銀 vs
いち早く異変に気付いたのは、西側へ斥候に出ていた銀だった。
銀は木の上を走る。
以前の世界では≪探索魔法≫に秀でていた為に、その魔法が無いこの世界での探索に、穴が出来ていたようだ。俺も魔法に頼りすぎていたか・・・。
ずっと森の奥に感じていた妙な気配。一瞬そちらに気を取られすぎ、広場のメンバー達の気配を追い忘れる。
その一瞬のうちに、2人分の小さな気配が森に隠れてしまった。
まさか、アイツ等。勝手に他の広場に行ったか?
今朝からずっと黒蹴の様子がおかしかった。
元の世界に帰る方法が分かるかもしれないという焦り。何をしでかすか分からない状態だったのに。
(目を離すんじゃなかった!!!)
きっとピンキーは、こっそり抜け出す黒蹴を追いかけたのだろう。アイツはそういう所に気が付く奴だ。
誰にも言わなかったのは、排泄に行く程度だと思ったからか?
何処へ行った、どこへいった、ドコヘイッタ!!!
おそらく2人は、石碑のある場所に行く。そして妙な気配もきっと。オレの勘は当たる。
≪この森の石碑は、その時々により森の中を移動するそうだ≫
隊長の言葉を苦々しく思い出しつつ、銀は走り続けた。
*
俺達は2人を追った。
ここは一本道だ。走ればきっと追いつける。
銀はきっと単独で2人を探しているのだろう。短い付き合いだが、確信がある。
俺は少し余裕を持ったまま隊長の後を走った。ケモラーさん達が俺の後ろを守り、周りを警戒している。
そして隊長が立ち止まり、俺は絶望する。
道はそこで、行き止まりだった。そして地面には僅かな血痕が・・・。
*
黒蹴は、呆然と目の前を見つめる。
黒蹴の前方7mほど離れた場所には豹のような魔物が居た。
魔物の手には3本の、1mほどに伸びた刀の様な爪を両手に持っている。
熊のように2足歩行をした全長3mほどのその豹は、爪についた血をペロリと舐める。
その血の持ち主を、黒蹴は呆然と見る。その男は、黒蹴にグッタリと寄りかかり、動かない。
獣耳のついた頭と肩からは、大量の血が流れていた。
「どうしてこうなったんだっけ」
爪についた血を旨そうに舐っていた豹が、その言葉で黒蹴に目を向ける。
そして、ひとっ跳びで黒蹴の目の前に着地する。
目の前の人族は怯えているのか、まったく逃げようとしない。
いたぶりがいがあって美味しい遊び道具。この魔物は、人族に対してその程度の認識しかしていなかった。
見せつける様にゆっくりと右手を大きく振り上げ、怯える獲物の頭上にその爪を一気に振り下ろし・・・
食いこませたと思ったその瞬間、爪と獲物の間に飛び込んできた何者かによって、右手を押し返される。
そのまま流れるように2本の爪の根本部分に両手剣を滑り込ませ、グリップを捻って爪を折り飛ばす。魔物は一瞬呆然と爪を見やり、折った相手を認め、怒りの声を上げた。
それを成したのは、人族だった。
許せない!
目の前のこの男は、自分の一番大切な爪を、2本も! 折ったのだ!!
ただの人族の分際で!!!
許せるはずが無い!
豹のような魔物は、目の前で両手剣を構える銀髪の男・・・つまりは人族に、初めて殺意の籠った目を向けた。
殺意の籠った咆哮を受けて、銀はニヤリと笑う。
これで黒蹴達の事はアイツの頭から消えただろう。俺が憎いか? ならば付いてこい!
銀は心の中だけでつぶやき、動けない2人から離れた場所に走って行った。
豹のような魔物を伴ったまま。
*
シルフが戦闘音を聞きつける。銀か!
俺達は、2人が森を分け入った痕跡を探して道無き道を進んでいた。が、なぜかその痕跡が見つからず、捜索が難航していたのだ。
休憩を取った広場から西南に10分程度進んだ広場に2人はいた。
見つけた時、黒蹴は銃を握りしめたまま、呆然としつつピンキーの肩を抑えていた。
ピンキーの肩からは、おびただしい量の血。黒蹴は無意識のうちに必死にヒールを使っていたようだが、初級では効果が薄い。
隊長が、治療と2人の護衛をケモナーさんとポニーさんに命じる。周りに≪結界の聖水≫を撒いてから、隊長は銀を追った。俺は隊長の後を追う。
追いついた先には、また広場があった。広場の端には泉と石碑。美しく日光の射し込むその場所では、壮絶な光景が広がっていた。
二足歩行の豹型魔物が繰り出す両手の斬撃。その標的になっている銀は、目にもとまらぬ速さのそれを、全て両手剣でいなしていた。
魔物は銀に激高しているが、俺達に感づきそうになる。瞬間、銀が両手剣で砂を巻き上げ、怯んだ隙に左手の爪も2本折り飛ばした。
痛みに呻く魔物。銀は身長ほどもある両手剣を地面に付きたてて身を隠す。魔物が剣を弾き飛ばした時には、既に銀は居なかった。
*銀目線*
オレは魔物の懐に飛び込んでいた。そして腰の後ろに下げていた手甲を握りしめ、装備。手甲の先には筋肉弛緩薬を塗った刃を取り付けている。
よく研がれた刃で、力いっぱい魔物の腹を大きく×字に切り裂き、そのまま傷口に突きたてる。
オレに気付く魔物。遅い。刺さった手甲はそのまま魔物の腹に残し、バックステップで爪を避けつつ腰の横に下げた短剣を投げる、投げる、投げる。短剣は全て傷に刺さり・・・
こちらの短剣が尽きる瞬間、斜め後ろの死角から隊長が大きく剣を振りかぶりつつ跳ねあがり、魔物の首を落とした。
魔物の首が転がり、オレを睨む。そうさ、オレは囮だよ。
*
俺は目の前で行われた戦いに、目を奪われていた。何とか見えた。見えたけど!
そこで隊長さんが俺に言う。
「君にもこの実力になってもらうからな」
あんなん出来るかぁぁ!!
俺の絶叫が、森に響いた。
まあ響かないけどね!
仕留めた魔物はそのままにして、一旦俺達は2人の居る広場に戻った。
黒蹴は呆然と座り込んでいて、ピンキーはケモラーさんに膝枕されていた。起きていたら大喜びだっただろうに。
ピンキーの肩の傷は深く、爪が貫通していた。しかし王様のくれた装備の性能が良かった為、腕が取れるほどではなかった。中級のヒールですぐ治るだろう。
ケモラーさんはずっとピンキーの頭を撫でていた。慈悲深い光景。
よくみると獣耳を思う存分ワサワサしてるだけだったけど、見なかったことにしよう。ちょっと寝苦しそう。
隊長は、黒蹴に何があったかを聞き出している。
銀はポニーさんと一緒に、武器の回収と魔物の解体に行った。短剣30本もどこから出したんだろうアレ。
俺も手伝うと言ったら、2人の傍に居てやってくれと言われてしまった。
黒蹴の話は、こうだった。
*
隊長達の会話中、疲れていたため離れて座り込んでいた2人。
「疲れたねー」
「がんばりましたもんね」
そんな軽い会話をしていたその時、ピンキーの4つの耳が隊長の会話を拾う。
「え?撤退?」
「!?」
一瞬顔色の変わる黒蹴。しかしすぐ表情を戻し、ゆっくりと静かに席を立つ。
ピンキーは隊長の会話に集中していたが、小さく木の葉を踏みしめる音に気付き後を追った。
「トイレかい?」
後ろから声をかけられ驚く黒蹴。
1人では危ないからと、無理やり付いてきたピンキーを追い返せず、2人で森を進んだそうだ。
歩き慣れない森の為、ほとんど前進出来ないが、それでも3分ほど歩いた時、ピンキーが声をかける。
「少し離れすぎじゃ・・・。ん?何か危ない!」
ピンキーの声が鋭くなり、急に抱き着かれる。え?何!?混乱する黒蹴。そのまま何故か体が宙を舞う!
目線がグルグルと回され急に浮遊感が無くなり、地面に叩きつけられる!
顔を上げると、目の前には豹の様な魔物が居て。黒蹴の横には肩と頭から血を流してグッタリするピンキーがいた。
何が起こったか分からないまま銃を構え、何度か撃つが毛皮を焦がす事すら出来ず弾かれた。
そのまま魔物はゆっくりと爪の血を舐め・・・
飛びかかられたその瞬間、目の前に居たのは銀だった。
*
いつの間にか戻っていた銀が話に加わる。
「オレは勘を頼りに移動中、銃撃音を聞いたんだ。それで間に合った」
「そうですか・・・。ありがとう銀さん本当に。あの時僕は必死で。ピンキーさんを守らなきゃって。よかった、僕の武器が銃で。ごめんなさい。ごめんなさい!!!」
泣き崩れる黒蹴。隊長さんが声をかける。
「焦っても身を危険にさらすだけだ。仲間の命も、な。今日はそれが分かっただけで良しとしよう。誰も命を落とさなかった。
我が国の王も我らも元の世界に戻る手助けをする。そんなに気を張るな」
泣きながら頷く黒蹴。それを見ながら考える。俺、何の役にも立てなかったな・・・。
黒蹴の泣き声でピンキーが目を覚ました。
ピンキーによるとあの時、森の音に混じって一瞬荒い動物の息遣いが聞こえたそうだ。
そして地面を蹴るような音がしたためとっさに黒蹴をかばった所、あの爪で肩を貫かれ、そのまま広場まで運ばれたらしい。
頭の血は地面に落ちてすりむいた。
「せっかくのコートを破いちゃったね」
何でも無いように笑うピンキー。しかしその笑顔は弱々しい。何度も黒蹴が謝るのを見て、笑っていた。
この後、歩けるようになったピンキーと黒蹴も連れて、全員で石碑の広場に行った。
石碑のある泉に武器を突き立てると、泉の水に包まれて一瞬淡く光り、光が収まった。
これで≪登録≫完了?
お互い顔を見合わせるが、なにせ初めてなのでよく分からない。
とりあえず町に戻って、後日整理する事になった。本当に疲れた・・・!
魔物の死体はすっかり解体されていて、3個のでかい袋に詰められていた。
役に立たなかった分を取り戻そうと、俺は袋を1つ担いで森を出る。
石碑の広場と2人が魔物に落とされた広場は道が通じていたが、そこから他の広場に行く道は木々でふさがっていた為、荷物を運ぶのに時間がかかった。
あの魔物が広場を住処にしようと、道を木々でふさいでいたのかもしれない。
結局、森を出た頃には夕方だった。
*
町に戻ってスライムの核と薬草を提出する。
ギルドランクが上がった!俺達3人は≪ブロンズ・わかぎ≫に昇進した!
俺達が遭遇したデカい魔物は、普通はもっと町から離れた森に棲んでいる種類だそうだ。
毛皮が魔法に強く、素早い為なかなか傷も付けられない。
隊長さんが首を一刀で落とせたのは、銀が手甲の刃に塗っていた毒のおかげだと言っていた。
筋肉を弛緩させ動きを鈍らせ、毛皮さえ切れれば切断は容易。まあ骨はあるが、落とせなくても致命傷にはなっていた。
俺もこれくらい、強くなれるのかな。
今回の事件は城とギルド合同で調査するそうだ。まあ、ただのハグレ魔物だろう(と酒場に居た冒険者は言っていた)。
城に帰る頃にはすっかり日が落ちていた。王様がすごい勢いで出迎えてくれる。
いつもなら『フランクすぎるだろ!』とかツッコミをするんだけど、今日は疲れていてされるがままになった。
「無事で・・・生きて帰ってくれてうれしいぞぉぉ!」
王様は、めっちゃ泣いていた。抱き着きながら叫ぶもんだから耳が痛い。鼻水かかってない?
あ、ピンキーが倒れた。慌てる王様と城の兵士に運ばれていった。
「疲労と、回復魔法の反動だな!」
隊長が大笑いしながらそう言った。大丈夫? そんな軽くて王様に怒られない?
俺はその後風呂に浸かりつつ眠り、飯の途中に船を漕ぎ、着替えた記憶も曖昧なままベッドに入った。
森はけっこう騒がしいので、音がまぎれてしまうと聞いたことがあります。
次回メモ:休日!
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