第一話 見知らぬ草原
「…………」
そこは、全く見覚えのない場所だった。
見渡す限りの地平線にその向こうには巨大な山らしき影が見え、空には落ちて来そうなくらいの大きめな月がある……辺りも暗いし、どうやら今は夜らしい。
地面にはそれほど背は高くないがびっしりと生え揃う草……いわゆる草原と言った感じの風景。
「………………え?」
再び辺りを見渡すがやはり全く見覚えのない場所……そもそも俺は今まで夕暮れ時の校門にいたわけで、それが何故夜の草原にいるのか分からなかった。
「どう言うことだよ……?どうして風景が様変わりしてんだ……?」
まるで狐にでも化かされているかのような変わりように夢としか思えなかったが、頬を撫でる風や草の匂いが否応なしにこれは現実だと示してきた。
「奏に冬也……はいねぇよな。あいつらは奏の忘れもん取りに行ったはずだし、その後ろ姿はちゃんと覚えてる……それに確か、校門には俺しかいなかった……はずだ」
妙な現実感のある風景に、俺は思考を声に出しながら気持ちを落ち着かせようとする。
しかし、当然ながら隠れようのない背の低い草ばかりの草原に俺以外の存在がいる気配はなく、その声はただただ虚空に霧散していくだけだった。
(……自分を落ち着かせようとしたけど、ダメだな……状況が良くわかんな過ぎて頭ん中がぐちゃぐちゃだ……)
そして俺は
「こう言う時、動かない方が良いのかもしれねぇけど……でも、立ち止まってても埒があかねぇしな……」
そう自分に言い聞かせつつ、何も考えられなくなっている頭に鞭を打って歩き出すことにした。
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しばらく歩いた後、現実を完全に受け止めきれたわけではなかったが、それでもだいぶ落ち着きを取り戻すことはできたような気がする……気がするだけかもしれないが。
そのまま草原を歩きつつ夜空を見上げる。
そこにはさっきも確認したが普段は見れないような大きな月があり、その周りにはその月を引き立てるかのようにまばらな星が見えた。
(それにしても、ここは本当にどこなんだ……?こんな広い草原、俺の住んでる辺りにはなかったと思うんだが……)
夜空を見上げながら、そんなことを考える……しかし、それだけ考えてもこの風景が全く見覚えのないことに変わりはなかった。
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「とりあえず、これからどうするべきか……」
そんな独り言を言いながら立ち止まり改めて辺りを見回す。
少し適当に歩いてみたわけだが、結局景色はあまり変わらず……目につく物と言えば
(アレしかねぇよな……)
目線の先には巨大な山の影が見える。
他にも山は連なっているものの、あの山だけがやけに大きく見えた。
(どんくらい離れてるかはわかんねぇけど、とりあえず目印になりそうなのは他にねぇし……)
改めて周りを見渡してみても山の影以外に見える物はない……本当に広い草原だ。
(まぁ……歩くしかねぇよな……)
そして、再び歩き出した……今度は明確に巨大な山を目指しながら。
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しばらく歩いてみたものの、目の前にある巨大な山はあまり変わらなかった……恐らくかなり標高の高い山なのだろう。
(はー……目標はあるものの、やっぱその目標物に近づいてる感じが全然しないってのはけっこう精神的にくるよな……)
そのまま歩きつつ、額の汗を制服の袖で拭いながら少し息を吐く。
歩くの自体は苦手と言うわけではないし、体力もなくはないと自分では思っているが……成果がないってのは思った以上に精神を圧迫する、ような感じがするわけで。
(少し、休憩するか……いや、もう少し歩いてからでも…………ん?何だアレ)
休むかどうか悩みながら歩き続けていた俺の視界に、今までなかった物が映る。
いや、なかったんじゃなく正確には見えなかった物が見えてきたってことだ。
辺りがまだ暗い為にしっかりと確認できるわけではないが、目指していた巨大な山の麓に何かあるのがうっすらとわかる程度に存在している。
それは後ろの山に比べたらさすがに小さいものの、それでも相当遠くに見えるにも関わらずうっすらとながら確認できると言うことはそこそこの大きさがあるように思う。
(と言うかはっきり見えないから確定はできないが、あれは多分建造物じゃないか……?)
民家……ではなさそうな気がする。
民家にしては大き過ぎるように思うし、そもそも民家が一件だけこんなだだっ広い草原と巨大な山の境目にあるのはさすがにおかしいだろう……だがしかし。
(ようやく現れた変化なんだよな……できれば見逃したくはないし)
そう考え、どう言う物かはわからないがとりあえずそこに向かって歩くことにした。
心なしか、その歩調は明確な目標を得たせいかさっきよりも幾分速かった……ように思う。
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それからしばらく歩き続け、体感的にかなりの距離を進んだと思った時、夜の暗闇の中ようやく目標物がはっきり見えてくる。
そして見えてくると同時に
「何だコレ……でっけぇな……」
と、目線を上に向けながら無意識に言葉をもらす。
(これは……遺跡か?何か古そうな感じだが)
まだ触れる距離ではないが、その全体像はもうだいぶ見えている。
見えている範囲での第一印象は、紛れもない遺跡としか呼べなさそうな建造物で
(……ここまで来ちまったから行くしかねぇけど、あんな場所に誰かいるとも思えねぇよな……でも他に宛もねぇし……まぁ、なるようになれだ)
少々やけくそ気味になりながら、謎の遺跡へ歩を進めるのだった。
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(やっぱ相当でかいな……)
ようやく遺跡らしき建造物にたどり着き……触れる距離までくるとその大きさが嫌でもわかる。
遺跡の上の方を見る為に目線を上げるが、今度は近過ぎて上の方が見切れていた。
(それにしても、こんなでけぇのに人の気配は全然ねぇよな……まぁ遺跡っぽいから当たり前か)
などと思いつつ
(それでも一応、中を調べねぇとな……気配を感じないだけで案外誰かいたりも……するかもしれねぇし)
なるべく自分を奮い立たせるように前向きになることにした。
(あんま後ろ向きにばっかりにもなってもいられねぇしな……)
そして、そんなことを考えていると
「……─、───」
(……ん?)
遺跡の中から何か聴こえた気がした。
それはもしかしたら、ただの音だったのかもしれない……だが、俺にはそれが声のように聴こえた。
(ただの音だった場合もある……あるが……それでも声だった場合は誰かがいるってことだ)
(相変わらず人の気配はしねぇけど、それでも話が通じる相手ならここがどこかもわかるだろうし……ダメで元々、行ってみるしかねぇよな!)
多少不気味な感じはするものの、ようやく感じた希望にすがるように俺は遺跡の中へと歩きだした。