氷とおっさん
~前回のあらすじ~
氷の世界樹で楽器屋のおっさん。
氷の大精霊は、顔を真っ赤にしてイーってしている。
楽器屋のおっさんはおっさんで、大きな野太い声を張り上げてアイに色々文句言っている。
「だから何でそう勝負を拒むんだ!」
「拒んでないの! アイはずっと合格だっていってるの!」
「一度も勝負してねえじゃねえか!」
どうやらおっさん、アイと勝負して勝とうと思っているらしい。
でももう合格だって言ってるんだから、そのまま「はいそうですか」って言っておけばいいのにな。
おっさんの言葉に、一瞬泣きそうな顔をしたアイは、
「アイがいいって言ったらいいなの!!!」
それだけ言うと、樹の幹を回り込んで走って行った。
「あーもー、またかよ氷の大精霊・・・」
ちょっと困ったような感じで頭をグシグシと引っ掻き回す楽器屋のおっさん。
そもそもなんでその辺の街の楽器屋のおっさんが、地上では「どこに存在してるか分からない」って言われてる氷の大精霊と喧嘩してるんだ?
「かなり親し気な様子でしたね。ここには古くから?」
「以前からのチョイとした知り合いでな。
お前さん達はそこの兄ーちゃん・・・ニルフ、だったっけか、の知り合いだったな。邪魔して悪かったな」
いつの間にかピンキーがおっさんから聞き出してた。
皆もその会話に聞き入っているし。ホントいつもいつの間にか話が進んでるよね!
その横で黒蹴がおっさんを指さして「あ! ニルフさんの行きつけの楽器店のおじさん! なんでここに?」って言ってた。
黒蹴も遅い。俺と一緒だ。
俺はおっさんにヒョイっと片手で挨拶する。
おっさんも俺に挨拶して、ハープに気づいた。
右手を出すおっさん。俺も右手を出す。おっさんは俺の手を取らずに、ハープを取った。そのままシゲシゲと状態を確かめ始める。
握手じゃないんかい!
「お! 色艶共によく使いこんでるな、兄ーちゃん! 大切にしてるのが伝わって来るぜ!」
『おうよ!』
〔ですわ!〕
「・・・あれ? 今ハープから女の声が・・・ギャーーー!!!」
おっさんは悲鳴を上げて後ろにひっくり返った! が、ハープは優しくしっかりと掴んだままだった。
さすがだおっさん! さすが楽器屋だ!
おっさんは若葉から話を聞きたがったが、先にアイとの関係を教えろと銀に言われ、渋々ハープを俺に帰してきた。
返す時に「うっうっ。伝説の・・・ハープに宿るという楽器の神の声を聴けるとは・・・生きててよかった」って泣いてたけど、これ神なんて良いもんじゃなくてただの若葉だからな?
「兄ーちゃん頼む、後でもう一度、もう一度だけ神の声を聴かせてくれ! あ、それとそこのアクセサリー、そのままだと楽器を傷つけるから付け直すぞ。
それと弦の調節と多少のメンテナンス。しばらく来てなかっただろ?」
『あ、はい。オネガイシマス』
さすが楽器屋だ。
その後のおっさんの話によると。
おっさんは元々から楽器屋を開いていたわけでは無く、冒険者として世界を股にかけていたらしい。
「本職は楽器作りだったんだが、材料集めに駆け回ってるうちにランク上がってたらしくてな」
『じゃあ1つの武器に全部の世界樹の石碑を≪登録≫したのもたまたま?』
「元々天海には来るつもりだった」
〔なぜですの?〕
「おぉぉ神様! 実は楽器作りの間では、天海に不思議な樹があるという伝説がありましてでして!
それを目当てに頑張りましたです! はい!」
キャラ変わってんぞ、おっさん。
若葉をまだ神様と間違えているっぽい。
〔あら、ではその目的を果たすために、氷の大精霊さまに勝負を吹っかけていたんですのね〕
「いえ、その目的は既に」
『え、じゃあこの間から居なかったのって、ここに来てたからじゃなくって楽器を仕上げてたからか?』
「いや、楽器自体は既に仕上がってるぞ。ほれ前に兄ーちゃんにやった笛だ」
『え、これ!?』
俺は道具袋から以前おっさんに貰った笛を取り出した。
以前紅葉さんが亡くなってから、急に俺達に会わなくなった若葉と話をするために色々やってた頃の。
あの、若葉の舞の神楽を吹いた笛。
ずっと大切に持ち歩いてたやつだ。
取り出した笛は曇り一つなく、日の光でキラリと光って、その存在をアピールする。
しかし全体は透き通っていて、光の反射が無ければまるで何もないと錯覚するほどに透明で・・・。
あ!?
バッと顔をあげておっさんの顔を見る。
おっさんは勝ち誇った顔でゆっくりと頷いた。
何か腹立つ。
じゃなくて!
「それ、氷の世界樹の枝で作った笛だ」
『〔「まじですか!?」〕』
若葉と、黒蹴と、俺の声がハモった。
*
楽器作りの材料集めに世界を回ってたおっさんは、今ピンキー達に色々話を聞かれていた。
なんか武器を振り回すさまは、世界で凄い話題になった事もあるらしい。
「南のギルドマスターに武器の使い方を教えたのは、俺なんだ」
「!」
銀とも盛り上がってるっぽい。
あれ? でもおっさん、武器なんて持ってたっけ?
おっさんの周りを見回すと、後ろの樹の幹にデカいノコギリが立てかけられていた。
まごう事なき大工道具。ミノとカナヅチもあるよ!!!
「ばっかやろう、これは武器じゃない!仕事道具だ!」
ちがったらしい。
あ、そこの小さめのオノか。
オノには石碑への≪登録≫で力を蓄えるための宝石が付いてない。
と思ったら、おっさんの腕には宝石が付いた腕輪が嵌っていた。
天海の技術で「宝石」を外してアクセとしてつけれるものだな。って事は、あの村長老に認められたって事か。
宝石の色は、虹色だった。
しばらくすると、銀とピンキーとおっさんが世界の難しい会話をしだした。
しょうがない、俺は話が分からない奴3人(黒蹴とユーカ)プラス若葉の4人で、さっき見た魔界の入り口について語り合うか。
若葉は向こうの会話でも大丈夫だろうけど、なんとなくこっち側だ。
決しておっさんと若葉を一緒にしたくないとかそういうのじゃなくって、なんとなくこっち側だ!!!
『黒蹴、ユーカ。さっきの魔界の入り口だけど』
〔あら? ユーカさんはどこでしょう?〕
ユーカが居ない。
トイレか?
「由佳ですか? 走ってったアイさんを追いかけて行きましたよ」
黒蹴が「あれ? 知らなかったの?」って顔しながら言った。
おっさんと喋ってたから気ヅカナカッタ。
『俺達も追いかける?』
〔いえ、ユーカさんに任せましょう〕
『そういうもん?』
〔ええ。女性同士、話しやすい事もあるでしょう〕
『そういうもんか』
「というかアイさんって、性別あるんですかね?」
黒蹴の一言から、精霊に性別があるのかって話で盛り上がってるうちにピンキー達が俺達の所に来ていた。
しまった。魔界の入り口の話、してねえ。
ピンキー達も交えて、魔界に行く方法を考えていたんだが。
それでもまだ2人とも戻ってこなかったので、帰ってくるまでおっさんとアイの馴れ初めを聞くことになった。
「俺が最初に天海に足を踏み入れたのは数十年前。その頃には楽器職人の腕よりも冒険者としての力量の方が評価されていてな。自分の楽器職人としての才能に自信を無くし始めてたんだ。
そんな時にようやく天海に行く方法を知ってな。
で、いい材料を探して天海を旅して出会ったのが(ry」
おっさんの恋バナとか正直興味が無かったのでまとめてみた。
初めて天海に登り、氷の世界樹に挑もうとしたら、なぜか氷の大精霊に一目ぼれされたらしい。
そのまま戦わずに≪登録≫させようとするので、おっさんも意地貼って≪登録≫してないそうだ。
そしたら向こうも意地貼って戦おうとしないので、ずっとこのままっぽい。
そして度々来ては「戦え!」「いやだ!」と言いつつ枝をもらって楽器を作ってるらしい。
え、じゃあ俺のもらった笛って。
「おう、ここの枝だ」
まじで!?
ってそれさっき聞いたわ!
あ、ユーカとアイが戻ってきた。
*
「やっと戻ってこれたわ・・・」
いつもの元気はすっかり無くなったユーカが、げっそりとしながら俺達に耳打ちした。
楽器屋のおっさんが登場してから、アイの機嫌がへそ曲がりにランナウェイしちゃったからだ。
〔どういう意味ですの〕
『俺にもよく分からん!』
ニュアンスってやつです。心で感じろ!
今、アイはそっぽを向いて高い枝の上に腕組みして座っている。
座ってる枝は透明で、スカートの中が丸見えになりそうだ。
しかし俺と黒蹴の目にはこの前と同じゴーグル状の雪がピッタリと張り付いている。
まだ見てないのに、ひどくない?
「今回は染みないようにしてあげたなの!」
あ、はい。ありがとうございます。
おっさんは戻ってきたアイに向かってまた叫んでいる。
「おい、早く勝負しようぜ氷の大精霊」
「だからしないなの!」
「辞めぇやおっさん! 嫌がってるやん!」
ホント辞めろおっさん。また走って逃げてったらどうしてくれる。
今でさえ、氷の大精霊がそっぽ向いてて話を聞いてくれないのに!
俺達も早く勝負して力を手に入れるか、あの湖の底にある入り口に行く方法知りたいんだけど!
ちなみにユーカ達が戻って来る前に、湖の底にある魔界への入り口に行く方法をピンキーに聞いてみたんだけど。
ピンキーもそこまで知らないっぽかった。
というか天海の村の村長老に聞いたのは、湖に入り口があるという事だけだったっぽい。
入り方は氷の大精霊に聞けと言われたらしい。
「まぁ、入口への入り方は聞いたんだけどね、アイに」
『マジでかピンキー、いつの間に』
「ニルフ達が船に乗ってた時だよ」
『あぁ、おっさんが来る前にか』
「そうそう」
ピンキーによると、アイは。
「アイの試験をクリアすれば、道は開けるなの!」
と言ったそうだ。
どっちにしろアイの機嫌直さなきゃダメじゃん!!!
次回メモ:風
いつも読んでいただき、ありがとうございます!!!
もうそろそろ3分の2あたり・・・?