海の入り口へ 戦い
突然空から大量のスライムが降ってきた。
・・・赤い!???
「魔物だ! これは緑の・・・森スライムが降って来たぞー!」
前方を進んでいた船からそう聞こえてきた。
改めて見直すと、緑のツブツブが前方の海に降り注いでいる。
なんだ、森スライムか。一瞬赤く見えたのは気のせいか。
周りを見回すと、今はまだ隊のどの船にもスライムは落ちていなかった。
どうやら森スライム、一定の領域にのみ降り注いでいるようで、そこを避ければ被害はない。
「だが、その一定の領域が魔族の出現するポイントと重なってるんだよな・・・」
うちの船の、海兵の隊長がブツブツと呟いている。
作戦や考えが全部口から洩れてるけど、大丈夫か東の国所属海兵。
「全隊前進グズグズするな! スライム目当てに海の魔物が集まってくるぞ!」
近くの船から、隊の長を務める西の船からの伝言が叫ばれる。
(今回は海だから西の船の1つが隊の長を務めてるらしい)
同時に、西の船がスライムの中に突き進んでいった。
どうやら船の上部に取り付けた布を屋根のように広げて進むつもりのようだ。
あれだと風魔法がないと帆に十分な風を受けられないんじゃない?
と思ったら、水の初期魔法で水を操って普通に進んでいた。
そっか。西の国は水の世界樹があるから、風を使う人は武器を持ちなおさないといけない。
それなら水を操って進めばいいって事か。
『人力ならぬ、魔力?』
「地上だとスライムを食料にしようとする魔物は滅多にいないが・・・。
海で、しかも塩水で死んだスライムとなるとどうなるか分からない、か。考えたな、西の海兵」
急に横から声が聞こえてびっくり。
いつの間にか船長が俺達の真隣に来ていた。
西の船を凝視したままブツブツブツブツブツブツ言ってて、ちょっと怖い。
と、急にキリッとした顔になった船長が船員を振り返り、大声を張り上げた!
「よし、皆風の中級魔法の準備だ!この隊すべてを覆うように、東の船すべてで力を合わせろ!」
船長のこの一声で、船の空気がガラリと変わった。が、船長の独り言に聞き耳を立てていた俺は耳を押さえて吹っ飛んだ。
船が一気に慌ただしくなる。
号令を聞いた船員たちは素早くそれぞれの武器を持ち、風の中級魔法を一斉に唱える。
魔力量の多い者は、風の障壁を。
魔力量の少ない者は、船の推進を。
そして船に乗り込んでいた西の兵士は布の屋根を張り、自身の水魔法で船の推進の補助を行っている。
スライムが降り注ぐ事により海流に乱れが出ているようだったが、それもすぐに水の魔法で整えられる。
時折現れる海の魔物も、火の魔法ですぐに遠ざけられていった。
船長がブツブツっと何かを呟くと、それを察した皆がすぐに対応していた。
「海の状況はあっという間に変わっていきます。この海兵船長はそれを読むのが誰よりもうまい。
海風のように変わる海兵船長の考えに合わせるのが、この国の海兵として一番大切なことなんですよ」
さっきあの小柄なモヒカン兵士さんが通りかかった時に、笑いながらそう言っていたのを思い出す。
結局あの人、「自分は一端の海兵ですから」って言って、あざ名教えてくれなかったな。
俺は勝手にイッペイって呼んでるけどな!
俺はいつも通り、ハープを弾く事にした。
こっそり補助魔法を乗せるためだ。一応皆には「戦闘での緊張をうまくほぐすのに長けた吟遊詩人を雇った」ってことにしてるらしい。
ただこれって・・・普通に考えたら戦いを手伝いもせずに遊んでる人になるんじゃないか?
案の定、皆から向けられた「戦闘中に何弾いてんだ」って視線に冷や汗を垂らしつつ、俺はハープを弾きつづけた。
船が進むにつれ、降り注ぐスライムの量が多くなってきた。
初めは小雨の様だったスライムが、今では豪雨レベルだ。
空から雨のように降り注いでは、隊全体を覆うように張られた風の障壁にはじかれて海に落ち、塩気で死んで沈んでいく緑のスライム達。
風の障壁は広い範囲を覆っているため多少すり抜けるスライムは居るが、それらも船に貼った布で弾かれ、海に落ちていった。
なんだこの地獄絵図。銀のスライムには見せられないな。
南の船からは強力な炎魔法が放たれ、障壁や布の屋根に当たるスライムの量を少しでも弾こうとしてくれている。
こちらもずっと障壁の風魔法を張り続けている。いくらメイン武器が風魔法の者が多い国柄とはいえ、やはり魔力に限界が訪れてくるな。
って事で、ここで俺の出番!
他の冒険者たちにはバレないように、弾いていたハープの曲にMP回復の水魔法を乗せる。
辺りを漂うシルフ達も手伝ってくれて、隊全体に音が届けられた。
実は音楽弾いてるだけじゃないんだぜ!!!
初めは「ハープ弾かずにこっちを手伝えよ」って顔してた皆の表情に、心なしか余裕が出てきた。
「よし、このまま前進!」
前を行く西の船の船長が声を上げた。
俺の乗る船の船長が、俺を見てニヤリとした。
各船の船長たちには、俺の魔法の事は伝えられてるっぽい、か。
「もう少しだ! 目的の場所がどういった状況か、それだけでも確認できればいい。
皆、生きて帰るぞ!!!」
各船の船長の声に、それぞれの船から鬨の声が上がる。
声が鳴り響き、隊全体が熱い振動に包まれた。
『すごいな、声だけで船が振動してるみたいだな!!!』
俺は銀に声を掛ける。が、銀は何かを考え込み、床に触れ、そして。
「違う、これは!!!」
叫んだ。
瞬間、まるで声に合わせたかのように、凄い振動が船を襲う!
なんだ!
もう一度大きな振動が走ると、大きく波がうねり、そのまま船にかぶさった。
甲板に大量の巨大貝や巨大魚や人サイズの軟体生物が打ち上げられる!
すぐに南の兵士と冒険者が海に落としたけど、もしかしてあれ全部海の魔物って奴!?
必死に船の柵に捕まりつつ海を見ると、海面から、見た事のないほどの量の海の魔物たちがうごめいているのが見えた。
なんで!?
「奴ら、やはりこれが狙いか!!!」
どこかから怒鳴り声が聞こえた。
はっきり聞こえたその言葉に周りを見回すが、こちらの船のほかの人には聞こえてないっぽい。
って事は、シルフが運んできてくれたのか。
狙いって、どういうことだ?
横で魔物を蹴り落としてる銀に聞いてみる。
『なんか、他の船が「これが狙いか」って』
「スライムは撒き餌で間違いない」
俺の言葉から銀が推理した内容を聞いたイッペイさんが、すぐに海兵隊長の元に走った。
あ、そっか魔族が全て泳げたり飛べたりするわけないし、海の戦いは海の魔物に任せたれってことか。
俺達が今まで会った中では確か、飛んでいたのは黒包帯だけだったもんな。
『他の魔族はどうやって地上に出てきたんだ? でっかい空飛ぶ魔物にでも乗ってたのかな?』
「しゃべるな舌を噛むぞ何かに捕まれ!」
見かねた兵士に首根っこ掴まれて柵に押し付けられた。ぼーっとしてる時じゃないな!
西の船も東の船も、どんどん集まってくる海の魔物に大きく船を揺らされている。
俺達の船も例外じゃなく、揺らされるたびに船が大きく傾き、はるか下にあるはずの水面が甲板スレスレまで迫った。
その拍子に、他の船の様子がよく見える。
水魔法で艦隊の転覆をふせぐ西、風魔法で防御する東。そして火魔法で攻撃する南。
全員が、船の上で思いっきり戦っていた。
個性あふれる戦い方をしてるのが、大体冒険者ってところだろう。
血気あふれる叫びがあちこちから響く。
そんな中、前の方の船からとっても逞しい怒号が聞こえていた。
その男らしい声が響くたびにスライムとか海の魔物っぽいものが小さく宙を舞ってるのが見える。
なんか声の感覚的に、1人がずっと叫んでる用に聞こえるんだけど。あれ全部、吹っ飛ばしてるの同一人物!?
というかじっくり見てる暇ないけどね!?
俺は必至で柵に腕を絡ませつつハープを弾きまくった。
振動で縄が切れたのか、甲板が揺れるたびにタルが転がってきて痛い。
後、柵に腕を回してハープを持ってるから、全体重かかった肘の内側もかなり痛い。
痛いけど自分のハープで自己回復されるから、大した影響はないんだけども。
俺はハープをタルや魔物や塩水から守りつつ、隣にいるはずの銀に喋りかけた。
『うぅう弾きにくい・・・まさかこんな状況で弾く事になるなんて。そっち大丈夫か銀。
あれ、銀? 銀!?』
気づけば銀が居なかった。
落ちた!?
いや銀の事だ、無事だろう。それどころか他のところでなんか活躍してるんだろう。
・・・うん、船の尻の方で10mくらいあるでっかい軟体生物切りつけてるな、銀。
俺が見つけた時には、銀に切り付けられた真っ白なヌメヌメする何かが、踊るように海に消えていく所だった。
その瞬間。
さっきまでの揺れが嘘のように収まり、急に静寂が訪れた。
「助かった・・・」
フッと誰かが笑みを浮かべる、その前に。
「気を抜くな!!!」
船長の鋭い声が響き。
船が砕かれたと錯覚するほどの振動が船を襲った、その瞬間。
一瞬気を抜いた兵士達が床にたたきつけられ、風魔法が弱まり。
嵐のように降り注ぐスライムに耐えきれなくなった風の障壁に、穴が開いた。
次回メモ:ぬるん
いつも読んでいただき、ありがとうございます!!!