勇者君の葛藤
「さて、いいか銀。ニルフ。
俺達が向かう魔族が現れたという場所・・・それは、南の海の中央。
大昔に魔王が現れてそこいらの大陸を粉々に消し去ったと言われる場所だ」
テントを出た先に設置されていた大きな机には、大きな地図が広げられていた。それを指さしつつ隊長が説明を始める。
てか隊長、なんか久しぶり。城でも会わなかったしどこにいたんだろ。ポニーさん達は普通にすれ違ったのにな。
話の様子から、隊長達も一緒に調査に来るらしい。それだったら銀も天海行けたんじゃないだろうか?
目があった隊長が、ゆっくりと首を横に振った。なんでだ。
「それにしても調査プロジェクトの立ち上げ、ずいぶん手際がいいよね。
俺の仲間が行商中に聞いた魔族の出現の噂から、そう時間が経ってないんだけど」
ピンキーの疑問に隊長が答える。
なんか、世界を回った勇者君からの情報だったかららしいよ!
選ばれし勇者だから、信ぴょう性があるって事で即プロジェクト立ち上げたってさ!
世界樹の麓から世界樹島唯一の街に降りると、神官さんから勇者君の滞在している宿に案内された。
相変わらず白い街。夕方になったら白から一気に赤く染まって、幻想的だったな。
大広場の噴水を通った時。初めてこの世界に来た日の、赤く照らされた若葉の横顔が脳裏に浮かんだ。
案内された宿屋は普通の街と同じように、大通りの一角にあった。
普通の街と同じように店番の人や布団を干すおかみさんが忙しく働いている。
ただしとんでもなくデカい。白くてまるで。
「宮殿? ギリシャとかにある宮殿ですかこれ」
黒蹴が首をかしげてなんか言ってる。
「・・・ねえ、ここって一般的には伝説の島って聞いたんだけどさ。宿屋って経営どうなってるの?
選ばれし人しか入れないって聞いたんだけども、この島」
ピンキーは壮絶な苦笑いをしつつ宿屋を見上げる。
そういえば前に来たときは若葉の家に行ったから、宿屋には寄らなかったな。
「一応、大通りにある宿だからな。会議が長引く時には王族とその部下たちが泊まることもある」
『夜は城に帰る訳じゃないんだな』
「ま。大人には色々あるもんさ。会議中に城に帰られると、困るようなことが、な」
隊長が言い含めるように俺に言った。
そういうの無縁そうな隊長からそんな言葉が出るなんてなー。一応なんかの隊の隊長だったっけか、隊長。
案内された煌びやかな部屋では、シャツとズボンという格好でリラックスしつつ剣を振り回す勇者君が居た。
なんかおかしいな、上の状況。見たままを言ったんだけど。
一応ここは王達を退屈させないよう出し物をするための、広くスペースを取ってる場所なので剣を振り回しても問題はないらしいけど。
煌びやかな部屋で、リラックスした表情をしつつ黒い剣を振り回して剣舞する勇者君と、それを恍惚とした顔で見るメイジさん。
メイジさんも普段着なのか、ゆったりとした薄い色合いのワンピースで胸が凄いボン。
うん。ワンピースっていいよね。
「ふー。スッキリした! 会議終わったんだね皆!!!」
顔に垂れた汗を腕でグッと拭ってこちらを振り返る勇者君。
世界樹で見た時も思ったけど、以前より格段に逞しくなった気がする。
きっと、あの事を吹っ切るためにガムシャラに世界を巡ってたんだろうな・・・。
あの事。
そう、今日はその事を聞くために勇者君を尋ねたんだ。
天海に行く前に、聞いておかなきゃならない事。
*
俺は思い出す。あの時。裏路地の方から勇者君とメイジさんが走ってきたあの時。
銀の説明を受けて彼が叫んだ、その言葉は・・・。
「どうしてなんだ・・・。ファイタァァアアア!」
俺達は煌びやかな大部屋で、円になって床に座る。
剣舞の後である床には勇者君の汗が点々と落ちていた。
元々冒険者なんだ。細かい作法なんて関係ない。
勇者君は神官の持ってきた冷たい飲み物を一気に飲み、息をついた後。
皆の顔を見回して・・・、ゆっくりと話し始める。あの日の事を。
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あの日。
今から約4か月前のあの日。
ボクたちは西の国を訪れていた。
「今日は夏祭りがあるんだよね!」
ボクの、自分でも弾んでるって分かる声にメイジが優しく微笑んだ。
ファイターも、ボクを見て笑う。
ちょっとはしゃぎ過ぎたかな。恥ずかしくなって頭を掻くと、メイジがファイターと一緒にボクを見ながら何か話してた。
このとき、ボクは自分が久々に笑ったことを思い出した。
このわずか1か月前、ボクの仲間のシーフが姿を消してから全然笑ってなかった。
誰にも何も言わずに居なくなった彼になにかあったのか、心配で心配でたまらなくて。
シーフが居なくなってから最後に笑ったのは・・・、確か無人島でたまたまニルフに会った時、だったんだよ?
今もシーフはまだ見つからなくて、なんの手がかりも見つからない。
でも諦めないよ。ボクはずっと旅を続けて、ちゃんと探しだすって決めてたから。
見つけたら文句を言ってから、シーフが一番得意な肉料理を作ってもらうんだ。
ごめん、話がそれちゃった。
その日は、西の国の祭りにボク達も行く予定だったんだ。
この数日前にファイターが魔族に関する、ある情報を掴んだから。
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勇者君はそこまで一気に話すと、顔をまた腕で拭った。
汗が垂れるんだろう。俺は彼の顔から目をそらす。
その後の勇者君の話は色々と順番がめちゃくちゃで、メイジさんが所々をフォローしつつ進んでいった。
まだ、心の整理がついてないのだろう。勇者と言えども少年で、一番信頼していた相手に裏切られた記憶を話すんだから。
広場で、紅葉さんを殺したあの黒い魔族。
彼は、あの日何があったかを、詳しく俺達に話してくれた。
あの日、勇者君たちはファイターにある情報を聞かされた。
それは、祭りを誰かが妨害しようと画策してるという事。
それを阻止するために、そいつらが集まっているという近くの森の広場に行く勇者君たち。
そこで魔獣や数名の魔族に襲われるが、それまでにも世界を回って行く町々に蔓延り悪さをしていた魔族と戦ってきた勇者君PT。
驚くほどあっさりと、やっつけた。
が、気づくとファイターがいない。
「他の魔族の動きに気づいて、1人で巫女を助けに行ったのかもしれない!」
そう考えた2人は街に戻ろうとし・・・。森を抜けた直後、木々を揺らすほどの地響きが起こる。
転びかけたメイジさんを支えつつ、街に走る勇者君。
だが、何故か森を抜ける道に透明な壁が立ちはだかっていた。
どうしてもそれを破ることが出来ず、森の道なき道を進みなんとか街の反対側に当たる位置から森を抜けた。
そして、走って走ってたどり着いた街。そこで見た光景は・・・魔族に襲われ亡くなった、巫女の葬儀だった。
これが、ファイターが居なくなった経緯。
世界樹島でこの話を聞いた王達は、ファイターを「魔族の協力者」と判断した。
「ファイターが魔族の協力者だとすると、シーフはもう・・・」
話が終わり部屋を包む沈黙を破ったのは、メイジさんの小さな小さな声。
そっと彼女を見ると、小さく震えていた。床に水の玉がポロポロと落ちる。
「そんな訳、ない!」
いきなり、部屋中に響く叫ぶような声。
大きな声に驚いて顔を上げると、勇者君がメイジさんを睨みつけていた。
いや、強い瞳だけど、睨んでるんじゃない。
そのまま彼は叫び続ける。
「ファイターは、確かに魔族の協力者、なのかもしれない。
でも・・・でも!!! それ以前にボクらの仲間だったんだ!!!
だから絶対、仲間には手を出さないんだ!!! それだけは信じられる!!!」
まるで、自分に言い聞かせるように一息でそう叫ぶと、フラフラとその場に座り込んだ。
酸欠になったんだろうな。
肩で息をする勇者君に、俺は何か飲み物を渡そうと立ち上がる。
そして皆に背中を向けた時、銀が告げた。
「オレには『魔族の協力者』であるヤツの事は、信じる事が出来ない」
「な・・・んで・・・。銀は・・・風の世界樹で会った事があるでしょ!?」
驚くほど冷たい響きに、驚いて振り返る俺。それを浴びせられた勇者君は真っ青になりながら、震える声を絞り出す。
「実際に会った事があるからこそ、だ。あの時のアイツは、オマエの事を一番大切にしているように思えた。
裏切るようには見えないほどに、な。だから信じることは出来ない」
言い返せずに俯く勇者君とメイジさん。しかしそんな彼に笑って声を掛ける人が居た。
「つまり、銀はさ。『魔族の協力者』の彼は信じられないけれど、『勇者君の仲間のファイター』としての彼は信じられるって言いたいんじゃないかな。
ね、銀?」
ピンクの狼耳をピクピクとさせながら話すのは、ピンキー。
話を振りかえされた銀は困ったように少し目線を下に落とした。
「そう、とも取れる、か」
「ほらね?」
ちょっと得意げなピンキーの声を聴いて、勇者君の顔に少し血色が戻った。
タイミングを見計らった神)が、簡単な食事を用意している事を告げる。
この人きっと、勇者君のお世話係的な人なんだろうな。
案内された食堂で、天海に向かうメンバーの説明と現在分かっている情報についての交換をした。
「ニルフ達は来ないの? どうして?」
『ちょっと急用が出来て・・・』
「なるほど、あの若い巫女の事だね! 最近ハープを持った男が、巫女の気を引こうと色々やってるっていろんな町で噂になってるよ!」
『ちょっと待って何その噂!?』
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ボクの言った言葉にニルフは全力で否定してたけど、きっとちょっとは当たってると思う。
大切な人を一生懸命追いかけられるって、幸せなことだと思うんだ。
なんだかボクらって似てるよね。
ちなみに、なんで銀も天海に来ないのか聞いてみたら・・・。
ニルフは、1人にしたら何仕出かすか分からないからだって。その場の全員の意識の一致だったらしい。
ボクも結構やらかしてきたけど、全員そう思ってるって・・・一体なにしたのニルフさん。
数日後、天海に向かうボクらを皆が見送りに来てくれた。
黒蹴達の見送りはいつもの皆で、しかも東の王までいる豪華なものだったけど、ボクの見送りはメイジだけ。
それを見てニルフが、どこかを痛めたような顔をした。
大丈夫だニルフ。だってボクは。
ボクより先にピンキーとユーカが武器を頭上に掲げた。すぐに柔らかな光が2人を包み、世界樹を登っていく。
最初に決めた作戦通りだ。探索に優れたピンキーと、誰の攻撃も無効にするユーカが先に向かい、状況を確認する。
1分待っても2人が戻ってこないことを確認して、黒蹴が光となって世界樹を登っていった。
最後は、ボクの番。
世界樹から少し離れた場所で、ニルフ達は見守っていた。
小さな声では絶対に声は届かない。
しかし、そこに届くはずは無い言葉を、ボクは紡ぐ。
「ねえニルフ。ファイターはさ、ずっとボクをだましていたのかな」
でも、助けてくれた。鍛えてくれた。導いてくれた。
「たとえそれが彼にとって なんの意味も持たない事であったとしても、ボクは勇者でありつづけたい」
ボクは剣を掲げる。
いつもおしゃべりだったこの剣も、ボクが勇者になってからは何も言ってくれなくなった。
ボクの体を、光が覆う。
まぶしくて目を開けてられなくなって。
いつの間にか閉じていた目を開けると、そこには 白い世界が広がっていた。
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次回メモ:王
いつも読んでいただき、ありがとうございます!!!!