果物売りの少年
昨日、風の《泉》の広場で寝てたはずの俺が目覚めると、建物の中だった。
ベットの上に座ってこっちを眺めてるのは、狐っぽい少年。
彼は以前立ち寄った、火の《泉》の近くにある町で出会った、干し果物売りの少年だった気がする。
ぼんやりとした頭のまま見回すと、俺が居るのは家具の少ない、ボロ家だった。
家っていうよりどこかの物置小屋といわれた方が信じられそうな家具の少なさだった。
ほぼベットしかない。部屋のほとんどは埃のたかった木箱が積んである。
んで。
あれから1時間ほどたった今。
俺は未だに状況を呑み込めぬまま、名も知らぬ果物売りの狐の少年に街に連れ出されている。
長いな、狐少年って呼ぶか。
ユ「なぁ、あれどうなってるん」
黒「僕にも分からないって。ニルフさんも分かってなさそうですよね」
狐少年の後ろを歩く俺の横には、黒蹴とユーカが居た。
起きてから横みたら無造作に床に転がってた。
一人じゃなくて良かったけどさ。
とりあえず、ユーカ起こすのに3人がかりで1時間かかった。
「3人とも起きたか、ならば、付いて、まい、れ・・・」
そう言って少年は、ゼェゼェ言いながらドアを開け、外に出て手招きをした。
ユーカを起こすのは体力仕事だ。
町に連れ出されて30分くらい歩いた。
ボロ家のある辺りはスラムっぽかったからどこに連れてかれるのか怖かったけど、少年が向かったのは大通りに近い場所だった。
前を歩く狐少年の尻尾が、ふさりと揺れる。
ユ「・・・?」
黒「どうしたんだ由佳?」
ユ「なぁにーちゃん、あいつ前に会うた時、尻尾無かっ」
狐「着いたぞ。さあ皆のもの、朝食を買うのだ。そしてまたここに集合だ。金はあるか?」
クルリと振り返った狐少年は、小さめの屋台が並ぶ小さな通りを顎で指した。
なんで少しドヤ顔なんだろう。
ユ「金ある?」
二『持ってない。ハープすら無いんだもん』
ユ「ほ ん ま や 」
二『笑うなよ!せめて一言言い切ってから笑えよ!』
黒「僕も着ていた服のままですし、持ってな・・・あ」
黒蹴のコートのポケットから小銭いっぱい出てきた。
ユ「ポケット破れんで。にーちゃん」
数分後。
ユ「ちっさい団子買えたなぁ」
二『これ3人で分けたら少なくね?』
黒「それより食べなれない奴食べてまたお腹壊しませんかね?」
二『そうなったらハープで解毒魔法かけてやるよ』
黒「ハープ忘れたって言ってませんでしたっけ」
二『あ』
黒「ちょ」
ユ「いけるやろ、ウチさっき試食させてもろたし」
黒・二「『いつの間に!?』」
ユ「それより」
ユーカが、声を潜めてスッと後ろをうかがった。
ユ「このまま、素直に戻らんと逃げたらいいんちゃう?
あいつ今居らんし」
二『それがなぁ・・・』
黒「由佳、右、右の屋台の奥」
ユ「うわぁ・・・」
狐少年、こっそり付いてきてるんだよ。
朝食を買って、狐少年の元に戻る。・・・寸前、尻尾をはためかせた狐っぽい少年が前を全力疾走してるのが見えた。
黒「・・・少しゆっくり歩いて戻ります?」
二『・・・だな』
ユ「なんでちょっと気ぃ使い始めてんの二人とも」
黒「だって・・・」
二『なぁ・・・』
なんか、友達いなさそうだなって。
黒蹴、可哀想なモノをみる目で狐少年を見送る。
黒「そこまで走らなくても・・・」
二『あ、こけた』
少し時間をかけて戻ると、狐少年は通りの横に積んである麻袋の上に座って、ふんぞりがえっていた。
狐「よくぞ戻ってきた」
ユ「なぁ、やっぱりあのまま逃げてても良かったんちゃう?」
狐「ふはは、なぜ仲間から逃げるのだ?
さあ、買ったものを分けるとしよう」
黒「えっ、自分の分は買ってないんですか?」
狐「パーティーで物を分けるのは当たり前だろう?」
ユ「・・・ハァ?」
団子がさらに減った。
ユ「なぁ、ほんまにそろそろ逃げへん?
あいつどんくさいから、本気出したら撒けると思うんやけど」
二『確かに。ピンキー達も心配してそうだしな』
黒「うーん、それなんですが」
小さく分けた団子食いながら、3人でヒソヒソと話す。
黒「僕達、どうやってここに来たんでしょう」
ユ「起きたら移動してた」
うん、起きたら移動してたな。
ユ「この中の誰かが寝ぼけて転移の魔法使ってしもて、ほんで火の《泉》に移動した所を、あの狐が見っけて家に運んだんちゃうん?」
二『元々俺達、風の《泉》にいたもんな』
でも、黒蹴は納得してない顔をしたままだ。
黒「それも考えたんですが、それだったらそう言うと思うんです。
ここまでわざわざ運ぶのも大変ですし、普通は《泉》で起こしますって」
なにが言いたいんだ黒蹴。
そのとき。黒蹴を見ていたユーカの目が、スッと鋭くなった。
ユ「まさかにーちゃん・・・ウチらを風の≪泉≫からここまで運んだの、アイツやと思ってる?」
黒「・・・うん」
マジかよ。
ソッと、後ろの麻袋に座る狐少年を見る。
さっきまで団子を頬張っていた彼は今は1人で離れて座っていて、誰かを凝視してはブツブツと何かを呟いていた。
「へん、zakoめ」や「お、結構いいじゃん努力家努力家」とか。
と。
たまたま見回す彼の目と、目が合った。
ゾワリと背中を妙な感覚が走る。
瞬間。狐少年は。
一瞬目を見開いた後、耐え切れずに噴き出した。
そのまま笑い転げる狐少年。
狐「アハハハハハハハハハハ!!!」
ユ「何なん!めっちゃ怖いんやけど何なんコイツ!」
ニ『ちょ!?俺なんか付いてる!?笑われるようなモンついてる!?』
黒「何もついてない!ついてないですよ!?」
狐「ちょ!マジ!ありえねえぇええええ!アハハハハハハハ!!!」
ユ「何なん!? 何を見たらそうなるんアンタ!」
何この人、超怖い。
その後しばらくこっちを見る度に大笑いされて、めっちゃイラっとした。
ニ『もうやだ・・・』
黒「原因も分からずに笑われるのって嫌ですよね」
ニ『それもあるんだけど・・・』
なんていうか。
狐少年には、あまり「見られ」たくない。
なんかアイツが凝視するとさ・・・。全身がゾワっとするんだよね。
あの時、銀が帰ったのも、もしかしたらゾワってしたから、とか?
まぁ何度も見られてはゾワッとしてたら、そろそろ慣れたきたんだけどね!
ニ『2人はゾワってしない?』
黒「僕はしませんね」
ユ「ウチも無いわ。ずっとその感覚あったん?」
ユーカに言われて気づいたけど、普通に会話する時に見られてる場合にはゾワっとしなかった。
大爆笑される前だけだな、ゾワってするの。
これも、何か秘密があるのかもしれない。
ゾワァッ。
狐「アハハハハハハハハハハハ!けほっごほっ」
食事の後は、また狐少年に連れ出されて街を進む。
今度は大通りをまっすぐ進んでいるようだ。
家から連れ出されて結構立ってるけど、まだ少年からは何の話も聞けていない。
なんで俺達がここにいるのか、どうやって連れてきたのか、何が目的なのか。
なぜこの3人なのか。
寝てる間に俺達を連れてきた犯人が、この狐少年だとすると、キラ子ちゃんも入れると思うんだよな。
それに気配に敏感な、銀やピンキー、ケモラーさんにポニーさんの目をかいくぐって侵入して連れ出すなんて事、かなりの手練れじゃないと無理だと思うし。
ユ「それにアイツ、さっきうちらの事・・・」
若〔勇者の仲間だと言ってましたわね・・・〕
ニ『うぉ!?』
黒「ぐぇ!?」
ユ「え!? 若葉ちゃん居ったん!?」
若〔ずっと居りましたわよ!?〕
狐「どうした?何か問題か?」
黒ユ「「なんでもありません!!!」」
二『(若葉、シー!)』
若〔(え?!あ、はい)〕
3人で顔を寄せあって、それぞれがコートの中を引っ掻き回す。
途中で狐少年がこっちに寄ってきたので、黒蹴がごまかしに走ってった。
ニ『狐少年の目の前で脱ぐわけにもいかないからなぁ』
ユ「やっぱり声すんの、ニルフからやって」
二『待ってろ』
声を頼りにコートの中を漁ったら、普通に若葉が出てきた。
寝る前にちゃんとホルダーにひっかけて、そのまま忘てたっぽい。
背中に回ってたから気づかなかった。
二『すまんすまん若葉、気づかなかった』
若〔ひどいですわ皆さん!〕
二『ほんっとーにごめん!若葉の事だから、ずっとあいつが俺達から目を離すのを待ってたんだな』
若〔いえ、起きたのは今ですが〕
ニ『寝てたのかよ!』
ユ「なんやー、みんなが駆けつけてきたんかと思ったのにぃ」
黒「ホルダーつけてて良かったですね!」
このホルダー、最初は〔物扱いですか?〕って、凄い嫌がってたけどな。若葉。
ピンキーに「緊急時にすぐに逃げられる工夫だよ」って言われて渋々オッケーしたんだっけ。
黒「若葉さんの事は、あの人には内緒にしてた方がいいですよね」
ユ「そやな」
若〔では、わたくしの言葉は皆さんにしか聞こえないように風の小精霊さんに頼みますわね〕
そういえば。
ニ『さっき風の≪泉≫に居た時にシー君達居なかったぞ』
若〔あら? ・・・本当ですわ。見当たりませんわね〕
黒「里帰りですかね?」
ユ「それ、風の≪泉≫やから、ついでに地上の風の世界樹にって事?」
ニ『いつも、何があっても、南の島に転移で飛ばされた時も俺の傍にいたのになぁ』
シー君とフーちゃん。何故か俺に付いて来て、気まぐれながらも俺の意思を汲んでくれていた。
このシルフの2人が居ないと、その辺のシルフをとっ捕まえてシルフ石に入れてからしゃべらないといけなくなる。
とてつもなく不便なのだ。
若〔では、わたくしはあまり話さない方が良さそうですわね〕
ニ『話す時は小声でな』
黒「・・・あれ?
2人共、前に『シルフさんが声や意思を運んでくれてるから話してるように聞こえる』とか言ってませんでした?」
若〔そこはそこ〕
ニ『それはそれ』
黒「なんですかそのご都合主義!?」
ユ「その辺に飛んでる小さい精霊さんが運んでるみたいやね」
とりあえず、シルフの2人が里帰りしてるかっていうのは置いといて。
状況を確認してみよう。
今、俺達が身に着けているのは、寝る前に装備していたものだ。
黒蹴もユーカも、武器は肌身離さず持っていたので、今もちゃんと装備中だ。
黒「服には草がこびり付いてますよね」
ニ『広場で寝転んだ時に付いたヤツかな』
そして、皆が交代で見張りをしている最中に、ここに移動している。
俺達が寝ていた場所はバラバラだった。
つまりこれは、俺達3人を狙ったもの。
二『でもなんで俺達なんだ?』
若〔やはり、何かの魔法でしょうね〕
俺たちと、俺達が身に付けていたものだけを転移させた、ってことだろう。
そして狐少年に連れまわされたこの街は、見覚えがあった。
ユ「この大通り、あの火の≪泉≫の街ちゃう?
ほらあそこ、キラ子ちゃんがアイツを庇ったって言ってたとこに似てるで」
黒「ってことは、火の《泉》が近いですね。
このままこっそり抜け出して、転移出来ればいいんですが・・・」
二『転移したところで、また同じように魔法で呼び戻されたら同じ、だな』
さっき、ユーカが「さっさと転移して皆の元に帰ればいい」と言っていたが、連れてこられた方法もわからないと、何度帰ってもまた連れて来られるかもしれない。
それに。
さっきからチラチラと少年が俺達を見張ってて転移の動作が出来ない。
ユ「ウチ、トイレいく振りして抜けだそか?」
若〔しかし、狐の彼がもし誰かから依頼を受けて、わたくし達を見張っているだけだとしたら」
二『召喚した奴が、別にいる場合かぁ』
魔法を使った奴が、俺達の場所を探知できるところにいたら、ヤバイよなぁ。
案外俺達が目的じゃなくて、ピンキー達の居場所を知りたいから、とかで泳がされてるのかも?
黒「うわぁ。僕達、餌ってことですか?」
二『囮かもしれない?』
ユ「もしそうやったとしたら。
ウチらが転移出来るとか、そういう内部情報調べられるくらいヤバイ相手ってことになるけど」
若〔幸いにもここは、火の《泉》の近くなんですし。
下手にバラけるよりも、皆さんで固まって行動していた方が、ピンキーさん達も対策がしやすいのでは?〕
若葉の提案に、皆でうなずいた。
きっと今、銀達は俺達の場所を世界樹の武器で把握しているだろう。
《登録》をすでに済ませた火の《泉》の近くだから、武器の宝石、そこから浮かび上がる地図の火の《泉》の位置に、赤いマークがついているはずだ。
あ、今は腕輪に付けた宝石から地図を出すんだった。
若〔では、周りの人物や狐さんの行動などでおかしな所がないか、探していきましょう〕
黒「ピンキーさんたちの合図もあるかもしれませんしね!」
ユ「にーちゃん、声でかいって!」
狐「ん?」
二『お!あの屋台、面白い置物あるなぁ~ぁ?』
店主「いい目してるな旅人さんよぉ!コイツぁなんと数百年前、この辺で悪さしてた大親分を倒したと言われる力自慢の男の爪痕の刻まれた石d」
二『(捕まった!なんか店主に捕まった!!!)』
若〔(何をしているんですの、ニルフさん・・・)〕
めっちゃグイグイくる店主から逃げるのに苦労した。
けどお陰で、狐少年の目は欺けた。
さあ、後はピンキーや銀達を見張っているだけだとしたら待つだけだ。
でもさ。
普通の迷子の場合や、俺達だけで転移を使ったと考えているなら、俺達が自主的に帰ってくるのを待ちそうな気がする。
さて、向こうの皆が事故とみるか遊びにいったと見るか、だな。
それに、もし俺達自体が罠だったとして、銀達が来た方がいいのか、来ない方がいいのか。
悩みどころだな。
あ、シー君とフーちゃんが飛んできた。
次回メモ:狐
いつも読んでいただきありがとうございます!