試しに、ピンキー達が歌っていた歌を弾いてみる。うん、いい感じ。
記憶が消える前はハープをよく弾いていたのかもしれない。
店主が置いてくれた椅子に座り、いくつかの曲を弾く。ピンキーの鼻歌のうろ覚えだ。
ハープの音色は風に乗り、2匹のシルフが店の前に音を振り撒く。だんだんと他のシルフ達が集まってきた。
いたづら好きのシルフ達は、町の音や人々の話し声や噴水の音や・・・、様々な音を拾ってきてはハープに合わせて店の前に撒いて行った。
それはハープの音と混ざり合い、1つの大演奏となっていく。
・・・いつの間にか目を瞑って弾いていた。つい熱中しちゃったな。ちょっと恥ずかしくなって目を開けると、俺は群衆に囲まれていた。みんな目を丸くして演奏を聴いている。
俺が演奏を終えると、割れんばかりの拍手が俺を包んだ。やばい恥ずかしい!さっさとこのハープ買って、お城に帰りたい!
店主にお金を差し出すと、お金はいらないと言われてしまった。見ると店主の店の楽器が飛ぶように売れ始めている。
俺は店主に頭を下げると、逃げるように城に帰った。
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銀は大人達を見回す。銀の目線にたじろぐ男達。オレへの敵意は無いようだ。
スライムを手に持つ少年がつぶやく。
「ち・・・父上」
「やっと見つけたぞ。お前たち、街中でモンスターを飼うとは何事だ!我が家の世間体が悪くなったらどうするんだ!」
少年によく似た髪色の男が怒鳴る。震え上がる少年。
「しかもだ!貴族の息子ともあろうお前が、こんな庶民と付きあうとは!
お前は一体何を考えてるんだ!」
その言葉に怒った顔をする、庶民的な服を着た男の子。しかしすぐにうつむき、拳を握って耐える。
しかし男の子供は我慢できなかったらしく、二人の言い合いが始まった。
その間に他の子供達を捕まえようとする大人達。
銀はどうやってここから抜け出すかを考えていた。
しかし貴族の男が連れてきた男達は、銀を完全に敵と認識したようだ。
大人達のつかみかかろうとする手をヒョイヒョイと避けつつ、踏まれそうな小さな子を守る銀。
銀のコートの中に隠れた少女が、服の裾をひっぱる。さっきのツインテールの女の子だ。
「この子、連れてって。おねがい。」
泣きそうな顔で渡されたスライムを、銀はため息まじりに受け取った。
しばらく大人と子供の喧嘩と追いかけっこが続いた後、スライムがどこにもいないことに気付いた大人達は、街中を捜索すると言って散らばって行った。
子供たちが逃げている間にどこかに隠したと思ったようだ。
銀は帽子の淵の折り目にスライムを隠し「絶対に溶かすなよ」と念を押してから、城に帰った。
帽子にスライムを隠したまま城の門をくぐる。兵士に止められるかと思ったが、普通に入れた。
一瞬、魔物が侵入しても分からないのではないかと危惧したが、今日は止められずに済んだので良しとした。
部屋に戻り、スライムの元気が無い事に気付く。昨日摘んだ薬草の小袋に入れ、少し考えて水も足した。
中でデロデロしだすスライムを軽く眺めて、袋の口を閉じた。
王宮魔道士の所に行くか。銀はスライムの袋を懐に忍ばせ、部屋を出る。
どこからか弦楽器の音が聞こえていた。
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俺は部屋でハープを練習していた。いきなり聞かせるのはやっぱりちょっと恥ずかしい。
2人の鼻歌を真似した曲だが、合っているか分からないので多少アレンジも加える。
しかし音が廊下にダダ洩れらしい。偶に兵士が廊下でハープの音について話してるのが聞こえる。(シルフが音を拾ってきた)
後で『シルフにハープの音を部屋から出ないようにしてもらえばよかったんじゃないか?』と気付いたが、後の祭りだった。
俺達の部屋って同じ廊下に4つ並んでるんだけど、丸聞こえだったんじゃぁ。
ま、まあ次練習する時には遮断するさ。
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部屋で浅く眠っていたピンキーは、弦楽器の音で目を覚ます。
(俺の知ってる曲に似てる)
懐かしい気持ちになり、そのまま眠りに落ちて行った。
*
黒蹴は、眠れずにベッドの上を転がっていた。
最初は夢も見ない深い眠りに落ちていた。が、少し時間がたつと夢を見て目が覚めてしまう。
最近見る夢はいつも同じ。目の前に豹の魔物が立っていて、その足元には3人が血まみれの姿で倒れている。
豹は血まみれの爪を舐め、こちらにゆっくりと歩いてくる。そして目の前に来て、爪を振り上げ・・・。
黒蹴は、汗だくで飛び起きるのだ。
夢を見ずに済むよう、体を酷使し続けた。考える間もないように、訓練に没頭し続けた。そして今日。
たまたま訓練を見ていた近衛兵隊長に、休むようにと言われてしまった。
「僕は強くならないといけないんです!」
そういう黒蹴に、近衛兵隊長は言った。
「いざというときに、その心身では守れるものも守れないぞ?」
黒蹴の心と体は、酷使されてボロボロだった。
「そんなこと言ったって、今のままじゃ守れる力すらないじゃないか。」
ベッドの上で1人つぶやく。その時、小さく弦楽器の音が聞こえてきた。
どこかで聞いたようなその曲。なんとなく日本を思い出して、眠気を感じる。
そのまま、黒蹴も眠りについた。
*
夕食後、俺は3人を部屋に呼んだ。もちろんハープを聞かせるためだ。
あの後少し練習して、まあこれなら聞かせられるかなというレベルまで落ち着いた。
少し緊張したが、2人とも拍手して喜んでくれた。ピンキーや黒蹴の歌っていた歌のアレンジというのも気付いたようだった。
そういえばいつもクールな銀が今日はどこかソワソワしている。2人もそれに気づく。
「実は・・・。」
銀が小さな袋から出したのは、銀の片手ほどの小さなスライムだった。手にへばり付いてデロデロしている。
ピンキーが触ろうとすると、半円型になってプルプルし始める。戦闘態勢だ。
ピンキーは苦笑する。
「銀に懐いているみたいだね」
「町で少しあってな。オレが引き取ることになった。王宮魔道士によると、スライムの幼生体らしい」
「名前はつけないんですか?」
「名前?・・・名前、な。スライムでいいか」
『お前それ名前っていわなくないか?』
4人で笑いあう。よかった、やっと2人に笑顔が戻った。
こうして、俺達の休日は終わった。
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いつも読んでいただきありがとうございます!
黒蹴はシスコンではありません。いつも良いように妹に扱われてわずらわしく感じつつ、あんな別れ方をしてしまって家族として心配。そういう焦りです。