SS ニルフの悲劇
~これはニルフ達が一度、地上に帰ってからの物語~
「お帰りなさいご主人様! あ、ついでにその他の皆」
天海から城に帰ったその日。食堂で再会した地上のメンバーに「おかえりなさい会」的な事をしてもらった時に、レモンちゃんに言われたセリフがこれだった。
夕日が沈む頃ピンキーがフラッと廊下から表に出て行ったなって思ったけど、城の中庭に帰ってきた行商用の馬車を出迎えに行ってたんだろう。
食堂のおばちゃん達が丹精込めて作ってくれた大量の料理を囲みながら、久々に皆と騒がしく過ごす。
ピンキー親衛隊の4人と、兵士の2人、そして魔物のハーピーとスライム。ベリーは机の下で専用のドックフードを嬉しそうに頬張っていて、たまにピンキーに尻尾を摺り寄せている。
そして俺の横には
「どうじゃ皆の者。妙な事や危ない事や、怪我などは無かったか?
魔族に襲われたり敵対されたりしなかったか!?」
「王、過保護過ぎます」
東の王と、大臣も一緒に飯を食っていた。
「ピンキー、それならこちらはいかがでしょう」
「うーん、これだとこっちの方が」
ピンキーの隣では王宮魔導士さんが難しい話を繰り広げていて、ピンキーを取られたレモンちゃんが不機嫌そうにジュースをブクブクと泡立たせていた。
ってか何で皆さん、城の業務ほったらかしてガッツリパーティに参加してるんですか?
『王様って食堂で飯食っていいんですか?』
「いいんじゃよ」
「いや駄目ですよ警備的に」
俺の問に笑顔で答えた王様は、隣に控えた不機嫌そうな顔の大臣に一蹴されてそのまま連れて帰られていった。
王が去ったために空いた椅子に、若葉をソッと置く。
騒がしい食堂内を見回すと、向こうではハーピーが銀にくっ付きすぎてポニーさんに怒られ、こっちでは議論をするピンキーにレモンちゃんがふくれっ面してライムさんにほっぺを突かれ、そっちではサイダーちゃんとケモラーさんと黒蹴とユーカが料理を楽しんでいた。
あ、キラ子ちゃんがピンキーを見ながらボゥッとしている。
ガヤガヤする食堂内を見てるとなんだか・・・心がじんわりと暖かくなった。
つい、口から言葉が漏れる。
『皆そろうって、久しぶりだなぁ』
〔そうですわね。・・・あら?〕
『どうした若葉』
〔いえ・・・。どなたかが足りない気がしたんですが〕
『え? いや、皆居るぞ?』
「ちょっとニルフ」
若葉と喋ってると、レモンちゃんとケモラーさんが、こっそりとこちらににじり寄ってきていた。
「天海でご主人様と別れて行動してた時期があるって聞いたんだけど」
「ピンキー側の話は既に聞きましたからねぇ。ニルフ達はどうだったんですかぁ?」
『えーっと、俺はー・・・。そうだ、手から魔法を出す練習してたら、変な水あめみたいなやつが出てさ』
〔初耳ですわ!?〕
話は直ぐに流れて行き、誰も俺達の話を気にする事は無かった。
俺達も勘違いだと思い、話を切り替える。
そして。
その、切り替えた話が、まさかあんな悲劇を起こすなんて、その時の俺は考えてすら居なかったんだ・・・(振り)
レ「水あめ? ちょっと実際に出してみてよ。ほら」
ニ『ふんぬっ』
黒「水あめっていうか、ハチミツみたいですね」
ニ『なめてみる? 黒蹴』
黒「男の指をしゃぶる趣味は無いです」
ニ『奇遇だな、俺も舐めさせる趣味は無い』
ユ「何アホなこと言うてるん」
若〔アホなんですよこの御二人〕
黒蹴とアホなことを言い合ってると、ユーカがベリーちゃんを連れてきた。
俺 (の手)を見るなり尻尾を振るベリーちゃん。
そのままユーカの腕からピョンと飛び出して机の上に飛び乗り、俺の手を一心不乱にぺろぺろしだした。
「・・・むしゃぶりついてますね」
「・・・そんなに旨いんか?」
「ペロペロペロペロきゃん! ペロペロペロペロ」
「ナンカ甘イッテ言ッテルゾ!」
急な声に振り向くと、真後ろにハーピーが居た。いつ来たんだ?
そのまま食いつくような目で、こっちを見つめてくる。
「ナア、ソノ手・・・」
食うような目で、俺の手を見てくる。
「食ッテモ良イカ!?」
『ダメダ!!!!』
あ、片言になっちゃった。
「ペロペロペロペロきゃんっわんっペロペロペロペロ」
「ペロペロ甘イナコレペロペロがりっ」
『痛い! ハーピー噛んでる! 血ぃ出てる! ちょっ、ベリーも舐めすぎ血がにじんでるってきっと!!!』
甘いって俺の血の味じゃねぇだろうな!?
かれこれ15分、ベリーとハーピーはそれぞれ右手と左手をベロンベロン舐め続けている。
最初は椅子に座って机の上に手を出していた俺だったが、ハーピーが来た時点で床に座らされて両手を前に差し出した状態にされていた。
土下座だな。ひいき目に見ても両手を前に出して土下座した大勢だな。
しかもハーピー、銀と話していた時の猛禽類系美女の姿じゃなくって、魔物の姿丸だしだ。
初めて出会ったとき以上にフクロウフォームに近い恰好で、俺の手首を嘴でガッシガシ突いて削ってる。
『痛い痛い痛い痛いいたああぁあいってぇ!』
「ふむ・・・」
一部始終を見ていたピンキー。
俺の悲鳴も気にせずに顎に手を当てて「ふむ」とか言ってる。
『ねえちょっと助けてピンキー』
ちなみに黒蹴兄妹は既に飽きてどっかいった。
そして若葉は大爆笑してる。
ピンキーはゆっくりと俺に近づくと。
俺を気にせずにハーピーに声を掛けだした。
「ちょっと聞きたいんだけどハーピー、それ食べた後なにか変化はあった?」
「変化、カ?」
ペロペロ舐めるのを中断して、俺の手を丸ごと口に入れたまましゃべるハーピー。
その姿は、既にただの猛禽類にしか見えない。
「アンマリ変化無イガ・・・ソイエバ体ノ疲レガ取レタ気ガスル」
ハーピーが口を動かすたびに、鋭利なくちばしの先っぽが手首に当たる。というか刺さってる。
また考え込んだピンキーにそのまま数十分放置され、両足の感覚が無くなった頃。
「あ、このままじゃ手の肉が削げるな」って呟いて、手を舐めている2人に開放するように言いってくれた。
遅い。
『やれやれ、やっと解放された』
「ハハハ、おつかれさま」
そのまま床に座り込んだ俺に、手を洗ってくるように促すピンキー。
『あー疲れた。部屋帰って寝よっと』
「え、まだ駄目だよニルフ」
また此処に戻って来てね? 恐怖を感じるくらい凄い良い笑顔で言ってきた。
『なんだろうな~ピンキー』
「なんだろうね~ニルフ」
首をかしげてピンキーに聞くと、同じように首をかしげて返された。
ちくしょう! 戻ってくりゃぁいいんだろ!
俺は手を綺麗に洗い、血のにじむ手の傷をそのままに洗面所を後にする。
さすがによだれと血でベトベトの手でハープを触りたくないからな。今は脇に挟んで持ってきてる。
廊下を一歩進むたびに彼のさっきの怖いほどの笑顔を思い出す。
『傷の手当てをしてくれるんだ、そうに決まってる』
声に出して、自分に言い聞かせながら、ドアノブに手をかけた。
〔ニルフさん、なんか震えてません?〕
『うっさい!!!』
助けろよ若葉!!!
部屋に戻った俺を待ち受けていたのは、彼の「その指から出るハチミツを俺も舐めたい」というお願いだった。
ここ数か月見なかったような真剣なまなざしで、彼はお願いしてきた。
俺は引きつる顔を自覚しつつ後ずさりしたが、ドアの前にはレモンちゃん達奴隷出身親衛隊メンバーの4人が回り込んでいて。
『ギャーーーーー!!!』
〔ニルフさんっ窓! 窓からっ!!!〕
「逃がすな追えぇーーーーー!!!」
「「「「ご主人 (様)の頼み(なのよ)ーー!!!」」」」
--*ピンキー*-------------
そのあと数時間、俺達は城の中を逃げ回るニルフを追いかけ続けた。
今、ホクホク顔の俺達の中央には、ぐったりと疲れた表情のニルフが腕を掴まれて歩いている。
ニルフを捕獲できたのは、騒ぎを聞きつけた王宮魔導士さんが合流した事が大きい。
一度食堂を後にして自身の研究部屋に戻っていた彼女は、俺の話を聞くとすぐに目を輝かせた。
ニルフは素早い。
普通に見つけるのは困難を極めると考えた王宮魔導士さんはありったけの魔法道具とその膨大な魔力を総動員させた。
そして、一度は見失うも、その卓越した洞察力で見つける事が出来たのだ。
見つけた時ちょうどニルフは、銀が放っていたハーピーに捕まり、手を千切れかけるくらいしゃぶられてる所だった。
傷を治しつつ丁寧に「お願い」すると、ニルフはやっと首を縦に振ってくれた。
顔が涙で濡れているのは、きっと怖かったからなんだろう。
俺は自身の中で一番優しい微笑みを浮かべた。
「もう安心だからね、ニルフ」
「ご主人様って、実験がからむと・・・なんでもない」
レモンが何かを言いかけて辞めた。何故か目を合わせてくれないけれど、行商後にあんなに運動させてしまったから、きっと疲れてるんだろうな。
俺は皆に礼を言って別れた後。
ニルフと王宮魔導士さんと共に、誰も居なくなった食堂では無く、研究部屋に向かった。
*
ニルフが指先からにじみ出させたハチミツのような物体を自分の手に取り、ペロリと舐める。
隣では王宮魔導士さんも同じ行動をしている。
「ふむ、これは・・・」
「なんと・・・」
2人は舐めとってすぐに自身の体に起こった反応に、驚愕する。
あれだけ走り回り、魔法も魔法道具も思いっきり使ってへとへとになった体。
それが一瞬で軽くなったのだ。
「一体どういうメカニズムで・・・」
「俺達も出せるのかな・・・?」
「保存は可能ですか?」
「傷自身に塗っても効果は・・・」
「まさか体力と魔力、両方が回復している・・・?」
俺達2人はニルフに詰め寄る。
ニルフは怯えたような表情を浮かべて後ずさるが、後ろの壁にぶつかって転がった。
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その後、冒険者たちの間である噂がささやかれる。
珍しい薬を売り歩く、闇を纏った謎の商人の話だ。
売られる薬は、かなりの高額。
しかしその姿は話す者によって異なっていた。
女の姿をしていたというものも居れば、背の高い男だったという者もいる。
それどころか子供だったという話や、さらには動物が売ってきたというものもあった。
そのため現実的な者達は眉唾物の話だと一蹴しているが。
だが、その話には共通点があった。
全ての商人が冒険者、しかもゴールドランクに近い実力を持つと言われている者の前にのみ現れる事。
現れるのは決まって夜、しかも夜目の利きづらい物陰や新月の夜だという事。
そんな不確かな存在である、彼らが売る珍しい薬。
それは・・・。
「万能薬、だそうっす」
「なんでも治して、しかも魔力も体力も回復する奇跡の薬だそうよ」
「塗るもよし、舐めるもよし、しかも味も甘くておいしいらしいです」
「でも2種類あるって事っす。確か1つは超高い超スゲェ効果のやつでー、後1つが・・・」
「はいはーい! 緑色の、少し回復効果の落ちるけど、たっぷり入ってるお安めの薬なんだってー!」
「それでもその辺に売ってる薬とは一線を画す効果だとか」
たまたま銀に付いていったギルドで、黒蹴の後輩を自称する冒険者3人組に再会した。
冒険者なのに兵士の装備を着こんだ剣士・ソルジャー君と、そばかすのかわいらしいショートカットの短剣使い・アンちゃん。そしてクールな魔法使い・コナユキ君だ。
てかここ南の国なんだけど。
確かこの3人、俺達が徒歩で東の国にある風の世界樹を突破して旅をした事を聞いてから、ギルドの用意した≪風の世界樹に向かう馬車≫を使わずに旅をすると言っていたんだった。
俺達が歩いて旅をしたのは世界がまだ魔族に脅かされていない、比較的安全な治安だったからで。
しかもギルドの運行する馬車とかが無かったからで仕方なしに歩いただけだったんだけど。
いつの間にか東の国を飛び出して、着実に実力をつけている様子の3人が少しまぶしい。
・・・ま、徒歩で行ったのは東の国だけだって黒蹴が教えてるとは思うし、今は3人も馬車移動だろうけども。
それにしても。
実は転移でショートカットしつつ世界樹を回っていたとか、絶対に言えないな!!!
「ただ高い方は少量しか入ってないらしいのよ。こーんな小さな貝殻に、ちょびっと!」
「何故か冒険者にしか売らないから、世界の貴族がこぞって冒険者を雇って探しているらしいよ」
「うぉおお、俺達も声かけられるくらい強くなるっす!!!」
3人は以前よりも断然逞しくなった姿で、依然と同じように仲良くおしゃべりし、同じように俺達を慕ってくれた。
黒蹴も、その3人の様子をどこか嬉しそうに見ていた。
ソルジャー君が「そういえば」と、俺達を見る。
「黒蹴さん達の前には現れなかったんっすか? その商人。黒蹴さんや仲間の人たちになら、現れそうっすけど」
「夜に会うんだったよね。・・・うーん、ニルフさんは会いましたか?」
『え?! あ、うん、会ってないなー』
〔・・・〕
少し考え事していて、反応が遅れた。
残念だ、商人も見る目がない、と目の前で悔しがってくれるソルジャー君を見つつ、俺はある事を思い出していた。
あの時の俺の手から出た黄色い水あめ・・・もとい軟膏? は、あの後も定期的に呼び出されては2人に回収されている。
王宮魔導士さんが開発した片手のすっぽり入るサイズの瓶を両手に装着して、両手から軟膏を出すと中で何かがモゾモゾと俺の手の表面に出た軟膏をこすり取っていくのだ。
時間的には短いもんなんだけど、にじみ出る軟膏をこすり取られるって何か嫌なんだよ。気持ち的に。
最近では銀のスライムの出す緑の軟膏 (回復効果有)も、2人に回収されてるそうだ。
でもまさか・・・な。
一瞬遠い世界に意識を飛ばした俺は、ソルジャー君たちの言葉で現実に引き戻される。
「あ、俺達今も世界中の属性世界樹、徒歩で回ってるんっすよ」
「先輩たちみたいに、強くなりたいもんね!!!」
「言い出したら聞かなくて・・・。でも、俺も、早く皆さんの背中に追いつきたいです。
皆さん、見ていてください」
そして3人は輝く笑顔で声を合わせた。
「「「皆さんと同じ道をたどって、強くなります!!!」」」
おい黒蹴! 伝えとけよ!
次回メモ:記憶
いつも読んでいただき、ありがとうございます!!!