8.領内視察#2
カールに続いて大通りを外れ、細い路地をしばらく進むとそこには町工場が広がっていた。
「鍛冶工房が見たい、との仰せでしたが近くに鍛冶のみを専門に扱う工房が見つかりませんでした。
そのため、今日は代わりに同じように鉄を扱う町工場に案内させていただきます。」
そう言いながら足を止めた前にあったのは町工場にしては大きめの建物だった。
入り口には「ワッフェ鉄工所」と記されている。
「ここ、ワッフェ鉄工所はメラーラの街で一番の規模を誇る工場でねじや釘を主に生産しています。
最近では、ベアリングなどという物も発明したようで業績は鰻登りのようです。」
えっ、ベアリングもあるの、この世界!?
と前で話を聞いていると工場内から五十代ほどの男が出てきた。
「ようこそ伯爵。我がワッフェ鉄工所へ。
私が工場主のワッフェです。立ち話もなんですからどうぞ中へお入りください。」
工場内は大勢の人が働いていてとても活気に満ちあふれていた。
それを光景を横目に見つつ、伯爵一行は事務棟らしき建物に入った。
応接室に通され腰掛けると早速ワッフェが話を始めた。
「本日はワッフェ鉄工所へお越しくださいましてありがとうございます。
これが最近我々が発明したボールベアリングと言うものです。
馬車の車輪に組み込むと動かすのが楽になると大いに評判です。
どうぞ、ご覧ください。」
そう言われたので手元のベアリングを手にとって眺める。
素人なので細かいことはよくわからないが、それなりの加工精度を誇っているのか思ったよりも抵抗が少なかった。
「これはすばらしい発明ですね。
これだけの物になるとかなりの加工精度が必要なのでは?」
「そうですね・・・。
加工精度が求められるので今はまだ大量生産が難しく予約で一杯になっています。
ですが、近いうちに解消される見込みです。
需要に対応するために工作機械という物をつくりました。
人の手には細かい作業も歯車などを組み合わせることで可能となるのです。
これが工作機械です。」
驚いて言葉も出なかった。
ベアリングは産業の米と呼ばれるほど近代、現代の工業には欠かせないものだ。
工作機械については言わずもがなである。
17世紀のヨーロッパほどの技術水準かと思っていたがこの分だと18世紀ほどか?
その割に産業革命はまだのようだが。
「世の中が平和なお陰で職人たちが安心して技術を磨くことができたのです。
もっとも、セリンで革命が起こってからのここ最近きな臭いようですが・・・。
私としては徴兵などは避けて貰えるとありがたいですね。
徴兵は国の産業界をボロボロにしますから。」
「先のことはわからないが、今の段階では領内で徴兵の施行などは考えていないよ。」
志願兵で組織したほうが使いやすいし、様々なケースに対応できるからね。
費用がかかるのが難点だが。。
その後もこの世界の技術レベルを知るために色々と質問をしたが、
蒸気機関の製作に目立った問題は無さそうであった。
蒸気機関とくれば産業革命。
産業革命をこのメラーラ伯爵領から始めるのだ。
「色々と有意義な話をありがとう。
忙しいところを長居してしまったね。
これからもよろしく頼むよ。」
「忙しいなんてとんでもありません。
いつでもお越しになってください、伯爵。」
そういう言葉を聞きつつ伯爵はワッフェ鉄工所を後にしたのであった。
実際の歴史ではボールベアリングの発明は18世紀ごろのようです。
工作機械に関しては小型の物は14世紀ごろには存在したようです。
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