プロローグ
「……あっ」
もう少しで校門と言う所で、後ろを歩いていた奏が唐突に何かを思い出したように声を上げた。
「……何だ、どうかしたか?」
俺は立ち止りながら、軽く後ろを振り向きつつそう聞いた。
すると、それには応えずに奏は自分の鞄の中をごそごそと探る。
「あー……もしかしたら教科書さ、忘れてきたかも……」
「……教科書って、今日の宿題の中に教科書が必要な奴なんてあったか?」
鞄の中を探しつつ返事してくる奏にそう聞き返すと
「いや奏はいつも教科書を持ち帰っているだろ。教科書を常に置きっぱなしにしている君とは違うんだよ」
俺の隣で今まで口を挟んでこなかった冬也が呆れたようにそう言ってきた
「そんなこと言ったって、全部持ち帰ろうとするとけっこう重いんだよ。それにどうせ家だと宿題に使う以外は使わねぇしよ」
「……全く、少しは予習復習しないとまた赤点をとることになるんじゃないか?夏休みを補習で潰すことになっても僕は知らないぞ」
「……ふん、お前には関係ねぇだろ」
ため息をつきながら再び呆れたように言ってくる冬也に対して、少しカチンときた俺はぶっきらぼうに応える。
売り言葉に買い言葉って奴か。
……まぁこう言うのはわりといつものことだったりするわけで。
「もー、喧嘩はダメだよ2人とも?私の場合は持ち帰らないと落ち着かないってだけだからさ」
少々険悪になりかけた俺と冬也をなだめるように奏が割って入る。
ちなみにこれもけっこういつものことだったりする……まぁやっぱり幼なじみで長らく一緒にいると、こう言う役割もはっきりしてくるもんだよな。
「それよりさ、私ぱぱっと教室まで行って教科書取ってくるよっ!だから2人はここでちょっとだけ待っててくれないかな?ねっ」
そう言って俺達の話を強引に中断して校舎の生徒玄関の方を向きつつ奏が歩き出そうとした時。
「いや、僕も一緒に行くよ」
と、冬也が同行を申し出る。
……こいつも大概分かりやすいよな。
しかしいつもながら積極的だねぇ……まぁ、お相手の方は相変わらず気づいてないみたいだけどよ。
「えー良いよ!どうせちょっと教室に行くだけだし、私1人でも大丈夫だよ?」
「いや、僕が奏と一緒に行きたいんだよ……それに大したことじゃないけれど用事も思い出したし……ダメかな?」
「えっ?……うーん、ダメってわけじゃないけど……」
そう言いつつ様子を伺うようにこっちをチラチラと見てくる。
……正直ここ最近は何故か冬也と2人きりになると妙にピリピリした空気になるせいで、俺的にはこいつと2人きりにはなりたくなかった。
そもそもこのまま帰ろうとすると家がある辺りまで3人一緒がほぼ確定しちまうし、どうせなら少しでも2人の時間を作ってやるのも悪くない気はするしな。
「……俺のことは良いから2人でとっと行ってこいよ。俺はここで待ってっからさ」
そう言って俺は校門を背に腰を下ろす。
奏は少し寂しそうな顔で俺を見ながら
「い、良いのかな……?」
「凪都がこう言ってくれてるんだし、すぐ行って用事を済ませてくれば問題ないよ」
「う、うん……」
そう言って2人は俺に背を向けて歩き出す。
……しかし、このままだとすぐ戻ってきそうだな……よし。
「……あとそんなに急がなくても良いぞ。急いで転んだら世話ないしなー」
と、俺は少しからかうように声をかけた。
「も、もう……!私だって最近はそんな頻繁に転ばないよっ!」
奏は歩みを止めてこちらを振り向きつつそんなことを言い返してきた。
こいつは昔からけっこう足元がお留守と言うか何かと転びやすくて、よく何もない平坦な道でもつまずいたりしていた……まぁ本人はそれをわりかし嫌がってるわけだけど。
でもこう注意しとけば無理に急いで転ぶこともないだろうし、すぐ戻ってくることもないだろ。
「……ほら奏、そんな言葉に一々構ってると余計に凪都を待たせることになってしまうよ?さっさと行って戻ってきてから続きをやれば良いさ」
「うー……わかった、そうする」
まだ不満が顔に出まくっていた奏だったが、冬也になだめられて渋々といった感じで再び生徒玄関に向かって歩いていく。
そして、2人が見えなくなってから俺は校門の前に座り周囲を橙色に染めつつ沈む夕陽を見ながら
(はー、奏は気づいてねぇのかなー……あいつ、俺でも分かるくらい分かりやすいのによ)
そんなことを考えていた。
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そこはただただ広いだけの場所だった。
そして見渡す限りの水平線しかなく、雲1つない空の色を写したような青い海が続くだけだった。
そんな漣の音しかない空間に存在する、まるで鳥籠のような建造物。
その中には不思議な雰囲気をまとう少女が眠るように頭をうつむいたまま座っていた。
うつむいていた少女はゆっくりと頭を上げつつ空を見上げ。
「また、来たみたいだね」
誰に言うでもなくそう呟き、そして再び眠るように頭をうつむく。
「……それが君の選んだ道なんだよね?………トくん」
うつむいたまま消えそうな声で呟く少女の周りには、やはり誰もいなかった。
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