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第六話 異世界の神話

 

 

「……はっ、はぁはぁ……何か、中々上手くいかねぇな……」


もう草原を歩きながら何十回もライトニングの第一節を唱えてはみるものの、どうにも上手くいかない。


手に持った杖自体には魔力が集中している感覚はあるのだが、そこから集中した状態を上手く維持できずに第二節を唱えるまでもなく集中した魔力が途切れてしまう。


「これ、わりとマジで街着く前に修得できねぇ気がすんだが……」


すると、前を歩いているスゥが軽くこちらを振り向きながら


「ナギト」


「……なんだよ」


「魔力の集中自体はできているから、もう少し……だと思う」


「それはわかってる、わかってるんだが……やっぱこう、成果が目に見えてないとキツいもんがあるだろ?結局あの森出てからずっと草原歩きつつやってっけど、我ながら全然進歩しねぇし」


「ナギトは上手い方だと思うよ?」


「いやだから、上手くいってねぇのにそう言われてもだなぁ……」


「……私も魔術を覚える時に似たような練習したの。けど、今のナギトほど上手くはいかなかった……魔力を集中するのができるようになるまで、半年くらいはかかったから」


「半年って……普通はそんくらいはかかるってことか?」


「ううん。私が特別遅いって魔術を教えてくれた人が言ってたよ。大体の人族は3ヶ月ほどあれば、魔力の集中くらいはできるって」


「くらいはできる……?」


「うん。魔力の制御は人によって上手くできるかどうか決まるらしいけど、人族は元々魔力を持って生まれないわりには魔力制御の方は意外と簡単にできる人が多いんだって。その関係で魔力の集中自体は上手くなるのが早いって話だよ」


「そうなのか……しかし、早いってわりに3ヶ月ほどかかるって……じゃあ、杖持ってやってみただけで魔力の集中ができた俺はなんなんだよ……」


「天才?」


「いや、天才ならその先もぱぱっとこなしちまうだろうさ」


「うん。ナギトは普通の人だよ」


「……それはそれで嫌だがな。と言うか、魔力の集中に半年かかったんなら魔術自体が使えるようになるにはもっとかかったってことか?」


「ううん。魔術自体が使えるようになるのは意外と早かったと思う。そもそも、魔力の集中ができるようになるってことは魔力制御自体もできるようになってるはずだから」


「ってことは、おかしいのは魔力の集中は簡単にできたのに第二節にいけない俺の方ってことか……」


「ううん。ナギトじゃなくても大体の人族はそんな感じだよ?」


「はぁ?いや、お前の説明だと、魔力の集中さえできれば魔術を出すのはわりと簡単にできるはずなんだろ?」


「普通は魔力の集中ができたからって簡単にはできないらしいの。教えてくれた人が言ってた」


「じゃあ、そこに関してはスゥがかなり早かっただけなのか……まぁ、魔力の集中が使えるようになる期間考えたら差し引きゼロって感じだろうけど」


「うん。だから人族の魔術士は数が少ないの。魔力を持ってて魔力の集中まではできても、その先ができなくて挫折する人が多いから」


「ははは……俺もそうならんように頑張るわ」


「うん。頑張って」


そしてまたしばらく俺は歩きながら魔術の練習をして、その前を先導するようにスゥが歩いていた。




─────




それは唐突の出来事だった。


俺は少なくとも予見してなかったし……いや、単に考えてなかっただけとも言うか。


何せこの草原は俺が最初にいた場所であり、その時にサージュが安置されていた遺跡まで行く間、俺は特に何とも遭遇した覚えがなかったし、そもそも遭遇していたら今の俺はいなかったはずだ。


別に夜に出てこないわけでもないらしく、そこは俺の運が良かっただけらしい……いや、そんなことはどうでも良いか。


今はとにかく、目の前に一体の巨大な鼠?が現れたと言うことの方が重要だった。


「あれ、なんだよ?」


「魔物。正式な名前は知らないけど、私達は大鼠って呼んでる」


「大鼠って……見たまんまじゃねぇか!」


「ダメ?」


その大鼠に注意を向けながら、こちらにそんなことを聞いてくる。


「いや、わかりやすくて良いとは思うが、さすがに安直過ぎないか?」


「わかりやすさ重視で私の家族には好評だよ?」


「と言うかお前の家族しか使ってないだろ、絶対……」


「そうとも言う」


そうとしか言わねぇよ。


と突っ込みたかったものの、前方の大鼠を改めて見てさすがに自重することにした……いやだって、俺は多分戦力にならんだろうし、ここはスゥに任せるしかないわけで。



「俺、魔術はまともに出せんし剣も上手く扱えねぇから、多分手伝えなさそうなんだが……」


「大丈夫。このくらいなら私1人でも充分だから。でも、もしもの時のために剣だけは一応抜いて構えていた方が良いかもしれないよ」


「そうだよな……とっさに大鼠とやらの仲間が出てきて、俺の方を襲うとかありそうだしよ」


「うん。そう言うことだよ」


俺が剣を引き抜く間に、そう返事をしながら前に一歩踏み込むスゥ。


そして


「はぁ!」


次の瞬間には多少距離のある位置にいた大鼠に斬りかかっていた。


(斬りかかる瞬間まで全然見えなかった……どんだけ速いんだよ……)


そんなことを考えているうちに何回も斬り込んでいき……あっという間に大鼠は事切れる。


「ふぅ。……終わったの」


「す、すげぇなお前」 


「そうでもないよ。むしろこう言う武器しか使えないから、攻撃力不足で大鼠程度を倒すだけでもけっこう斬り込まないといけないし」


「な、なるほど……そういや、あの倒した大鼠はどうするんだ?」


「あれは放置しておけば良いよ。大鼠はそのまま消える魔物だから」


「はぁ?消える……?」


「見てればわかるよ。ほら」


そう言って大鼠を指差すスゥ。


そして大鼠の方を見てると、亡骸は徐々に何かが抜けていくように薄くなり、最終的には霧散してしまう。


「なっ!?生き物がいきなり消えたぞ!」


「ううん。魔物は生き物じゃないよ。昔々に魔神が作った幻影なんだって。魔術を教えてくれた人がそう言ってたよ」

 

「魔神?幻影?……良くわかんねぇんだけど、幻影だから倒せば霧散しちまうってことか?でも、幻影だったらむしろ別に倒す必要もない気もするが」


「ううん。それは違うよ。あれは魔神が世界を蝕むために作った形ある悪夢で、魔物は理由なく人を襲うし、魔獣は世界を害する存在だから」


「魔獣は字面的に魔物の上位種みたいなもんか?と言うか、それならこんなとこを歩きながら移動すんのってかなり危ねぇんじゃ……あと、森の出口辺りで言ってた魔王とかも関係ありそうだな」


「うん。魔獣の成り損ないが魔物と言われてる。でも魔王は関係ないよ。魔王自体は魔族の王とか魔族を統べる王とかって意味だから。それに、ここの草原に出るのはさっきの大鼠くらいだから問題ないよ?」


「それなら良かったぜ……ただでさえ足手まといなのに、強い魔物と戦うことになって何もできないとさすがに悪いしな。それにしても、魔族の王や魔族を統べる王ねぇ……それは結局脅威に成り得るってことなんじゃねぇのか?魔族は人族を襲うみたいに言ってた気がするしよ」


「ううん。確かにそう言う魔王もいるけど、人族に友好的な魔王もいるから。特に、この辺りを統べる魔導王って言う魔王は最も人族に友好的な魔王と言われてるし、現にこれから行く街はそのおかげで人族最大の街って言われてるんだよ」


「へぇ、友好的な魔王なんてのもいるんだな……って、ちょっと待て。その言い方だと魔王が複数いるみたいじゃねぇか」


「複数いるよ?全部で9人の魔王がこの世界の各地を治めてるらしいから」


「きゅ、9人!?さすがに多過ぎだろそれ!?」


「昔から9人だよ?たまに世代交代したりもするけど、ものすごく昔からずっと特定の土地を治めてきた魔王もいるらしいし」


「おいおいおい、そんな中でずっと人族は暮らしてきたのか!?と言うか普通は魔力を持たない人族じゃ、魔族に良いように蹂躙されるだけだろ!?」


「そんなことないよ?昔は魔力を持って生まれる人族が、勇者と言う称号を与えられて魔王を討伐しに旅に出てたらしいから」


「勇者……この世界にもそんな存在がいたんだな。と言うか、昔はってことは今はいないのか?勇者」


「うん。勇者として認められるのは魔力を持って生まれる人族だけだから、そもそもなれる人数自体が圧倒的に少なかったらしいの。そんな何人もいない勇者が、仲間達と共に魔王を倒す旅に出て……帰ってこれる勇者は一握りだったって話だよ?だからいつしか、勇者を志す人はいなくなっちゃったって」


「ひでぇ話だな、それ……要はテイのいい生け贄じゃねぇか」


「それでも昔は、勇者の称号を授かることは誉れとされていて、人族の中でも特別な存在である魔力を持つ勇者は人々の希望だったって話だよ。今はそんな行為を認めないって言う人族が多いし、この辺りに限っては人族にも友好的な魔導王を倒したい人族はいないから、勇者自体が長らく現れていないって聞くよ」


「まぁだよな……しかし、他の地域はどうなんだよ?勇者とかいないのか?」


「詳しくは知らないけれど、多分いないと思う。他の地域ではそもそも人族の総人口が少ないし、そんな中から勇者が現れたとしても1人か良くて2人、そんな少人数で魔王を倒そうとしてもきっと焼け石に水だよ」


「焼け石に水、か……他のとこは人族自体が少ないらしいが、ってことは世界全体で見ると魔族の方が多いのか?」


「うん。基本的にほとんどの地域では魔族が一番多いと思うよ。魔族亜種もけっこういるし」


「魔族亜種?」


「亜人族とか羊角族とか血人族とか翼人族とか両人族とか……それより話しなら歩きながらにしようよ。早くしないと暗くなっちゃうし」


「へ?あぁそうだったな……悪い、魔物とか魔獣とか魔王とか色々気になる単語が出てきたせいで質問攻めみたいになっちまって」


「ううん。私は別に気にしてないよ。応えられる範囲のことなら応えるから」


そう言いつつ再び歩き始める俺達。


さすがに暗くなって野宿みたいなのは嫌だしな。


「ありがとな。それより魔族亜種か……亜人族や翼人族ってのは何となくわかるが、他のはどう言う特徴があるんだ?」


「私も詳しくは知らないけれど、今言った中で両人族以外には魔王と呼ばれる存在がいるって話だよ?」


「そういや魔王は9人いるらしいな……魔導王以外にはどんな魔王がいるかわかるか?」


「私がわかるのは……まずは人族に友好的な魔王《魔導王アルコ》、次に翼人族の魔王《探求王アナトラ》、亜人族の魔王《牙獣王シュヴァイン》、羊角族の魔王《麗刃王シエル》、血人族の魔王《夜魔王ルージュ》……あとは人族には畏怖すべき存在である《破壊王ヴィレ》に、名前は知らないけれど死人族にも魔王がいるって聞くよ。有名なのはこのくらいで、あとの2人に関しては種族も知らないって人がほとんどだと思う。私も知らないし」


「いやけっこう知ってんだな、それで充分だ。それにしてもまた新しい種族の名前が……死人族ってのはどんな種族なんだ?魔族亜種ってのじゃないのか?」


「うん。死人族は古来種族と言われていて、人族や魔族よりもずっと昔からいるって話だよ。他には小人族や水人族とか……古来種族は基本的に争いを好まない少数民族みたいな感じなんだって」


「へぇ、本当に色んな種族がいるんだな……そういや、人族に畏怖されるみたいな魔王がいたよな?破壊王ヴィレって言ったか」


「破壊王ヴィレは……人族を毛嫌いしていることで有名で、その昔いくつもの人族の国を破壊したりその時に周囲の地形まで変えてしまうような力を示したことから、この名で呼ばれるようになったらしいよ」


「周囲の地形まで変えるってやべぇな……やっぱ魔導王アルコってのとは対立してる感じか?」


「うん。魔族の中でも破壊王派と魔導王派がいるらしくて、人族を襲ってくるのは大体破壊王派の魔族だよ」


「うわぁ……破壊王派の魔族には会いたくねぇな」


「大丈夫。破壊王が治めてるのはエクリプス山の向こう側だから」


「エクリプス山って?」


「ナギトがいた遺跡のすぐ裏手にあった世界一巨大な山のことだよ。今も見えてるけれど」


と言ってスゥは歩きながら左前方くらいに見える巨大な山を指差す。


……距離はそこそこあるみたいだが、それでもこうして見えるってことは相当に巨大な山らしい。


「あぁ、あそこか……そんな名前だったんだな、あの山」


「うん。あの山はどこからでも大体見えるから、旅をする時とかには目印にすると迷わなくて良いの」


「あぁ俺も気がついたらこの草原にいて、辺りが暗かったせいもあるがあの山しか見えなくてさ。あの遺跡にたどり着いたのも、あの山が見えてそれを目指して歩いたからだったし」


「気がついたら、ここにいた?」


「ん?言ってなかったか?俺は多分、この世界の人間じゃないっぽいんだよ……俺の住んでたとこには魔術なんてなかったし、魔物とかもいなかったしな」


「……ナギトに不思議な感じがするのも、そのせい?」


「いや、それについては俺にも良くわかんねぇよ……そもそも、何で俺に魔力なんてあるのかもわからねぇしさ」


「もしかしたら、ナギトは世界に選ばれたのかもしれない」


「世界に、選ばれた……?」


(何か急にアレっぽいことを……いや、こいつは元からか)


「…………正確には、女神が選んでるらしいよ?」


「女神?そういやさっき、魔神とか言ってたな……何か関係あんのか?」


「女神と魔神はこの世界を創ったとされる存在で、女神は人族を魔神は魔族を創ったんだって」


「へぇ、創世神話って感じか……やっぱどこにでもあんだな、その手の話は」


「うん。そして一方的に魔力を持つ魔族に蹂躙されてしまう人族に女神は嘆き、一部の人族に勇者として魔族の王たる魔王を倒させる為の《奇跡》を与えた、って言うのが現在の勇者に繋がるの」


「繋がるって……でも神話は作り話だろ?」


「ううん。女神も魔神も実在したらしいし、勇者はともかく魔王に……《奇跡》もちゃんと現存するから」


「……なぁ、その《奇跡》ってのはなんなんだ?」


「《奇跡》は……勇者が持つとされる力だよ。実際には勇者なんてもういないはずなのに、まだ現存し続ける……そんな呪いみたいな力だよ」


「《奇跡》が呪い……」


それっきり、黙々と歩き続けるスゥに俺は話しかけられなかった。


何か、聞いてはいけないことだったような気さえする……。


でも、それが神話に存在し今も現存する呪い……《奇跡》と言われたその力を初めて知った時だった。


この《奇跡》と言うものが俺の命運を握り、そして考えもしなかった再会をもたらす文字通りの奇跡になろうとは、この時の俺は微塵も考えていなかった─────


 

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