第五話 道すがら魔術の練習
「はっ!……ん?スゥ、もう出るのか?」
「うん。早めに出た方が暗くなる前に街へ着けるから」
「ハハハ、まぁ違いないな」
スゥと共に外へ出ると、そこには薪割りをしている男がいた。
背丈は俺よりあるか……いかにも筋肉質な二の腕と爽やかな笑顔が眩しい好青年って感じだな。
あと多分年上っぽいか?……まぁ精悍な顔つきでがっちりした体格だからそう感じるだけかも知れねぇけど。
「ん?スゥ達が捕まえてきた貴族様ってのはそいつか?」
「うん。でも、貴族様じゃなくてナギトは普通の人」
「ハ、ハハハハ……」
こいつまだ言うか……思わず乾いた笑いが漏れたわ。
「普通の人?何だ、魔術使えねぇのか?」
「みたい。ナギトが使えないって言ってたから」
「そいつと出てきたってことは、街まで連れてく気なんだよな?魔術できないんじゃ連れてく意味ないんじゃないのか?」
「……連れてくよ。簡単な魔術くらいなら覚えられそうだから」
「簡単な魔術くらいって……見た感じ人族にしか見えないが、結局魔力は持ってんのかそいつ?魔術使えないってことは杖とかは完全に飾りなんだろうけどよ」
その言葉にこくりと頷くスゥ。
と言うか簡単な魔術を教わるとかって話、俺は全く聞いてないんだが……まぁ色々説明されてねぇからかなり今さらだけども。
「なぁ、俺は魔術を覚えなきゃなんねぇの?」
「うん。必要だから覚えてもらうよ?」
「いや、付け焼き刃過ぎんだろ……大体、魔力持ってるって言っても全然実感わかねぇんだけど」
「……きっと、大丈夫だから」
いや何だよ、その間は……。
「ハハハ、まぁスゥがそう断言するなら間違いないんだろうよ」
「そうなのか?……あっそういや、やっぱり敬語の方が良いか……?」
「あぁ、スゥは不思議な力があるからな。と言うか、ナギトっつったか?敬語とかなら気にしなくても良いぞ?むしろ、ここじゃ歳なんざほとんど気にしないしな」
「……何か年上っぽかったら、一応聞いたんだが」
「俺がお前より年上?じゃあナギトはいくつなんだよ?」
「えーと……誕生日来てねぇから17だ」
「何だ、俺よりお前の方が年上じゃないか。こりゃ俺の方が敬語使わないとダメか?」
ハハハと相変わらず豪快に笑う薪割り男……と言うかこいつ年下なのかよ。
「何だ、年下だったのかよ……」
「あぁ今年で16になる。まぁ年齢なんて関係ないとは思うがな。気楽にいこうぜ。なぁ兄弟!」
(兄弟認定早ぇな、おい)
「兄弟……か」
「ん?嫌か?」
「いや、嫌ってことはねぇけど……ただちょっと唐突に思えただけだ。名前もまだ聞いてねぇし」
「あぁそうだったな。俺はカルオンだ。よろしくなナギト!」
そう言ってにっと眩しい笑みを浮かべ、手を差し出してくる薪割り男カルオン。
とりあえず握手を求められてるのはわかるから、こちらも手を差し出し握手する。
「よしっ!握手がちゃんとできる奴は良い奴だ!」
「そ、そう言うもんか……?」
(何かだいぶ体育会系のノリだな……ハンマー投げとかやったら良い選手に……いや、何考えてんだかな俺は)
などと考えていると
「…………」
そこで俺をじーっと見てくるスゥに気づく。
「ん、どうした?」
「……カルオンとばっかり話してる」
「まぁ話の流れ的にそうなったからな」
「……そろそろ行くよ」
「うん?あ、あぁ、わかった」
何か微妙にふくれてるように見えるが……いや、パッと見た感じ表情は変わってないし気のせいか。
「あー、呼び止めて悪かったな」
「……別に良いよ、気にしてないから」
「あぁ、まぁ、道中気をつけて行って来いよ?」
「うん。わかった」
カルオンがスゥの頭に手を置き撫でる。
そういやこの2人の関係性がよくわからんな……顔つきは似てないから兄妹とかではないと思うんだが。
そしてカルオンに別れを告げ、そのまま草木が生い茂る森へ入って行く。
「なぁ、1つ聞いても良いか?」
「何?」
「スゥとカルオンってどう言う関係なんだ?見た感じあんま似てないから、兄妹っぽくはねぇと思ったけど」
「私とカルオンの関係?父さんに育てられた仲だよ」
「へ?だからつまり兄妹ってことじゃねぇのか?あいつ兄貴でお前が妹で」
「違うよ。私とカルオンは一緒に育てられただけで兄妹じゃないし。それに、私はカルオンより年上だから」
「何だよ、育ての親が同じってだけか……って、お前があいつより年上だと!?」
「うん、年上」
そう言って妙に誇らしげに無い胸……じゃなくて胸を反らすスゥ。
「いや、どう見てもカルオンの方が年上にしか見えねぇよ……と言うかちょっと待て、ってことは俺と同い年か?それとも、ないとは思うがまさか年上とかか……?」
「ううん、歳は同じ。でも、もう誕生日は迎えたから歳的にはナギトの1つ下」
「……お前が俺より年上だったらどうしようかと思ったわ」
「……私がナギトより年上だったら、不満?」
「いや、お前って見た感じもっと下に見えるし、少し驚いただけだ。……俺より年上とか合法ロリかよって思ったし」
「合法、ロリ……?合法はわかるけど、その後ろは聞いたことのない言葉……組み合わせると私を表す言葉になるの?」
「いやまぁ、意味は知らなくて良いと思うぜ?わりとどうでも良い意味だから」
「そう?なら良い」
2人でそんな会話をしなつつ、道らしい道のない森の中をスゥ先導のもと進んで行くわけだった。
─────
森の中の道なき道を突き進むスゥとそれに続いて歩く俺。
「それにしてもこの森、意外と鬱蒼としてんな……」
「森は必要最低限の伐採しかしてないよ。私達の家は、人に見つからないようにしてるから。家自体も見つかりにくいようにしてあるし」
「そういやあの家、木造の上に蔦でびっしり覆われてたな……と言うか、見つからないように?見つかっちゃ不味いのか?」
「うん。うちの家族は私も含めて、あまり人には言えないことをしてるから」
「人には言えないこと……」
(ここでまた、それってあの盗賊っぽいこと?みたいに言ったら怒られそうだよなぁ……)
などと考えていると
「…………」
スゥが足を止めてこちらをじーっと見ていた。
思わず俺も足を止めて
「な、何だよ?」
「……ナギトって意外と粘着質?」
「は、はぁ?いや何で脈略もなくいきなり蔑まれなきゃならねぇんだよ……」
「ナギトがあまりにもしつこい……気がしたから」
「いや、意味がわからん」
「わからないならそれで良いよ」
「そ、そうか」
そして再び歩き出すスゥ。
俺もそれに続いて歩き出し。
(時々何考えてるかわかんねぇよな、こいつ……まぁ、悪い奴ではねぇと思うけどよ)
「…………」
「あっそういや、何で俺が同行することになったか教えてくれるんだよな?……と言うかカルオンが言ってたけど、いくら道中で教えくれるとか言っても、魔術が使えないとダメってんならもっと他にも誰かいたんじゃねぇのか?最初っから魔術が使える奴とか」
「……ナギトは不思議と使えそうな雰囲気があったから」
「使えそうな雰囲気?」
思いっきり勘みたいなもんってことかよ……。
「何となくだけど、ナギトからは普通とは違う魔力を感じるんだよね」
「!?」
(まさか、サージュのことがバレたのか!?)
「…………あと、確かに今回のことには魔術が必要だけど、うちの家族には私以外に使える人がいないの。だから、元々は街に行ってから魔術士を雇う予定だったんだよ」
「な、なるほど……でもだったら、やっぱり俺みたいな素人より街で雇う方が良かったんじゃねぇのか?」
「街で雇えるくらいの人族の魔術士は絶対数が少ないから、総じて雇う時の料金が高いんだよね。それに、料金が高い割にはあんまり使えない場合が多いから」
「ん?料金が高いからあまり利用したくないってのは何となくわかるが、使えない場合が多いってのは?」
「人族の雇われ魔術士は魔力の制御技術が拙い人が多くて、そのせいで戦闘ではあまり役に立たないことが多いの。ただそれでも、もし街で雇える魔術士に治癒属性が使える人がいれば雇うつもりではあったよ。治癒魔術士がいれば、戦闘自体は私1人でも大丈夫だったから」
「……そんで、その治癒魔術師とやらより俺を使うことを選んだのはやっぱ料金が高いからか?」
「うん。普通の雇われ魔術士の5倍以上が相場だったと思う。確か」
「5倍以上!?何でまたそんなに高んだよ!?」
「元々数の少ない人族の雇われ魔術士の中でも、特に近接戦闘を主とする人から絶大な人気を誇るからね。大体即日完売が常だよ」
「即日完売って……いやだったら、今から街行っても治癒魔術師は雇えなかったんじゃねぇのか?」
「うん。その可能性は高いかな。だからナギトが着いて来てくれて良かったよ」
「いや、俺に拒否権なかっただろ……と言うかそれは良いとして、魔術ってそんな簡単に覚えられるもんなのかよ?」
「それはその人次第。魔術は、魔力の制御技術が良ければ良いほど覚えが早いし、大規模な魔術も扱えるようになるから」
「その人次第ねぇ……んで、俺は魔力制御なんざやったこともねぇけど、それでも覚えが早いってわかんのか?」
「うん。私はナギトが魔力制御を上手くできると思ってるから」
「思ってるからって……いや、俺が言うのもなんだけど勘に頼るのもほどほどにしとけよ……」
「大丈夫。大体の人族は魔力自体が一切ないから全く使えないけど、ナギトの場合は魔力もあるし、覚える気があれば意外と難しくはない……はず」
「だからその間はなんなんだよ……」
相変わらず不思議な間があるって言うか色々言動が読めない奴だな、本当に。
「で、魔術を覚えるとして歩きながらでもできるのか?」
「うん。魔術の詠唱自体は必要な言葉を覚えれば良いだけだから、歩きながらでも問題ないよ」
「やっぱ詠唱とかあんのな……んで、どんな詠唱なんだよ?」
「今、お手本を見せるから……あの木を見てて」
そう言って歩きながら斜め前くらいにある木を指差す。
「すぅ……」
右手を前に出して止め、深く息を吸い込む。
そして、魔術とか完全に素人な俺でも何となくスゥの右手に何かが集まっていくのが感覚的にわかる……あれがきっと魔力ってことか。
「……紫電───」
一言目を唱える。
「……雷鳴───」
二言目も唱えると、魔力が集中していく右手が青白く輝きを放つ。
そして、青白い輝きが右手を中心に渦巻くように鳴動し始め……次の瞬間、スゥが最後の一言を唱える。
「……ライトニング!」
そう言った直後、一瞬ピカッと光ったかと思えばさっきスゥが示した斜め前くらいにあった木に轟音と共に青白い雷が落ちる。
「うぉ!け、けっこうすげぇ威力だな……」
「今のは意図的に、魔力を込めて威力を上げたんだよ。普段はもっと感覚的に魔力を込める感じで、そうやって放てばもっと瞬時に使うこともできるし」
雷が落ちた木を見ると真っ黒に焼け焦げている……しかし、そのわりには不思議と周りの木や草にはほとんど焦げた痕がない。
「なるほど……何かあの木自体はすげぇことになってっけど、周りには意外と飛び火してねぇんだな」
「あの木だけに落ちるよう的を絞ったの。もう少し大雑把にやれば多少は周りにも拡散できるよ」
「ほぉー……そういや、手本にしたってことは今のが初歩的な魔術なのか?何か威力高めてたとは言え、だいぶ初歩的っぽくないぐらいにすごかったけど」
「うん。今のライトニングは初歩的な魔術じゃなくてやや中級クラスの魔術だよ。ただ、中級クラスにしては詠唱が第二節までだから短いし、魔術の説明をするにはこう言うのがわかりやすいかと思って」
「第二節?」
「魔術の詠唱にはその魔術の属性を表す第一節、その魔術そのものを表す第二節、そして発動に必要な魔術名が最低限必要でね。そこからさらに第三節、第四節と繋がっていく魔術も存在するの」
「ってことは、相当な上級の魔術になると詠唱も第何十節とかありえるのか?」
「うん。確かありえたと思うよ」
「だよなぁ……」
「でも大丈夫。今のナギトにはライトニングを覚えてもらうから、そんなに長い詠唱を覚える必要はないし」
「確かにこれなら覚えられるだろうが……でも、やや中級クラスの魔術なんだろ?いきなりそんなの使えるようになんのか……?」
「一般的な魔術士には無理だね。でもナギトならきっと……できるよ」
両手で拳を作り、まるでガッツポーズでもするかのような感じで君はやれるよみたいなオーラを出す……いや、なんだよその出来損ないの生徒をやる気にさせる為に元気付けるって感じのポーズとオーラはよ……。
「ライトニングで難しいのは魔力制御だけ。特に、第二節までのライトニングだからこそ単純に魔力を制御しつつ練り上げる練習にはちょうど良いの。」
「はー……お前も意外と考えてんだな」
「うん。もちろんちゃんと考えてるよ」
そう言うと自慢気に無い胸……じゃなくて胸を反らす。
と言うかこいつ、顔の方は大体無表情だけどそれに反比例してけっこう仕草で動くから、そう言う意味ではわりと表情豊かだよな……いや顔は無表情だけど。
「んで、じゃあ歩きながらライトニングを練習すれば良いのか?」
「うん。まずはライトニングで魔力制御をちゃんとできるように練習しないとね」
「わかった。えーと……紫電」
そう唱えながら右手に魔力を集中するイメージをする……要は右手にさっき感じた何かを集中してくみたいな感じか?多分。
だが、どんなに集中してもさっきのスゥのように右手に何かが集まっていく感覚は皆無だ。
「やっぱ初っぱなからいきなり成功はしねぇか……もう1回、紫電」
また右手に魔力を集中していくイメージをする……が、しばらく集中してみてもやはり上手くいかない。
「んっ、はぁはぁ……まだ2回目だが全然ダメだな。できるイメージが全くわかん……こんなのすぐできるようになるとは思えねぇんだけど」
そんな感じに、開始そうそう弱音を吐いていると
「あっ……1つ、言い忘れてたことがある」
「んー?……なんだよ、その言い忘れてたことって?」
「魔術は何かしら手に持って、そこに魔力を集中していく感覚でやると成功しやすいよ。魔力制御が上手くできない段階から何も持たずに素手でやるのはけっこう難しいから」
「……おい」
「ナギトはちょうど杖を持っているから、それを使うと良いと思うよ。杖なら、剣とか短剣とかに比べると魔力を集中しやすいから」
「……いや、だからおい」
「さぁやってみて」
「…………はぁ、まぁ良いか。紫電」
何言ってもスルーされそうなので諦めて、今度はベルトに差し込んであった杖……つまりサージュだが、を持ちつつまた第一節を唱えながら魔力を集中する。
すると、杖自体がややぼんやりと魔力らしきものを纏い始めたような感じがする。
しかし
「……んっ、はぁはぁはぁ……さっきよりはできた感じだが、思ったより魔力集中させんのってキツいな……」
「それについては、何度も練習していけば問題なくなるよ。あと、今はまだ第一節だけにしておいた方が良いと思う」
「それは、第二節までやっちまうと魔術そのものが発動するからか?」
「ううん。魔術は魔術名、この場合はライトニングって唱えないと発動はしないよ。ただ、第二節まで唱えちゃうと成功の有無や発動するかどうかに関わらず魔力が消費されちゃうから」
「そうなのか?」
「うん。魔術を発動しない場合でも同じで、第二節まで唱えて魔力を集中した状態で使わなかったとしても、魔力自体は霧散するから元の状態には戻らないの」
「なるほど……ちなみに、魔力が尽きるとどうなるんだ?」
「そう言うことは魔術士でもない限りは滅多に起こらないけど、魔力が尽きると全く動けないくらい疲れる……らしいよ」
「らしいよって……」
「私も実際には尽きたことがないから詳しくはわからないの。これは私に魔術を教えてくれた人に聞いたことだから」
「……まぁでも、つまりは魔術を主力にする魔術師でもない限りは尽きるほど魔力を使わないってことだろ?なら尽きる心配はないわけだな」
「うん。私も一応使えるけど、あくまでメインはこっちだから」
そう言って腰に吊るしている短剣を示す。
「これを使いつつ、隙があれば魔術もたまに使う感じ……かな?」
「魔法剣士……いや魔法盗、じゃなくて魔法軽業師ってとこか?」
盗賊と言いかけてとっさに言い直す。
スゥが微かにむっとした感じで睨んできた気がするが、多分気のせいだ……そう思っておく。
「でも私、魔法は使えないから。だから魔術戦士か魔術剣士って感じだと思う」
「ん?魔法と魔術は違うのか?」
「うん。私も魔術士じゃないからそんなに詳しくはないけれど、私が魔術を教わった魔術士には魔法は使用者本人が持つ唯一無二の芸術で、魔術はそれを真似しただけの贋作……らしいよ?」
「ほー……つまり魔法ってのはあんまり使う奴がいないとかか?」
「みたいだね。私も使える人には会ったことがないし、使えるのは大体魔王と呼ばれる存在ぐらいだって聞くし」
「魔王……マジでファンタジー系のRPGみたいな世界だな、本当に」
「ファン、タジー……?アール、ピー、ジー……?」
「あぁ、気にすんな。と言うか、その魔王ってのは世界を支配する存在って感じなのか?やっぱり」
「……うん。魔王は……あ、そろそろ森を抜けるよ」
「ん?確かに草原らしきのが見えてきたな……」
そうして、俺とスゥは森の出口に到着した。
とりあえず聞きたいことはまだまだあるが、街とやらに行くまでに魔術を使えるようにならんとな……これが使えれば、俺でも多少は戦えるようになれるかもしれねぇし。
そんなことを考えつつ、俺はスゥの後に続いて森を後にした────