天海~女神と~
んぐぁ。なんか寒い。
手足が凍るんじゃないかってくらい寒い。
と、思ったら温かい何かが胴を覆った。
あぁ温かい。また眠気に引き込まれ・・・スゥ・・・
ブゥゥウウエック
ショオォオオイ!!!
『うわぁああああ! 何この爆音!?』
ビックリして飛び起きる!
慌てて周りを見回すとそこは・・・月明かりに照らされた祠だった。
周りには、思い思いの方向に転がって気持ちよさそうに眠る皆。そんな中。
銀だけ起きていた。
俺を見て、フッと笑い、布の切れ端を俺に投げる。
一寸違わず手元に届いた布。
え、これ何するやつ?
「顔拭くか?」
言われて顔に手を当てる。
ぬめっとした粘液でネチョネッチョのグッショグショだ。
そこでやっと気づいた。
さっきの爆音・・・俺のクシャミか。
顔を布切れで拭いている間、ずっと銀は静かに笑っていた。そんなにツボに入ったか?
俺もつい、釣られて笑う。
「なぜ笑う?」
『ん? だってさ』
銀が笑うの、久しぶりだからさ。
石版で夢を見てから、ずっとおかしかった様子が、すっかりいつも通りに戻っていた。
表情も、丸くなった?
俺はちょっとだけ勇気を出して、銀に話しかけてみる。
『さんきゅー銀。なあなぁ、なんか・・・見た?』
「オマエも見たか?」
ニヤリとする銀。よかった、やっぱりいつもの銀だ。
聞くと、銀も女神の現れた夢を見たという。俺と一緒だ。
ー*????*ーーーーーーーーーーーーーー
「どの質問にするか決まりましたか?」
「難しいですね。では・・・」
黒目黒髪の優しげな雰囲気の男と女性はフンワリと笑う。
男はいかにも普通な恰好をしていたが、女性はまるで少女アニメに出てくる王女様のような煌びやかな恰好をしていた。
彼らはそのまま、お互いに質問ではない、普通の会話を重ねていく。
・・・が、その内容はまるで政治家同士の腹の探り合いの様に込み入ったものだった。
「ずいぶん、私をいじめますね?」
「あなたが、質問は1つだけだなんて意地悪をするからですよ」
2人はクスクスと笑いあう。
*
数刻後。
「あなたの言う説、とても興味深いです」
「確かめる術はまだ見つかっていませんがね」
知りたかった全てを知れたわけではないのだろう。男の顔は少し曇ってはいたが、それでもいくつかの収穫はあったようで、サッパリとした笑みを女神に向ける。
女神は微笑み返すが、フッと表情を曇らせた。
「・・・私は元々この世界を管理し、見守っていました。今はまだこれ以上の事は言えませんが いつか、あなたにこの世界の未来を教えてあげましょう」
「楽しみにしています。取りあえずは魔族の人々の姿を見て、考察を深めてみますよ」
「ふふっ楽しそうですね」
「こういうのを考えるのが、好きなんですよ」
2人は一通り笑った後、帰りの挨拶をする。
まるで友人同士かのように、気軽に。
「ではお暇します」
「寂しくなりますね。出口はあちらです」
「あ、そうだ」
後ろを向いた青年が、ふと、今思い出したようにつぶやいた。
「王族の話を振った時、逸らしましたよね、話も、目も」
女性の顔が少しこわばり、ゆるく左右に首を振った。
そしてスッと目を閉じる。何かを見るように。
「・・・心配する事は無いでしょう」
「そうですか。・・・すっかり、話し込んでしまいましたね」
「こちらこそ巻き込んでしまい、すみません。そういえば王族から求婚されたそうじゃないですか。確か西の・・・」
「そこまで見てるんですか!?」
素っ頓狂な声を上げた青年は、少し顔を赤らめたまま女神に標された光に向かって歩いていく。
「召喚者を、彼女は既に知っている・・・か」
後は、例の王族の事も。
考え込んだその口から、声にならない言葉がぽろりとこぼれた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
月明かりの中。
俺と銀はリラックスしつつも、野営と同じように周りを警戒する。
また寝ちゃわないように、銀と一緒に、皆を起こさない程度の小さな声で話しながら。
「ニルフはどうだった」
『なんかめっちゃ酔った。まだグラングランしてる』
「大丈夫か?」
『お、水。さんきゅー』
ー*勇者君*ーーーーーーーーーーーーー
「この天海での旅で、貴方は、自分の生きるべき正しき道を見つけたはずです」
その部屋での女神は、貴族のように煌びやかな姿をしていた。
彼女は、勇者君を心配そうに見つめる。
「あなたには、別の生きる道もあります。
しかしこのまま旅を続ければ、貴方の大切な者と、きっと戦うことになります。それでも、いいのですか?」
瞳を揺らす女神に向かって、勇者君は言った。
「この記憶を持つボク自身の進む道が、誰かによって歪められたモノだというのは、既にボクは分かっています。
しかし。
彼がボクと一緒に居てくれたのが、魔王の為だったとしても。
記憶の中の勇者に憧れる様、すべてが仕組まれていた事だとしても。
ボクが勇者に憧れて、勇者であろうとした事は、偽りじゃない。
この世界にボクしか勇者がいないのなら、ボクが真の勇者になる!
・・・ボクはそう決めたんだ・・・」
その言葉を聞いた女神は、悲し気に微笑んだ。
ーーーーーーーーーーーーーー
「んぐぁ~」
「ふあぁ~、あ、黒蹴も起きたね」
『おはよー。ってかまだ夜だけど』
「おほよーございますん・・・グゥ」
続々と起き出す皆。祠の外では銀とピンキー暖かい飲み物を作ってる。
起きた黒蹴には、女神がどんな姿だったか聞かれた。
飲み物をすすりながら、俺達は我先にと女神の姿を話していったが・・・なんと皆、違う姿を答えていた。
『っていうか猫ってなんだよ猫って』
「だから本当に居たんですって! 猫。二足歩行の服着た猫!」
「まぁまぁ2人共それくらいにして。一度村に戻るよ!」
会話の内容を全て書き留めていたピンキーに促されて、一度村に戻ってから詳しく内容をまとめようっていう事になり。
荷物をまとめて祠から出ようとして・・・ユーカが寝てる事に気づいた。
まだ寝てたんか!!!
ー*由佳*ーーーーーーーーーーーーー
「ん、ありがとう女神さん」
「いえ、このような事しか叶えられず、申し訳ないです」
萎れた花のように頭を下げる女神をぼんやりと見ていた由佳は、女神とは対照的にすっきりとした表情をしている。
「それにしても・・・」
女神が由佳に尋ねる。
とても、不思議そうな顔をしながら。
「そのような質問で、よかったんですか?」
「うん、大丈夫。・・・ほんまはもっと皆の役に立つ質問しようと思っててんけど、ピンキーさんがな。
『由佳が本当に聞きたい事を、聞けばいいよ』って言ってくれて、な。
それでな、正直に聞きたい事、聞けてん」
最後の方になるにつれて小さな声になっていったが、女神は口を挟まず静かにすべてを聞いていた。
目元をグシグシとこする由佳を見る女神の目は全てを見透かすようでいて、とても優しい。
「皆、起きたようですよ」
「んじゃうちも行くわ」
ほっぺを両手でパンっと叩いて、由佳はいつもの強気な眼差しに戻った。
由佳は目の前の女性を見つめる。
その女性は薄緑の髪を背中に流し、白い薄衣の服を着ていた。
昔よく読んだ、絵本に出てくるお姫様と同じ格好だ。
そしてその顔は、
「何回見ても、うちのねーちゃんに似てるわぁ」
「そうですか? しかしこの姿は見る者によって」
「変わるんやろ? さっき聞いたし」
クスクス笑う女神を一瞬懐かしそうな顔で見ていたが。
由佳は踵を返して、現実に戻る。
「・・・女神様って、ほんまにめんどい事言うなぁ。勝手にさらっといて、『家にはまだ返せません』とか」
「すみません・・・。進行する魔族を押さえるのに力を・・・」
「それもさっき聞いたって。いや、話振ったうちも悪いけど。
・・・うん、じゃあちょっといってくるわ」
その言葉に顔を上げた女神に、由佳が振り返る。そして。
「とびっきりの結果持って来きたるから、安心して待っとき!」
とびっきりの笑顔で、胸を叩いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そして彼らは村に戻る。
それぞれの胸に、女神の言葉を秘めたまま。
天高く昇った青い月だけが、彼らを見つめていた。
*
「ふう、厄介な敵が居なくて安心でしたわ」
真夜中。
ニルフらが去った祠に、フード付きのコートを着た1人の女性が訪れた。
従者も、道案内の村人も連れていないその女性は、軽い足取りで祠に入る。
傾いた月は既に祠を照らしておらず。内部は中々に暗かったが。
初めて入るには躊躇するはずのそこを、彼女は手慣れた様子で歩を進める。
祠に入る寸前、強い風が彼女のコートをはためかせる。
ばさり。
取れたフードからは緑の長い髪がはためき。
月明かりに照らされた横顔は、・・・。
数刻後、祠から出てきた女性はコートを脱いでいた。
代わりに、流れるようなゆったりとした白い服を風にはためかせ、その赤い髪をバサリとかき上げて。
数秒ほど何かを考えた後に。
彼女は向かう。
小さな光がいくつも灯る、その場所に。
次回メモ:SS
いつも読んでいただき、ありがとうございます!!!