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第七話 思わぬ再会

 

 

「けっこう大きい街だな」


「うん。活気のあるとても良い街だよ」


「あぁ時間帯的にはもうだいぶ静かになってきてっけど、人族の総人口が少ないってのを感じさせないくらいまだまだ人がいるしな」


そんな会話をしながら夕陽に染まるそんな街の全貌を入り口から眺める。


(それにしても夕陽に染まる街か……俺が気づいたらいたあの草原、その直前にいたのもこんな感じの夕暮れだったな)


そんなことを考えしんみりしてしまう……まぁ、今はまだ元の世界に帰れるかどうかもわからんし、こんなことを考えても仕方ないのかもしれないが。


「……ナギト、大丈夫?」


「ん、あ?何がだよ?」


「何か、寂しそうな顔をしてたから」


「何だ、顔に出てたか……まぁ気にすんな。ちょっと考えごとしてただけだ」


「うん。わかった」


そう言って頷くスゥ。


(思えば、こいつにはけっこう世話になってる気がすんな……俺1人、いやサージュと2人だったとしても、スゥ達に捕まってなかったら未だにあの遺跡で立ち往生してたかもしれねぇし)


そんなことを考える。


今にして思えば、多少無理矢理にでも連れてきてもらえて良かったって感じはするしな。


そう言えばまだ何をしなければいけないのか詳しく聞いてないことも思い出したが、その辺はスゥに任せておくさ……異世界人の俺には、そんな行動を決められるほどこの世界に関する知識はないわけだし。


「…………」


「んで、俺は何をすりゃ良いんだ?まぁ結局、魔術は未だに使えずじまいだから役に立たねぇ可能性高いけどよ」


「ん。それは大丈夫。ある魔物の素材が必要なだけだから、魔術はその魔物がいる場所までに覚えてくれたら良いよ」


「魔物の素材?確か魔物は倒すと霧散するんじゃなかったのか?」


「ううん。大鼠は魔物としては弱い部類だからああなっただけだよ。もっと強い魔物なら体は霧散しても一部の素材だけは残るの」


「一部だけ残るとか何と言う都合の良さ……んで、そいつが出るとこまで行くのにまたけっこう歩くのか?」


「ううん。この街から馬車が出てるから、まずはそれに乗るよ。その前にここで色々準備する必要はあるけれど」


「あぁ、だからここに来たわけか」


「うん。私達の住んでる辺りでは用意できないものも多いから」


「なるほど。で、これから買いに行くのか?」


「買い物は私1人で大丈夫だよ。ナギトは先に宿屋へ行っててくれたら良いの」


「宿屋か……まぁもうじき暗くなるもんな。しかしそうは言って荷物持ちとかは必要ないのか?」


「買うものはそんなに重くならないし、かさばらないから私だけでも大丈夫だよ。むしろ、ナギトには宿屋の部屋を取ってもらっていた方が良いくらいだから」


「手分けしてやった方が良いってことか……確かに荷物持ちのいらないものなら着いて行くだけ無駄になるもんな。と言うか、何を買うつもりなんだよ?」


「私とナギトだと治癒魔術ができないから治癒符がいるし、目的の場所にいる魔物は毒を持っているから解毒符もいるよ。あとはナギト用に魔術符も必要かも」


「治癒符や解毒符ってのは確かにいるよな……治癒魔術ってのができないんじゃ怪我した時とかやべぇし。しかし魔術符って……お前やっぱり、俺が魔術使えるようになると思ってないだろ……?」


「ううん。私はナギトを信じてるから」


そんなことを言いながらまた君はきっとできるよオーラを出す……スゥはあんま良い先生にはなれそうにないな。


こうもわかりやすいと、ひねくれた奴ならグレるぞきっと。


「……まぁ良いか。それより、買いに行くならとっと行った方が良いよな?こうしてる間にも店とか閉まっちまうかもしれねぇし」


「多分大丈夫だと思うけれど、確かに売り切れになってると嫌だし、じゃあちょっと行って来るよ」


「おぅ、行って来い」


そして踵を返すかに見えたが、その前にスゥは上着のポケットをまさぐり


「あとこれが宿屋代だよ。お店はあの路地を越えた先にある場所が良いの。あそこなら一部屋の代金が安いから」


「ん、わかった。こっちは任せとけ」


宿屋代を取り出し、宿屋があるらしい方角を指差すスゥ。


そのまま俺は宿屋代を受け取り、それを渡したスゥはまた後でと言いながら店があるらしい方角に歩いて行く。


それを見送りながら手にあるいくつかの硬貨を見る。


(何かけっこう薄いと言うか、日本の硬貨に似てる気がすんな……材質はわかんねぇけど、100って書かれてるし見た感じも百円玉みたいだしよ)


そんなことを思っていると


『貨幣はどうやら変わらないようだな』


「おわぁぁぁっ!!」


サージュの不意の一言にまたしても変な声を出して叫んでしまう俺。


周囲の視線がめちゃくちゃ痛い……。


『また驚かせしまったか。済まない』


「あ、あはは……いや、俺もすっかりお前がいたことを忘れてたからお互い様だ」


と小声で応対する。


『それなら良いのだが』


「と言うか、このお金のことわかるのか?」


『あぁ、我がまだあの神殿に安直される前にも見たが、昔の物と変わらぬ様に見える』


「へぇ、お前がどれぐらいあそこにいたかはわかんねぇけど、このお金ってけっこう古いもんなんだな」


『うむ。確か人族の貨幣は女神の名に肖りアイリス貨幣と言ったな』


「アイリス貨幣……と言うか、アイリスが女神の名前か?」


『女神アイリス。この世界がまだ無秩序だった遠い昔にこの世界に降り立ち、世界に人族を創り秩序と安寧をもたらした、とされる存在だ』


「なるほど、マジで創造神みたいな感じなんだな」


『あぁ。魔神共々この世界を形創った存在だからな。ただ人族は魔神に対して余り悪感情は持たなかったと思うが、魔族は大半が女神を悪神としていた様に思う』


「女神が悪神?何かそう言う神話でもあんのか?」


『我も余り魔族の魔神信仰に詳しい訳では無いが、魔神が女神を意味嫌っていたのが由来と聞く』


「……世界を一緒に創造したのに仲は悪かったのな」


『いや、女神の方が一方的に魔神を好いていたと言う話だ。余りにも好いていた為に執拗に魔神を追い回し、それに嫌気がさして魔神は女神の前から姿を消したと言う話も確かあったな』


「…………何て言うか人間味あり過ぎだろ、創造神」


『神とて人の形をしていたと聞く。恐らくそう言った性質も人と似ていたのだろう』


「はぁ、どこの世界も神様は大変なんだなぁ……」


『それより、こんな所で我と無駄話をしていて良いのか?泊まる部屋が無くなってしまうぞ?』


「あぁ、そうだったな。急いでスゥが言ってた宿屋に行くか」


そう小声で言った俺は、ひとまずスゥが指差していた路地へ急いだ。




─────




その路地は何て言うか、さっきまでいた大通りに比べると少々寂れた感じだった。


一本道ではあるものの多少曲がりくねっているようで、路地の外の夕暮れ時にしてはそこそこあった人の声もあまり聞こえない。


ここだけ何となく、外とは隔離された場所のような印象を受けた。


「……何かやけに静かだよな、ここ」


『うむ、大通りに居た人々の声が遠くに聴こえる程度だ。静かに感じても仕方あるまい』


「まぁ俺1人だとけっこう心細いけど、お前がいるからわりと気は楽だぜ」


『自力で動く事も出来ぬ我だが、話相手くらいにはなれるからな』


「あぁ、本当に助かるよ」


そんな感じでいつも通り会話していると



『……何かが可笑しい。余りにも不自然過ぎる』


突然、サージュがそんなことを言い始める。


「はぁ?不自然って何が不自然なんだよ?」


『我が魔力を感知して周囲を知覚しているのは前にも言ったと思うが、魔力を持つ人族や魔族が大勢いる場所ならともかく、こう言う街の中の一角は魔力の薄い事が多い。そう言った理由から、こう言う場所で周囲をはっきり知覚するのは余り得意では無い。しかしここは只の路地にも関わらず、我でも周囲がはっきり知覚できる程に魔力が濃い。これは余りにも不自然だ』



「つまり……不自然だと何だってんだよ?」


『何か人為的な物を感じると言う事だ。周囲の魔力を濃くして己の気配を隠すのは、我がやっている様な魔力に寄る知覚を警戒する為だ。そう言った魔術に詳しい者が良く使う手だな、これは』


そう言われ周囲を見るが、当然ながら壁ばかりで人の気配はない。


「考え過ぎじゃ、ないんだよな……?」


『あぁ。間違いなく何者かが居るだろう。知覚出来ぬ為、我にもその何者かが何処に居るかは分からぬがな』


俺はそう言うサージュには返事をせず、とりあえずこの路地から出る為に急ごうと足早になる。


しかし


「ぐっ、何だこれ……!」


前方には道があるはずなのに、何故か足が前に進まない。


まるで、俺の足がこの先に行くことを拒むように動かなくなる。


『不味いぞ、幻惑結界魔術だ。気をしっかり持てナギト!』


「そんなこと、言われたって……足が動かねぇんだが」


『恐らく、ナギトがここから出る事に関してのみに反応する結界の筈だ。後ろへ戻れば術も解ける可能性がある』


そう言われて足を後ろへ戻そうとすると……途端に動けなくなっていた足は嘘のように動くようになる。


「……ふぅ、お前の言う通りだったな、サージュ」


『悪いが落ち着いている場合では無さそうだ』


「ん?そりゃどう言う……あぁなるほど、この厄介な結界魔術とやらをかけてくれたご本人様のご登場ってわけか」


俺は今まで歩いて来た路地の方を睨む。


カツッカツッと音を立てて歩いて来るその人影は、頭を含めた全身を銀色の鎧で包んだ人物だった。


左腕にはそのゴツい全身甲冑にはやや不釣り合いの小さめの楯、左の腰辺りには鞘に入った剣が吊るされていて、見た感じは騎士としか思えないような風貌だ。


「俺、何か悪いことしましたかね?まだこの街に来たばっかのはずなんすけど」


そう話しかけてみるものの


「…………」


そいつは黙ったまま何も言わない。


『未だに魔力の濃度が高く判断しにくいが、恐らく魔術の類いは準備していない様だ……しかし気をつけろナギト、何をしてくるか分からん』


心の中でわかってる、と呟きつつ相手を見続ける。


すると、謎の騎士はいきなり剣を抜いて構えてくる。


「なっ!?いきなりかよ!」


俺も呼応して剣を抜く。


まぁ俺がこれを使っても焼け石に水かもしれないが、ないよりはマシ……だと思いたい。


俺が剣を抜いたのを見たためか、その謎の騎士はジリジリとこちらに摺り足で詰めよって来る。


(後ろは行けねぇし左右も壁だ。八方塞がり過ぎて泣けてくるな……とりあえず、隙を見てあいつの向こう側の道を試してみるしかないか)


などと考えていると、謎の騎士はもうすぐそこまで来ており、一気に距離を詰めてくる。


そして右手に持つ剣を右から左へ横凪ぎしてくる。


(やべぇっ!)


俺は横凪ぎしてくる剣を回避しながら俺は右前方へ転がる。


そして回転した勢いをそのままに起き上がりつつ走ろうとする。


が、後ろで動く気配を感じ、とっさに転ぶように倒れ込む。


その倒れ込んだ俺の上を風切り音が通り過ぎる。


体を何とか反転し仰向けになるが、すでに時遅く首筋に剣を突き付けられた状態で固まることになる。


(マ、マジかよ……俺、このまま訳も分からず死ぬのか……)


そんな考えが頭を過ったその時


謎の騎士の今まで使っていなかった左腕の楯が瞬時に左腕ごと動いたかと思えば、ギィンと言う音と共に何者かが謎の騎士の向こう側で斬りかかっているのが見える


「ナギトは、やらせない」


そう言ったその何者か……つまりスゥの方を首を動かしつつ見る謎の騎士。


そして、前にも見たスゥの目にも止まらぬ速業が炸裂しギィンギィンギィンと音を立てる。


(……やっぱスゥはすげぇな。でも……)


ギィンギィンギィンと音を立てながらスゥの全ての攻撃を楯で弾きながら、スゥの方へ向き直る謎の騎士。


(……スゥの攻撃じゃあの全身甲冑は突破できねぇだろうし、何よりあの楯が全部弾いてるからあの騎士自体にすら攻撃が届いてねぇぞ……)


謎の騎士は一切攻撃していない……多分、スゥが疲れて攻撃の手をゆるめるのを待ってやがるんだ。


(……どう考えてもじり貧じゃねぇか……)


とりあえず体制を立て直すためにゆっくり立ち上がる。


すると謎の騎士はこちらを確認しながらもスゥの攻撃を楯で弾き続けている。


(ん?)


その様子に微かな違和感を感じる。


(おかしくねぇか?今明らかにこっちを見てたのに楯は寸分違わずスゥの攻撃を弾き続けてる……まさか!)


俺はなるべく聞き取られないように小声で


「なぁサージュ、あの楯って」


『あぁ、我も同じ事を考えていた。恐らくあれは自動防壁の魔術が掛けてあるのだろう』


「やっぱあんのか、そう言う魔術」


『実際には欠点もある為、余り使えた物では無いがな』


「欠点があるのか!?」


『魔術を掛ける物の大きさに比例して常時の魔力消費が上がると言う欠点だ。あの大きさならば余程自生魔力が無い場合以外は問題無い筈。この欠点は無い物と思った方が良い』


「くそっ!」


『あの楯ならば通常は攻撃を受け続ければ壊れてしまい兼ねないが、スゥの軽い攻撃では楯が壊れるより先にスゥの方が疲労で攻撃の精度が落ちるだろう。そこを狙われてしまっては不味い』


わかってる、そんなのは見ればわかってるんだ。


だが俺は魔術もできなければ剣も振れない……何もできないのがこんなに歯痒いなんて思わなかった。


(どうしたら良い?せめて……せめて、スゥの為にあの騎士に隙を作れればあるいは……)


などと考えて剣を構える。


『ナギト?何をするつもりだ?無謀な事はよせ!』


そんなサージュの言葉を無視しつつ、俺は剣を構えたまま謎の騎士にジリジリと摺り足で近づいて行く。


謎の騎士はこっちを見ようとしないが、多分気づいていてあえて見ないだけなんだろう……俺は完全に戦力外としか見られてないってことだ。


(それならそれで、好都合だ!)


俺はある程度近づいたところで


(……今だ!)


謎の騎士の横腹に斬りかかる。


スゥが速過ぎる為に目視はできないが、音を聴く限りでは攻撃の間隔的に今なら同時攻撃になるはずだ。


そうすれば奴の楯は片方の攻撃しか受けきれないし、もう片方の攻撃が通ればあるいは……!


俺はすぐに、とっさに考えたその作戦が甘かったことを思い知ることになる。


(なっ!?)


斬りかかった俺の剣は楯で防がれ、攻撃していたはずのスゥは向こう側の壁に叩きつけられている。


スゥは、とっくに限界をむかえていたんだ……俺はそれに気づかずに、無駄なことをしたってことだ。


「ちく、しょう……!」


楯に防がれたままの剣をそのままに、謎の騎士を睨み付ける。


スゥほどの攻撃スピードもない上に、そもそも剣自体を上手く扱えない俺ではこのまま攻撃し続けたとしても結果は見えている。


だから、せめてもの時間稼ぎと言うわけじゃなかったが改めて謎の騎士に話しかけてみる。


「……なぁ、お前の目的はなんなんだよ」


苦々しげに睨み付けながら言葉を発する。


こんな言葉でそいつが反応するとは思えなかったが


「……お前が気に食わなかったからだ」


「!?」


謎の騎士がそんなことを言った。


「お前はいつもいつも目障りだった。彼女の想いを一身に受けているにも関わらず、その想いにすら応えようとすらしない。あまつさえ彼女を探さずに他の女に連れられてくるなんて……お前はやはり要らない。気に食わない。永遠に僕の前から消えろ」


そして、そんな言葉を淡々と連ねてくる。


(な、何を言ってんだ、こいつは……)


意味がわからず困惑する俺。


そんな困惑が顔に出たのか。


「声を聞いてもまだわからないのか?凪都」


「……っ!?」


俺の名前を、知っている。


この世界ではサージュやスゥ達にしか名乗っていない俺の名前。


つまり、それが示すこいつの正体は


「まさか……冬也?冬也なのか?」


「ククク……ようやく思い出したのか、凪都」


そう言って兜を取り顔を晒す。


そこには、長年幼なじみとして見知った顔があった。


しかし、どことなく記憶にある冬也の顔と違うような違和感もある。


「な、何でお前が俺を殺そうとするんだよ……?」


「理由ならさっきも言っただろう。お前が気に食わないんだよ、凪都」


「な、何でっ!」


「お前が彼女を忘れているからだ」


「彼女って奏のことか?あいつもこっちに来てんのか!?」


「そんなことも知らずに……いや、そう言えば確かお前だけは僕や彼女と共にいなかったな。知らないのも無理はないかもしれないが……」


確かにあの時、俺だけ別行動だった……2人まで巻き込まれていたことを俺は知らない。


「で、あいつはどうなったんだよ!?」


「……彼女は僕の目の前で忽然と消え、気がついたら僕もこっちに来ていた。言ってしまえばそれだけのことだ」


「じゃ、じゃあ3人全員がこの異世界に……」


「僕にお前までいるのだから、恐らくそうなんだろう。そして僕は今まで彼女と、望みは薄かったがもしかしたら彼女と共にいるかも知れないお前を探していた。だが、お前を探すのは無駄だったようだがな……だから大人しく死んでくれ、凪都」


そんな言葉を吐きながら俺に近づいてくる冬也。


俺は言葉を発することもできずに膝から崩れ落ちる……。


(何でこんなことになってんだよ……?何で、こんな、ことに……)


茫然自失だった俺に


『ナギト、気をしっかり持て。事情は多少理解したが、今君がここで死んではそのカナデと言う女性もどうなるか分からないのだぞ!?』


「そんなこと言われたって、俺にはもう、何もできねぇんだよ!!」


俺を諭そうとしたサージュの言葉にとっさだったせいで声を荒げてしまう俺。


「……?」


そんな俺の様子に少し警戒するように立ち止まりかけ


「何もできないと言うなら大人しくしていろ。僕が介錯してやる」


そう言いつつ再び近づき始める。


『落ち着けナギト。彼は狂気に蝕まれているだけだ。恐らくだが、何かしらのそう言う類いの《奇跡》を持ってしまっている可能性が高い』


「《奇跡》……?」


“《奇跡》は……勇者が持つとされる力だよ。実際には勇者なんてもういないはずなのに、まだ現存し続ける……そんな呪いみたいな力だよ”


そんなスゥの言葉を思い出す。


(《奇跡》は呪いだとスゥは言ってた。なら冬也のこの状態もそれが原因、ってことなのか……?)


スゥやサージュの言葉からそんな考えに至る。


不思議と落ち着けたような気がする。


そして立ち上がり、両目で冬也を見据える。


「……その面、やっぱり気に食わないな」


今まで無表情で淡々と話していたように思っていた冬也の顔は、酷く苦痛に歪んでいた……気がした。


「……俺は、お前を止める」


「……やってみれば良い」


「そうしないと、奏に顔を向けできないからな」


「……お前が、彼女の名を、口にするな!!!」


さっきまでの淡々とした喋り方から一変して怒気をはらんだような喋り方になる。


そして、目の前へと進んだ冬也が手に持つ剣を振りかぶる。


(避けれるのが一番だが、まぁ無理だろうな……こいつ、運動神経はかなり良かったし根が真面目だから剣の修行とか好きそうだし。せめて、あの楯に掛かってる自動防壁魔術だったか?あれが俺にも使えればな……)


そんなことを考えつつ、一応剣を上の方に構える。


(避けられないならせめて受け止めて時間稼ぎくらいは……いや待て、何の時間稼ぎだよ)


さらに自嘲的なことを考えていると、剣を持つ右手が疼くのを感じた。


(ん?……何だ?)


気にはなったもののそれは確認せず、冬也がこちらに剣を降り下ろしてくるのを見て意識をそちらに向ける。


降り下ろされる剣がやけに遅く感じられる……いや、そう知覚しているだけで、実際にはもっと速いんだろう。


(これって、良く言われる極限状態みたいな感じなのかね……まぁ見えるからって何もできねぇんだけどさ)


ゆっくり降り下ろされる剣が俺の持つ剣と接触する。


すると



ギィン、と言う音と共に冬也の剣を俺の剣が受け流す。


(!?何だ今の!)


自分で自分のしていることに驚いた。


それは冬也も同じらしく、こちらを睨みながら


「一体、何をした……?」


そう言いながら二度目はないと言わんばかりに再び振りかぶると共に降り下ろす。


俺はまたとっさに剣をさっきと同じように構えると、接触した冬也の剣はまたもギィンと言いつつ受け流される。


(な、何が起きてんだよ??)


自分でも良くわからずに何度も何度も冬也の剣を受け流していく……まるで剣に意志があるかのようにだ。


不思議に思いつつもこれで助かるかもしれない、と思った矢先。


「凪都もかなり剣の修行をしたらしいな。腹立たしいが仕方ない、魔術でけりをつけよう」


そう言うと、聞き取れないような小声の早口で詠唱のようなものを呟く冬也。


「……ゲイルファング」


「がっ……はっ」


冬也が魔術名を唱えた途端、突然の突風に体を切り裂かれるような衝撃が襲う。


そして前に倒れ込む俺は意識が薄れていく中、冬也の向こうに辛うじて立つスゥを見た……その全身に青白い光を纏いながら。


「……ールド」


何と言っていたのかはっきりとは聞こえなかったが、そう言った瞬間にスゥの姿は消え……すぐ手前にいたはずの冬也が一瞬にして掻き消え、そしてそれが気絶した俺の視界に映った最後の光景だった─────



 

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