彼女の正体は
「・・・」
『・・・』
「逃げないでくださいまし」
ひぃ、バレた。
般若みたいな顔したと思ったら村の方みたから、こっそり逃げようとしたらバレた。
音出してないのに!
ちなみに崖はジャンプして飛び降りようと思ってました。危ないね!
彼女は俺にズンズンと近づいて、笑顔なんて見る影もなく色々と歪んだ顔を俺に向ける。
「どこで」
『へ?!』
「どこで聞きましたの、その事を!!!」
『・・・!!!?』
超怖い!!! 逃げたい!!! 笑顔見たいとか思わなきゃよかった!!!
俺の思いも裏腹に、彼女は怖い顔のままウロウロと俺の周りを回り始める。
そのままブツブツと呟き続ける。
それをシルフが拾ってくる。怖いよ要らないそんな言葉!
「ドコカラモレタマワリハシンカンデカタメテタハズマサカマホウカイヤソンナマホウハカンソクサレテハイナカッタマサカモクゲキシャイヤマツリニデタノハイチドキリ」
ほらぁ、呪詛みたいじゃぁん!!!
声を出さずに叫ぶ俺に、彼女がカッと目を向ける。
「まさか・・・そうか、お前は!!!」
ピカッと目が光った気がした。
「あの時の祭りに居た、神楽弾きの1人だな!!!」
『わーい覚えててもらえたー』
じゃ、ねーだろ俺!!!
で、でも逆にこれはチャンスかもしれない!
今までろくに関わりも持てなかった若葉から、全部聞き出すチャンスかも!
必死で頭を回転させろ俺!!!
ピンキーはこういう時、何て言っていた?!
『ま、待ってくれ若葉! 落ち着いてはなs』
「どこでその名前を知ったぁあああ!」
逆効果です俺!
アカン、普段にっこり笑ってハープしか弾いてなかったから!
ピンキーの言葉とか覚えてないよ!
「お前、1人なんですの? わたくしとその名を繋げる者は他にいるんですの? あぁ、聞くことが沢山ありますわ。逃げられないようにしなければ。
そうですわ・・・」
彼女は両手を背中に回す。
次にこちらに両手が見えた時には、その両手には。
黄金色の、メリケンサックが嵌っていた。
『大鎌じゃないんかーーーーーーーーーーい!!!』
「そこまで・・・!?」
あ、ついツッコんじゃった!
けど瞬間、放たれていた右の拳が。
俺の腹に食い込む直前に、ピタリと止まった。
『グボッヒャッ』
と思ったら振り抜かれた。
口から血が飛び散り、若葉の右肩と背中にベチャっとかかる。
ゆっくりと若葉が俺から拳を引き抜いた。
同時に左手で肩をトンッと押されて。
俺は真後ろに、ゆぅっくりと倒れ込んだ。
足元に立つ若葉の右半身には、俺の血が流れている。
倒れるときにも、血を吐いてたんだな。
靄のかかり始めた頭で、ぼんやりと考える。
喉に溜まる血が苦しい。
横を向いてゴホッとせき込むと、顔の横に若葉の足があった。
・・・蹴られる?
大きく、右足が後ろに反れていく。
・・・蹴られるな、これ。
そして勢いよく右足が俺の顔面めがけて戻って来る。
当たる・・・!!!
事は無かった。
目を開けると、顔ギリギリで止まってる足。
ソロリと若葉を見上げると、何故か困惑したような顔で、また宙を見つめていた。
『う、ぐ』
「・・・」
取りあえず今のうちにハープで回復を図らないと。
いや、先に逃亡か?
呻きつつ魔力を体に行きわたらせて、一気に走ろうとしたら。
ギロリと、目線が俺に落とされた。
『・・・』
「・・・」
睨む若葉。怯える俺。
しばらくそのままだったが。
突然、ふぅっと若葉が息を吐いた。
「気が変わりましたわ。
貴方を試す事にします」
『?』
突然の妥協案が示された。
*
城の大広間ほどの大きさの丘の上で。
俺は木に縛り付けられていた。
口から血を流しながら。
そんな俺の目の前には、赤い髪をして、右半身を赤く染め上げた若葉が座っている。
髪はいつ赤く染めたのか分からないが、服が赤いのは俺の血を被ったからだ。
さっき殴られて吐いた血が若葉にベチャった。
彼女は俺をじっくりと観察している。
俺もその間に考える時間が出来た事で、ある事に気が付いた。
先ほど若葉が取り出した、メリケンサック。
あれは確か、祭り中に殺された若葉の姉巫女・紅葉さんが使っていたものだ。
それに先ほど話していた時に言っていた「ふふー!」という笑い方。
あれも紅葉さんが良く言っていた、口癖みたいなものだったはず。
つまり、紅葉さんが亡くなってから若葉を見かけるたびに抱いていた違和感。
その正体は。
『若葉、≪紅葉さんになろう≫としてるんじゃないか?』
彼女の眉が、ピクリと動いた。
「なぜ、そう思うんですの?」
『あの時。紅葉さんが亡くなった時、一番近くにいたお前は、紅葉さんが殺されるのを一番近くで見てた。
それなのに止められなかったって、あの時ずっと泣いてた。
周りも、偉大な巫女を失って悲しんでいた。
だから、お前は髪を染めて、紅葉さんになろうとしたんだ。行動も口癖も完全に真似して、自分が紅葉さんになる事で、紅葉さんを蘇らせようとしたんだ』
さっき話した時に俺の言った『紅葉さん』って言葉は、外れちゃ居なかったって事だ。
俺の話を聞いている彼女の顔は、先ほどまでの恐ろしい表情をしていなかった。
難しい顔をしているが、普段の若葉と同じ顔に、俺は少しホッとする。
ずっと無言の彼女に、畳みかけるように言い募った。
『なあ、お前が紅葉さんにならなくてもいいんじゃないか? 紅葉さんが亡くなったのはお前のせいじゃないんだから!』
『もし、さ。お前が納得できないって言うんだったら。周りが皆「紅葉になれ」っていうんだったら、皆の前ではそれでいい。でもさ!』
『俺の前では無理しなくていいから。若葉が若葉で居られるように、俺はずっと≪若葉≫って呼ぶから!』
『だからお願いだ、ただの≪若葉≫として、もう一回、皆と一緒に旅に出かけよう!』
俺の渾身の叫びを静かに聞いていた彼女は・・・いつの間にか俯いていた。
細い肩が小刻みに揺れる。
そして。
「ふ・・・ふふふふ。ふふー!! ふっふっふ!!
ぜ・・・ぜーんぜんっ違いますわ!!! ふふふー!」
大笑いした。
散々笑って目に涙を貯めた若葉。
それを手で拭うと、息を整えて俺を見る。
馬鹿にしたような目で。
「あのですね、何にも知らないようですので教えて差し上げますが」
彼女は軽い口調でしゃべり始める。べらべらと。
「この体が誰のモノだとしても、わたくしには関係ないんですのよ?」
重大な秘密を事もなげに喋っているが、気にする様子もない。
「なぜなら、この体に宿る魂は」
彼女は、スッと息を吸うと。
「紅葉が死ぬと共に、儀式により取り除かれるのですから」
あっけなく言い切った。
俺はあっけにとられて彼女を見つめる。
彼女はそんな俺を見て笑う。
顔は確かに彼女のモノなのに。
表情はまるで他人の様だった。
「様、では無くて、他人、なんですのよ?
わたくしは、紅葉。
この名は代々継がれるものですが、継がれるのは名前だけではありませんのよ?
この意味、分かりますか?
・・・さて、ここまで話したからには、覚悟は出来ていますわよね?」
若葉・・・では無く、紅葉が背中に手をまわす。
なんだ、メリケンサックを外すのか? このまま介抱して解放してくれる?
そんな思いも裏腹に。
彼女が戻した手には。
その両手には、真っ黒な大鎌が握られていた。
『それ・・・は』
見知ったものに、喉の奥から、かすれた声が出る。
「若葉を知るなら、当然これも知っていますわよね?」
刃物を構え、彼女は心底、楽し気に笑った。
そしてそれを俺の頭上から。
一気に振り下ろした。
切られる。
無意識のうちに両手を頭の上でクロスさせていた。
鎌が、前腕の中央を切り裂く。
真っ赤な血が噴き出した。
それが大鎌に嵌った、虹色の宝石に触れた時。
〔ふぁ・・・。うるさいですわよニルフさん。眠れないんですの〕
懐かしい口調が聞こえた。
一瞬の淡い光と共に。
次回メモ:声
いつも読んでいただき、ありがとうございます!!!