何ならいいの?
「ぷくっ」
頭の上で変な音が響く。
見上げると、初代紅葉さんがほっぺたを膨らませて小刻みに震えていた。
「そ・・・げほん、それでは駄目なようですわね。
ほかに何かありませんの? 貴方にとって、重要な何かは」
『ならこれで!』
俺が次に取り出したのは・・・。
ハープ買った楽器屋のおっさんにもらった笛だった。
透明過ぎる為、触れてみてようやくソレと分かる。
「あらその笛は」
見た瞬間、初代紅葉さんの目が見開かれた。
この反応はいい感じかもしれない?
『そうです、これは神楽を吹いたヤツです。そう思い入れはありませんが、初代紅葉さんの舞った神楽を奏でた笛・・・これならきっと!』
ニルフは 笛を かかげもつ!
だが なにも おこらなかった!
『あるぇえええ!?』
「逆にどうしていけると思いましたの!?」
『マニアとかには凄い価値かなって』
「やめてくださいまし!?」
初代紅葉さんが真っ赤になって怒り出す。
こうして見ると表情コロコロ変わってかわいいな。
じゃなくて、若葉だ!
本命のシルフィハープもダメ、世間的に価値のありそうな神楽の笛もダメ、後はなんだ、あ。
『じゃあこのマフラー、だめか! じゃあピンキーから貰った猫手で! ウッソ、これもダメ!?』
「ふふ・・・ふふふふふふふふ」
初代紅葉さんが、耐え切れないように吹きだした。
「ぎゃーはははははっごふっげふ」
酸欠になるくらい笑い続ける初代紅葉さん。
案外笑い上戸なんだな。
彼女は心配になるほどせき込んだ後、呼吸を整えて すまし顔をした。まるで何事も無かったかのように。
でも、必死だったんだろうな。デコに脂汗が浮かんでるよ。
「・・・ふぅ。全く貴方は何をやっていますの?」
急に、冷たい表情をする初代紅葉さん。
その表情に、背筋がゾッとした。
考えてた内容がバレた!?
いや違う。まさか、もっと価値のある物をよこせって事、か?
これ以上に大切なモノ・・・俺の頭に浮かんだのは。
俺自身の肉体。
もしくは、仲間の。
あるいは、命・・・かもしれない。
『う・・・ごくっ』
その内容に気持ち悪くなり、顔の温度が下がる感触がする。
俺の蒼白になってるであろう顔面を見て、彼女は勝ち誇ったように笑みを浮かべた。
「ようやく、分かりましたか。
そうです。この世で一番大切なモノといえば、精霊の力を十分に注ぎ込んだ武器以外にはありませんわ?
しかも貴方の持つ武器は世界樹から生まれたモノ。今までのその茶番、唯一無二のその武器を捧げたくないのは見え見え・・・」
『え、そんな簡単な答えだったの?』
答えを聞いてすぐに。
俺は腰に下げていた木刀を、初代紅葉さんの持つ大鎌に差し出した。
大鎌の宝石が大きくきらめき、大きく膨れて一瞬で木刀を飲み込む。
空になった手。それを見てたら、思わず笑みが零れた。
あー、ホッとした。
これで、若葉が帰ってくる。
ふと目の前を見ると、初代紅葉さんが何故かあっけにとられた顔をしていた。
「な・・・!」
〔何をしているんですのニルフさん!!!〕
若葉の体に宿る初代紅葉の叫びを遮ったのは、もう一つの若葉の声。
それは大鎌から聞こえていて・・・。
『若葉!』
しかしその声はすぐに途切れてしまう。
初代紅葉さんが宝石部分をガシリと掴んでいる。
その行動の意味が分からなくて、俺は混乱した。
『なんで若葉をまた閉じ込めるんだ!?』
「・・・」
しかし、彼女は無言だった。
怖い顔で俺を睨みつけ。そして・・・。
そして初代紅葉は鎌から宝石を取り、その刃を利用して。
石を 2つに割った。
『なんで!!!?』
にっこりと笑った初代紅葉。つかみかかろうとしたが俺を軽くいなされ、踏みつけられた。
腹から地面に倒れる俺。その目の前に、白い両手がズイと差し出した。
手の中には、真っ二つになった石が1つずつ。
痛々しく割れてはいるが、
中の光は、まだ失われていない。
耳元に、生暖かい吐息が ふぁっと触れる。
「ひとつ、選ばせてあげましょう。
2つに割れたこの宝石、どちらか一方に、若葉の意識が入っていますの。
見事 若葉の石を選ぶことが出来たならば、あなたに返してさしあげますわ」
聞こえてきたのは、思いのほか、優しい声色。
そんな事言われたって、急には決めらんねえよ!!!
「悩んでもいいですけど、時間が経てば経つほど若葉の意識は零れ落ちていきますわよ?」
手の中の石からは、両方の断面から虹色の光が少しずつ漏れ出ている。
地に落ちる虹の光が血のように見えて、俺は、さらに焦りつつも。
覚悟を決めて、右側の手を指さした。
『・・決めました。こっちが若b』
言い切る前に彼女は。
指さした方の手に乗った石をひょいと口に運んだ。
パクリと閉じた口。
その中からはガリガリと奇妙な音が響き。そして。
ゴクリ。
喉元が、上下した。
「ふう。ごちそうさま」
あっけにとられて、見ていただけだった。
奇妙な音が音が、若葉かもしれない石がかみ砕かれる音だとも、気づく事が出来ずに。
呑み込まれた瞬間にやっと、全てを理解して。
俺の目の前が真っ赤に染まった。
『おい・・・何て事を!』
無意識に叫び掴みかかろうとした、その瞬間。
彼女は、残った方の石を俺に投げた。
「ふふふ?
さあ、早くこの石を何とかしなければ、宿った力がすべて消えてしまいますわよ?」
胸元にふわりと投げられた石。それを咄嗟に受け止めてすぐに初代紅葉に意識を戻すも、すでに、彼女は居なかった。
どこへ消えた! あの女!!!
何もない地平線に向かって叫ぶも、日が沈みつつある空はただただ赤いだけで。
同じように赤い髪は、どこにも見つける事が出来なかった。
その後。
押さえても布で縛っても零れ落ちる虹色の光と、それに伴ってどんどん光が弱くなっていく石に。
息が、止まるかと思った。
俺はどうする事も出来ずに、丘の上から一気に下に飛び降りた。
下には、ピンキーが居た。
あまりに遅い俺を心配して様子を見に来たらしい彼と、丘の下で合流した俺は、全てを話し、光の零れ続ける石を見せた。
情けないけど、俺じゃあどうすれば若葉を助けられるか、分からなかったんだ。
そして、ピンキーの咄嗟の判断により、ハープの透明なジェルっぽい部分に埋め込んでみると、光が零れる速度が遅くなって。
光の放出が緩慢になった石を、村長老に持っていくと、すぐに処置を施してくれた。
*
「これで、どうにかなったのかは分かりませぬが。
このような事を頼まれたのは初めてですがの。天海に伝わる技術が役に立って良かったですじゃ」
ハープを持つのは、汗だくの村長老だ。
村長老が施した処置は、一見簡単なものだった。
宝石の断面に金属の板のようなものを取り付け、またハープのジェル部分に宝石全体を埋め込んだだけ。
今、ハープの世界樹の枝部分には、半分に割れた虹色の宝石がくっついている。
なんでか分からないけど金属部分が、枝に触れるや否や融合したっぽい。
息を吹き返したようにキラリと強く輝く虹色の宝石。
これが本当に若葉の意識の宿ったものなのかは、まだ分からないけれど。
俺はようやく、ホッと息を吐いた。
やっとまともに息が出来た気がする。
「村長老、その『天海に伝わる技術』というモノを是非詳しく教えて頂きたいんですが」
「ピンキー殿も物好きじゃのう。しかしこれは天海の技術。秘密を知らぬ者に簡単に教える訳には」
「天海の方全員が同じような石の付いたアクセサリーを身に着けていますよね?
おそらくそれは俺達の武器に付いているものと同じ物だと思われます。
そして先ほどのハープへの細工。それを突き詰めて考えると、あれは・・・」
「おぬしどこまで知っておる!?」
「あら地上の旅人の皆さん、今日はクッキーありますよ?」
後ろではそんな俺の思いとかお構いなしに、ピンキーがなんかの技術を巡って村長老に弟子入り志願していた。
そして村長老のお孫さんに見つかって、クッキーをたっぷりごちそうになった。
なんだろう、なんか腑に落ちないけど、もう眠いしいいや。
*
----*初代紅葉*-----------
ニルフが居なくなったのを確認して、ようやく初代紅葉はホッと息を出す。
懐からメリケンサックを取り出した彼女は村とは逆の方角に歩を進めながら、小さく口を動かした。
「これでいいのかしら? わたくしの大切な紅葉」
〔はい。願いを聞き届けていただき、誠にありがとうございます〕
偶々すれ違った村の男が、不審げに初代紅葉を見る。
彼女の声は、皆に聞こえている。
だが、彼女に返事をする声は、誰にも聞こえない。
しかし彼女には関係ない。構わず、心の中の彼女と聞こえない会話を続ける。
「今回だけ、特別よ? だって、ほかでもないあなたの願いなんですもの」
〔初代様・・・〕
「それに」
感動したような紅葉の声に、初代紅葉はいたずらっ子のように笑った。
「ずっと2人の様子を見ていたんですもの! もっと見ていたいって思っちゃうじゃない?」
〔初代様!?〕
握りこぶしを作ってガッツポーズを取った初代紅葉の茶目っ気あふれる意外な言葉に、紅葉の声が裏返る。
彼女を驚かせられたことに満足したのか、初代紅葉は嬉しそうにメリケンサックをなでた。
目を閉じると、いつでも彼女の姿が瞼の裏に現れる。
今の体と同じように乗っ取った、前巫女の紅葉の体。
その魂は初代紅葉の中にしっかりと刻まれていて、それまでの歴代の≪紅葉≫達と共に、彼女の内側で微笑んでいた。
会いたい時には、いつでも会える。
頼みがあれば、可能な限り答え続ける。
体を受け取った、お礼として・・・。
初代紅葉と、歴代紅葉の関係は、そういうものなのだ。
彼女の心の中で、2人は顔を見合わる。そして、ずっと一緒に居た同志のような、親友のようなお互いの存在を確かめる。
そして・・・急に噴き出すと、一緒に「ふふー!」っと笑った。
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誰も居なくなった丘の上にそびえたつ、大きな木。
その根元には真っ赤な血と、真っ二つに切れた縄が落ちていた。
突風に吹かれて飛び去るその縄の断面には。
鋭利なもので切り裂かれたような、跡が付いていた。
次回メモ:石
いつも読んでいただき、ありがとうございます!!!